甘いおまじない



出会いは最悪だった。
学生時代に医療の勉強を必死で覚え、念願の黒の教団で医療チームの看護師として働き始めて約一年とちょっと。
看護師として少しずつ慣れて、ファインダーやエクソシストの人達とも交流ができるようになった。

「名前、こんばんは」
「あリナリー!こんばんは。どうしたの?」
「あの…眠れなくて。ねぇ、今日ここで寝てもいい?」
「うん、今はベッドも沢山空いてるし大丈夫だよ。ちょっと待ってて、もう少しで仕事終わるから。本読んであげるね」
「ありがとう!」

リナリーを女性専用の病室に送り、夜勤との交代の準備を始める。まだ精神不安定なリナリーはたまに眠れなくなると、こうして病室に来る。そんな時は本を読んで安心させて、眠りにつかせるのが私の役目。
リナリーとも出会った当初は話しかけてもあまり笑ってくれなかったが、少しずつ話す回数も笑ってくれる回数も増えてとても嬉しい。

さて、準備も終わったし着替えるか。と更衣室に向かおうとした時、声をかけられた。

「名前ちゃーん!ちょっとおねがーい!」 

振り向くとコムイさんと大柄な綺麗な赤い長髪の男の人は、今まで見た事がない人。私はコムイさんの方へ駆け寄った。

「コムイさんこんばんは。どうかしました?」
「この人腕怪我してるんだ。見てくれないかな?」
「おい、コムイ。こんなんすぐ治る、治療なんか必要ねェよ」

大柄な綺麗な赤い長髪の男の人はそう言ってこの場を去ろうとするが、コムイさんがダメですよ!と必死に逃げないように抑えた。右腕を見てみると、服で少し隠れているが大きな傷口から血が出ている。

「ちょっ、大怪我してるじゃないですか!痛くないんですか?!」
「痛くねーよ。それより服が汚れる方が心配だ」
「痩せ我慢しない!服の心配してる場合じゃないでしょ、ちょっと座ってください!」

近くの椅子を持ってきて彼を座らせた。私は急いで包帯と消毒薬を持ってきて椅子に座って彼の右腕を触り傷口を診た。
彼自身はここに連れてこられた事に対してイライラした顔をしており、痛みを感じるような表情を全くしない。…確かに少し血は固まってきてるけど、この大きな傷は絶対に痛いはず。

「包帯巻きますんで袖捲りますね」
「んな包帯なんて必要ねーよ、血止まってんだろ。こちとら部屋に帰って酒飲みてぇんだよ」
「止まってますけど傷口は開いたままですよ!自分の身体なんですから、大事にしてください。あと飲酒禁止!」
「うるせェな。俺に口答えするとは、誰に口聞いてんのか分かってんのか」
「貴方がわがままなだけです!誰だかなんてしりませんー!」
「そうだよクロス元帥。名前ちゃんの言うことちゃんと聞いてくださいね」

言い合う私と彼の間に、コムイさんが自然なタイミングで話に入ってきた。元帥って、あのエクソシストの?!私は彼の立場を知って一瞬固まる。

「えっ……元帥なの、この人?!」
「そうだよ」
「なんだその驚き方は、失礼だな」
「いやまさかこんな横暴なのに、元帥だとは…」
「オイ」
「まあまあ〜。あ、そういえば名前ちゃん、リナリー見てないかい?リナリーに快眠グッズ作ったんだけど、部屋に居ないみたいでさ」
「リナリーなら病室に居ますよ。変なもの持ち込まないでくださいね」
「わかってるよー!じゃあクロス元帥の事、よろしくネ!」 

ウキウキルンルンステップでコムイさんはリナリーの居る病室に向かっていった。
私はさっきまでの発言を思い出し、まさか元帥格の人に注意してた事に、この場に居づらい気持ちになりつつも消毒し包帯を巻いていく。
クロス元帥の腕、大きくてゴツゴツしていて筋肉の張りが綺麗だ。エクソシストだからか、とても鍛えられている。この人もアクマを倒すエクソシストなのかあと、関心して余計に触れてしまう。

「どうした」
「えっ。あ、いや、ちょっと気になって。すみません」
「俺の魅力に気づくとはお前も中々だな」
「は……?何言ってるんですか、横暴な上に自信過剰家?」
「オイ、それ以上舐めた口聞くとブチ犯すぞ」
「物騒な事言わないでください!仮にも元帥なんでしょ?今度は怪我しないでくださいね!」
「今回はたまたまだ。しかもこんな事しなくても治るもんは治る…もういいだろ、部屋に戻る」
「あー!ちょっと待って!!」

そう言って立ち上がりそうな元帥の肩を抑えた。

「最後におまじないかけてるので」
「あぁ?おまじなぃ?」
「そうです。これよく効くんですよ?よしっ…痛いの、痛いの、とんでけーっ!!」

包帯を巻いた腕の上に両手を乗せて、良くなりますようにと念じる。

「…なんだその呪文」
「おまじないです!はい。これで明日の朝には痛みもなくなってますよ」
「本当か?おまじないやら辛気くせえ。今でも少し痛むのによ」
「あ、痛いの薄情しましたね?私のおまじない、評判良いですよ。こんな面倒ごとに巻き込まれたくなかったら、もう怪我しないでくださいねー」

私もこんな横暴な人とはもう関わりたくないし、と口では言わず心の中で留めておく。
クロス元帥はフッと笑って私の目を見てきた。

「ほう、じゃあ俺からもおまじないかけておくか」
「え?」

そういってクロス元帥は少し屈んで、私の顔をがっしり掴んできた。何事だと思う暇もなく、優しい触れる程度のキス。医務室の匂いとは正反対なクラッとするお酒の匂いとタバコの匂い。

「そのうるさい口が少し大人しくなるおまじないだ」

呆気にとられて、ぽかーんとなり、状況を把握する頃には、顔が赤くなり口をぱくぱくさせるのに精一杯。それをみたクロス元帥はフッと笑って立ち去っていった。
な…なんなの、あの人。





翌朝、全裸で日差しを浴びながら、タバコをすい昨日の事を思い出すクロス。
「久々だな。女に楯突かれんの」
そういった彼の腕の包帯ははずされており、傷は痛みも傷口も塞がっていた。