貴方の事、三つ目





寝苦しさで目を開けた私の視界に飛び込んだのは、久しぶりの船内医務室だった。



寝覚め独特の、少し長めの息を吸い込む音に気が付かれたような、そんな気配を感じて、ガルニエ島の後味を引きずったまま、複雑な思いで首を傾ける。


「おはよう」


…シャンクス。

写真集をパラパラ捲るような速度で、記憶の中のワンシーンが巡っていく。まだ胸が痛むのは最後の傷だけのせいではなくて、目の前のシャンクスを巡っての全部であって。


だから、色んな感情がぶつかり合って、直ぐに言葉が出てこない。ただ色んな意味で丸ごと救われてしまった分、切なさと触れたい気持ちだけが先行して、名前も呼べないままに手を伸ばした。


「駄目だ、まだ動くな。怪我に響く」


怪我じゃないわよ。
いなくなろうとしたのよ。

多分話せてたら、第一声そんな可愛くない事を言ってたなと考える。だから、今の私は話せなくて丁度いいのかもしれないなと思った。

瞼がおもくて、一度の瞬きが短すぎて、もっとたくさんシャンクスを見ていたいと思うのに言う事を聞いてくれない。

動くなと私の手を止め、代わりに迎えに来てくれた手が、私の手をしっかりと握っている。愛おしい温度だ。まるで最後の日を思い出させるような…とまで考えてしまって、自分で刺した傷がとても傷んだ。


「…シャンクス」

「なんだ」


呼んだだけだ。

あとの言葉なんて葛藤すぎて何も用意していない。でも私の隣で、私が首を動かさなくても目を見ていられるように、少し傾いたまま緩く笑って見つめていてくれる。


「シャンクス、」

「なんだ」


私、本当に名前しか呼べないかもしれない。たくさん言わなきゃいけないことがあるのに。二度目のシャンクスは、口元を少し弾ませるように笑った。

この話しにくさには、気持ち以外に原因があって、多分傷のせいで熱があって、気だるさからもきている。
少し喋る度に息が上がるのだ。短文を少しずつしか話せそうにない。まるで虫の息の病人みたいだと思った。

まあ、大怪我人ではあるけど。


私を捉える穏やかな瞳は、
とっても私好みの甘さで瞬いてくれる。

もう随分遠くに感じる少し前の切なさや、嫉妬したりして勝手に悲しくなったり、そんなやりきれなかった頃のでは無く、昔の欠乏感を埋めてくれるような懐かしいものだった。


そしてシャンクスもどこか、
好きと伝えてくれたあの一件があってか、妙な冷たさというか棘がなくなったような、そんな風に見える。



私が目を覚ます前の最後の記憶は、壮絶な反抗だったなと思い返す。
そしてそこに触れることで痛む胸は、後悔をさしているのかもしれない。

中々諦めてくれない、完璧にさらいに来てしまった男が、「愛してる」と心から願った言葉をくれて、完璧なまでに拗ねた私の心をへし折ってくれたんだろうな。

そして眠る間もずっと、
トゲを抜いてくれたのかもしれない。


ああ、
何度でも名前を呼びたいや。

ふと、このまま名前を呼び続けたらどうなるのかな?なんて。

「シャンクス、」

「なんだ」

「シャンクス」

「なーーんだ?」


フッと静かに笑った後、
妙に間延びした言い方で歯を見せて笑うもんだから、さすがに釣られて笑ってしまった。


「へ、へ、痛い、ふふ、ちょっと、痛いのに笑いが、」

「なんだ、喋れるじゃないか。名前しか呼べないのかと思ったぞ」

「おっとまずい…バレ…てしまった」


呼吸をするリズムがまだ浅くて短いから、とてもマヌケだ。

シャンクスは座っていた椅子をグッと寄せて、私の肩口辺りに両手を寝かせて組み直し、そこへ顔を乗せて酷くデレデレな顔をするものだから、ちょっと糖分は少しずつ盛って欲しいなと目のやり所に困る。


「お願い。苦しいから、…書く物」


シャンクスは直ぐ医務室の机から書類を取って、本を下敷きにして隣に置いてくれた。

ぺらりと裏を向けた白紙に、何を書こうか早速止まってしまって、早すぎだろと一人でふと笑ってしまう。


-全部、口で伝えたいんだけど

「辛いなら無理するな」

-じゃあ、大事な事だけ。二つ言う



ペンを置いてシャンクスを見たら、
何故だか左手を握られてしまった。

わぁ、
……これは。
…とても言いにくくなってしまった。


「シャンクス、ごめんね」


何がと言われれば全部だ。
もう謝罪案件だらけだから、
きっと紙に書いても足りない。

優しく前髪を撫で上げて、
額の端っこにキスが降ってくる。

私が可愛くない事を言ったり抵抗しないように、すかさず「二つ目は?なんだ」と聞いてくる辺り、私の扱い方が腕を上げている気がした。


「居てもいい?」

「…いいか。俺が、お前を、攫ったんだ」


貴様、プレイボーイは健在か。と思うほどのスペシャルスマイルを向けてくるものだから、いよいよ目を逸らしてしまった。

しかしそんな暇さえ与えてくれないのがこの男だ。人差し指でくいっと顎を連れていかれて、せっかく逃げたのにまた至近距離で目線が絡む。


「三つ目は」


二つって言ったのにこれだ。
もうさ、解ってるんだ。

少し懐かしく感じるけど。
この人こんな感じだから、もう企みが見えてしまってもう、どうしようもなく恥ずかしくて逃げたいのに。絶対逃がしてくれないんだ。

シャンクスは私を救った。
次は私が、自分で、自身の拗ねた心を救ってあげないといけないのかもしれない。


「…」

あー、だめだ。

短く息を吸っただけで怯んで止まってしまう。きっとリンゴ一個分位の距離しかない近さでこんな顔までして。
胸は怪我をしてるからあんまりドキドキしたくないんだよ。血が抜けそうだ。



「愛してる」



いたたまれない気持ちで俯いた先には運悪く唇があって、その視線を追いかけるように着いてきたシャンクスが、鼻で唇の角度を無理に居心地良さそうな角度に連れていく。

気持ちが少し遅れてくるせいでちっとも準備が整わない私が、すっと短く息を吸い込もうとした一呼吸にシャンクスの「愛してる」を一緒に飲み込んでしまって、優しく食べてしまうような素振りの中に、甘く囁かれた私の名前が消えていった。



「ユメの目が覚めたぜぇ野郎共!!」


シャンクスに抱かれたまま皆の前に顔を出した私の周りには、もう既に、何故か不自然に部屋の前に皆が居て。



「ユメー!四つ目はぁああ?」

「ちょっと!…どこから…聞いて」

「言ってやれよ」


これは絶対、よからぬ予感が当たるやつだなと、明日のからかい上手達の猛攻が怖くなった。


みんな。ごめんね。ありがとう。

「ただいまああ!!」



勢いよく叫びすぎて胸が傷み、シャンクスの腕の中で呼吸を必死に整えようとしたが、なんの嫌がらせかドコドコ走ってきたヤソップとルゥが1メートルもしない距離でコントを始めるから、私が休まるのはもっともっと先になってしまった。


「シャーンクス」
「ユメー」
「シャーンクス」
「ユメー」

「やめてええええええええええ!!!っ…うっ、痛、ど、どこから、聞い」

「んなもん全部にきまってらぁ」

「最悪!、…もうみんな爆発しろ」



これは絶対、安静にできないな。

一向に部屋へ戻ってくれない、
満足そうに微笑むシャンクスに抱かれたまま、しばらく存分にクルー達に遊ばれていた。






 






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