【一夜】


夢を見るのは嫌いなので、男は酷く憂鬱な気分だった。

遠くのどこかで吹き上がる炎や、見知らぬ誰かの悲鳴。暗がりで首を吊る男。窓から落ちる女。いっせーのせの掛け声とともに電車のホームへ飛び込んだ少女たち。ころしてやるころしてやると鏡に呟く老婆の凄惨な笑み。泣き叫ぶ子供と怒鳴り声をあげてこぶしを振りかざす誰か。
禄でもないのだ、夢というものは。いつ見てもうんざりする。
男の友人は『先見』という力を持っていたが、男は『夢見』を持っていた。予知夢、正夢。全く意味のない、希望の未来もない、生まれた時から持っていた霊能力というものだ。これの厄介なところは、良い予知夢がまったく見られないというところだ。おかしいだろう。あいつは悪いのも良いのも見えるのに、なんで俺はいつも酷い夢ばかりなんだ。登場人物はだいたい死んでいるか、これから死ぬ。酷い時には大災害や、戦争。
誰も救えないし、自分一人で背負うには重すぎる。子供のころからみていたおかげというかなんというか、感情移入はほぼない事だけが救いだった。メンタルが強くて良かった。じゃなきゃどこかの誰かと同じように、チョコミントになりたいとでも叫んで病院送りだっただろう。

薄暗い視界の中、誰かの声が聞こえる。嫌だ嫌だと思っていたが、男はふと気が付いた。その声は自分も良く知っているものだと。
そちらに眼を向ければ、見知った顔がいつものように笑ってこちらに近づいてきていた。よく見知ってはいるけれど、男の『大切なもの』とは違う個体だ。

「やあ、こんなところでどうしたんだい?」

どこかの誰かのにっかり青江はふにゃりと柔らかく笑った。ほらみろ違う。男の青江はもっと、大口を開けて笑うのだ。


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