「卒業おめでとさーん」
翌日非番だという彼奴が式典の前にやってきた。
一応同い年の奴は俺達学生の中に紛れ込んでもなんら違和感はなく、仕事ではないのにスーツでやって来て俺のとなりで卒業生を偽っては女の子を探している。しかし残念ながらこの大学はそもそも女子の比率が少ない上に俺と紗織の学部はそれに輪をかけて女子がいない。その事実に到着から10分もしないうちに気付いた彼奴は打ちひしがれている。女子大生を探すなら米花大とかに行けばいいのに。
俺の彼女は女子大生作戦が…と落ち込む彼奴は放っておいて俺は紗織を探していた。いい加減式が始まるのに姿が見えない。
紗織は卒業生代表で答辞を読むことになっているので来ないということは無いだろうが姿が見えない事に不安になって来た。電話をかけてもコール音が鳴るだけで繋がらない。
「紗織遅くない?」
なかなか現れない紗織に彼奴がしびれを切らしてキョロキョロとしだした。次第に集まってきた卒業生と関係者、そして毎年恒例のテレビ取材で待ち合わせの場所はごった返していて人1人探すのも一苦労だ。
「いた!」
奴の指差す方を見ると青を基調とした振袖袴を身につけた紗織が少し離れたところにあるカフェの前で厳しい顔をして電話をしていた。人混みを縫って近づくとこちらに気づいたのかパッと顔を明るくさせて電話を切った。
切る間際に電話相手に「お願いだから」と呟いた声がまるで何処かに消えてしまいそうな錯覚を俺に覚えさせる。けれど、行かないでもそばにいても言えない俺に引き止める資格なんて無い。
「探した」
「ごめんね、知り合いが突然うちに来て遅くなっちゃった」
眉を下げ申し訳ないと謝る紗織の背中に軽く手を添えて大学へ入る。近づいた髪から仄かに煙草の匂いがした。
会場に向かう俺たちにさも当たり前のようについて来る馬鹿は紗織の振袖姿を褒めちぎり満面の笑みで写真を撮っては俺に見せてくる。一見いつも通りの彼奴だけれど、俺たちが一旦別れる事を言葉にしなくてもわかっているのか、俺と紗織の微妙な距離感に何も言わない。でもこれ幸いと紗織にピタリとくっついて写真を撮っているのはいただけなくて調子に乗るなと携帯を取り上げれば、紗織が前もこんなことあったねと笑った。
それから卒業生として会場に入る俺たちは彼奴と別れ、時刻通り卒業式が始まった。
粛々と進む式で答辞を凛と読み上げる紗織をちゃっかり保護者席に陣取った彼奴がムービーに収めていたのは言うまでもない。
≪ 卒業生代表 白馬紗織 ≫
最後に名前を読み上げて一礼した紗織は美しかった。俺のことをプリンスなんて茶化していた紗織は自分が数多の男子学生から憧れを向けられていたなんてついに気付かずに卒業する。式に用がないはずの在校生がちらほら見えるのは間違いなく紗織目当てだろう。
思えば大学生活4年間はあっという間で、そして凄く濃い時間だった。
高校生の時は彼奴と同じ中の上くらいの成績だった紗織が実は日本に来る前にイギリスの大学を卒業していた天才でかなり多様な言語が話せて学年1位を悠々と持っていかれたり、イギリスの実家は執事やばあや運転手がいるお嬢様だったり、警察官上層部の父親と絶縁しているというのにそれでもなぜか警察官を目指していたり…紗織には驚かされる事ばかりだったけれどそばにいた時間はかけがえのないものだった。
「紗織」
式が終わりすぐ近くの駅に向かう途中、なぜか泣いた彼奴を宥める紗織の名前を呼ぶ。すると2人して振り返って紗織は顔を赤くし、彼奴は呆れた顔をした。全く違う反応を見せた2人に驚いていれば涙を拭った彼奴が肩を組んで来て頬を人差し指で突かれる。
「お前の顔甘ったるすぎ。ごちそーさん」
そんな顔をしていた自覚は無く、そうだった?と紗織に視線を移すと赤い顔で唇を尖らせ「そんな顔しちゃダメだよ」と怒られた。そんなに顔にでていたのだろうか。
辿り着いた地下鉄の改札を通り、生暖かい風が吹くホームに並ぶ。
「お前ら警察学校頑張れよ」
俺も配属変わるからしばらく会えないだろうけど頑張るわ、と遠くを見て言う彼奴はいつもの柔和な顔を隠して厳しい顔をしている。今まで逐一俺たちに移動や転属を報告してきたのに濁すところを見ると彼奴は危ないところに身を置く様だ。紗織もそれを察したのだろう。
「生きて、また会おうね」
騒音の中の小さな声。幼子のように俺と彼奴の服の袖を掴んで俯く姿は迷子のようだ。
その儚げな姿を抱き寄せようと手を伸ばすと、丁度駅に電車が滑り込んできた。紗織はその雰囲気をパッと切り替えて俺たちの背を押す。そこからはいつも通りの紗織だったけれど、別れ際ぎゅっと唇を結んだその顔は強がっているのが丸わかりで閉められたドアの向こう、すぐに背を向けたその瞳はきっと濡れているんだろう。
「お前、警察学校卒業して現場に立ったら迎えに行けよ」
「あぁ」
俺もあんな風に信じて想われたいなぁー、とぼやく彼奴。絶対やらねーよと睨めばハイハイと笑われる。
「2年後、絶対お前に結婚報告してやるから」
「じゃあ俺はグルームズマンの勉強でもしとくかな」
「しとけ」
彼奴の目が優しくて気恥ずかしくなった俺は飯行こう!と騒ぐ彼奴を放置して足早に帰路につく。帰れと一喝しのに結局家まで付いてきた彼奴が勝手に鍵を開けるのにはもう何も言うまい。3月の夕方は薄暗く、いつも通り照明をつけたところでテーブルの上にいつもと違うものを見つけた。白い小さな花が束ねられたミニブーケと封筒。
「なずな?」
ブーケを手にした彼奴が不思議そうに花を突いている。俺はテーブルに残された封筒の方を手に取った。薄いその封筒の中身は一枚のカード。そこには紗織が絶対教えない!と言っていたサンドイッチのレシピが記されていた。