「ちょっと行ってきます」と、政府からの呼び出しを受けて現世へ行ったところまでは覚えている。
混み合っている歩道を歩いていたら、突然横から衝撃を受けた事も。目の前に大きな車が迫ってきたことも覚えている。そうして目が覚めた今、あの日からもうだいぶ時間が経っているらしい。包帯まみれの身体で起き上がれば、関節がギシギシと軋んだ。

「   」

声が出ない。そうか、そりゃそうだ。関節がこんなに軋むくらいだから、声なんて出るわけない。シンと暗い部屋を手探りで近侍の呼び鈴を探す。
それにしても、今は何時だ?こんな暗いなんて深夜なのだろうか。だったらいっそもう一度寝ていたほうが…いや、みんな心配してくれただろう。起きたと、もう大丈夫だと伝えてやらなければ。なんだか足が縺れる。少し痩せたか?いや、こういう場合はやつれたと言うべきか…。右手の先に触れる物があったので、そのまま握ってみた。パキャリ。嘘だろ…、感触から言って端末かこれ…なんで割れたんだ…?経年劣化にしては早すぎるだろ…。

「主、」

障子が開かれた。
闇より明るい青が、そこに立つ人物が三日月宗近だと教えてくれる。しかし、その眼にはなぜか、包帯が巻かれていた。
覚束ない足取りの三日月は、右手で壁を伝いながらゆっくりと近づいてくる。

「主、眼を覚ましたのか?すまぬ、どうかこの手をとっておくれ。何も見えないのだ」
「おい、一体どうしたんだ?俺が寝ている間に何があった」

軋む身体を叱咤して、這いつくばりながら三日月に近づく。
頼りなく伸ばされた手を掴むと、ホッとしたように微笑んだ。

「主、どこか痛むところはないか?腕がなかったり足が取れてたりはしないか」

ペタペタと無遠慮に顔や身体を触りながら、なにやら怖い事を言う。と言っても、心配させたのは確かだろう。「大丈夫だ、俺よりお前の方が痛そうだ。早く手入れを…」と言ったところで、廊下をドタドタと喧しくかけて来る音が近づいてきた。こんな足音は、野良猫に魚を取られた時のあいつと同じ。いつも慌てると、足音が格好悪くなってしまう。

「主くん!起きてくれたんだね!」

「ああ、心配かけ…ちょ…、ちょっと待て…おま…」

「ああよかった!みんな!主くんが眼を覚ましてくれたよ!三日月さん、酷いですよ!近侍ならすぐに状態を教えてくれないと」
「はっはっは、すまんすまん。何分この眼ゆえ、幻聴かどうか確かめねばならぬと思ってなあ」
「調子の良い事を!ああ、布団から出られない者は両手を使えるものが抱えてきてくれ!清光くんは僕が背負うよ、安定くんは誰かお願い!」

ザワザワと声と気配がにぎやかに周囲を囲む。あちらこちらで灯りがつき、皆が集まってくる。心配したんですよと涙目で縋りついてくる秋田は首に包帯を巻いているし、弟たちを宥めている一期には左手が見当たらない。そして真っ先に駆け付けた光忠は顔面が包帯だらけで個人の判別が困難だし、その光忠に背負われて来た清光はなんかもう一目でわかるくらいに、右足が、なかった。



「手入れ室全部開けろ―――!!資材!手入れ札!全!開!放!妖精全員招集―――!!!ゲホゴホうぇっえ、ごはっ」

「ああ、主、突然そんなに大きな声を出したら喉が傷む。まだ万全でないのだろう、無理はしないでくれ」

「俺の事はいい!今はお前ら!いったい何があったっていうんだよ!?」

予備の端末から刀帳にアクセスして刀剣男士の現状況を確認する。途端にあたりに響き渡る警告音!ああ、手が動かしにくい!
重症・重症・重症・重症・中傷・中傷・重症・中傷!!?
全員重症か中傷じゃないか!

「主くんが眼を覚まさなくなってから大変だったんだよ…」
「うわあああああんありゅじのばかあああああ!!!さびしかったああぁぁあ!」

ミイラ男も真っ青な包帯まみれの顔で器用に苦笑いを浮かべる光忠が言うには、どうやら俺が事故ってから本丸内に検非違使が現れたらしい。
現世の病院から安静を条件に本丸へ移動させられていた俺を守る為、皆はだいぶ無理をしたようだ。「こんなんだけどね、御守りも発動しなかったし俺達頑張ったでしょう」と腹に頭を擦りつけてくる清光を撫でつつ、震えあがった。
俺がのんきに意識不明になっている間、俺の刀達は折れてしまうかもしれない瀬戸際だったのだ。俺の大切な、今までずっと一緒に戦ってきた刀が、俺の知らないところで折れて消える。こんな恐ろしい事があるか。
「お願いだから無理しないでくれよ」と、右の腕がまるまる消えている大倶利伽羅に言うと、「あんたが言えた義理か」と鼻で笑われた。はい…俺が迂闊にも現世で事故ったせいですね…本当に申し訳ありませんでした…。

ああ、まだ耳の奥で重傷者多数の警告音が聞こえる気がする。
一通り手入れをしてまわったけど、本当に怖かった。こんな思いはこりごりだ、まだ心臓がドキドキしている。まるで心臓が二つあるみたいだ。


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