三日月の理由
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「主、俺は人が好きだ」
涙の代わりに言葉が落ちた。愛おしい主がさいごにみるものは、彼女が愛してくれた自分たちの泣き顔ではいけない。笑え、笑えなくても涙は見せるな。当の本人たる、彼女が笑っているのだ。自分たちが涙を流してどうする。
百も千も、敵を蹴散らし斬り伏せてきた我々よりも、リボンを付けた女学生の頃から共に過ごした彼女の方がこんなにも強い。さいごまで、置いていかれる刀達を思いやる優しくも強い主人だ。
「だから俺は、貴女と同じ人間を護りたい。百も千も、幾らでも、この身を振るってやろう。主の愛した過去も未来も、みんな護ってやるから。だから、ゆっくり休むがいい」
よいこ、よいこ、おやすみなさい。たいせつなおれのあるじ。
眠れないと布団の中で泣いていた小さな女の子に繰り返した言葉を、もう一度口に出した。あれからどれくらいの時間が過ぎたのか。
「人はすぐ儚くなるから、かなしいなあ」
ぽたりと、瞼を閉じた老婆の顔に涙が落ちた。今剣が声を上げて泣き出し、つられるようにあちらこちらから悲しみの声が漏れだす。
主の遺言に沿って、それぞれ己の行き先を決めた。彼女の初期刀は彼女を追って刀解を選択したし、暫くは本丸内で後片付けをしたいと希望した刀もいた。三日月と同じように、他所の本丸で戦う事を選んだ刀もいる。
出来れば散り散りにならないように、主がそう依頼してくれていたのを知っていたので、三日月は安心していた。悪いようにはならないと。
主を変える為に一旦顕現を解除され、短い眠りについた。そして目が覚めた時、 そこには三日月の仲間はいなかった。
「待っていたぞ」と横柄に、馴れ馴れしく触れて来る男に見覚えはない。その後ろにいる担当にも、紡いできた縁すら繋がっていなかった。
拐かされたか。
眉間に皺が寄りそうになるのをこらえる。にこにこと穏やかな顔を意識して作り「待たせてすまんな、よろしく頼む」と答えた。
気を良くしたのか、見知らぬ審神者……三日月の今の主は笑う。気付かぬ間に主従の契約が成されていた。なんとまあ、愚かなことを。俺が暴れて無理やり契約を切ったなら、この男はこの場で死ぬぞ。短絡的で頭が悪いのだろうと、簡単な人物評価を出す。
無駄に広い本丸と庭を案内され、男の担当らしい役人が「主自ら案内など、厚遇ですよ」とふざけた事を言う。それにも作った笑顔で流し、静か過ぎる本丸を観察した。廊下や庭で出会う刀剣は傷を負っていない。手入れをされ、練度もそこそこあるようだ。だが、感情がみえない。初期刀として紹介された加州清光も、『加州清光』として造られた人形のような眼で、プログラミングされた言葉を順番どおりに吐きだすような挨拶をした。それを男に「同じことしか言えないつまらない奴だ」と罵られても、悲しそうな顔すらみせずに「ごめんなさい」と笑う。機械のようだった。
ここの刀剣男士は、こころが凍っている。
審神者は、三日月宗近を求めていたのだろう。その為、刀剣の練度を上げて何度も山に向かわせ、帰ってきたものに手入れを惜しまなかった。しかし成果が出ないと罵倒し、また戦いに向かわせる。暴力は身体に残るものだけではない。何度も否定されたら、鋼からうまれた心も摩耗して凍り付いてしまう。刀剣男士は刀の神だ、だから人間のかよわい腕力では傷一つ負う事はない。その代り、大切にされて愛されてきた物が変質した存在であるがゆえに、愛されないと途端に弱る。持ち主に疎まれる刀など、錆びついて倉に転がされて朽ちていくしかないからだ。
あれは特に、愛されたがりで情の深い刀だ。愛されたいから、誰よりも愛そうとする。加州清光はそういう刀だ。それがあんな風になるとは……。
「罪深い事よ」
「何か言ったか?」
「いや、なぁんにも」
前の主は長く審神者をしていた為、あらゆる可能性を知っていた。死後に刀を盗まれることも危惧していたらしい。本体がある刀箱、その下にまじないが刻まれていた。あと少し、もう少し待てば政府へ連絡が入り監査が来るだろう。それまでに証拠を集めておかなければ……。
うつくしく大きな、空っぽの箱庭の中。よく知る顔と同じで、まったく違う眼をしたあたらしい仲間たちをどうやって守るか、頭が痛い。
ぎゃーぎゃーと喚きながら捕縛されていく新しい主(仮)をハンカチーフを振り振り見送ることになったのは、3週間後だった。刀剣虐待については、暴言だけだった為に罪は軽いと見なされてしまった。刀剣的には身体につく傷よりも、こころに与えられる痛みの方が辛いのだがそこは加味してもらえないようだ。癪にさわったので涙ながらに拐かされた悲しみと恐怖を伝えておいた。こういう時、自分が世に言うレア刀であることがありがたい。逆に言うとレアではなかったらこんな事にならなかった気もするが、まあいい。それよりも、主が連れて行かれるというのにぼんやりとそれを見る事しかしない本丸の刀剣達の方が問題だ。
普通なら、自分の主に他の人間が触れる事すら不快だという刀剣が多い。それなのに、彼らはただぼんやりと送っている。付喪神ではなくなりかけているのかもしれない。刀は何も思わず、何も考えず、振るわれるまま敵を斬るのみ。こころなど必要としない。そのうち、刀に戻ってしまうのではないだろうか。それは刀解ではなく、ただ本当の意味での死なのかもしれない。
守らなければいけない。
新しい審神者が来るという。今来られても、彼らは耐えられないかもしれない。だから三日月は、部屋の端に座り込んでぼんやりとしている仲間たちを庇い前に出た。
「入っても大丈夫ですか?」
想像していたよりも若い、男の声だった。
こころを落ち着かせ、ひとつ息を吐いて「よいぞ」と応える。静かに戸を開いたのは、声から想像したように若い青年だった。
「新しくこの本丸の審神者になりました」
「審神者などいらぬ」
「あ、わかりました。じゃあとりあえず手入れは妖精さん経由ってことで」
顔を逸らして拒否の意を伝えた瞬間、即答で了承を得てしまった。
呆然としかけた隙に、『新しい審神者』である青年はさっさと出て行ってしまう。もしかしたら強く言い過ぎて傷つけてしまったのだろうか。大事に育てられた三日月には、敵意を持っていない、なにもわるいことをしていない人間に対する否定の強さのちょうどいい塩梅がわからない。顔を逸らしたのはやりすぎただろうか。まだ若かった。きっと審神者になる事への不安もあっただろう。審神者などいらぬの前に、『今は』をつければよかった。言葉が足りなかった。オロオロと閉じられた戸のまわりを二周してから、後を追う。霊力を辿り、そして見つけたのは重厚な鉄の扉だった。
いつの間に……こんなものを……。
「政府直営の通信販売です、すごいでしょう。設置工事付きですよ」
「……こんのすけ」
「こちらでは初めまして、こんのすけです。こちらの私もどうぞよろしくお願いしますね」
どこか誇らしげですらある見慣れた、しかし初対面のこんのすけは、新しい審神者に渡されたものだろう。
「広間に案内してください」としっぽを振りながら言うこんのすけをトボトボと案内すると、厚いシーツのような布を天井から吊るす作業を任された。背は高い方だが、一人でやるとなると難しい。何度か落としてはやり直すを繰り返していると、突然布が軽くなった。
「手伝う」
「加州、」
「必要なんでしょ」
口数は少ないし、表情も硬い。それでも、凍ったものはゆっくりと溶けているのかもしれない。目に見える変化がうれしかった。
吊られた布はスクリーンというらしい。新しい審神者は、そこに姿を投影して刀剣達と交流をすることにしたようだ。部隊の組み方は三日月によく聞いてきたが、三日月自身もまだこの本丸に来て短い。審神者を前にすると口数が余計に減る清光から聞き出し、それを伝書鳩のように伝えるのが精いっぱいであったが、審神者には十分だったようだ。怪我を負う刀剣は少なく、新しい戦地への道も開いた。そして三日月は良く知っている、あの言葉もよく聞こえるようになった。
「いってらっしゃい」
「気を付けて」
「おかえりなさい」
「お疲れさま」
「いつもありがとう」
「無理はしないように」
「主が、俺がいてくれるからすごく助かるって。頼りになるって、言ってくれた」加州清光が頬を赤く染めて小さく飛び上がりながら報告をしてきた頃。
庭は短刀が薙刀にかまわれはしゃぎ回り、打刀は賑やかに鍛錬をし、混ざろうと駆け寄る脇差に、太刀と大太刀がそれを見て呆れたり笑ったりと忙しく、槍は部屋からそれを眺めて巻き込まれないようにそっと避難をする。優しい喧噪に満ちていた。
ようやく彼らも真っ当な幸福にたどりつけたのだ。そして自分も、ようやく新しい主のもとに来られた。
主はいつここに来てくれるのだろう。いつか、あの扉が開いた日には、縁側で並んで団子でも食べたい。最初に会った日の事を謝って、皆で一緒に暮らしたい。きっと加州は主に懐いて離れなくなるだろう。そのうちほかの刀は自分たちも主の傍に行きたいと怒って、喧嘩になってしまうに違いない。喧嘩の仲裁は、俺がしよう。大丈夫、きっとうまくできる。
ああ、会える日が楽しみだ。
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