You know the reason

俺たちは大学生になった。

俺と紗織の付き合いは高2の春から続いていて、同じ大学の同じ学部に進んだ。
彼奴だけは一足先に就職をし、キャンパスライフを共有することはなかったけれど、俺たちが大学生活3年目を迎える頃には仕事が落ち着いたらしく、ちょくちょく昼時に現れては紗織が作った弁当と学食の食券を交換しろと要求しに現れては俺か紗織の弁当を強奪し、紗織の手作り弁当にありついていた。
顔も良くて背も高く収入だって悪くないはずの彼奴だったが、いつまで経っても彼女ができず、そうしてトレードしたお弁当を食べては俺も料理上手の彼女が欲しいと譫言のように繰り返して紗織がそれに笑う。そんな高校の頃と変わらない関係を保っていた。

愛しい彼女がいて信頼する友がいる。
そんな当たり前の暖かな日々ももうあと数日もしたら終わりを告げるなんてまるで信じられない。
奇しくも既に就職した彼奴を含め3人同じ道を選んだというのに三者三様、道はバラバラで行く先も目指す物も違った。

「卒業したらしばらく会えないね」

今日は講義は無かったけれど、卒業前にゆっくりキャンパスを散歩したいという紗織の願いで2人構内をふらつく。一際目立つ講堂の前にある桜がぽつりぽつりと咲き始めていてきっと俺たちが旅立った後の入学式頃に満開になるに違いない。紗織もそう思ったのか物憂げに桜の木を見上げている。その姿は高校生の頃から比べるとぐんと女らしさを増し、艶やかな髪が風に靡いている様は美しかった。

「男女交際禁止だからな」
「なんかその言い方アイドルみたいだね」
「紗織ならありかも」
「それをいうなら大学生活4年間で56回告白された我が大学のプリンス様こそ」

軽口を叩きあう関係は変わらない。けれど、この5年重ねて来た親愛は深く、目が合うだけで綻ぶ紗織の顔を見ていると心が暖かくなる。

高校を卒業するときには既に志していた道に進むことが決まった頃から互いに口にせずとも一緒にいられる時間が短いことは分かっていた。だからこうして思い出を振り返るようにあてもなくただ隣を歩いて、本当に言いたい言葉を飲み込んでは何でもない話をする。

いくら現場に出る事が少ないだろうとはいえ警察官なんて危険な仕事なんてしないで欲しい。俺に守らせて欲しい。この暖かな時間をずっと一緒に過ごして欲しい。

でも、そんなのは俺本位の願いでしかなくて目標の為に必死に努力していた姿を隣で見て来た俺がそれを言葉にする事はそれらを無にしてしまう様で言えなかった。代わりに俺の目の前で変に良い記憶力を発揮してこの4年間で俺に告白して来た子の名前を律儀に並べ立てている紗織の腕を引いて抱き寄せれば、俺たちを遠巻きに見ていた奴らから悲鳴が上がり、やっぱりだの残念だの聞こえる。

俺のだと見せ付ける為にそのまま腕の中に閉じ込めて近距離で顔を合わせると、もうとっくにキスだってそれ以上のことだってしたと言うのに、一瞬恥ずかしそうに目を伏せる癖は変わらなくて、付き合って5年ずっとこの調子なのだから可愛くて参る。挨拶としてのキスや彼奴との至近距離には全く動じないのだからこれは俺だけの特別だ。

でも。もしかしたら。いつかこんな顔を俺じゃない他の誰かが見る日が来るかもしれない。考えただけで誰かも分からぬ相手に嫉妬心が芽生え、視線を彷徨わせる紗織の顔を少し強引にこちらに向かせた。

「学校でこういうことするの初めてじゃない?」
「今日くらいいいだろ」

少し屈めばキスが出来るほどの近距離で紗織の翡翠のような珍しい色をした美しい瞳を覗き込む。しばらくそうしていれば紗織はゆっくりと俺の背に手を回してあまり聞くことの出来ない甘い声で俺の名を呼んだ。

「私零と出会えて幸せだったよ。馬鹿な理由だったけど、日本に来てよかった。本当に好きな人に出会えたことずっとずっと大切にするね」

目の前の紗織は笑っているというのに俺は哀しくなって、周りの視線とか場所とか構わず掻き抱いた。俺が誤魔化し続けてきた別れの言葉を言わせてしまった。喉が締め付けられるような感覚がして声が出ない。

「ちょっと?零?何も永遠のお別れじゃないんだから泣かないでよ」
「……泣いてない」

ほんとにー?と明るく笑う紗織は俺が瞬きしたと同時に溢れたそれが自身の首筋に伝った感覚に気付いただろう。それでも気づかないふりをして「れーいー大好きー」と言いながら俺の髪をわしゃわしゃっと乱して、俺から離れた。

「最後くらいいつものムカつくくらい自信満々の零でいて?」

所在無さげに小さく呟かれる。いつだったか2人で見たラブストーリーの別れの場面に、私ならいつもと変わらない笑顔で終わらせたいと言っていたのを思い出した。
軽く絡められた指先を手繰り寄せて、握り締めれば「今日のごはん何にする?」なんていつもと同じ調子で聞かれてさっきまでの重い空気は消え去る。

「たまには俺が作るよ」

零が?!大丈夫?指切らない?焦がさない?と仕切りに心配してくる紗織の姿を忘れたくなくて焼き付けるように見つめていれば、見過ぎと軽く叩かれた。
一人暮らしを始めたばかりの頃は料理なんてまともにできなくて器用貧乏の彼奴が作る簡素なごはんかコンビニ弁当だったけれど、紗織と出会って一緒に料理をするようになってからは俺だってひと通り出来るようになったのだ。それでもまだ得意といえるレベルでは無いけれど、自炊には困らない程度にはなったと思っている。

大学から家まではそう遠く無い。帰宅早々心配する紗織を椅子に座らせて紗織が教えてくれたメニューの中で俺が一番好きなハムサンドを作った。レタスが不恰好にはみ出して紗織が作る時みたいに綺麗には出来なかったし、あの絶妙な味は再現出来なかったけれどそれでも紗織は美味しいと幸せそうに笑って、またいつか作ってねと自分から最後と言った癖に淡い約束を取り付け、俺の耳に唇を寄せた。

誘われるがまま口付けて夢中で抱いて、疲れ果てて微睡む。夢うつつの俺の頭を抱き寄せた紗織が「もし私が死んだらさっさと忘れて絶対幸せになってね」なんて物騒な事を言っていたけれどキャリア組の一員として現場より書類と向き合うであろう紗織よかきっと死ぬなら俺だとそう返せば「零が死ぬとか許さない」と怒られた。

ツンと尖らせている唇をうるさいよと俺の唇で塞いで、抱き慣れた温もりを腕の中に収めればより一層眠気が増す。もう、だの紗織の声が聞こえたがあっという間に意識が落ちた。
再び目が冷めた時にはすっかり朝。カーテンから差し込む光に目を細めながら枕元の時計を確認すれば時刻は7時半。大学には10時に着けばいいので悠に間に合う。
キッチンからは軽快なリズムを刻む包丁の音が聞こえて来て、あぁ幸せだな、と布団に包まりなおせば、まるでタイミングを見計らったようにぴったり紗織が部屋にやって来て二度寝しようと微睡む俺を揺すった。

「朝ごはんできたよ」

中々起きようとしない俺にしびれを切らせて零起きないなら先に食べちゃうからね!と離れようとする紗織を捕まえて手を引けば、簡単に俺の腕の中に収まる。起きてたの!?とむくれる紗織の耳元でおはよと呟けば慌てて飛び起きて耳を抑える姿が愛おしい。くすくすと笑いながら紗織を捕まえれば馬鹿なんて悪態を吐かれるけれどその言葉が甘ったるくてはまるで好きと言われているみたいだ。

それから頬を染めた紗織に布団を剥がれるまでの間、ただずっと抱き締めていた。
きっと卒業式が終われば何事もなかったように別れてそれから当面会うことはないだろう。独身寮に入ることを決めている俺は春休みの間にこの家を引き払うのに対して紗織は寮に入らないらしいから住む場所も遠くなるし同じ警察学校に行くとはいえ現場を選んだ俺とキャリアを選んだ紗織はその学校も違う。携帯電話もないに等しく、男女交際禁止、外泊も許可制ともなれば警察官として独り立ちするまでの約2年弱の間は会うこともままならないだろう。ただその間は昨日紗織がこぼした「またいつか」を信じて前に進むしかない。

「いただきます」

サーモンとレタスが挟まれたベーグルにとろとろのスクランブルエッグとベーコン、ミネストローネ、彩り鮮やかなサラダ、たっぷりのキウイと苺。挽きたてのコーヒー紗織と出会ってから食べるようになった豊かな食事だ。実はお嬢様だった紗織が日本に来る前に自宅のシェフから教わったという料理の腕前にはついに俺は追いつくことは出来なかった。何だって売ってる時代なのにそれでも1から作りたいのだと手間暇かけてくれるご飯にはこの5年間どれだけ元気を貰っただろうか。

「これからはちゃんと自分で料理するんだよ?」

袴姿に着替える為に美容室を8時半に予約してるのだと言って手早くご飯を食べ終えた紗織が食器を洗いながら言う。次また会えた時零がどんな食生活してたか絶対あの子から聞くからねと釘をさす紗織に分かったから早く行っておいでと促す。時計を確認した紗織は慌ててカバンと上着を手に持って10時に正門前ね!と言い残し、パタパタと出て行った。

まだコーヒーを飲んでいる俺はリビングでその姿を見送る。最後かもしれないなんて感じさせないほどいつも通りだった。
imy.