初恋の花





「あれ、名前居ねーの?」
「名前なら小一時間前から姿は見てないな。どこかに居ると思うけど」
「んだよ、見たがってたやつ借りてきたのに」

任務から帰ってくればいつも居るはずの共有スペースに彼女の姿はなく、親友がソファに座ってテレビを見ていた。
SUTAYAで借りてきたDVDの袋をテーブルに投げ、傑の隣に座ってソファに身体を沈める。携帯を開き、とりあえずメールだけ送っておこうと【寮帰ったから今から借りてきたDVDみよーぜ】と短文を送った。ったく、怪我が治ってねーんだから安静にしてろっつーのに。

「DVD?映画、一緒に観るのかい?」
「おー」
「……悟、名前に構うの少しはやめたらどうだ」
「はあ?なんでだよ」

隣に座ってる傑は、こちらに鋭い目を向ける。
これはお説教が始まる合図みたいなモン。まあ何の事か大体検討つくけど、携帯を操作しつつ知らないフリをした。

「まだあの子自身、気持ちの整理がついて無いと思うけど。君達の様子だと結局悟は告白の返事は伝えてないんだろう?」
「…とりあえず謝った」
「それが答えなのかい?」

傑の問いに対して、口を閉ざす。
…答えかといえば、ノーだ。交流戦で伝えると決めていたけれど、考えれば考える程自分の答えが見つからず、とりあえず今までの自分がした身勝手な行動に対して誤っただけ。
名前を取り戻す為に手伝ってくれた冥さん、硝子と歌姫にも、まだその事は伝えてない。交流戦には冥さんのカラスがついてたけれど、音声までは聞き取れてないだろうし、名前が東京に戻ってきて一先ず上の連中の思惑を阻止出来た事は高専関係者から話が回ってるはず。主に色恋事情を三人は気にしてるらしいから後々こいつらも問い詰めてくるだろう。
薄々俺の気持ちを理解しているのか、傑は怒らずに話を進めた。

「まだ自分の中で整理がつかないのなら、期待させるような行動はやめた方がいいよ」
「……関わんなってんの?」
「少なくとも今はね。今私達が出来ることはあの子が立ち直り、次に進むのを見守る事だ」

傑の言葉に納得出来ないが、筋は通っている。
今まで告白された事は多々あった。それに対する答えなんて、自分に都合の良い者は受け入れて悪い者は拒否する。受け入れられない気持ちを泳がせて過度な期待を持たせるのは面倒な事になるのも理解しているけど、それに名前が当てはまるのか……確かに現時点ではそうなんだろう。しかし面倒な事になるなんて感じれないのが正直な所だ。
だったら俺は、名前の事を好きなのか?
その論点を考えると頭が混乱してくる。そもそも名前が俺の事を想ってた事が未だに信じられない。出会った最初の頃は嫌いだと、何度も俺にぶつかってきた。俺もうるせーやつは面倒だから嫌いだと思っていたし、下らない言い合いだって何回もした。
しかし月日が経つにつれて術師としての成長も華々しく、彼女の俺に対する表情は徐々に柔らかくなっていった。今では昔の態度が嘘のようにうるさい態度も減り、笑顔で優しく接してくれる。そんな名前に仲間として好意的な気持ちを持ったのは本当だし、取り戻したいほど大切な存在なのは本当だ。だから俺の監視下におけば、名前はもう俺のそばから離れない。このまま呪具なんて見つからなくて良いから、一生俺のそばにいて欲しい、それだけなんだ。

…これを恋だと言うのか。

「つうか名前が俺の事好きなんて考えられねーじゃん。まだドッキリされてる気分だわ」
「失礼だなあ、彼女はずっと好きだったよ。気づいてないのは悟くらいだ」

分かりやすいくらい、とクスクスと微笑みながら皮肉る傑を見てイラっとした感情が芽生える。毎度毎度、名前が変な挙動をする度に、アイツの好きな人は傑だと思っていたのに、その傑から否定されるなんて。俺、そこまで鈍感じゃねーんだけどな?
あーー腹立つ……名前の事を考えると嬉しさとイライラが交互にくる。自分の気持ちにも名前の気持ちにもモヤモヤして、結局この状況を言葉で表すと何になるのかよく分かんねー。それなのに俺より馬鹿な名前が自分の感情を好きと言葉にしていて、俺が出来ないのも腹立つ。
モヤモヤした頭に広がる感情を、一旦空っぽにして天井を見上げた。
……確かにアイツ自身、告白の返事待ってるだろうし、これ以上自分勝手な事して先延ばしすれば、それこそ硝子達が黙ってないだろう。未だに返事のこないメールを待つ中、ふとテレビから聴き覚えのある曲が聴こえてきた。

「……この曲、なんだっけ」
「え?」
「聴いたことある」
「悟が女性の曲聴くなんて意外だね」

このゆったりしたバラードの曲調、自分には到底似合わないなという印象を持つメロディ。いつもならテレビから流れてくる音楽に興味を持つなんて無いのに、凄く頭に引っかかって記憶を辿る。つうか、女が歌ってたなんて知らなかった、何処で聴いたんだっけ。
……あ、そうだ、正月だ。

「思い出した、名前が俺の着メロにしてるやつだ」
「悟の着メロ?」
「確か言ってたんだよ。アイツ個々に着メロ設定してるらしくて……第一印象を思い浮かべた曲とかなんとかって」

余りに自分に似つかわしくない曲調が気になって名前に何の曲か聴いたら、「教えないよ、自分で調べたら?」と笑って誤魔化されたんだ。結局調べてみようと思いつつも、メロディだけであの曲がどの歌手のどの曲か調べるなんて面倒くさくて忘れていた。

「へぇ、じゃあ名前は前から悟に気持ちを打ち明けてたんじゃないか。一生秘密にするなんて言いながらあの子も意外と大胆だね」

傑はクスッと笑い、面白そうな顔をし感心したような事を言う。
前から気持ちを打ち明けてた…?
意味わかんねー。またこのイライラ、俺だけ置いてけぼりされてる気分だ。

「…傑はこの曲知ってんの」
「知ってるよ。ほら、曲のタイトル見てみなよ」

テレビに映し出されるのは、小柄な女が一生懸命に歌ってる姿。そして下に流れるテロップの歌詞から伝わる甘酸っぱさと切なさ。曲の終わりに出てきた曲のタイトルであろう「初恋」の文字。
その瞬間、アイツと出会ってからの記憶がフラッシュバックするかのように駆け巡り、現実味がなく嘘だと思っていた事がどんどん真実に変わる。
交流戦で思わず気になって聞いた時、たった一人にしか恋した事がないと言っていた。呪霊に取り込まれそうになった時でさえ必死に伝えてくれていたのに、それが他人事のようで自分の事だと理解出来ていなかった。
疑心暗鬼になっていた自分の気持ちに反吐が出そうだ。あの時には、いや……出会ってからずっとアイツは俺の事想ってたんじゃん。
実感がやっと体中を巡り、心の核心についてたモヤモヤが晴れて思う事はただ一つ。

「傑、名前探してくるわ」
「名前の事、もう泣かすなよ」
「…それは分かんねーけど、自分の気持ちに答えは見つかったよ」

今すぐに想いを伝えたい。
あれだけ随分と待たせたのに自分勝手なのも理解している。だからこそ今すぐにでもアイツ自身を抱きしめて、アイツの笑顔が見たい。
急いで談話室から出ようとした時、すれ違いで談話室に入ってきた七海と目が合えば、いつもより酷めな顰めっ面の顔でこちらを見てきた。

「七海、名前が何処にいるか知らねー?」
「五条さん……名字さんに対してその気が無いのであれば、私が奪っても良いですか」
「は?何急に、お前そんな冗談言うやつだっけ」
「いいねぇ、私も参加したいな」
「あ?!」

突然、七海の意味の分からない宣言に傑まで乗っかってきやがった。おい、ついさっきまで俺の背中を押してくれた奴が何言ってんだっての。
つーか、到底言わないであろう冗談を七海が言うなんて、いや――本気でコイツ狙ってんの?

「意味わかんねーんだけど……その気が無いってなんなの?」
「名字さんが五条さんから告白の返事をごめんと一言だけ振られたとおっしゃっていたので。あれだけ名字さんに対して気のある接し方をしていたのに、フるときは冷たいんですね」
「はぁ〜??俺はまだ告白の返事してないっつうの」
「……はい?」
「もしかしたら交流会での事、勘違いしてるんじゃないか?」

俺の言葉に七海はより一層、顰めた顔をする。確かにごめんと、今までの身勝手さを謝ったけれど告白の返事をしたわけでは無い。傑の言う通り勘違いしてるのであれば尚更撤回しないと。

「誤解、解いてくるわ」
「五条さん、」
「なに?」

探しに行こうと廊下に出れば、七海に声をかけられて振り向いた。何なんだ、まだ何か言うことがあるってのか。

「名字さんなら三好谷さんに頼まれて逃げた蝿頭を裏の森に探しに行きましたよ」
「……サンキュ」


七海と傑の言うあの発言がどこまで本気だったのかは分からないけれど、もう他のやつが好きだなんて疑ったりしないし、他のやつに絶対に渡すもんか。
お陰でやっと分からなかった答えが見つかったんだ。

あの時の事が本当なら、あいつはまだ……。










「見つからないなー」

三好谷さんと逃げた蝿頭を手分けして探す為、森の中へ入り三好谷さんとは別の方角へ歩みを進めながら蝿頭を探すが、中々見つからない。
困ったなぁ、日が暮れる前に見つけ出さないと見つけにくいし面倒だな……なんて思っていたら水神が心の中で私に問いかける。

「わしの力を使えば良いではないか、」
「…なるべく貴方の力には頼りたく無いの」
「何故?」
「うーん…ドラえもんの道具には頼りたくない理論?」
「どら……なんじゃそれは」

便利な道具を使うのは後で後悔するだろう。交流戦でやったあの術式を使えば、蝿頭はすぐ見つかるだろう。自分の糧になるのならばやるけれど、水神とはいつか離れる事になるだろうから、出来るだけ自分の力でどうにかしないと。
行方を探す当てもなく、とぼとぼ歩いてると懐かしい場所に出た。あれって五条に泣かされた時に出会った湖だ……あれからもうすぐ一年経とうとしているけれど、あの時から私は少しでも強く、変われただろうか。
過去の記憶が懐かしく蘇る中、湖のほとりに何かが浮いているのが見えた。

「もしかして探していたのは、あのゴミのような呪霊のことか?」
「あっ」

走って湖の方まで近づくと、蠅頭は湖のほとりで水遊びをして遊んでいる。逃げる様子もないし、蠅頭自身、今まで縛られていた事に対して窮屈だったらしく遊びたかったみたい。
こちらに気づいた蠅頭は私の目を見て、意志のようなものを飛ばして来た。

「……わしは嫌じゃぞ」
「なんでよ、一緒に遊ぼうって言ってるじゃん。水神も出てきて遊ぼ」
「はぁ〜〜あ、仕方ないのう」

湖のほとりまで行けば、ため息を漏らしながら現れた水神は突如私と蠅頭に向けて水飛沫をかける。ずぶ濡れになった顔を拭うと、その先に見えたのは意地悪そうな水神の顔。
……嫌とか言いながら楽しんでんじゃん。
草むらに脱いだ靴下とローファー、万が一濡れてはいけないのでポケットに入れていた携帯を投げ出し、湖の浅瀬へと走る。
左腕は固定されて動かせないので右腕しか動けないけれど、久々に呪霊と遊べるのが内心ウキウキしてしょうがない。
楽しい……私が求めていた日常はこれだ。
居心地が良くて、楽しい。呪霊と、呪術師と、呪術を共にするこの生活が私の求めていた生活であり、この世界は切っても切り離せない。それが私の生きる世界なんだろう。
恋愛が上手くいかなくても、今ある居場所だけでも残っていたら生きる価値がある。一人だけど一人じゃない、仲間も、呪霊も。今は頼る人達の存在があると自分で認める事が出来た。私はまだ頑張れる。




水を掛け合いながら呪霊達と遊んでいると、聞き慣れたメロディが流れてきた。音の行方を辿れば、濡れるといけないからと草むらに投げた携帯から聞こえる。
あ……五条から電話だ。
DVD借りてくるってメール着てたから返信したけど、あれから携帯開いてないや。電話までしてくるなんて、何かあったんだろうか。
そう思い、携帯を取りに浅瀬から出ると次は私を呼ぶ声がする。

「名前!」
「あれ……五条帰ってたんだ」

携帯片手に、少し焦っているような顔をした五条はこちらに走ってきた。電話かけながらって何か急用でもあったのかな?
そういえば三好谷さんに蝿頭が見つかったって連絡を入れるのを忘れて遊んでいた。もしかしたら三好谷さんが私と連絡がつかないと五条に頼んだのかもしれない。

「もしかして…三好谷さんから頼まれた?」
「違うけど」
「あ、そうなんだ」
「なんつーか……お願いがあって」
「お願い?何、そんな改まって」
「改まって聞きたかったんだからいーだろ」
「……別にいいけど。てか五条が私の監視役なんだから、そんなお願いなんてしなくていいのに」

いつもは私の意見なんて気にせずに勝手に話を進めるし、いつの間にかお願いされてる状態が多い。彼こそ自由奔放という言葉がお似合いだ。しかしお願いされたなら断わるわけにもいかない。
なんでしょう五条さん、とこちらも改まってみれば、彼は真剣な顔をしてこちらを見てきた。

「言っとくけど俺はお前と主従関係になりたいから監視役になったわけじゃないから」
「……そうなの?」
「そーだよ」

てっきり五条も今までの人達みたいに、私の権限なんて関係なく、私を扱いたい為に監視役になったんだと思っていた。だから五条が私に対して呪術師を辞めろと言うのであれば、それは従わないといけない。前にも呪具を返していない事で歯向かうなと言われた事もあったし、今後もそういった事を言われるのだろうと思っていたのに。

「だから名前の気持ちをそのまま教えて」
「……わ、わかった」

突然、優しく私の右手を取った五条の表情はいつもより柔らかく見えて、何だか固い反応になってしまった。ここ数ヶ月、彼が私に対して接してきた態度が拒絶したように悪すぎたせいなのかもしれないけど。
でも、私の気持ちってなんだろう……?検討もつかず、五条の話を聞く事にした。

「…返事、遅くなって悪い」
「返事?」
「告白の返事」
「あ、あぁ……」

心臓が、どくんどくんと大きく音を立てる。
告白の返事って交流会のあれじゃなかったんだ。てっきり答えられないって言われたと思って、七海に言っちゃったじゃん。
予想していなかった話の話題に、聞きたくない気持ちが溢れ逃げたくて手を離したくなるが、手はぎゅっと強く握られたまま離してはくれない。
結局今までの彼の態度からしてフラれてはいるんだ、結果は同じなんだからもう一度フラれるなんて聞きたくないし、メンタルやられちゃうじゃんか。まだこんなにも貴方の事で心が締め付けられるのに。
……でも、歌姫さんも言ってた。「アイツの気持ち聞いてあげて。貴方の為にも、アイツの為にも」と。今後好きでいるとしても、しっかり答えを聞いて次に進まなきゃ。


「……本当は交流会の時に言おうと思ってたんだ。だけど正直、ずっと名前が俺のこと好きなのか信じられなかった」
「……うん」
「俺自身、自分の気持ちもよく分かんなくて、でもやっと分かったわ」

強く、意志のある目を向けてきた彼の目を見ると、離せなくなった。彼のサングラスの奥に映る綺麗な瞳に吸い込まれそうだ。

「名前、おれのことまだ好きか?」
「……嫌い、五条の事なんか嫌いだよ」

問いかけられた事に対して、やっと素直に言えたのにまた言えなくなって目を逸らし否定する。
久しぶりついた嘘の気持ち。フラれるのが怖くて、少しでも傷つけられたく無くてついた嘘。術師として力の強さは成長したかもしれないけど、人間としては強くなってなんか全くない。本音を受け入れられ無いくらい弱い精神は未だに変わらずだ。
すると、五条はクスッと小さく笑った。

「いや絶対好きでしょ、俺のこと」
「…そういう自信満々なところ、むかつく」

あの時、死に際なのに伝えなきゃって必死になって出た愛の言葉。それに嘘も偽りもない。
でも素直に答えるのが怖くて弱い私は、いつもみたいに意地を張ってしまった。

「そういう意地っ張りな所が名前だもんな。…ずっと隠してたところも名前らしいや」
「……違うもん」
「知ってた?名前って大体意地張る時ってもん、って語尾につくよな」

彼は小馬鹿にしたように微笑み、私を見る。
何なの……まだ五条の事が好きですって言わせて、結局残念でしたーーってか?
五条でもそこまで酷い事は言わないだろうけど、どうやって断ろうか考えてるんだろうか。出来ればすぱっと言ってほしいのに。

「ここさ、懐かしいよな。名前がここで悔しがって泣いてたの」
「だってあんなにボコボコにしてくるって思わなかったんだもん。あれは五条も悪いじゃん」
「俺のせいにすんなっての」
「…………それで、何が言いたいの?」

いつもの会話に変わる中、心はそれどころじゃ無く話を戻せば、五条は私の瞳の奥を深く探るように見てきた。

「そん時さ、お前、今度は泣かないって言ったの覚えてるか?」
「……覚えてるけど」
「じゃあ、あん時に次泣いたら俺の望み一個叶えるって約束したのも覚えてる?」

話を戻したのに進めて、急に思い出話をしだして何を言い出すかといえば、過去の約束事の話。
確かに約束はしたけど、五条自身忘れてるだろうなと思っていたし記憶の奥底へと自分でもしまっていた。

「でも私シェンロンじゃないよ」
「この望みはシェンロンじゃ叶えられねーから名前に言ってんだよ」
「…叶えやすいやつにしてよ」

何急に……私しか叶えられないこと?告白の答えに関係のある話なんだろうか、検討もつかない。
確かにあの時泣かないって決めた。決めたのに、あれから逆に泣く事が増えた気がする。それは大切な人が怪我したり、居なくなったり……家族以外、ほぼ一人で生きてきた私からすると、人に触れて涙腺が緩んでいった。

「名前、こっちみて」

フラれる怖さと、叶えたい望みが何なのか分からなくて下を向いた。そんな私に声をかけた五条は、私の右手をそっと持ち上げ、薬指のあたりにそっとキスをする。
え……なんで?
突然のキスに、どういう事なのか全く理解が出来なくて固まってると彼はこちらを見て微笑んだ。

「名前、好きだよ」
「へ……」
「名前のこと、俺に頂戴。絶対守るから」
「……うそ」
「ウソじゃねーよ。ついでに先に言っとくけど、お前の術式にもかかってないからね。で、名前。俺のこと好きなの嫌いなの?」

正直に答えて。それが俺の叶えたい望み。

そう言われて、心臓が、全身を通して鼓動する。
……もう嘘つかなくて良いの?
でも、でも、と色々な問題が巡って心をモヤモヤさせるけれど、隠していた本当の気持ちを抑える事は出来なかった。

「……好き、」
「はは、やっと両思いじゃん。俺も好きだよ」

彼の顔を見ると、少し頬を赤らめながら笑っている。遅くなってごめん、と言う彼の顔が少しずつ滲んできて、自分がまた泣いてることに気づいた。

「泣き虫だな名前は」
「私……ばかだしあほだし、嫉妬もたくさんしちゃうし、まだ弱いよ?五条家の呪具だってまだ見つけてないし、五条にもたくさん迷惑かけちゃう。だから五条絶対後悔すると思う、だったら」
「お前、俺のことなんだと思ってんの?」
「なんって…」

だったら、片想いの方がマシだ。両思 想いになれる程、五条の隣に居る存在では無い。そう言おうとすれば、五条は口を挟み自信満々気に笑った。

「この最強五条悟様だぞ?何があっても後悔しねーよ。それくらい好きだし、何かあっても今度こそ絶対お前を守る」

相変わらずの自信満々な所が、五条らしい。
でも、私が呪霊に取り憑かれてしまったのには何か思う事があるみたいで、強い目線を向ける。それは別に五条のせいではないし、気にしないで欲しいんだけどなあ。
それでも私の不安を吹っ飛ばす程の彼の堂々たる姿に張り詰めていた緊張が緩み、ふふ、と小さく笑いが漏れた。

「…相変わらず自信満々だね」
「笑う所じゃねーっつうの」

確かに五条なら何も恐れるものはないだろう。だって彼は最強だから。
けど私は、彼に守られてばかりではなく彼と一緒に闘って、一緒に歩んでいきたい。

「五条が私の事守ってくれるなら、私も五条を守りたい。でも、私と関わったら五条が不孝になるんじゃないかなって思うの……それが私と、五条の運命だって」
「運命とかルールとかどうでもいいんだよ。おまえが、名前が、どう思ってんのかって聞いてんだよ」
「私が……」
「俺が名前を守って、名前が俺を守ってくれるんなら、運命とか関係ないだろ。俺は決められた運命、覆す自信あるけど」
「…私は、五条の、そばにいたい、」

叶う事のない夢が叶う、ならばその道を歩みたいに決まっている。
泣き腫らした顔だろうが笑顔で五条の気持ちに肯定しつつ自分の気持ちを伝えれば、彼は少し驚いた顔をしてこちらを見る。
その後、彼の綺麗な瞳が薄め笑顔で私を見つめ返してくれた。

「離れたくても離してやんねーから」

ぎゅっと抱きしめてくれた彼の腕の中は、今まで生きてきた中で、一番幸せな温もりを感じた。

離れたくなることなんてないよ。
私の人生、あなたがいれば幸せなんだから。




撫子の花