あめふりの約束





05と06の間あたりの話。


雨。鬱陶しいくらいの粒が頭上から降って、地面に音を響かせて叩きつける。

あ〜〜ダルい。何で誰も迎えこねーんだよ。
子供の頃から世話係を呼べば車で何処でも連れて行ってくれる家で育ち、高専に入学して初めて電車に乗った。
五月に傑と一緒に向かった任務で補助監督が緊急事態に巻き込まれてるとかなんかで迎えが来なくて、傑が電車で帰ろうと言ってきた。
電車なんて乗った事ねーよ。といえば、めちゃくちゃ驚いた顔をしてたなアイツ。
世界はゲームのようにルールの塊で作られていて、電車の乗り方だって覚えればすぐに乗れた。
今日だって迎えの連絡をしても一向に連絡が繋がらないから、電車に乗って高専近くで降りたが、ここから高専まで歩くのがダルい。田舎の砂利道、横は田畑。東京でさえ一歩外れれば田舎の街並みと変わらない。

車で向かって車で帰ろうと思っていたから傘は持ってない。けどオレには術式があるから雨の粒が身体に触れてずぶ濡れになる事はない。前に傑の前で見せびらかせば「他人から見れば違和感の塊だからやめな」と言われたけど、田舎だし人も居ないから大丈夫だろ。


水溜りが所々に出来た砂利道を進めば、歌声が聞こえてきた。

あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな

小学生の頃に音楽の授業で聴いたことのある唄。小降りの雨音の中、その歌声は先の田畑にぽつんとある古い小屋の軒下から聴こえ、先へ足を進めた。

「ぴっちぴち ちゃぷちゃぷ らんら…」
「…何してんのお前」

そこに居たのは、転入し同じクラスになった女。呆気に取られたように花のような色をした大きな瞳をこちらに向けて、一瞬目が合うとすぐに目を逸らした。

「三好谷さんに送ってもらってたんだけど、急用出来たとかで駅で下ろして貰って歩いて帰ってたら雨降ってきたから…ってか何で五条濡れてないの」
「術式」
「あー…なるほど。便利な術式な事で…」

前にお前にも無下限使ったろと言おうとしたが思い出したらしく、納得して嫌味のように言葉を吐いた。
このまま去っても良かっけど、名前を一人にしておくのが何だか無性に気にかかって隣に移動すれば、はたまた大きく目を見開いた。
しかしまた一瞬だけ目が合っただけで、節目がちに目を逸らした。
…いつもコイツは目を合わせようとしない。

「先、帰ってれば…?」
「いーだろ、ここで待ってたらまた三好谷さん通るかもしれねーし」
「来ないよ」
「…あ?」
「来ない」

ふと隣にいる名前の顔を見れば、無表情で冷たい目を、遠く雨の中を見ていた。
何で来ないって言い切れるんだよ、途中で置いてかれて不貞腐れてんのか?あ〜なんだよ、他人の不機嫌押し付けられるなんてダルすぎ。やっぱり帰ろうかな。てか何でコイツの事気にかけてんの俺。あほらし。
はあ、とため息を吐けば、ハッとしたように名前は俺の顔を見て笑ってきた。…しかも、何かを思い詰めた顔を隠しながら。

「あっ、ごめん。帰ってくるの多分夜になるって言ってたから!それにもうすぐ止むと思うし、大丈夫」
「…お前何考えてんの」
「………へ?」
「何か隠してんだろ。言わねーと帰んねーから」
「…別に何も」
「あっそ」

誤魔化すように答えたコイツの答えに苛ついて俺は隣から動かず、帰るのをやめた。
なんだよ、俺がそんなに邪魔かよ。今名前の中で何を考えてるのか分からない。でも、その背負ってる物が何なのか、ムカつく程に気になった。
横目で見れば「隠している事なんて何もない」と言ったはずなのに、俺が帰らない事に複雑な顔を見せてくる。
てめーが作った状況だろ、めんどくせーならそんな顔すんなよ。


ぽつりぽつりと降っていた雨は、更に強さを増していく。
おいおい、もうすぐ止むって言ってたのどこのどいつだよ。逆じゃねーか。
激しくなりザアアアと鳴り止まない雨の音の中、小さく「来なかったんだよ」と呟く彼女の声が聞こえた。

「お母さん、来なかったの」
「…は?」
「昔、お父さんが亡くなって小学校に上がる前に山奥にお母さんと遊びに行ったの。途中で雨が降ってきて、お母さんが車から傘を取ってくるねって言ったから、近くの小屋の軒下で待ってたけど来なかったの」

また隣を見れば、雨の中で過去を遡るように遠くを見ていた。
それって…。言葉を挟もうとすると、少し笑って話を続けた。

「今思えば、一緒に車に戻らない時点でおかしいのにさ。あの時は、お父さんが亡くなっておかしくなったお母さんが久々に私に優しくて、それで一杯だったんだと思う。でも…私、捨てられたの」
「…でもお前、生きてんじゃん」
「おじいちゃんが迎えにきてくれたの。行き先、おじいちゃんに言って出かけたから。でも、その後お母さんは家にも帰って来なかった。…今、生きてるかさえも分かんないんだよね」

そういえばもう家族と言える存在が居ないって夜蛾先生が言ってたっけ。
親戚とか居るだろ?と以前先生に問うたが、先生が代わりに役所で調べた限りだと名字家は細々と子孫が減っていったらしく、見当たらないらしい。
名字家はもう、俺の目の前にいる本人しかいない。
たまにじーちゃんの話をしてるのを聞いた事はあったが、親の話を聞いた事は無かった。
中々めんどくせー家系でめんどくせー人生して生きてきてんな。名前も、俺も。
ま、呪術師ってそんなモンなのかもしれない。

「少し思い出しただけ。変な事言ってごめん、だから先に帰ってて良いよ」
「お前どーすんの。この土砂降りが止むとは思えねーけど?」
「…待つよ、止むの。待つのは得意だし」

だから大丈夫。ニッと歯を見せて変な笑顔を向けてきた。
ああそうか…コイツ、人の頼り方知らねーんだ。人に頼ったらダメだと思っているらしい。
出来るだけ、自分でどうにかする。そうやって生きてきたんだろう。
今、隣に俺が居るのに何で頼ろうとしないんだよ。 
その意地張ってる姿に無性に腹が立って、術式を発動して手を引いて小屋の外へ連れ出した。

「えっ…五条?」
「お前、何でめんどくせー事しか考えられねーワケ?俺に頼れば一発だろ」
「……でも、迷惑でしょ?」
「迷惑なんて思ってたらお前と軒下で突っ立ってるわけねーだろ」
「…ごめん」
「そこは謝るんじゃなくて感謝しろよばーか」

腹が立って皮肉をいえば、少しイラッとしたような顔を見せてきた。
おー、それそれ。いつものブサイクな顔。さっきの無表情で思い詰めてるような顔よりは断然、こっちの方が良い。

「…ありがと。でもむかつく、ばーか」
「少しは素直に感謝しとけよばーか」

彼女の手をとって、雨の中をゆっくりゆっくり歩いていく。冷たくなった、その手が温まる頃には高専についてるだろう。

「何かあったら俺に知らせろ。話ぐれーは聞いてやるよ」
「五条が優しいじゃん。熱でもある?」
「俺は年中優しいっつーの。お前が生意気なだけだろ」
「はあ?五条に言われたくないし!」
「ああ?!」

いつものコイツが、居なくなんねーよーに。
自分の小指に約束して、握った手を一層ぎゅっと握って大雨が降る帰路を歩いて帰った。


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