逆夢





50,000hit/1年生1月あたりの話。









むむ…………ねむれない。
深夜零時を回り、時計の鐘の音が12回、私だけしか居ない静まり返った広間に響き渡る。いつもならこの時間は夢の中なんだけれど、夢見が悪く目が覚めてしまった。
それでも寝ようとしたが、夢の世界に戻るのが怖く、気づけばふらふらと共有スペースへ足が進んだ。ソファに横になり、ニュース番組が流れるテレビを内容が入ってくるわけでもなく、ただ見つめて一時間は経っただろうか。
こんなダラダラするくらいなら、朝の授業で夜蛾先生が「来月テストを行うから自分達で復習しておけ」と言ってたから、眠気を誘うためにも勉学に励めば良いんだろうけど、あいにくそんな気力もない。寝れるのであれば寝てしまいたいが、どうにも眠れないのだ。んんん、困った。


そもそもなんであんな夢を見てしまったんだろう。曖昧にしか憶えていないけれど所々鮮明に憶えている。
夢の中の私は呪詛師になっていて、姿格好は今の私よりも少し髪が伸び、まるで大人になった自分を見た感じだった。
そんな私は呪詛師の仲間と生活を共にし呪霊とも関係を持ち、人を嫌でもというほど殺しているという、夢。
仲間の一人――とても仲良いが、顔が分からない男が私の事をよく気にかけてくれていて、その人と私は恋人同士のようだった。
誰だか分からないし、その人を好きになるなんて到底思えないけれど、夢の中の私が向けるその人を好きな感情を、今の私は夢の中で理解出来ていて変な感じになった。
……現実問題、私が好きなのは五条であって他の人を好きになるなんて想像がつかないのに。

そんな五条も夢に出てきた。
しかし彼と夢の中で出会った私は、闘いののち負けてしまい、彼に殺される所で目が覚めた。
夢の中の五条は、今の私に対して見せている笑ってる顔や不機嫌な顔の面影は一切無く、とても冷たく、憎悪を感じる表情を向けてきた。前から五条が私に対して「俺も嫌いだっての」って言っていたけど、今までの言葉が拒絶するほど本当に嫌いでは無かったんだろうなと理解できるくらい、夢の中の五条は冷たかった。

夢なんだからこんな未来はやってこない、そう理解はしている。もちろん私は呪詛師になろうなんて思わないし、絶対に無いはずなのに……呪詛師になってしまったら……なんて、もしもの事が頭を駆け巡ってしまう。
徐々に意味の分からない不安が襲い、また夢の中に戻れば夢の続きに戻るんじゃないかと、五条のあの表情をまた見るんじゃないかって思うと、どんどん目が冴えていった。
ならば寝れるまで起きておこう理論。明日は朝から授業があった気がするけど……しょうがない、徹夜で挑もう。

しかし一人で居るのもなんだか寂しく一向に時が進まない。夢を思い返せば、呪詛師になった私は仲間も恋人もいたのに、とても寂しかった感じがする。眠れないのは夢に似た寂しさのせいかも。
誰かと一緒に居たいけれど、丁度クラスメイトの皆は寮には戻っていない様子。夏季より任務数は減ったとはいえ、今日もクラスメイトは任務へ出ずっぱりだ。私より強いし優秀だから、しょうがないんだけども。

そんな優秀なクラスメイトは途中から入学した私をよく気にかけてくれてくれる。
硝子はタバコ休憩の時に無理していないか?と、よく私に声をかけてくれるし、夏油も任務終わりの私に何か問題が無かったか聞いてくれる。共有スペースに一人で居れば、一緒に五条がテレビを見ながらたわいも無い話をしてくれる。
……いつも誰かしら隣に居るからか、一人の時間がとても心細くなり、高専にきて随分寂しがりになった気がするなあ…。

そんな事を考えていても一人で居るこの状況に変わりは無く、カチコチと時計の音が余計に響いて、暖房がついているはずなのに身体は冷えていった。




会いたいな……。




心で呟いた時、玄関口からドアの開く音が聞こえた。



誰だろ、こんな時間に。
深夜回って帰ってくるなんて、余程手こずったのだろうか。硝子居ないけど、怪我とかしてないかな?
気になって玄関口に繋がる廊下を進み、門を曲がれば、そこには白髪に黒の制服のコントラストがはっきりしたクラスメイトが立っていた。

「…五条、おつかれ」

声をかければ、こちらに振り向むく際に、白い髪と制服に纏っていた雪の欠片がひらひらと散る。

「おー名前。何してんの、こんな時間に」
「そっちこそ。こんな時間まで任務?」
「あー…まあそんなとこ。お前も?」
「いや、ちょっと…眠れなくて」
「ふうん…いつもは22時に寝る早寝早起きババアみたいなのにな」
「ババア言うなっての」

手こずった感じには見えないが、まあ無事に帰ってきて良かった。
いつものたわいも無い話のおかげで頭を埋め尽くしていたモヤモヤが少し消えかかる。しかし、ふと彼のだらしない顔の向こう側に夢に出てきた五条を思い出し、この柔らかい表情はいつまで私に見せてくれるんだろう……と心が揺れた。

「なあ」

はっと意識を戻せば、先程とは別の、いつもと少し違う雰囲気でサングラスごしの透き通るような瞳が私を見透かすように見つめる。

「何?」
「ちょっと散歩しねー?」
「散歩?でも外寒いでしょ」
「は?寒さに負けんのお前。俺は勝つけど」
「何それ。意味分かんないけど……私だって勝つし。ちょっと待って、上着着てくるから」
「おー」

葉っぱをかけられ、見事にのってしまった。寒さがなんじゃい。それに五条と散歩出来るのなんて、これ以上幸せな事は無いだろう。
……てか五条よく最近私のこと誘ってくれるの嬉しいけど……何を思って誘っているのか気になっちゃう。いつもの彼の気まぐれだろうけど、私と一緒に居たいって思ってくれてるのかなって……自意識過剰かな。


急いで部屋に戻って上着を羽織り、靴を履いて玄関口の扉を開ける。ばっと開いた扉の先には一面の雪景色――と、白い塊が目の前に迫り、顔面にぶつかった。

「んぶっ!!?」
「ばーか」
「〜っ!急に当てるなバカ!!」

勿論ぶつけてきたのは、もちろん馬鹿五条の作った雪の塊である。仕返ししてやろうと地面に広がる雪をかき集めて雪の塊を作り彼めがけて投げるが、当たることはなかった。

「ちょっと、無限ハンデ無し!」
「ばぁか、雪合戦やるなら明日傑と硝子入れてやろーぜ。言ったろ?散歩だって」

……そうだ。でも最初投げてきたのは五条じゃん?
なんとも不意に落ちない感じがするが、ホラホラ〜といつもの能天気な感じで先を行くので、一緒に歩くように小走りで隣を目指した。















高専を抜けて、街灯が点々とする田舎道を途方もなく歩く。白い吐息を吐く音と、雨雪を踏む音だけが耳に入る。無言で、散歩といえど何処に行くのかよく分からないまま道をざくざくと登って行った。いつも補助監督の車で通るだけで、歩く事もないからか初めて来た道に感じるなあ。
五条はこの先の道がどこに繋がってるか知ってるのかな?考えもなく散歩しているのだろうか?
疑問に思いつつも、少し高い所まで歩くと山々の隙間から遠くの都会の明かりが小さくキラキラと輝いていて、思わず足を止めた。

「きれー……」
「ほら」

遠くの光が宝石みたいで思わず見入ってしまっていた私に声をかけた五条をみれば、道路脇にあった自販機で買ったであろう暖かい缶コーヒーを渡してきた。

「……ありがと。五条が奢ってくれるなんて珍しいじゃん。何かあった?」
「何かあったのはお前の方だろ」
「へ?……何が?」
「会った時から少しおかしいんだよお前。傑と喧嘩した時と同じよーな悩んでる顔してる。あん時は俺に相談してきたのに何で今回言わねーんだよ」
「別に……」
「別にじゃねぇつうの。また一週間も悩むんなら言っちまえよ」
「……ただ、夢見が悪かっただけだから……」
「夢ぇ?……どんな夢だよ」

急に気にかけるような言葉を投げかけられ、夢の事が頭をよぎって素直に答えてしまったけど、内容まで教えろと言われて、口を閉じた。
だって…夢の中で私を殺した人間に、貴方に殺される夢を見てしまいました。……なんて言えないじゃんか。それに妙にリアルだったから正夢になるんじゃないかと思って怖いのだ。

「そーいえば夢って人に言えば正夢になんねーらしーぜ」

そうなの?
モヤモヤ考えている中、知らない豆知識を聞いて気になって隣りを見れば、五条はカシュッと音を立てて開けた缶コーヒーを飲み、こちらを向いて早く言えと言わんばかりの顔をしていた。
ああ、もう言うっきゃ無い!

「……みたの」
「だーかーら何をだっつーの」
「…っ呪詛師になった夢みたの。五条に嫌われて……殺されそうになった所で目が覚めて…」
「へぇ、よく殺されそうになった相手に言えたなお前」
「言えって言ったの五条じゃん!!それに言ったら正夢にならないのなら……」
「んなの迷信に決まってんだろ」
「はあ?!嘘なの?!」

驚いて彼の方を見れば、挑発させるような顔で「相変わらず馬鹿だなあ名前は」とケラケラ笑った。
〜〜っんんん!!むかつく!!
むかむかと底から腹が立つが、ここで途方もない喧嘩をしてもしょうがないとコーヒーを飲んで一息落ち着かせた。まてまて、落ち着け自分。
もやもやをはぁっと吐けば、白く淡い息が現れては消え、暖かさに触れたせいか寒さを改めて実感した。

「はぁ……言わなきゃ良かった」
「なんでだよ、相談のってやってんじゃん」
「どこが……。じゃあそんな事ないっていうの?」
「まあーお前呪霊のこと好きだし、よく傑にも怒られてるし、呪詛師になる可能性あるでしょ」

いやいや、そこは無いって言ってよ。そんなにけろっと可能性があるなんて言われると、ざくざく包丁を刺されているような感覚になるじゃんか。

「別に…なろうなんて思ってないし」
「でも思い詰める程考えるんだったら、自覚はあんだろ?」

そう言われて言葉が詰まる。確かに、何も心配がないのであれば、ここまで考える事は無い。

「自覚っていうか……夢みたいに、呪詛師達と手を組んで呪霊を放って非術師や高専の人達に向けて攻撃するような人間になってしまうんじゃ……って……未来の自分の事を考えると怖いの……」

もし何かの拍子で呪詛師になりたい気持ちが現れてしまったら……そんな不安が拭えないのは確かだ。そうなった場合、今の仲間を裏切っているわけで、仲間を裏切るかもしれない自分が居ると思うと、なんとも言えない恐怖が襲う。
もやもやとした頭で手元の缶コーヒーに視線を落とせば、五条は横から頬をぐいっと摘んできた。

「…いひゃい」
「ブスがひどいブスなってんぞ、ウケる」
「うるひゃい!」

彼の手の甲を摘んで離すと、ニッとどこか自信のある表情を向ける。

「ま、呪詛師になんてさせねーよ。俺が」
「……なんでそんな言えるの」
「逆になんでそこまで否定すんだよ」
「正直……今でも非術師に対してイラっとする時があるの。それに、もし五条と出会う前に呪詛師と出会っていたら呪詛師になってたかもしれないって考えると……ぞっとして……」
「はあ?つーかお前今まで人殺したいって思った事あんの?非術師から避けられて殺したいって思ったことある?」

……それは、今まで無かった。
差別的な目を向けられても、悲しい気持ちになった事はあったけど人と関わらなくても生きていけたし、そんな人を殺そうとまで思う事はない。

「……ない」
「なら大丈夫だろ。…分かんねーけど、仲間なんだし」

けろっと、何も考えてないような感じで彼は私のモヤモヤを消し去る。
……そっか、そうだよね。そんな気持ちを持ってなければ呪詛師になるなんて無いか。

「だから殺すなんてしねーし。安心しろっての」
「……うん、ありがと」


でも、もし……高専、そして五条の事を裏切る気持ちは全くないけど……もしも私が道を間違えたなら、貴方に殺して欲しいのは本望なんだ。
過去の祖先から関わってきた赤坂家と五条家の問題。これが五条家最強の五条悟の手で終わるのであれば満場一致だろう。



「うし。じゃあ次は高専まで競走して帰ろうぜ」
「え、もう帰るの?」
「……そーだけど」
「……?分かった」

本当に散歩だった。変な散歩だなあ。まあ目的もなくぶらぶら歩くのが散歩なんだろうけど。ふうん、と納得して並んで歩きながら来た道を戻る。
もう少し一緒に居たかったけど、雪も止む気配がないので諦めよう。相変わらず雪がしんしんと降り続き、来た時よりも少し積もっている気がした。五条の誕生日にも沢山雪が降ったけど今回はそれ以上な気がする。今回は夏油達も帰ってくるのが大変そうだ。
上着を着ているとはいえ、歩くだけでは身体は冷えて身体がぶるっと震え上がる。
両手を擦って息を吹きかければ、背後から背中を温もりが包むように冷たさが消えた。

「コレ着とけ」

それは五条が着ていたコートで。彼はコートを脱いで私の肩にかけた。

「え……でも五条寒いでしょ?」
「大丈夫だっつうの」
「……そ?……ありがと」

ふと五条のほうをみればむっとした顔をしていた。なんなの、本当に寒く無いの?意地張ってない?

「なに?さっきから……」
「……お前のその不細工な顔がムカつくから」
「はあ?」
「不細工じゃなくなったんなら帰ってもいーだろ」
「……」

な、何それ。いつもならそんな事言わないのに。不細工じゃなくなったのなら、どうなったのだろうか。私の変化に気づいて気にしてくれたそれだけでも嬉しいんだけれど、そんな事言われたら……気にしちゃうじゃんか。

「名前」

びっくりして立ち止まった私の手を取る。見上げれば、彼は私の顔をみてくすりと笑った。

「ほら行くぞ」

やっぱり、好きだなあ。
少し大きくてゴツゴツした手は、悪夢を忘れさせる柔らかな温もりが私を包み込んでくれた。

 

















「名前さんって××様と高校時代からの仲なんですよね?昔からこんなにも魅力的だったんですか?」

髪の長い金髪の女性は私に話しかける。相変わらず魅力的な体のラインが美人秘書感を醸し出していて、和室にはとても似合わない。どちらかといえば高層高級マンションの方がお似合いだ。

「まあ性格はそんなに変わってないかな」
「へぇ。ずっと愛されてるんですね」
「ほんと、あの無邪気な感じは変わらないのよね。よく意地悪されてたし」
「そんな顔されたら××様も離したくないですよ、やだ素敵」

そう言ってカメラを取り出した女性は私に対して写真をぱしゃぱしゃと撮り、最後はツーショットで自撮り。デジカメのデータ画面を見ながら、盛れてる盛れてないやらを二人で言い合った。
こういう女の子っぽい事は昔から好きだ、そう…あの懺悔会だって。

「名前さんもずっと××様のこと、愛してるんですね」
「……うん、」

そう、ずっとずっと大好きで、意地悪なのに不器用にも私を助けてくれて、ずっと視線が追っていたくなるような……あれ、

「やあやあ二人とも。また居たのかい?先に戻っていても良かったのに」
「あっ××様!丁度お二人の仲睦まじいラブラブエピソードを聞いていた所ですよ!昔から名前さんには意地悪な××様なんですね」
「なんだ照れるじゃないか。……ん?どうしたんだい名前?」
「……ううん、ちょっとぼーっとしただけ」
「最近仕事続きで疲れてるんだろう。さ、帰ろうか。今回の目的は果たせた。来月には大きなイベントも控えているからね……疲れてるだろうけど、次も誘導を頼むよ名前。猿共の誘導は君の役目だからね、苦しいだろうけどこれも私達呪術師だけの世界を作るためだけなのさ」
「……うん」
「もう、誰にも名前を悲しませないよ」

そう言って私を抱き寄せ、宥めるように頭を優しく撫でる。
ずっとずっと片想いしてきた。過去の過ちに引き摺られて、思うように想いを伝えることが出来なくて、でも大好きな人。



あれ…………それは、この人じゃない。
この人は誰?
知ってる………………この人も大好きな、仲間として大切な………














「夏油……」

「ん?起きた?」

ぱちり。
目を開ければ、隣で胡座をかいている夏油を見上げた。あれ、昨日私部屋で寝てなかったっけ?何でここに夏油が居るの?
周りを見渡すと、見慣れた部屋……ここ談話室じゃん、あれれ?
カーペットの敷かれた床に寝ていたようで、ふと腰の辺りに重みを感じ、振り向き側に横に視線を向ける。白くてふわふわした髪の毛が目に入り、その下には立派な美人顔。が、私の腰に腕をのせて、まるで……抱き枕のように抱きしめて寝ていた。

「えっ?!?!なんで五条が?!」
「しーっ。昨日夜悟と会ったんじゃないのかい?」
「会った……けど……」

ええと、あれから寮に帰ってきてどうしたんだっけ。寝惚けた頭の中で思い出そうとしていると夏油が口を開いた。

「悟から名前が徹夜出来るかどうか賭けようってメールが着てたけど、結局寝ちゃったみたいだね?」
「あ、」

そういえばあれから寒い寒いと二人とも駆け足で高専まで帰って、それでもなんだか眠気が来なかったから五条と徹夜どっちが出来るかゲームしようぜ、って言われたんだった。
それで夏油と硝子にどっちが勝つか賭けてもらおうって言って、そしたら夏油が朝一で帰ってくるっていうからそれまでただくだらない話をしてたら……いつの間にか寝てたみたい。
腰に回った彼の手から暖かい温度が伝わり、なんだかむず痒い感覚だ。手を離そうと、上から剥がそうとするが、中々強い力で抱き締めてるのか全然剥がれない。しまいにはむにゃむにゃと言いながら寝言を言って完全に夢の中のようだ。

「?……何か寝言言ってる」
「……ぜってー……渡さん……」


突然の宣言に目がぱちくり瞬きしてしまった。

な、なに言ってんの……?

「寝言なんて言うんだね、悟。初めて聞いたよ。……ふふ、絶対渡さないんだってよ?」
「うう……離してくんない」
「良かったら起きるまでそのままにしてくれないかな?悟がここまで熟睡してるのは珍しいからね」
「え、そうなの?」
「ああ。体質のせいかショートスリーパーだよ」

へえ。体質というのは……六眼の事なんだろうか。私も少し変わった目をしているけれど、殆ど毎日熟睡してる。術式も関係あるんだろうか。

「それに名前が隣に居るから安心してるのかもね」
「なにそれ……恥ずかしいよ……」
「それは素直に受け取っておきなよ。好きな男から抱きしめられて幸せじゃないか?」
「それはそうだけど、でも心臓がもたない……」
「まあ名前が記憶が無いのなら、先に寝たんだろし、悟の好きにさせてあげてくれないかな?」

確かに先に寝たのは私の負けだ。だからと言って恥ずかしいは変わりはないんだけど。
安らかな五条の顔を眺めていると、夏油がそういえば、とこちらに問いかけたので顔を上げた。


「さっき名前も魘されていたけれど、どんな夢を見てたんだい?」

そういえば。あの時、夏油の名前を呼んだのは今の夏油に対してじゃなくて、夢の夏油に対してだったはずなのに、夢を思い出そうとも思い出せない。でもどこかしら切なくて、悲しかった気がする。喧嘩する夢でも見たのかな…?

「え?えー……っと……忘れちゃった」
「はは、なんだそれ」

私の顔を見てくすっと笑った夏油の顔を見て、私も同じように笑った。


でも、覚えていた夢も、忘れた夢も、正夢になったとしても、逆夢だったとしても。
大切なこの想いは、変わらない。