春の花





第一印象というものは、これからその人と関わる上で重要な点だと思っている。しかも後輩となると尚更、呪術界を共に生きていく仲として良好な関係を作っておきたい。好印象で頼り甲斐のある先輩という位置を頂きたい所だ。
ちなみに一コ下の七海と灰原に、「私の第一印象ってどんな感じだった?」と聞けば、七海からは「面倒な感じがした」と言われつつも、灰原から「先輩だけど友達になれそうと思った」と好印象な反応が返ってきた。
そう、印象は受ける側の性格も重要である。だからこそ今回こそ慎重に人柄を見て、気をつけて、後輩に慕われる先輩になってやると心に決めたのだ。

「え〜っと伊地知君…だっけ?」
「は、はい!」
「今日一緒に任務へ向かう三年の名字名前です。これからよろしく、ね?」
「は、はい!名字さんっ、こ、こちらこそよろしくお願いします……!」
「良かったらあの〜……名前で呼んでほしいな。仲良くなりたくてさ……ね?」
「はあ……わ、分かりました」
「うん、何か分からない事があったらすぐに聞いてね」
「は、はい……!」

よし、よしよし順調だ……!入学してきた噂を聞きつけ、事前に遠くから新入生を観察して何度もシュミレーションしたっ…これなら怖がれる事もないだろう!
そう思っていた矢先に、大きなため息が横から聞こえて来た。

「ハァ……名字さん、余所余所し過ぎで余計に気持ち悪いです」
「なっ……何ちゅーこと言うの七海!!」
「ヒィッ!」

私の声に伊地知の肩が跳ね、おどおどしていた彼の表情が尚のこと酷くなる。
……クソッ、七海の言葉に乗せられてつい大声で反論してしまった。







四月を迎え、無事に私達は三年生になった。
そんな私は二年の終わり頃から五条や夏油と一緒に任務へ向かう事はどんどん減っていき、代わりに二年生になった二人や冥さん、等級が近い成人した術師との組み合わせが多くなっていった。
ただ一級になった事でたまに単独任務を任されるようになったけれど、特級術師となった二人はほぼ単独での任務ばかりらしい。

そんな中、新入生の引率を引き受けた私は二級と三級であろう呪霊の祓除を七海、伊地知と向かう事に。伊地知はこれが初の任務らしく、次期学長である夜蛾先生の代わりに彼の戦闘スキルを確認し、報告する課題も任されている。
今年の春は二年の時よりも忙しく、新入生の歓迎会が出来なかった。二年生達でやったのかと七海に聞いたけれど、そんなのはやっていないらしい。確かに去年私達がやった歓迎会だって、五条がやろうぜ!と言い出したからだし、普通は無いものなのかもしれない。
だからこそ、交流が少ない分、第一印象良く、さらには頼られる先輩として、人手不足の呪術界を共に生きていく仲間として、接していこうと思っていたのだ。なのに――……


「なのに結局ビビられてちゃってさぁ。任務もてんやわんやで二級相手に腕取られるかと思った」
「弱いヤツの気にしてっからだろ。無理なら下がらせておきゃあいいのに」
「そういう訳にも……って、ちょっと。ベッドの上でポテチ食べないで」

任務後、部屋に帰ると五条が私の狭いベッドに横になってファッション雑誌を読んでおり、開口一番に「女の雑誌ってエグいな」と言って笑いながらポテチを食べていた。
それ硝子から借りたやつなんだけど、てか何でいるの。
言いたい事山の如しであったが、どうやら朝窓を閉めておらず開けたまま出かけてしまい、勝手に入ったらしい。金目のものは特に置いてないし、別に高専で盗みをする不審者は居ないと思っているし、閉め忘れは私の落ち度なんだけど…勝手に入るのはどうなんだ、連絡くらいして欲しい。
勝手に持ち込んだポテチをテーブルに置き【初体験エピソード特集!】と書かれたページを読みながら私の話を聞いていた五条は指摘を受け、フローリングへ移動して雑誌を閉じると、ポテチを咥えた。

「死人増えるよりはマシだろ」
「でも引率だし、伊地知が成長出来るようにお手本見せたいじゃん」
「足手纏いが居ながら二級てこずってんのに手本とか言ってる場合かよ」
「予想外だったんですう!!」

んな事言わなくて良くない?!
一級になってから殆ど私に対して弱い、という言葉を使わなくなったからかもしれないけれど、相変わらずオブラートに包む気もない彼の発言は多少イラッとする。
しかし彼は詫びる言葉もなく、そのまま話を続けた。

「つーか伊地知ってあのメガネだろ?あれは術師向いてねーよ」
「そんな見ても無いのになんでそう言えるの」
「実際お前だってそう思っただろ」

……確かに、私や七海みたいに術式持ちでは無いと力勝負になってくる。と言っても見た感じ彼は至って普通の男子高校生の身体つきだし、身体能力も平均並み…もしくはそれ以下だろう。夏油のようにがっしりした体型でも無く、五条みたいに馬鹿力でも無い。それに灰原みたいに明るいタイプではないし、性格的にもこれからが心配である。
だけど……ただ、一つ良かった事は。

「でも…情報の伝達とか、報告書の書き方は凄く的確で分かりやすかったんだよね」
「んなの俺だって出来る」
「五条のは簡潔すぎ。あと適当、字が綺麗なのは認めるけど」
「名前だって詳しく書けって夜蛾センからよく怒られてんじゃん」
「そうだけどさあ……」

私の場合は祓う事で精一杯で、終わった後に重要な事を書き忘れたまま提出してしまう事が多い。五条の場合は重要な事も理解しているのに、簡潔すぎて見る側からすると何が何だかとなるらしい…と、この前補助監督がぼやいていた。
私も直さなきゃならないって事は理解している。
しかし伊地知は私が気づかなかった点や、祓うにあたって重要なポイント等を的確に報告書に書けていた。あと情報伝達も凄く頼りになるし、そういう細かな所まで確認する点は七海に似ている。

「今度練習する時に誘ってみようかなぁ」
「あ?なんで」
「なんでって…一緒に強くなりたいじゃん」
「アイツがお前みてーに術師として開花するとは思えねーけど。将来的に死ぬか窓あたりが妥当だろ。あの感じだと補助監督も不安だわ」

頑なに否定してくるな……。
個人的には一人でも術師が増えてくれた方が助かると思っている。自身の階級によって呪霊のレベルも決まるから四級や三級の呪霊でも、私達一級や特級の代わりに祓ってくれるのは凄く有難いんだけどなあ。
確かに彼の言う通り、死と隣り合わせな事には変わりないし、どちらの意見が正解なんて私達が決める事ではない。この世界をどう生きるかは本人次第なのだから。

しかし彼の弱い術師に対する対応は相変わらずのようで、自分の事ではないとはいえ多少の苛つきとモヤモヤが渦巻く気持ちは収まらない。
だが当の本人はそんなに気にしておらず、横から私の頬をふにふにと押し、やめて欲しくて隣に目線を向けると、口元にポテチを持ってきたので思わずパクっと口に含んだ。
……うん、美味しい。

「ぷっ、犬」
「犬じゃない!」
「…ま、考え過ぎんなよ。お前、考えると自己犠牲に走るし」
「そんな事ないもん」
「この腕だってそーだろ。大丈夫なのかよ、今日硝子いねーの?」
「うん。でも代わりに別の人に少し治してもらったから大丈夫だよ」

先程の任務で負った傷に巻かれた左腕の包帯を優しく触れてきた。
硝子は京都へ実習中で、代わりに硝子ほどでは無いが反転術式を使える別の人に、傷が塞がる程度に治してもらった。触ると若干痛いけど、傷跡が残る心配も無いとの事だし問題ない。

「それより部屋まで来てどうしたの?」
「用がねーと来ちゃいけねーのかよ」
「別に、来ちゃいけない事はないけど……」

帰ってきたら五条が居たから、どうしても今日の話を聞いて欲しくて勝手に話し始めたのは私だけど…。何か用があったのかと思っていたが、そうではないらしい。

「そういや夜蛾センから聞いたけど、明日休むんだって?」
「あぁ、うん……」

だから明日の準備をしながら話をしていたのだ。泊まるわけじゃないから必要最低限の物をスクールバックへ入れつつ、隣に座ってポテチを頬張る彼に答える。

「俺も行く、墓参り」

…用は無いって言ったけど、絶対コレじゃん。
確かに明日は墓参りに行く予定で休み希望を出した。

「……覚えてたの?」
「なんとなく。確かこの時期だったなーってな」

そういえば一年前に聞かれて答えたっけ。
あの時はまだ付き合ってもいなかったし、彼があの頃私に対してどんな気持ちで接していたのか分からない。しかしあれほど関わるなと言われていた五条家に、しかも自由奔放で次期当主であろう人に振り回されている私をおじいちゃんが見たらきっと「あれほど関わるなと言っただろうが!」と墓から出てきそうなほど衝撃的だろう。
……ま、振り回されてるのは若干今も変わらないんだけど。
だから一緒に行くのは止めておきたかったって気持ちがあった。でも、問題は山積みだけど恋人になったよって、おじいちゃんに紹介しようとは思っていて悩んでいたのだ。

「五条連れてったら絶対おじーちゃん驚くって」
「驚いたって状況は変わんねーんだし、しょうがねーだろ。それに一応、挨拶しておきたいしな」

挨拶……?五条のことだ、絶対に墓参りとか死人に口なしなんだから挨拶とか意味ないとか言いそうなのに。思っていたより亡くなった人に対しての気持ちも持ち合わせているのかも……?

「んじゃ、明日朝迎えいくから」
「え、帰るの?」
「この後傑とゲームする約束してんの」

いつの間にか無くなったポテチの袋をゴミ箱へ捨てた五条は、よっこらせと立ち上がる。
両頬を上げて笑顔を見せる彼の表情からして余程楽しみなのだろう。彼らの遊び方は普通とは少し違う、やり過ぎた遊び方をするからそれくらいが五条には合っているらしい。さっきまでポテチ食べながら気の抜けた顔してたくせに……夏油とねぇ。

「五条と夏油ってずっと一緒にいるよね」
「あ?別に、今日だって5日ぶりに顔見るし」

私とは一週間ぶりなんですけど。とは言わないが。
確かに彼等も単独任務で会う機会は減ったはずなのにそう思ってしまうのは、一年の時も二年の時もずっと一緒にいる所を見ているせいかもしれない。
ふぅん、と相槌を打てば、しゃがんで私の顔を覗き込んできた。

「何、嫉妬?」
「はあ?」
「んなお前だって硝子とずっと一緒じゃん、それと同じだって」
「べ、別に夏油に嫉妬なんかしてないし」

女性ならまだしも、何故夏油に嫉妬するんだ。
……ただ久しぶりに会えたから、ちょっと寂しかっただけでそういう意味はない。それに確かに私も硝子と居る時間が、五条と夏油よりも長い気がする。寮に帰って動きたく無い時は硝子が遊びに来てくれるし、逆に硝子の部屋に行ってダラダラとする事もある。五条夏油よりも気軽に声をかけやすいのは同性同士の友情というものだろう。

「別にお前も一緒に来たいなら良いぜ?縛りパワプロやる?」
「……ううん、今日は疲れたし。楽しんできて」
「遠慮すんなよ」
「してないよ。それに明日一緒に居てくれるんでしょ?」

男同士、親友の時間を邪魔する気はない。
それに夏油とはあの告白以来、接するのに躊躇いがある。別に皆んなと居る時は変わらないけれど、二人きりの時間は減っていった。夏油もあの日から吹っ切れていると、私だってそれを理解している。それでも、何故か心の何処かにしこりが残っていた。……夏油がそれに気づいているかは分からない。
まあ五条や硝子も私達の雰囲気に口出しはしないから隠せているんだろうけど…出来るだけ自然に五条に返事をした。
夏油との距離は今までが近過ぎたんだ、彼が言っていた「お人好し」にならないでいるにはこれくらいが丁度良いはず。それに彼の告白を断ったのだから、大好きな五条を選んだ私らしく、一層尽くしたい。

五条は優しく微笑みつつ私の頭をくしゃりと撫で、おやすみ、と声をかけ部屋から出ていった。




呪術界御三家の大元は京都にある。だからか名字家の墓も京都にあった。
私が住んでいたのは高専とは別の東京の端くれだが、死後収まる所は関東ではなく関西なので、父が亡くなった時も新幹線に乗って祖父と母に連れられ京都までやってきた事がある。
祖父が亡くなった時も、お世話をしてくれた叔母さんが祖父の遺言に残してくれた通り、墓地までの道順を教えてもらいながら目的地へやって来たので場所は覚えていた。

「名字家の墓って一つしかねーんだな」
「私はここしか知らないかな」
「呪術界から逃げたってっても墓が京都にあんのは流石忍び役みてーな事もしてただけあるわ」

――そして今回も、朝から新幹線に揺られて京都駅までやってきた。確かに五条の言う通り、京都に墓作るなんてバレないと思ったんだろうか。……まあバレていないけど。
改札を出て外にあるロータリーのタクシー乗り場へ足を進める。

「何、タクシーで行くわけ?なんならウチの――」
「ううん、迎えに来てくれるっていうから」
「…迎ェ?」
「あ!!名前いた!!」

ロータリーへ続く自動ドアが開くと、走ってきた子供は私の名前を呼び、足元にぎゅっとしがみつく。

「十四郎久しぶり」
「名前、まだこいつと別れてないの?俺と結婚しよ」
「……相変わらず生意気なガキだな」

上目遣いで相変わらず不貞腐れたような顔をする十四郎の頭を撫でると、隣にいた五条は腰を曲げ、子供に向かって不機嫌な顔を見せる。

「あっ、名前さん!悟様〜!」
「げェ、リコまでいるじゃん」

手を振って現れたのはリコちゃん。
十四郎の特訓の為、年を明けてからも数回京都へ行く度に会っていたので、今回も一応連絡をいれたら「車用意して迎えにいきますよ」と返信がきた。目的地のお墓は山奥で車以外の交通手段がない事もあり、お願いすることに。

「お腹大きくなったね、大丈夫?」
「はい!寧ろ動き足りないくらいです」

妊娠半年を超えたリコちゃんのお腹は、細身の彼女にしては外見で分かるほど大きくなっていた。手、添えてみてくださいと言われてお腹に触れると、さらにその大きさに実感する。
…あともう少しで生まれてお母さんになるのかあ。
お腹の中にいる子を待ち遠しく微笑む彼女に微笑み返すと、目を合わせて笑った。

「ささ、どうぞ乗ってください」

扉を出てロータリーまで行き案内された車は、いつも補助監督が運転してくれている車に似ている。車は任せてくださいって言ってたけど……乙山家の人が運転して来てくれたのだろうか?
後部座席のドアを開けてみると、そこには友人の姿があった。

「おっす〜」
「硝子、え、なんで?」
「丁度任務終わったら乙山ちゃんと会ってさ。墓参り行くんでしょ?五条だけじゃ心配だと思って」
「ンな心配しなくても問題ねぇっつうの」
「お喋りしないで早く乗ってください。行きますよ」

私達の会話に少々不機嫌な声が間に入り、運転手席に目を向けると、十三郎さんは鋭い目でこちらを見ていた。

「わ、居たんですか十三郎さん!お久しぶりです」
「リコに運転を任されたんです。まさか貴方だったとは」
「すみません、よろしくお願いします……ってこんなに乗れます?」

ここにいる人数を合わせると六人だ。確かこのタイプって五人乗りだよね……?
五条を連れて行くだけでも少々悩んでいたのに、ここまで大人数になるとさらにおじいちゃんは驚きそうだ。しかし私の疑問の声にリコちゃんは十四郎の肩を寄せ「私達はお留守番です」と答える。

「丁度駅周辺でお買い物する予定があったので」
「そうだったんだ。わざわざごめんね」
「いえ。中々会えませんし、会いたかったので。また遊びに来てください。十三郎さん、お願いね」
「あぁ」

リコちゃんの、兄さまから十三郎さんと名前の呼び方が変わっている事、十三郎さんのリコちゃんに対する優しい眼差しが、一つの家族という形を表していて胸が暖かくなった。
……良かった。あの時みんなが勇気を出してくれたから、今この瞬間がある。そして……私も。

「名前!めーるするから、次空けといてよ!」
「分かった、特訓ね」

十四郎のやる気も、どんどん上がってきて嬉しい限りだ。最近忙しくて会えず仕舞いだったから、今度ゆっくり彼の特訓に付き合ってあげよう。
後部座席に乗り扉を閉めると、五条も助手席に座って扉を閉める。ゆっくり進み出した車の中で二人に手を振り京都の街並みを走り出した所で、ハッと気づいた。

……五条と十三郎さん……だ、大丈夫かな?

そういえばこの二人が会話をしている所を見た事が無いし、関係性も謎である。次期当主の二人なのだから何かしら交流はあるのだろうが、性格は真逆で仲が良いとは思えない。五条が何か仕出かさなければ良いけれど。
ソワソワしつつも、リコちゃんにお墓の場所を事前に伝えていたからか、車にはすでにナビに設定されているようで目的地へ向かう道を走り出した。







一時間程、都市部を離れて山奥へと入り、山の開けた場所にお墓の集落がある。
目的地へ向かう車の中では、硝子が京都であった事を喋り始めたので、私も昨日の事を軽く話した。そんな中でも運転席と助手席に乗ってる二人に会話はなく、五条も携帯を時々扱っている程度で大人しくしている。
……勝手に気まずく思っていただけかもしんないけど、帰る時は私が助手席に座ろう。

無事に墓地の集落の駐車場まで着いたので荷物を持って車の外に出ると、十三郎さんは「私はここで待ってますので」と声をかけてきた。
まぁ十三郎さんからすると名字家の印象は未だに良いとは思っていないだろうし……。わざわざ運転してくれた彼に感謝を伝えて墓へと進もうとすると、五条も「後から行くから先行ってて」と言ってきた。まさか……何か起こる感じ??
五条と十三郎に視線を動かして不穏な空気ではないか確認する私に硝子が「ほら行こ」と肩に軽く触れて来たので、連れられるまま先に進む事に。




墓が並べられている石畳の道を進み、少し歩いた所に名字家の墓はある。呪術師だからといって規模が大きいわけでもなく、至って普通のお墓で他の墓と同じように並べられているから、これが呪術界から逃げてきた家の墓だとは誰も思わないだろう。

「何か……あったのかな?」
「さあ。聞きたい事でもあんじゃない?」
「聞きたいこと?」
「名前との事とか。乙山さんと一緒に寝たんでしょ?」
「なっ……それは語弊がある!一緒の部屋で寝ただけで布団は別々だし。…ていうか何で知ってるの?」
「え、前に五条が愚痴愚痴と不満漏らしてたけど?」

持ってきたスポンジでお墓についた汚れをとる私を見て、手伝うよと言ってくれた硝子はタオルで吹き上げながら答えた。

しかし……何で知ってるんだ。
歌姫さんから聞いたのかな……?でも五条の事毛嫌いしてるし、そういうの言いそうに無いけどなあ。それに五条だって気になるなら私に直接聞けばいいのに……。
心はモヤモヤしつつも、お墓はスッキリ綺麗に掃除する事が出来た。線香を立て、しゃがんで手を合わせて此処には居ない祖父と父の事を思い浮かべながら口を開く。

「おじいちゃん、お父さん、元気にやってるよ」
「どうもはじめまして、名前の親友の家入です」

墓を向いて二人に話しかければ、隣で同じように座って手を合わせた硝子も同じように話しかけた。驚いて横を見れば、硝子は微笑みながら話を続ける。

「名前ってばいつもいつも素直じゃなくて我慢ばっかりしてるから、今まで溜めてた分、私が発散させるので安心してくださーい」
「ふふっ……ありがと」

おじいちゃん。私にも一緒に居ると楽しくて、時にはちゃんと叱ってくれる、心から大切に思える親友が出来たよ。
それに――……彼氏も出来たの。
足音がコツコツ、とこちらに聞こえてくる方を見れば、五条がこちらに向かってきた。

「おーお待たせ」
「遅いよ、何話してたの」
「別に、深い話じゃねーから気にすんな」

彼と合流した瞬間、冷たい風が強く吹き鋭い感覚が走る。それは五条の存在を認識したようだった。彼もその気配を察したのか、様子を伺うように墓石をじいっと見つめる。そしてゆっくりしゃがむと、私達と同じように手を合わせた。
…彼が何を思って手を合わせたのか、分からない。
けれど、五条家の存在を受け入れるかのように、徐々に柔らかい風が草木を撫でる音に変わっていく。

…おじいちゃん、お父さん。五条と付き合う事になったの。
おじいちゃんは五条家と関わるなって言ってたけれど、私は関わった事に対して後悔はしていないし、逃げようとも思わない。結局、痴情の絡れだったとしても、この問題に関して悪いのは名字家だと私は思っている。
だから……盗んだものは、返す。そこに水神という呪霊の存在が関わっていたとしても、弱かった名字家の問題。
あれから色んな場所を回ったけれど未だに見つかってはいない。任務を任される事もどんどん増えて、思うようにいかないのが現実である。
…でもこれ以上、誰にも名字家の文句は言わせない。名字家の抱えた罪はここで終わらせる…だから見守っていて。






すぐに帰ろうと思っていたが、硝子が私と出会ってからの話や、五条がこの前夏油と一緒に夜蛾先生に悪戯して私と硝子まで巻き添えをくらった話をし始め、春の空気が心地良くて時間を忘れ、携帯を開くとあっという間に一時間が過ぎていた。
持ってきたお墓の掃除の荷物をまとめて車を停めていた場所に行けば、十三郎さんが運転していた車は無く、別の車が停まっていた。
……え、どういう事?

「あれ、十三郎さんは?」
「アイツなら帰らせた。代わりに俺ん家の使いよこしたから心配すんな」
「え、なんで……?」
「妊婦とガキ置いてけぼりにすんのも心配だろ」
「確かにそうだけど……」

でも五条の家の使いのものって……。
先程までおじいちゃんに五条家に認めてもらうよう頑張ります!と宣言したは良いものの、やっぱり会うとなると怖気付いてしまう。
ビクビクしつつも、硝子が後部座席のドアを開けて乗ると私に手を差し出すので、縋るように手を伸ばせば運転席の人と目が合う。
……この前の、約束したおじいさんだ。
鋭い視線を向けられて、思わず咄嗟に目を逸らしてしまった。

「坊ちゃんも後ろに座ってください」
「いーよ、別に。事故っても死なねーし」

助手席にドカンと座り、出発して。とぶっきらぼうに命令する五条の言葉の通り、車は動き出す。硝子の手をぎゅっと握ったまま下を向いていると、硝子は膝のあたりに手を置き、安心してと伝えるようだった。
行きよりも空気重くなったじゃんか……って私のせいでもあるんだけど。確かに五条の言う事には納得出来るけれど、十三郎さんを帰すなら早めに伝えて欲しいし、代わりを呼ぶとしてもタクシーにして欲しい。
なんで五条の人なんか…………あれ?
車はどんどん来た道とは違う道を進んでいく。こっちが近道なのか?なんて思いつつも嫌な予感が背中を伝い、それは現実となってしまった。






「んじゃ、ちょっと荷物とってくっから」
「……」

……着いた先は何処まで広がっているのか分からない塀で囲まれた、五条家。車を降りて五条家に案内された私達は、お庭が見える縁側の間に通された。

「ここ、タバコ吸っていいですか?」
「構わんよ」

おじいさんの言葉を聞いて、長旅でニコチン切れになったのか硝子はタバコに火をつけて煙を吐く。
そんな中、じっと冷たい木の板の上で正座をし、早く帰ってこいと心の中で彼に文句を放っていると、おじいさんは私達にお茶の入った湯呑みをお盆に乗せて持ってきた。

「疲れただろう、飲みなさい」
「……あ、ありがとうございます」

湯呑みを持ち、茶柱の立った液体をじっと見つめる。

「安心しない、変なものはいれとらん」
「あ……はは、い、いただきます」

……バレてた。
恐る恐る、口に含むと程よい温度のお茶が口の中を漂い、茶葉の甘味が口いっぱいに広がる。流石五条家、良いお茶を使ってる。
ふぅ、と一息つきたい所だが、おじいさんの視線に緊張が解けない。

「お主には約束を果たしてもらわんといかぬからのう。……忘れておらぬだろうな」
「……はい」
「良い。坊ちゃんには言ってないようで安心したよ」
「……言いませんよ」

言ってしまえば、彼は絶対に止めてくるだろう。私の事も、五条家に対しても。ただでさえ今の状況も五条悟が名字名前には近寄るなとワガママを貫いているからであって、彼が良かったとしても周りが認めていなければ意味がない。
……それが呪術界を生きぬく術である。

私の言葉を聞いて去っていたおじいさんの足音が聞こえなくなった所で、タバコを吸い終わった硝子は置いてあった木で作られた寝椅子に腰をかけてお茶を飲み、口を開く。

「また秘密?」
「……うん」

硝子の言葉に目を合わせれば、真剣な顔をしてこちらを見ていた。
硝子には、五条家と名字家の問題に巻き込みたくなくて五条よりも今まで沢山秘密にしてきたことや、黙っていたことがあった。だからそれを私以外の誰かから聞くたびに、苛立ちを感じていたことは理解している。
硝子の気持ちを受け入れず、そばにいてくれたのに突き放してしまった。……もう、そんなことはしたくない。

「でも硝子には必ず伝えるから……待ってて」
「もう居なくなったりしないよね」
「硝子の前からは居なくなったりしないよ」
「じゃあ五条の前からは?」
「……それは、私の頑張り次第かなあ」


彼の前から居なくなるかは私の力次第だ。未だに呪具の在処は分からず、任務も多くなるにつれて調べたり探す時間はどんどん減っていく。

「でも、どんな事があっても五条の事はずっと好きだよ」


だから、自分のやらなきゃいけない事、ちゃんと果たさなければ。





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