半分の思い出






シャンシャンシャン、シャンシャンシャン♪

鈴の音が鳴り響き、辺りはキラキラと輝くイルミネーションの光。夕方だからくっきり映えているわけではないけれど、冬の寒さで輝きが増した街中が広がっていた。

わあ、綺麗!
…なんて気持ちになれなかったのは、任務前じゃなければ少しは違ってたのかもしれない。


冬でも呪霊は容赦なく被害を出している。
今日も新宿の奥地で任務要請が入った。人気があまりない路地にある廃墟の建物。そこで不可解な死体が見つかり、一級相当と三級相応の呪霊が確認され渋谷で別の任務を行っていた夏油と向かう事に。
任務先に向かう際に通る道の、とあるビルの前で待ち合わせることにしたけれど、夏油は中々現れない。
任務は終わったと電話してくれたけど、徒歩で来るのか車で来るのかで時間も変わるしなあ。メールで催促しようかと思ったけど、急かすのも嫌だしやめた。
しかし人を待ってる時って考え事をすればあっという間なのに、朝に向かった任務の疲れで何も考えらず、意外と長く感じる。

…あー夏油早く来ないかなあ。


ふと向かい側を見るとケーキ屋には沢山の人が押し寄せており、クリスマスという事を再認識した。正確にいえば今日はイヴなんだけど、それでもケーキ屋は大繁盛。
こちとら呪霊が大繁盛で、クリスマスイヴに人が溜め込んだ呪いを祓ってるなんてなんだか心が虚しくなるけれど。呪霊が報われて被害が少なくなるんであれば、私はそれで良いや。

そんな事言いつつも、クリスマスという風習はあやかりたい気持ちはある。
サンタを信じる年齢は過ぎ去りプレゼントをお願いするなんて事はしないけど、甘いものは好きだしケーキを食べて雰囲気だけでも楽しみたい。
これから任務だとして、終わるのは多分…日付が変わる頃になるだろう。そんな時間にケーキ屋が開いてるわけないし、明日ももしかしたら任務が入るかもしれない。
やるなら今!そう、帰ってすぐ。そうなれば、手作りするのが一番。
しかし材料が…いや、そういえばこの前テレビで見た生クリームを使った料理が美味しそうで生クリームは寮の冷蔵庫に入れてるし、薄力粉もあるし……いけそうだな。
うん、疲れてたけどやる気出てきた。久しぶりにケーキ作ってみよう。


ぶつぶつ自分の脳内で今後の予定を巡らせていると、びゅううううっと冷たく強い風が吹く。雪もしんなり降ってきて、ホワイトクリスマスになりそうだ。
しかし寒いのは勘弁。うう…寒くてお手洗い行きたくなってきた。
…まだ夏油来ないよね?
ビルの一階にはコンビニがあり、外から覗くとトイレの看板が見えたので、済ませる事にした。


***



用を済ませて洗面台の鏡を見ると、さっきまで風が吹いていたせいか髪型が思った以上に乱れていたので、整えてコンビニを出る。元いた場所へ戻ろうと視線を向ければ、見知った姿が見えた。
あ、夏油だ。
しかしよく見ると夏油のそばには女性が居て、何やら会話している。その女性は姿からして…補助監督でも、呪術師でもなさそうな華やかなスカートを履いていた。誰だろ……?


……もしかして夏油の彼女…!??!?


ふとした瞬間、脳裏に正解であろうワードが浮かんだ。
今日はクリスマスイヴ。昔テレビを見ていたら「恋人はクリスマスイヴからクリスマスになる瞬間が幸せなひとときですよね」なんて芸能人が言ってたのを覚えている。
恋人が出来たらそんな幸せなひとときを過ごしたいな…なんて昔の私は思ってた事もあった。まあ、恋人なんて出来ても不安でしかない能力が自分にある事が知った今、そんな気持ちは消え去っているけど。
しかし恋人がいるのに任務なんて、夏油も夏油の彼女も辛いはず。ましてや彼女でもないクラスメイトの女と一緒だなんて知れば…私が彼女の立場だったらとってもモヤモヤすると思う。
でもでもでも……任務は任務だし…あああどうしよう。
電柱の影から二人を覗きつつ出るタイミングを見計らっていると、二人の会話が周りの雑音に混じりながら聞こえてきた。

「本当に高校生?大学生の間違いじゃない?身長高〜い!」
「高校生ですよ。まあ間違えられる事がないっていわれたら、ありますけど。だからお酒も飲めないんです」
「そうなの?じゃ〜お酒飲めない所でいいからさ、ご飯でも食べよーよ。私じゃ、だめ?」
「お姉さん可愛いから私には勿体ないですよ。それにこれからちょっと予定があって、せっかく誘ってくれたのにごめんなさい」
「あっ!やっぱり……彼女居るんだ?」
「まあ、そんな感じです」
「えーっ残念。でも彼女より楽しい時間、味合わせてあげれると思うんだけどな〜」

あれ…なんか、会話が恋人っぽくない…?
女性は夏油の腕に腕を絡めていて、側からみれば恋人同士のように見えるけれど、何か違う。
そういえば私もこういう声のかけられ方された時あったな…あ、ナンパだ。
ん?………ナンパ?!
ナンパって男の人がする事じゃないの?!夏油が逆にナンパされてる?!そんな光景見たことがない。
夏油って結構モテるんだ…。
確かに優しいし、気も使えるし、呪術なんてチンプンカンプンだった私をここまで成長させてくれたのは彼のおかげでもある。こう考えてみるとモテるポイントは高い。

「へえ、それは気になるなあ。連絡先交換しましょっか」
「えっ、するするー!」
「今日は無理だけど、予定空いたら連絡しますね」
「分かった。彼女に飽きたら私空いてるから!またね〜」

夏油と女性は携帯を向け合って連絡先を交換したらしく、満足した様子の女性は去っていった。
角を曲がって見えなくなったあたりで、隠れていた電柱からひょっこり出て夏油の元へと歩けば、すぐに気づいては「やあ、お疲れ」と微笑みを私に向ける。

「……さっきの女の人に、連絡するの?」
「なんだ見てたのか、気になる?」
「そりゃー…ナンパされる男の人なんて今まで見た事無かったし。恋人さんじゃないのかなって思ってたけど違うんだね」
「はは、恋人はね今居ないよ。まあそうだな…名前がして欲しくないならしないよ。単に面倒だったから切るために交換したっていうのもあるし」
「じゃあ元々会わない前提だったの?」
「うーん。スタイルも良くて中々可愛いし、暇潰しにはなるかと思ってたから五分五分って所だね」

撤回。夏油は優しいけどやっぱりクズである。暇潰しって……そういう恋愛観は共感出来ないし理解出来ない。引いた目で彼を見れば、相変わらずの微笑み顔だけど、それが益々胡散臭い。

「そんな目しないでよ。相手も五分五分で話しかけてきてるんだからおあいこだろ?」
「分かんないよ、本当に夏油の事好きなのかもしんないじゃん」
「それは無いよ、分かるからね」

もしかしたら経験上の何か、で夏油には分かるのかも知れない。私には到底理解出来ないし、しようとも思わないけど。

携帯で時間を確認した夏油は「そろそろ行こうか」と目的地の方向へ歩みを進めた。
五条よりは低いけれど彼も背は高くて、見上げて歩けば白い吐息が漏れている。前髪が風にゆらゆら揺れて、確かに綺麗な顔をしているなと思った。
少し彼の歩く歩幅が短くなって横並びになると、大きな手が顔を覆うように降ってきたので思わず、なに、と手を退かした。

「そんなに見られると少し恥ずかしいよ」
「別に…夏油ってモテるんだなって再認識してただけだよ」
「はは、まあ悟よりは連絡先交換を求められる確率は高いと思ってるよ」
「えっ五条もナンパされるの!?」
「まあね。でも悟の場合、最初外面は良いけど話していく内にボロが出て交換する前に女の子去っていくから安心していいよ」
「安心って…」
「今日だって悟と一緒に居たかったんだろ?なんたってクリスマスイヴだしね」
「別に……そんなんじゃないもん」
「強がって。名前の欲しいものは大体分かるよ」

ぐぬ。相変わらず読めない顔をして痛い所を突いてくる。
…まあ、好きな人がいるのであれば、一緒に居たく無い人はいないだろうし?
私だって五条と一緒に居たいかと言われれば、居たい…。けれど彼も別件で東北の方に任務らしく、私も任務でクリスマスどころではない。それに、誘惑の術式を持つ私にはそんな想いを楽しむ権利もないのだ。

「…そういう夏油は、欲しいものとかあるの?」

五条の話は夏油と話すと毎回恋バナに持っていかれて恥ずかしい思いをする為、話を変えてみた。
ってのもあるけど、率直に気になる。夏油って聞けば答えてくれるけど、中々自身の話しをし出さないから近くに居てもよく分からない時がある。

「あるよ、これが中々手に入らないんだけどねえ」
「えっ、レア物?へぇ夏油も物欲あるんだ」
「そりゃ人並みにはあるさ。レア物といえばレア物だけど…名前がくれるの?」
「手に入ればだけど…夏油には色々お世話になってるし、クリスマスプレゼントあげるよ」

今まで迷惑かけてばっかりで、全然お礼とか出来てないし、何か夏油が喜んでくれるのであれば出来るだけ叶えたい。
でもでも、海外とか行かないと手に入らないとか、一分で売り切れちゃうとかだったら中々難しそうだなあ。

道路を渡る為に信号が青になるを待ちつつ、ぶつぶつ頭の中で考えを巡らせていると、夏油は私の手をするり指と指の間をなぞる。思わず驚いて肩上がると、さらにぎゅっと握ってきた。

「ぅ、え?!……な、何?」
「私の欲しいモノ」
「え?……手?指?え、何?」
「私の欲しいモノは名前だよ」
「、」

指を絡ませて握られた手が解けたと思えば、指先を握られ、ちゅ。と音と共に唇が触れて、声に出そうとした言葉は音を出さず消えた。
え、あ、…………え?
追いつかない頭を必死に回転する。
……キス、した?指先に…?
状況を把握していくと、冬だというのにどんどん顔が暑くなっていく。

「え?!!?な、ななななにしてるの!?」
「名前、指冷たいね。冷え性?」
「いやいやいや、ナチュラルに繋ぎなおすな!!」

再び指を絡めて握られた手は「ほら、青になったよ」と何事も無かったかのように当然とする彼によって引かれる。

「名前の事、私にくれるんだろう?違うの?」
「またそうやって……揶揄うのやめてよ」
「…まあ名前が私に対して赤くなる事無かったから興味半分、もう半分は本気でだよ」
「半分本気って本気じゃないでしょ」
「さっきの女の人よりは本気だよ」

いや、そういう張り合いの問題ではないんだけども。
何を考えているのか分からず、心でため息を吐いた。
…しかもずっと手握ってるし。私達今から任務だよね?緊張感無さすぎじゃない?

「別にね、人の恋路を邪魔しようなんて考えてはないよ。ただ君があまりにも悟に夢中だから、少しはこっちも見てほしいなって思っただけさ」

ただのワガママなんだけどねと困ったような顔で笑いながら言うが、度々冗談を言われるいつもとは少し違って違和感を覚えた。

「前に私に対して恋愛感情持ってないって言ってたじゃん」
「そうだね。でも…時間が経てば気持ちも変わってくるんだよ?」
「え、」

それは…私に恋愛感情を持っているということ?自意識過剰ではあるが、彼が言う発言を聞く限りそう捉えてしまってもおかしくないはずだ。
握られた手が、指と手のひらを繋ぐ関節を上から撫で、身体がびくりと反応して思わず引っ込めようとするが、力に敵わない。
夏油の指、ゴツゴツして厚みがある。大きくて覆われそうな手はじんわりと温かみがあって、正反対の冷たい私の手を溶かしていく。
……なんでどきどきしてるんだ、私。
夏油が本当に私に対して恋愛感情を持ってたとしたら…と考えるとまた徐々に顔が熱くなっていく。
だけど、こんな時にさえ頭に浮かぶのは、あのバカみたいに笑った五条の笑顔だった。

「え、っと、あの……夏油、私でも、まだやっぱ五条が、」
「なーんてね」
「……え?」

考えを巡らせながら下を向いていたので、思わずあっけらかんとした口調に、彼の顔を見上げた。
キツネにつままれたような顔をすれば、夏油はキツネのように目を細めて私を笑って見ていた。

「冗談だよ。本気になるわけないじゃないか」
「〜〜っ!!また揶揄って!」
「はは、可愛いね」

もう!!
繋がっていない方の手でグーパンチを軽く夏油の肩に入れれば、繋いだ手を離して、まあまあと両手をあげる。
なんだよなんだよ、真剣に考え込んじゃったじゃんか。

「でももし悟が嫌になったらおいで」
「何それ。そんな誰かの代わりみたいな気持ちで恋しないよ」
「…気持ちが強いね。そういえば初恋だったっけ」
「〜っもう恋の話は終わりっ!任務、任務の話しよ!」
「えー?クリスマスなんだし、いいじゃないか」

それを言ったらクリスマスならなんでもいいのか。クリスマス以外なら聞いちゃいかんのか、なんて屁理屈な言葉が浮かぶ。

「夏油の考えてる事分かんない…」
「分かんなくて良いよ」
「やだ、夏油の事もっと知りたい」
「そんな事言われたら、男は勘違いしちゃうからやめな」
「勘違い?」
「そう。気があるって思っちゃうから」

ね、と私の頭を優しく撫でる。勘違いさせようとしたのはそっちも同じじゃないか。夏油ってたまにブーメランな事言うなあ。

「…仲間として、友達として知りたいのは本当だよ」
「うーん、じゃあ何かくれたら教えてあげるよ」
「だから夏油の欲しい物、教えてよ」
「私は名前が私にあげたい物が欲しいな」

うーーーん、、あげたい物。「期限はいつまで?」と聞けば、「明日までかな、クリスマスだしね」と答える。そんな急な。
今月、外に出ればクリスマス仕様に飾られた催しを見て雰囲気は味わっていたが、自分自身そんな悠長にしてる場合ではなく、期末テストや任務やらでバタバタしていてプレゼントを買うなんて思い付かなかった。
明日買えるのか…?!
短いタイムリミットで思い浮かばない頭の中、一つ、思いついた。私が出来る、喜んでもらえそうなプレゼント。

「ケーキ、はどう?クリスマスケーキ帰ったら作ろうと思ってるんだけど」
「え、作るの?買えばいいのに」
「明日もし任務入ったら作れないじゃん」
「タイミングによるとは思うけど…そうだね。じゃあ私も手伝うよ」
「そうなるとプレゼントじゃなくなるじゃん!」
「私からのプレゼントだよ。こういう誰かと一緒に何かするの、好きだろう?」
「そりゃあ……まあ、」

仲間と、友達と、何か楽しい事をするのは好きだ。今まで友達が居なかった私には、高専に入って友達と一緒に遊ぶことも、ご飯を一緒に食べるのも、作るのも、初めての体験。
仲間が、友達が、こんなにも自分の中で大事なものになるなんて、昔の自分が知ったらどう思うだろうか。

「作ったら一緒に食べよう。硝子と悟の分も作ってさ」
「分かった。じゃあ〜夏油は生クリーム作る係ね」
「ちなみに泡立て器あるよね?」
「無いよ!」
「それめちゃめちゃ大変なやつじゃないか…」
「でも手伝ってくれるんでしょ?」

ニッコリ笑顔で夏油に問いかけると、渋ったような顔をした。いつも意地悪してくるお返しだ。

「よしっ、任務終わらせてクリスマス楽しも!」
「そうだね」

どんな時でも優しかった夏油との、あの青い日の記憶。これは私だけのクリスマスの思い出だ。