bgm, Taylor Swift/ME!

10 blank. Rec.  透明な貝の中





海の家から一番近い駐車場に車を停めて、ガードレールと建物の間の階段を、浜辺に向かって下りていく。石段の谷間に挟まった空と海とが、決して混ざり合えない水平線を境に色を混ぜたがっている。それが貝の裏側みたいで、とても綺麗だった。


貝を使ったあの螺鈿らでん細工のピアスは、
オーロラを被せた緑のような色をしていた。

切なくなるほど甘い薄ピンク、
怪しげで目が離せない濃ピンクを乗せた紫、
暗く闇を落とした黒へ繋がる群青と、
全てを柔らかく包むオレンジと黄色の光。

個々の色を保ったまま移ろいはしても完全に混ざりはせず、それなのに全体を見ればまるでひざしの瞳みたいに見える不思議な色だった。


逃げようもない空から大好きだを聞いた私は、
思わず怯んで足を止める。

天体レベルの盛大なネタばらし食らっちまったと仕方なさげに笑うひざしは、私の手を揉み込むように優しく撫で摩り、行こうと手を引く。
建物の壁には既に終わったイベントの張り紙が幾つも貼られたままになっている。多分行き先は、別れの前に言っていた、フェス仕事の時にサーファーのお兄さんが勧めてくれたという灯台元のお土産屋さんだ。


シーズンにはまだ早い閑散とした浜辺を少し遅れて歩く。手は指の隙間を絡め合っていて、ひざしは揺れのリズムの間でスルスルと、ずっと隙間の感触を遊んでいる。
手をひるがえせば指先を手のひらでがぶりと包まれてしまうし、無抵抗になればどうかと目一杯に五本の指を開けば真っ向から、より一層の力を込められて仰け反るほど握られる。
逃げるためによじって横へ倒し、これならどうだと指を丸めれば、それでもいいよとでもいうように、小指から順に指の背を撫でて、おいでと呼ぶような優しさでいつまでも一本一本を愛した。

躊躇いなく進む幸せそうな足取りについて行く資格なんてない。手を離す作戦を諦めた代わりに、私は足を止めた。



「どうした?」

「いい」

「ン?」

「貝はもういい」



特別な思い出の意味を、思い出を一緒に作ったひざしが知らない訳がない。大好きな目の色がまた苦しそうにするだろうかと思うと、見上げることもできなかった。



「嫌に……なっちまったか」

「違う」

「少し座ろうか。話そうぜ」



すぐ側にあった三段しかない平階段の二段目にエスコートされて座り、三段目に座ったひざしは冷えるからと言って、膝を抱えた私を脚の間に挟んで抱き締めてくれた。



「嫌なら言わなくていいんだけどよ、……あのピアス、失くしてガッカリさせると思った。トカ?」



ガッカリさせるのはいつだって嫌に決まってる。
でも、真実はもっと滑稽で酷いものだ。



「わたしが、すてた」



身体を挟み込んだ脚が、背中を暖めた胸板が、鎖骨を通って頬を遊んでいた手が、回された腕が離れて、目の前が見えなくなっていく。
それでも緩んだだけで、頭の中でごめんねばかり繰り返していた私の身体は、また直ぐにぎゅうと包まれていった。



お守りみたいなピアスから大好きだが聞こえなくなったある日、一人きりの部屋で、光をくれた男の子にお別れをした。
消えてしまった絶望でたくさん泣いて、それでもどうしようもない寂しさを包んでくれる人は居なくて、何も聞こえないじゃない嘘つきと叫んで、ベランダを開けた私は夜の空へ宝物を捨ててしまった。

キラキラ飛んでいくのが恨めしかった。
なのに手放した後になって全速力で記憶が追いかけて来る。宝物にしていた声は、耳でも貝でもなくて胸の中からいっぱいに響くから、後悔して直ぐに探しにいった。

丸めて引きちぎったネックレスからはペンダントトップが消え、ピアスは一つしか見つからなかった。


大好きなひざしを、私が引っ掻いてぐしゃぐしゃに引き裂いて滅茶苦茶に傷つけたように思えて、可哀想な残骸を握り締めて、この手で自分でやったんだと泣いた。

夜の路傍は寒くて、たった一人で、
世界に誰もいないような気がした。

だから会いたかったけれど、
今すぐ会いたいなんて言えもしなかった。



「ごめん。ゴメンな」



見なくてもどんな顔をしているか解る。
皮肉なことに、同じように自ら捨てたお別れの日みたいな顔をしているはずだ。

途切れ途切れで上手く話せなかったけれど、全部を聞いたひざしは、私の身体がどこも寂しくないようにきつく抱き締めてくれた。



「私もごめん、大好きだったのに酷い事して」

「いいって。多分一回別れるでもしねぇと変われなかったんだからヨ」

「ちゃんと、ずっと、大好きだったよ」



熱い息が首にかかって、腕がギュッときつくなる。
身を捩って振り向いたら、
ひざしは同じように目に一杯の涙を溜めていた。



「アー……俺ずっと言われたかったンだよ」

「好きすぎて言えなくなるって本当だね。ごめん」

「……もう一回言ってくれ」

「ひざし大好きだよ」



抱き締めるので忙しくて、二人して涙を拭えないのがどこか滑稽で面白い。一度瞑って涙を落としたひざしはまた目を開くけど、直ぐに一杯になってしまう。これからは言えるように頑張るねと言えば、また目を瞑ってしまった。

また心の中をそのままに話せるようになったのはひざしの魔法だ。もう二度とあんな辛いお別れはしたくないけど、あれが今の二人を連れて来てくれたなら寂しい夜も越えて行けそうな気がする。



「幾らでも怒れよな。まぁ仲良いのが一番だけどよ、無理して辛くなるよりいいだろ」

「うん」

「別れる前のユメも好きだけどよ、今のユメも最高に好きだぜ? 俺怒られるの堪んねぇんだよな。あ、わざと怒らせてるとかじゃねぇからな」

「なんか変態ぽい」

「それは否定しねぇ。あとボロボロ泣いてんのも好きなんだよ。だから寂しくても一人で泣くの禁止で頼むな」

「泣かせたいみたいだよ? それ」

「ちげーって。俺の事好きすぎて泣いてんだろ? ンな幸せな事あるかよ」

 

押し黙った私の涙目にキスを授けてから、ひざしはやっと自分の涙を拭いた。抱き締めていた拘束を緩めて手のひらでぐいと拭い、それから晴れた顔で笑う。ご機嫌なおヒゲがうさぎに見えて、るんるん踊っているみたいだった。



「帰るか? 灯台か? 飯行くか? それとも俺?」

「ピアス!」

「あれ、要らねぇんじゃねぇの」

「そんなこと言ってない」

「ハァァン? 言ったぜぇ? 忘れたァ?」

「……くれないの?」

「馬鹿言え棚の端から端まで幾らでも買うっつーの」

「一つでいいよ。行こ、お土産屋さん閉まっちゃう」

「チョイ待って」




まだ涙で濡れた手のひらで首を攫われて、
私の唇は攫われた。

手を繋ぐだけという約束を破った山田くんの記憶と重なって、夜の空へお別れをした男の子が戻った気がした私は、あれだけ泣いたのにまたボロボロと涙を溢れさせて、目を瞑るのも考えつかずにずっと目の前の大好きな人を見ていた。


首に触れる手は力が籠ったままで、
まるで離さないぞと言っている気がする。
素敵な勘違いが聞こえる。
華やぐハチミツの味がする。


立ち上がったひざしは目一杯に背を曲げて、膝立ちになった私の顔を掬いあげて至る所にキスを降らせる。驚いたままの瞳に、涙の流れる頬に、驚いた唇に。
暮れていく陽に透けた金糸がくすぐったくて、濡れた睫毛が綺麗で、時々薄く開かれる目はほんの少し苦しそうで、切なくて、甘い色をして私を見つめる。それがとても綺麗で、私はあまり綺麗じゃないけれど大好きなひざしだけがただただ綺麗で胸が苦しくなる。

涙を溢れさせたままでは唇が震えて、かちかちと不格好な音をさせる。それでも美味しそうにひざしはいつまでも唇を啄んでいた。



「ひざし綺麗」

「それは男が言うもんだろ」

「ずっと格好良いよ、大好き」

「ヴィーナスベルトって知ってるか? あんな空みたいな事を言うんだってよ。俺は、ユメみたいだと、 ……思ってる」



苦しげに溜息をついた口からゆっくり舌が覗いて、舌唇をなぞっていく。ひとまずと言いたげな丁寧な重なりの後に頭を傾けられて、大切そうにする腕の中で耳を食まれ、そうして甘い甘い声が注がれた。



「ずっと覚えといてくれ、……大好きだ。愛してる」


 
涙を編み込んだ指先でいつまでも頬を撫でて、
真っ白になった頭に、何度でも響く声。

覚えてと切な願いを挟んで、
頭の中から胸の奥までどこまでも届くから、
気分はまるで幸せな巻貝になっていく。



二人だけの世界に夢中でいた私達は時間を忘れていて、
ギリギリになってお土産屋さんに駆け込んだ。

ひざしの下見どおり沢山ならんだ貝のアクセサリーの中からひざしの目によく似た色を選んで、これがいいと言えば、甘い顔したひざしが「ウン」と答えながら、私が持っていたピアスごと両手で握るからお店の人に笑われた。

プレゼント用でと伝えて、あいよと渡されたのはお土産屋さんのスタンプが押された封筒で、箱もリボンも無いけれど二人して最後の合宿を浮かべて、夜に抜け出した思い出のまま砂浜を駆ける。

直ぐに付けようとしたけど真っ暗で何も見えなくて、お土産屋さんも閉まって、街灯は遠くて、私達は手を引きあって点灯した灯台へ登った。


ぐるぐるのフレネルレンズから溢れる光に照らされて、私の耳には再びいつまでも消えない声が宿る。いつかまた癇癪を起こしてしまっても次はずっと聞こえるように、ありったけの声じゃなくクリムトみたいな抱擁で、ひざしはずっと私の中を満たしていく。声色に空と瞳の色まで重ねて、貝になった私の中はハチミツの香りでいっぱいに華やいでいた。


【mix you.】fin





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mix you.