(10と11あたりの話)
「…んで?まーた呪いにかかったワケ?」
任務から帰ってきた五条は、談話室で硝子と一緒にいる女の子に対して呆れた言葉を吐いた。誰だかは瞳を通じて理解できたし、面影は残っているが、いつもよりも、小さく、幼い。
ソファに座っている硝子の隣で、ちょこんと座ってテーブルに置いてある画用紙にお絵描きしている彼女は、いつもよりもあどけない表情で熱心に絵を描いている。
「一緒に行った任務でねー私の事庇ったせいでこんな事になっちゃった」
「だとしてもヘマするなんてコイツもまだまだだわな」
いつも強いもん!大丈夫だもん!と強気を見せる彼女だが、やはり隙がある辺りまだまだ弱い。
溜息を吐いた五条は小さくなった彼女の目線の高さに合わせるようにしゃがめば、絵に集中していた彼女の視線が彼へと向いた。
「お前今なんさい?」
「ごさい!」
手をパーにして五条へ満面の笑みで応える彼女に、どうしようもなく愛らしい気持ちを抱いてしまい、思わず頭上を見上げた。
「あー…なんだこれ」
「子供の可愛さって堪んないよねえ」
「…いつものアイツ、こんなんじゃねーじゃん。このガキ、マジでアイツなのか?」
いつも彼に対して嫌いだムカつくだ言って笑う顔より不機嫌な顔の方が多い彼女が、いつもとは見間違える程の天使の様な笑みを向ける。ニコニコと五条の顔を見る彼女は、いつもは目を逸らすのにじぃっと見つめてきた。
「おにーちゃん、だあれ?」
「俺?五条悟」
「悟おにーちゃん!おにーちゃんのおめめ、きれいだね!私とおんなじでみんなとちがう!」
「まーな。ていうか綺麗とか思ってたのお前?」
「?きれーだよ!それにおにーちゃんかっこいい!」
「は…?かっこいい……?!」
「ブハッ」
言われた事のない事を発言する小さくなった彼女に対して、五条は驚きが隠せない。その驚いている彼に対して、硝子は彼女は幼くても好みのタイプは変わって居ない事と、いつもなら五条に言えず自身にぶつけてくる感情を本人に伝えている光景に、思わず笑いが込み上げた。
「ぱぱとおなじくらいかっこいい!」
「へえ、お前のパパはかっこいいわけ?」
「うんっ!かっこいいよ!ままもねー、やさしいの!」
幸せそうな顔で語りかける彼女に対して、五条は過去の彼女との記憶を遡った。
……前にアイツ、母親に対して捨てられたとか言ってたっけ。ってことは、それより前ってことか。父親も生きているようだし、もしかしたらアイツが一番幸せな時に戻ってしまったのかもしれない。これからどんどん地獄へ進んでいく未来が待っている事を、この幼い子供は知らない。これから待っている地獄で、アイツの笑顔はどんどん消えった。
名前は「これが、ママでこれがパパ!」と描いた絵を五条と硝子に見せて、また真っ白な画用紙に色をつけていく。
そんな様子を見て五条は硝子とは反対側の彼女の隣へ座り、彼女の頭を撫でる。
「五条って子供好きだっけ?」
「ビービーうるせーのは嫌いだわ。つーかコイツ戻れんのかよ」
「寝れば呪力も回復するし呪いも解かれると思うんだけど、寝ないんだよねえ。……ねえ、そろそろお昼寝しない?」
「やだ!!しない!!おひるねきらい!!」
「…ってな感じよ。子供ってこんなに元気だったっけ?」
「いつものアイツも朝はえーし、元気だけは一人前だし?いつもこれくらい可愛げがあればマシなんだけどな、コイツも」
「別にあの子も好きで我慢する子になったワケじゃないだろう?そこは私達がこの笑顔を取り戻さないといけないんだよ……五条」
「……なんだよ」
「だから名前の事、いじめてやるな」
「…別に、いじめてねーし」
五条は小さくなった名前の頭を無雑作に撫でれば、下から太ももを叩いて「おにーちゃん!みて!」と声をかける彼女の声が聞こえ、下を向くと一枚の画用紙を見せてきた。
「何だこれ」
「わたしの、しょーらいのゆめ!かいた!」
「将来の夢?何、将来の夢とかあんのお前?」
「これ、悟おにーちゃん!かっこいいおにーちゃん!」
名前が指差す方を見れば、白い髪に目の色が水の様な青い色をした人のような絵だと分かった。
…ま、幼稚園児の年のガキの画力なんてこんなもんだよな。
隣を見れば、髪の長く目が淡い桃色のような人の絵と、それよりも髪が少し短く、頬にホクロのような点がついてある人の絵も描かれている。
「これは誰だよ」
「これはぁ〜わたし!どれすきて、おにーちゃんとけっこんしきしてるの!」
「はあ?!結婚?!なんでだよ!!」
「…おにーちゃん、いやなの?」
突然の言葉に五条は大きな声を上げて驚けば、その大きな声に驚いた彼女は目を大きくあけて、少し悲しそうな顔をして聞いてきた。
……結婚っつーか、お前、俺に対して生意気な態度取ってんじゃねーか。キャラ変わりすぎだろ。
いつもの彼女と同じように接してしまい、子供にどう説明すればいいのか、少し戸惑っていた。
「いやっつーか……」
「五条、子供の冗談に真剣になるなよ」
「ちがうもん!じょーだんじゃないもん!あ、おねーちゃんはこれね!けっこんしききてくれたひと!」
「ふふっ、そっか。いいよ、二人の結婚式は是非とも出席するよ」
「おい硝子!冗談っつたのお前だろ!!何乗ってんだよ!」
「じょーだんじゃないもん!悟おにーちゃんとけっこんするの!わたしのしょうらいのゆめだもん!」
子供の戯言だと言った硝子は彼女の真剣さに遊びのような感覚で合わせていたが、五条は彼女の真剣さにどうすればいいのか分からないようで、あたふたと焦る様な顔を向ける。
硝子は同意してくれたのに、結婚に対して答えてくれない様子に、彼女の瞳には大きな涙の粒が浮かんできた。
「あーーーったく、泣くな、泣くなよ!」
「おにーぢゃんがげづごんじでぐれない!!」
「お前だってこれから先俺のこと好きでいる可能性ねーだろーよ」
「ずぎだもん!!おにーぢゃんのごどぎらいならないもん!!」
「お前なぁ…」
「やだやだやだ!!おにーぢゃんどげっごんずる!!」
うわあああ!!と大声で泣き出した声は、談話室を抜けて廊下まで響いているらしく、ちらちらと高専関係者が談話室を覗いては大丈夫か?と二人に心配の声をかけてきた。
五条は以前とあたふたするが、硝子は息も切れ切れに笑い、助けてはくれない。
何だよ!いっつも嫌い嫌い言ってたのに、好きだの嫌いにならないだの……!過去と現在のお前が違いすぎるんだよ!!
五条の中で苛々する気持ちが募るが、この苛々をぶつければ一層泣き出すだろう。子供の世話をするのが苦手な彼は、必死で泣き止ます方法を考えた。
「あ〜〜〜!!分かった、とりあえずお前が諦めなければな。嫌いにならないんだったら、結婚考えてやるよ」
「ひっぐ……ぼんどに……?」
「二言はねーよ」
今のお前なら諦めてるしな。と五条は心の中で一言付け加える。
自分の結婚さえ考えた事無かったのに、名前のおかげで将来設計の見積もり表をいきなり渡された気分だった。
つーか前にコイツ、自分は運命の相手なんか居ないなんて言ってたけど、昔は結婚とか考えてたんじゃねーか。……まあ、幼い頃に自身が持ってる術式がどんな能力かも理解していないから、って言うのもあるんだろうけど。冗談半分で言ったが、いつかコイツが運命の相手に出会うと思うと、何だか少しモヤッとする。
あ……なんだコレ。あれか、先を越されるかもしれない闘争心か?
涙を袖口で拭き取れば、淡い桃色の瞳は紅みを増しており手を広げてきた。
「ッグス…おにーちゃん、だっこして」
「ったく、世話のかかるガキだな」
「ガキじゃない!わたし、しょうらいのおくさん!」
「あーハイハイ。将来の嫁は手がかかるわ〜」
「おにーちゃんいじわるだね?!」
五条は言われた通りに抱っこすれば、彼女は笑って彼の頬を横にぎゅぅっと摘んでは横へ引っ張る。そんな二人を硝子は静かに見守った。
…こう見えば、いつもの二人と変わらない。ただ、二人とも意地っ張りで素直に自分の意見を言うのが苦手なだけなんだ。
頬を引っ張ったのを防いだ五条は、彼女の頭をゆっくりと撫でて落ち着かせるように背中を撫でた。今後どうするか硝子と話し合っていれば、気づけばすぅすぅと静かな吐息が聞こえてきた。
「あっコイツ、寝やがった」
五条の服の腕部分をぎゅぅっと握り眠った彼女の顔は、11年経った今の寝顔とそっくりだ。五条自身は泣き止んだ事にひと段落し、ホッと胸を撫で下ろす。
「泣き疲れたっぽいな」
「いや…多分お前が抱きしめた事で落ち着いたんだろう」
「そーか?」
大好きな人の胸の中は、きっと落ち着くんだろう。
とりあえず起きても大丈夫なように、医務室に運ぶために談話室から出ることにした。
***
無事元に戻った名前が目を覚ました事を硝子から話を聞き、再び様子を見に医務室に五条が現れれば、彼女は二人に深々と頭を下げた。
「マジでごめんなさい……まさか子供に戻るなんて呪いにかかるとは思わなくて」
「うるせーガキだったわ、マジで。強いとか言うんならもうちょいしっかりしろよばーーか」
「なっ、うるさいばーーーか!ほんとそういうの嫌い!」
「……やっぱ無理だったじゃねーか、ばーか」
「はあ?何が?」
幼少期に戻った時の記憶は無いようだ。
あんなに必死に相手をしてやったのに、覚えていないなんて。
それで良かったはずなのに、五条は何故か不満な気持ちを浮かべていた。
言い合う二人の中、硝子が二人の間に入る。
「そういえば、ちっちゃい頃の将来の夢がお嫁さんって本当?」
硝子を聞いた彼女は、言い合う口を止めれば顔を真っ赤にし、思わず五条は目を大きく開いた。
……え、それは本当だったのかよ。
「な、んでそれ知ってるの…?私言った事無いよね……?」
「ちっちゃくなった時に言ってた」
「…ほんとに?うわ、恥ずかしい…。他に何か言ってた?」
「ふふっ。五条と結婚するーって言ってたよ?」
ニヤリと笑った硝子の言葉を聞けば、彼女はさらに顔を真っ赤にして、チラッと五条の方を見る。
気まずい顔をした五条を見れば、椅子から立ち上がって五条と距離をとり口元を手で覆った。
「えっ…あっ…ぅっ…うそ…!!いやああああ!!」
小さくなった時の泣き声と同じくらいの音量で悲鳴をあげれば、瞬足で医務室から出ていった。
「…なんなんだよ、マジで…」
お嫁さんになるのが夢だった彼女の夢は、どこまで真実だったのか。
赤面する名前を見た五条は頭を抱え、それをみた硝子だけは面白そうに笑っていた。