蘇生
無理をしたせいで案の定悪化した私は、ぶつ切りの意識の合間に、毎回酷く汗をかいて目を開けた。
そしてそれが連れてくる荒い呼吸と不快感、伏しがちな気持ちを掬いあげるのは、いつも目を覚ます時は何故か必ず部屋に居てくれる存在のお陰だった。
必ずおはようをくれて、
私の額から汗を拭っていく。
医務室から出ていったシャンクスは入れ替わるように船医さんを連れててきて、着替えと手当が終わる頃に水を持ってきてくれて、また隣に座った。
「叫びすぎ、…て。…怒られた」
「俺もだ。無理させるなら出入り禁止だとよ」
悪いと思っていない証拠に、傷に触らない控えめな声ながら肩を弾ませている。
昨日は、目が覚めて直ぐは私もああしたかっただろうと、また私の心を先読みしてくれたんだろう。多少の無理をシャンクスも被ってくれた事はよく解った。いつもならあんな無理はさせない筈だ。
些細な笑い合い
ありがとうやごめんなさい
沢山の二人の謎解き
それらはきっと、
皆へも繰り返すだろう。
早く引き摺る無数の糸を繋ぎたいけれど、まだまだ叶いそうにない身体の痛み。
「罰だ」
これは。
色々と履き違えた私の。
-自業自得の罰なのよ。
-いっぱい話したいのに。
-今が一番伝えたい事があるのに。
-自分が悪いのに滅入っちゃう。
小さく畳まれた紙に、
そう残りを書いて渡した。
なにも、皆の前で笑えたからって、皆の思惑に負けさせてくれたからって、"戻って欲しいのなら戻るわね"なんて全部をデリートした訳じゃない。
自分のしてきた決断は忘れない。
だからこそ、言い訳と謝罪が溢れて止まない。あそこまでして取り戻しに来てくれた事を思うと、一番大切な彼らに向けたものは、今となっては真逆の裏切りに近い刃に思えた。
シャンクスが居ないうちに泣きたいけど、こうして目を覚ますといてくれるものだから、一人でこっそり泣きたいのを堪えていたのに。
今は少しダメそうだな。こんな紙を書いて寄こしてしまって、思いの端に触れてしまった。
「何を話したいんだ」
溢れた涙を指の背中で掬われながら、私は忙しくペンを走せた。
-全部よ。全部。たくさん。
-ありすぎて爆発しそう
-耐えられなくなるの
-ごめんなさいに追われているようで
泣き始めた私に降ってきたのは、ゆったりと長めの溜め息と、傷に触るかどうかなんて一切考えもしない様な抱擁だった。
片足ずつベッドに乗り上げ、腕で圧を逃がしながらも全身に重なるじんわりとした温もりが、死を思った私にまた生の息吹を与えているように思えて、一層胸が傷んだ。
「い、だい、」
「逃げるのをやめろ。いいな」
しゃくり上げる鳴き声で身体が震える。それを、これ以上痛まぬよう抑えてくれるような温さで、肩や髪を撫ぜて、こうして耳元に甘い薬を落としてくれる。
「ユメ。誰も追っていない。俺も皆も待ってるさ。良くなる事だけ考えろ、いいな」
強く抱き締め返す力が足りない事すら悔やまれる。ずっと寝覚めに部屋にいるのはこのためだなんて。全部お見通しだなんて、本当に何処までも心を迎えに来てくれるんだから。
「仮に罰と言うなら俺も受ける必要があるな」
「なんで。シャンクス、悪く、ない」
シャンクスが少し離れるから、耳元の赤髪のあたりに電球が映って眩しい。
「愛がした事なら共犯だろ」
ああ、もう、
全部の力で応えたいな。
今だけでいいんだ、
お願いだから。
またたくさん眠るから、
今だけは身体中の力よ腕に集まって欲しい。
ゆっくり二人の間から引き抜いた両の腕は、ぎこちなく震えて、ベッドの下にペンを落とした。紙の残りが板張りの床に流れていく。
電球の逆光が隠すシャンクスの顔がもっと見たくて、引き寄せたのは私だった。
赤い毛先が頬に当たるから、涙に溶けてしまうなと感じながら切なげに寄ってしまった眉間の皺と下がり眉にキスをして、そのまま初めて自分から唇を重ねた。
まだこれ以上の甘さを囁く事は出来なくて、少し驚いたように目を開くシャンクスを、息を逃がしながらただ見つめた。
「あんまり虐めるなよ、手が出せないんだ」
「押し、たおして、る」
「何言ってんだ。もう倒れてた」
「ふ、ふ、笑っちゃう、苦し」
「元気になったらいつでも押し倒してやる」
「言ってないよ、そこまで」
足音を聞いてゆっくりベッドから足を下ろしたシャンクスが紙とペンを拾った頃、丁度船医さんが入ってきた。
「そんなに居座るなら俺が通うぜ船長、ユメ引き取ってくんな」
「治療は」
「目を覚まして汗をかいてるようなら、頑張って体を拭いて貰って、傷を見る。その時巻き直すくらいだな。後は食って寝ろ以上」
「…いいの?」
「また傷が悪くなる事さえしてくれなきゃな。ナァ船長さんよ」
とっくにベッドに乗り上げた事はバレているようで、シャンクスは気にもとめずに笑っていた。
船医室が嫌いな訳では無いけれど、
目を覚ます度に治療が必要なんだって思い知らされて辛くなっていた私は、お言葉通りシャンクスと治療を過ごす事になった。
船長室の大きなベッドは船医室の簡易ベッドよりもふかふかと居心地が良くて、優しく下ろされた身体がやんわり横たえていく感覚は、理想郷の温もりを保ったまま二人分の重みで沈んだ。
うなじに感じる、窪みを埋める厚い曲線の逞しさと、足元まで身体に沿う熱さ、満足気に緩んだ口元と力なく瞬く睫毛が、苦しみを正しく乗り越える勇気をくれた。
―――
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