居場所の花





寒くて凍えるような冬は少し苦手だ。冷たくて寂しくて、心まで冷えてしまいそうになるから。
そんな冬の日でも、唯一楽しかったのが大晦日からお正月にかけての時間。
おじいちゃんと一緒に居た頃は、炬燵でみかんを食べつつ紅白を見ながらゆく年くる年を見て、除夜の鐘が聞こえたらいつもは眠っている夜の世界へ飛び出し、近くの神社へお詣りへ行った。いつからだったかなあ……お父さんに抱えられて神社にお詣りし、お母さんとおみくじを引いた記憶があるから、もしかしたら産まれた時からなのかもしれない。


……そんなお家でゆっくりしつつ年が越えるのを楽しむ日なのに、私は何故か空を飛んでいた。

「寒くないかい?」
「うん……この呪霊、凄く居心地良い」
「居心地良さそうな顔はしてないけど」
「だって……大晦日くらい!休み!ほしい!」
「しっ、もし近くに居たらどうするんだい」
「ごめんなさぁい」

指を口元に置いて指摘する夏油の発言に、小さく呟くように反省の言葉を述べ、頬を膨らます。
海の魚みたいな形をした浮遊する呪霊の上で二人横並びに座り、合図が来るのを寒い冬の夜空で一時間程待機中である。
クリスマスに終えた任務から帰ってくると、地方への任務にあちらこちら飛ばされ、やっと昨日の夕方に寮に帰って来れた。明日は朝からスーパーへ行って食材を買いに行くぞ……!と意気込んでいたのに、早朝から夜蛾先生に呼び出され渡されたのは本日の夜実行する任務依頼書。
なんでも呪詛師が集まり、大晦日を狙って人に危害を加えようとしている事が呪詛師御用達の闇サイト上で発見したらしい。そこで寮に残っていた私と夏油、五条、担任の夜蛾先生、あと数人の成人された術師が当たることになり、スーパーに行く暇もなく任務地へと向かったのだった。

ほんっと、私の楽しみを奪いやがって……!!呪詛師と相対する事になったら絶対にボコボコにしてやる。

そんなわけで他の術師が探りを入れている間、何かしら動きがあるまで私達は待機。空から少し奥の方を見れば、神社へと続く階段を登る大勢の人の姿が見えた。除夜の鐘を鳴らして年越しを迎える為にやってきたのだろう。

「終わったら行く?」

肩がぶつかる距離で座る中、夏油は小さな声で尋ねた。

「んー…人が多そうだし今度でいいかな」
「そう?ま、それに寝不足だろうし早く帰りたいよね」
「え?」
「昨日、悟の部屋に泊まっただろ?声、漏れてたよ」
「こえ……」
「君の色っぽい喘ぎ声」
「なっ……!!」

驚いて横を見れば、にっこり微笑む夏油の顔が近くにあり、羞恥心ですぐさま顔を逸らし正面へ向き直した。

そういえば夏油、五条の隣の部屋だった……!
その事をすっかり忘れる程昨日はそれどころじゃ無く、まさか彼が休みだとも思っていなかった。
昨日、元々五条には夕方帰るとメールをしていたのだけど、帰るなり玄関で待ち構えていた五条は「風呂入ったら俺の部屋に来て」と言われ、色々済ませて向かえば「ご褒美あげるから、ご褒美ちょーだい」と部屋に入った瞬間、いつも生意気な五条は突然甘えだし、あれよあれよという間に彼と交わっていた。
私も彼に会うのを我慢して任務に努めていたからかもしれないけれど、会った時に一層恋しくて一回だけではなく二回致した所まで覚えている。
……一応抑えてたつもりだったけれど、まさか聞こえていたなんて。

「昨日悟と一緒にゲームを夕方までしててね。ずっとそわそわしていたから謎だったんだけど……いやぁついに名前も大人の階段を登ったかぁ」
「いや……あの……えっと……その……」
「言い訳なんてしなくていいさ。別にやましい事じゃないだろ、恋人同士なんだし」
「そうだけど……」
「ま、するなら今度からは私の居ない時にして欲しいな。私は失恋した身だからさ」

しくしく、と目元に手を当てる夏油をチラッと横目で見る。多分、これは揶揄っているんだろうけれど、それに対して何と返せばいいのか分からない。
……彼が私に告白したのは、紛れもなく本心だと彼自身が言うから。
しかし告白され、断った後も自然に接してくれるし、気にしていないような表情をするけれど、彼の言った諦めないという言葉に罪悪感のような気持ちがあるのは今も変わらない。
どう反応するべきかと考える中、夏油は小さく笑った。

「ふふ、冗談だよ」
「…何て返したらいいか迷う冗談言わないでよ」
「名前の顔見てると可愛くて意地悪したくなっちゃうんだよねぇ」
「なっ……そういうの明け透けと……!」
「私は悟よりは素直だよ」

素直だなんて。五条の気持ちも、私の気持ちも後押ししてたのに、何処が素直なんだか。
何とも言えないこの空気感にムズムズしていると夜蛾先生から電話が入り、合図が決行された。





「まさか呪詛師を名前がボコボコにするなんてねぇ」
「大晦日の恨み許すまじ」
「お前どんだけ大晦日好きなんだよ」

夜、二十二時過ぎ。見つけた呪詛師を宣言通りにボコボコにして、なんとか大事にならず任務を終える事が出来た。後の処理は夜蛾先生達が行ってくれるとの事で、一足先に三好谷さんの車で私と五条と夏油は寮へと帰る事に。
夏油は私を後部座席に譲ってくれようとしていたが、五条に悪絡みされるのは目に見えていたのでゆっくり座りたくて二人を後部座席に追いやった。
いつまで不貞腐れてんだよ、と背後に座る五条の言葉にだって、と言葉が出る。

「紅白のaiko見たかったんだもん…」
「へぇ、名前ちゃんaiko好きなんですね」

三好谷さんは私の呟くような愚痴に、疲れを見せない笑顔で反応し「可愛い!」と付け加えた。

「恋の気持ちとか共感する曲多いじゃないですか、あと今回歌う曲、凄く好きで」
「確か赤ちゃんへの曲でしたっけ」
「そうなんです!凄く素敵で…私が産まれた時も、そう思ってくれてたのかなぁって」

初めて聴いた時に、ふと昔の事を思い出した。赤ちゃんの頃の記憶なんて全く覚えていないし、おじいちゃんから教えてもらった思い出くらいだけど、二人とも凄く喜んでたと聞いたときはとても嬉しかった。

「でもお前、母親に捨てられたの怒ってねーのかよ」
「悟、」
「なんだよ、本当の事言ったまでだろ」

五条の発言に夏油は止めに入るように彼の名前を呼ぶ。空気読まずに聞いてくるのは五条らしいというかなんというか。確かに私が彼に過去の話をした限り、そう思うだろう。…でも怒ってはいない。

「少し悲しいだけだよ。家族だもん、私の親には変わりないし、短い間だけでも育ててくれたからさ」
「……名前ちゃんは優しいですね」

私の言葉に三好谷さんは思い詰めるような口調でそう言う。だって呪霊が見える私が居なければ、お母さんはもっと幸せだったかもしれない。
もう会う事も無いし、母からしても会いたく無いだろうが、この曲を聴くと少しの希望が湧いて母が優しかったあの頃の記憶が蘇る。

「そういえば三好谷さんはご実家帰らないんですか?」
「お休み頂いたので、今日の事務処理を終わらせて一度顔を見せに帰ろうかと。妹も帰って来てるんですよ、ただ妹は私と違って頭も良くて…出来損ないで人と違うモノが見える私はよく比較されてたので帰りづらいんですよね」
「そうなんですか……」

彼女のさっきの言葉の重みはこれだろうか。確かに非術師の家庭で育った人の差別的境遇はよくあるらしい。それに私のお母さんも名字家が術師の家系と知っていたのかは謎だけど、非術師が私達を見れば不気味に感じるのは仕方がない。
…それ故にこの場所が、私達呪術師の居場所。

「でも私は三好谷さんにすごく元気貰えるし、凄く助かってますよ。任務終わって疲れた時とか、元気な声に疲れ吹っ飛びますし」
「そうそう、それに仕事真面目だしね」
「俺にキレてくる度胸もあるしなー」
「え、五条に?!」
「あはは、まあ…色々ありまして」

ええ?五条にキレるなんて……何やらかしたんだ。彼に疑う目を向ければ、素っと惚けたような顔をしてそれ以上は語らないかった。
普段褒められてないから恥ずかしいな…と頭をかく彼女は、話題を変えるようにそういえば、と口を開く。

「夏油さんは帰られないのですか?」
「任務が落ち着いたら帰ろうと思っていたので明日呼び出しがなければ帰ろうかなと」
「五条は?」
「帰らねーっつてる」
「……去年も言ったけど五条家の次期当主が帰らなくてどーすんの」
「んなの知るかよ。なんなら名前も一緒に行く?」
「ほんっとそういう煽りやめて」

度々彼からはそういう冗談のお誘いをされるのだけれど、依然として状況は変わらず寧ろ悪くなっているのに行くわけ無いでしょ。

「つーか名前の年越し蕎麦食ってねーし、雑煮と煮物食ってねーもん。言っただろ今年の年末も食べたいって」
「そうだけど……材料何も買ってないよ?」

年越しそばもそうだけど、煮物や雑煮は食材の種類も多いし時間もかかる。それに全く寮に帰っていなかったのだ、朝スーパーに行けなかったし食料を調達しなきゃいけない。

「それならそこのお店寄ります?」

三好谷さんが指を指すと少し先に24時間営業のディスカウントストアが見えた。スーパーより食材の種類は少ないだろうけど、出来るだけ明日からの分を調達しておきたい。

「でも三好谷さん帰るの遅くなっちゃいません?」
「あぁ、気にしなくて良いですよ!それに待ってる間に車の中で報告書書かせていただきますので」
「じゃあ…あのすぐ戻りますんで良いですか?」


夜でも元気な顔をして気にせず!と言う彼女のお言葉に甘えて、寄る事にした。






大晦日といえば年越しそば!
それと明日以降の食材も朝スーパーに行く予定だったから買う物は携帯にメモしてあるので短時間で済ませれる。……と思っていたのに、何故か後部座席で携帯を弄っていた二人も降りてきた。

「名前〜これも入れといて」
「あぁそういえばティッシュ残り少なかったからこれもお願い出来るかな」
「あ、俺も少ないんだよな。傑〜半分こしよ〜ぜ」
「いいよ」
「ちょっと!!予定に無かった物まで買うんじゃない!」
「いーだろ別に、俺が払うし」
「荷物持ちは任せてよ」

そういう問題じゃない。こっちは食材を選んですぐ車に戻ろうとしていたのに、この最強コンビは最強に邪魔してくる。あんた達は母親にスーパーに連れてこられて勝手に欲しいものをカゴに入れてくる子供かよと言いたい程邪魔してくる。断じて連れてきてはいない。
大きなため息を吐きつきつつ、一個で済むはずのカゴは二個目に突入し、夏油が買い物カートの下のカゴにティッシュボックスを入れると、彼は上のカゴに乗せていた蕎麦の生麺の袋を指さす。

「あれ、そんなに蕎麦食べるのかい?」
「え?夏油も食べるでしょ、皆んなの分作っちゃった方が楽だし」
「……いいの?」
「いいよ…?」

何故そこは遠慮するんだ。もっと他に遠慮するところあるだろがと思いつつ、驚いてる夏油が面白くて笑うと、ありがとうと優しく微笑み返してくれた。





一個で済むはずのカゴは二個から三個になり、三個目のカゴを夏油が持ってくれて一緒にお会計の列に並ぶ。順番が回ってきてレジの台にカゴを置けば、行方が分からなかった五条がまた何か物を持って現れた。

「な〜名前〜ブツブツとホットならどっちがいー?」
「?何の話?」
「コンドームの話だけど」
「コン……」

五条は持ってきた箱のパッケージを私に見せ、うす!やHOT!快感!なんて書いているパッケージのイラストで直感が働く。
いつもゴム言ってたけど名称があるのか……ってそんな場合じゃなくて!こういう公共の場で聞くんじゃ無い!しかもパッケージにLとかXLって書いてるけど…え……もしかしてあ、あれのサイズ…??
大きいとは思っていたけれど…昨夜の出来事を思い出すと脈拍が早くなり、どんどん顔が熱くなっていく。
そんなのお構いなしに五条は私の顔を覗き込んで「もしかしてジェル多めがいい?でもめちゃくちゃ濡れてたし要らねーよな」なんて羞恥心の欠片もないかのようにペラペラと喋り始めた。

「そ、そんなの知らない!」
「んなら二つ買っとくか」
「はぁ?!」
「あ?なんか問題でもある?」

二つもいる?!一箱で十個は入ってるでしょ?ってことは二十回は今後五条とそういうこと………ああ、だめだめ、考えるな!は、端ない!!
ここは他人になれるだけなりたくて「なんでもない!!」と彼に伝えれば、キョトンとした顔をしていた。察しろ!

レジに乗せられたカゴにぽいっと追加でゴムの箱を入れるが、夏油も居るのになんちゅー事聞いてくるのコイツは。彼に行為をした事実と声を聞かれてしまった事に何とも言えない気持ちなのに、これ以上性事情を聞かれてしまってはこちらも恥ずかしい。横目で夏油の方を見れば、いつの間にか姿がなく、キョロキョロと見渡せば五条と同じように、うすうす!と書かれた箱を持って帰ってきた。

「ごめんごめん、私も無くなってたの忘れてね」
「いやなんで?!」

そこは五条に対して「公共の場でそのような事を言ってはいけないよ」とか言ってくれるじゃないの?!何自分もセクハラ発言してんの!!
…というかこのゴムってそういう事する為にあるわけで、夏油ってもしかしてもう特定の相手がいたりするのかな……?私に諦めないと言っていたから、てっきり今もそうなのかなとモヤモヤしてたし、彼女が出来たのであれば言って欲しいのに。
唖然としている私に夏油はおかまいなくカゴへ箱を入れる。

「男のマナーだからね、妊娠してしまったらいけないし」
「ゴムが無いと妊娠するの…?」

それは初めて聞いた。もしかしてリコちゃんはこのゴムを使わなかったから妊娠したのか?もしかしてゴム無ければコウノドリが来るの?
私の言葉に驚きつつも知らなかった事に呆れたのか夏油は溜め息を吐き、五条に目線を向ける。

「……悟、ちゃんと名前に教えた?」
「俺に教わるのは恥ずかしいから硝子に教わりたいって言って聞かねーんだもん」
「全く、こういうのは大切な事だからやる前にちゃんと聞いておかないといけないよ」
「わ……分かった」
「じゃあ帰ったら私が教えるから」
「おい何サラッと誘ってんだよ、名前は今日俺とヒメハジメすんの!」
「っあーーっもう!!二人とも邪魔!」

よく分からないけど、またいやらしい事をこの二人が言ってる気がする。
それにこうもレジの周りで言い合いをされたら周りにも迷惑だ。お会計済みのカゴが三個目になった所で「二人で詰めてて!」と彼らの背中を押せば、五条は私に自身の財布を渡し「払っといて」とレジの奥にある台へと夏油と二人でカゴを持って行く。
もう……小学生の男子みたいな性格してるけど、ふとこういうスマートな所を見せられると好きポイントがいつもより倍貯まるのでやめてほしい。なんだこのポイントカード制度なキュンは。

お会計が二万円になり、彼の財布からお札を取ろうとすれば綺麗なピン札が十枚ほど入っていた。…流石お坊ちゃま。
お釣りをもらう際、レジを担当してくれた男の店員さんから「これ、一万円以上お買い上げの方にプレゼントしてまして……あの、頑張ってください」と言われて渡されたのは栄養ドリンク。労わるように言う彼の言葉に、え?この人術師なのかな?副業中?なんて疑問に思いつつ、お辞儀をして「お疲れ様です」と挨拶し、レジ袋を持って出口から外に出る二人の後を追い、声をかけた。

「ねーあの人も術師なのかな?」
「はあ?んなワケねーだろ」
「だって私に頑張ってくださいって言ってたよ?あとこれ貰った」

五条に先程貰った栄養ドリンクを見せれば、プッと笑出した。え、え、え??

「それ、栄養剤でもあるけど精力剤。さっきの俺ら見て3Pでもするって思ったんでしょ」
「さんぴー?」
「三人でエッチするって事だよ。私は良いけど、帰ったらやるかい?」
「ダメに決まってんだろ、名前は俺のだっつうの」
「っ……アンタ達……っっ本当最低!!!」
「「痛っ!!」」

二人のお尻にコンボ蹴りをぶつけて、走って車に戻り助手席に乗ると「大丈夫ですか?」と三好谷さんが声をかけてきた。
彼氏だろうが仲間だろうが、女の子にナチュラルにセクハラするな!!





寮へ帰り着き、食材の入ったビニール袋を持ってキッチンルームへと向かい、買った物を冷蔵庫に入れつつ蕎麦の準備をしていると、扉から覗きつつコソコソと小声で話し合っているデカい二人組が目の端にうつる。寮には私達だけだから別にその場に入られて困るわけではないけれど、気になってしまう。

「なに?」
「……すまない、君が恥じらう顔が可愛いくてつい意地悪をしてしまって」
「おい、謝ろうって言ってたのに何口説いてんだよ、」
「正直な事を言ったまでさ。そういう悟もちゃんと謝りなよ」
「言われなくても……わ、悪かったな」

私の発言も無しにまた言い合いを始めようとしていた二人は、何とか気持ちを落ち着かせて謝罪の言葉をくれた。私だって年が明けるのに、こんな気まずい空気は嫌だ。それにそんなにシュンって顔されたら、許すしかないじゃん。

「今回の事は水に流してあげる。でも次あったらお尻じゃなくて…股間蹴るから」
「名前から金蹴りワードが出るなんて…悟気をつけなよ」
「何で俺が蹴られる前提なんだよ、傑だって調子乗んなっつうの」
「ちょっと」
「「はい」」

また言い争いを始める二人の間に入れば、凍りつくような表情を浮かべ、思わず吹き出す。

「ぷっ……蕎麦作るから二人とも手伝ってね」 

そう言えば、二人は嬉しそうに表情が明るくなった。
……全く、子供みたいだ。





手際よく茹で上がった蕎麦を器に盛り葱と海老天を乗せ、完成。時計を見ればあと十五分で年が明けてしまうので、出来上がった年越しそばをキッチンで立ちながら食べ、なんとか年を明ける事が出来た。
去年と同じく日の出を見ようと言い出した五条の言葉に賛同し、寮母さんも居ないしお風呂に入って共有スペースで夜が明けるのを待とうという事に。
そうなると明日の朝、日の出を見た後に雑煮を作るのが良いかなあ。少ししか材料は調達できなかったけれど、十分お正月を楽しめる量は作れる。

お風呂に入り共有スペースまで向かうと、夏油はソファに座ってマグカップを持ち、テレビを見ていた。

「や」
「何飲んでるの?」
「紅茶だよ」
「じゃあ私も紅茶にしよ」

紅茶のティーバッグを入れて簡易ポットに残っているお湯をマグカップに注ぐと、優しい香りが鼻を通る。彼の隣に座って一口飲むと、身体がじんわり温まっていった。

「そういえば五条は?」
「洗濯。やっぱりお家の人に迫られたから明日の昼帰るって言ってたよ」
「そりゃあそうだよ……」

呪術御三家ならば、昔の仕来りもあるだろう。それが名字家の者と一緒にいたいが為に帰らないなんて言われたら、寮まで五条家の人達が抗議に来そうだ。まあ……今までも来る事はあったけれど、あのおじいさんと約束をしてから五条家の人達と会う事はほぼ無くなった。

「悪かったね、二人きりの邪魔をして」
「別に……てか、夏油彼女出来たの?」
「居ないけど、何故?」
「夏油もその……ゴ、ゴム買ってたじゃん」
「あぁ、単に無くなってたからだよ。別にあって困るものじゃないしね。それにいつそういう時が来るか分からないじゃないか」

そんな突然やってくるものなのか?まあ…五条や夏油の恋愛観って理解出来ない部分があるし、私みたいに順を追って覚悟を決めるのも一部なのかもしれない。
人それぞれだろう、そう思っていると彼は私の髪に触れる。

「例えば、今からでも」
「……何言ってんの」
「三人でやった事はないからね、興味があるんだ」
「そういう冗談やめてって言ったでしょ」
「冗談じゃないよ」

先程の店員が想像していただろう情事をやりたいと彼は言い出す。それも、真剣に。
……ずっとモヤモヤしていた。これからもこうやって誘われても、私の気持ちが変わる事なんてない。無いなんて言い切れないかもしれないけれど、私の中では、一生、五条悟以外に恋をするわけがないと誓える。それなのに夏油の気持ちを弄ぶように放置しておく事は、やっぱり私には出来ない。

「夏油あのね、やっぱり私……夏油の気持ちには答えられない」
「それでもいいって言ってるのに?」
「諦めない気持ちを持つのは凄く理解出来るんだけど、これ以上夏油の気持ちを無下に出来ないもん。それに…五条がどう思うかは分からないけれど、私が彼の立場だったら不安になると思う……だからそんな気持ちにせたくないの」
「…私にチャンスは無いという事か」
「五条の事……だ、大好きなの。これは多分、この先未来だってどんな事があっても変わらないと思うし、夏油の事は、この先どんな事があっても私にとって夏油は大切な友達であり仲間だと思ってる」

……だから、諦めてほしい。

ぼそりと呟いた、突き放すような言葉。自分自身が好きな人にこんな事言われたら、辛くて苦しくて、どうしようもなくなる。でも、答えられない気持ちを知っているまま泳がせておくお人好しには、なりたく無い。

「正直に言ってくれてありがとう」
「ううん……夏油こそ、私のこと、好きになってくれてありがとう」
「そういう事いう辺り、まだお人好しだけどねぇ」
「……夏油も中々だと思うよ」

私達の気持ちを尊重し大切にしてくれている、そんな彼は誰よりも優しい、大切な友人だ。





本当は朝作ろうと思っていたけれど一人で気持ちを整えたくて夏油に「今のうちにお雑煮作ってくるね」と言って共有スペースを出てキッチンルームにやってきた。
暖房が入っていないから肌寒いけれど髪をひとまとめにして服の袖をまくり、黙々と具材を切って、切って、切りまくる。夢中になっているうちに寒さもあまり気にしなくなった。
それよりも先程の事がぐるぐると後悔のような反省のような気持ちが巡る。自分は恋が叶ったのに、私が振る事になるなんて、なんて身勝手なんだと思う。……けれど、私にとっての好きな人は一人しか居ない。

具を入れた鍋が沸騰し、ガスコンロのおかげか少し暖かく感じる。お雑煮も作り終わり一応一通り出来上がったし、あとはゆっくりと味が染み込むのを待つだけ。
今のうちに使った調理器具を片付けようと洗い物をしているとキッチンルームの扉が音を立てて開き、目線を向ければ五条の姿があった。

「あ、洗濯終わった?」
「おー。……眠たくねーの?」
「うん、料理作ってたら目覚めちゃった。それに明日二人が帰ったらぐっすり寝ようと思って」

扉を閉める彼から目線を正面の方に戻すと、歩く度に床板が軋む音が響いてこちらに近づいてくる。
何か食べ物でも冷蔵庫を漁りに来たのだろうか、と思っていたら、お腹に腕が回ってぎゅっと抱きしめられた。

「ちょ……今洗い物中」
「……傑に、ちゃんと言ったんだな」

私の頭にコツンと何かがぶつかる、多分五条が顎を乗せているんだろう。彼の言葉に蛇口を締めた。

「盗み聞きするつもり無かったけど、聞こえちまって……でもお前の思ってる事、聞けてよかった」

多分、さっき私が夏油に伝えたことを言ってるんだろう。まさか五条が近くに居たなんて気づかなかったけれど、盗み聞きしていたからといって怒ろうとは思わない。恋人を不安にさせていたのであれば私の落ち度なのだから。

「私、今まで五条のこと不安にさせてたよね」
「まぁー……お前の天然さにモヤモヤしてたのはあるけど」
「ごめん…」
「でも名前の事、誰にも渡す気ねーから」

そういうと、首元のネックレスの留め具を引っ張って「ちゃんとつけてるんだな」とクスッと笑い、彼はリップ音を立てて私のうなじに優しく唇をおとす。
一生つけとけって言ったのはそっちじゃんか。
……しかしよくも堂々と恥ずかしい事言うようになったなぁ。一年前の今頃なんてようやく五条と距離が少し縮まったのかなぁなんて思っていたのに、まさか恋人になれるなんて。
この前丁度調べて覚えたうなじへのキスがどういう事かも彼は理解していないだろうけれど、私へむける言葉のおかげで嬉しい気持ちが溢れかえる。
洗い終わった食器を横の水切りラックに置いて五条の方を振り向こうとした時、キッチンルームの扉が開いて視線を向ければ夏油の姿があった。

「全く、中々帰ってこないなと思ったらイチャイチャして。料理中は危ないよ悟」
「るせー、負けたくせに」
「君が中々帰って来ないから勝手に試合始まってしまってボコボコにしちゃったからおあいこだよ」
「言えよ!」
「帰ってこない方が悪い」
「え、何の話??」

相変わらず仲の良い二人の会話に入ると、夏油はいつもの顔で私の方を見て口を開いた。

「ゲームだよ、名前もやる?」
「ゲーム下手クソだから最下位決定だけどな」
「別に、練習すればそれなりにやれるし?」
「言ったな?」
「ふふ、じゃあ三人でやろうよ」
「…うん!」


廊下の先を行く彼等の背中を見て、色んな感情が込み上げていく。
色んな事がこの一年あったけれど、この仲間達だけはずっとずっと一緒にいたい。あれだけつまらなかった毎日が、心が揺さぶられるように感情が昂ぶる日々へと変われたのは仲間達のおかげだ。
彼等の元まで駆け足で寄ると、二人は振り向いてこちらを見たので、目線を合わせて口を開く。

「ね、来年も一緒に年越してくれる?」
「当たり前じゃん、何なら硝子誘って四人で年越し初詣行こうぜ」
「いいね。それに名前の年越しそば、また食べたいからお願いしたいな」
「うん、もちろん……!」

……やっぱり、お母さんに会いたいな。
大切な友達が出来たこと、大切な恋人が出来たこと……一生そばに居たい人がいる事を話したい。
大切な居場所が出来たと、胸を張って言えるから。