01
運命というのは元々決まっているのだろうか。決まっているのなら、それは誰が決めているの。
貴方と出会った事さえ誰かが決めて、ここまで築きあげた思い出さえ誰かが作った道だと肯定しなきゃいけないなんて思いたくない。
後悔してもいいから、私たち自身が選んだ道だと肯定したい。そんな、出会いだった。
断崖絶壁に佇む塔。ここはAKUMA退治を専門としているエクソシストが属する黒の教団の本部施設。
私にはエクソシストみたいなAKUMAを退治するような特殊な力は持っていない。だから学生時代に医療の勉強を必死で取り組み、念願だった黒の教団の医療チームに配属された。
看護師として働き始めて一年、入った当初は二十歳のただ知識だけしかない新米で、上司に迷惑をかけてしまった。まあ今でも分からない事が多くて迷惑をかけているけれど、それでも私を可愛がってくれるのは此処で働こうと思う人がごく僅かだから。
AKUMAを私はまだ直接見たことはない。けど縁もゆかりもない生活よりAKUMA退治を専門とする場所だからこそ、遭遇する確率はぐんと上がり、AKUMAによって己が亡くなる日が突然訪れるかもしれない。そんな仕事場だと知れば、志願しても下りる人間が出てしまうのは当然だ。
けれど、だからこそ優秀な医療チームが必要だし、私が此処にやってきたのはそれを覚悟した上。
夜の医療フロアは静まり返っていた。他のフロアとは違う消毒液のスンとした匂いに包まれ、教団本部は多くの場所が真っ黒で覆われているが、此処は真っ白に清廉されている。
看護師として怪我や熱でベッドに横たわるファインダーやエクソシスト達の看病をするのが私の役目。病人が夢の中へ入ったのを見届けて看護師室へ戻り、机に詰まれた記録書を眺めながらため息を吐き椅子に座った。
あとは交代が来る迄、この記録を取れば今日の業務は終わり。夜は長いしゆっくりやっていこう。
ふと、部屋の扉からひょこっと顔を覗かせたツインテールの髪が目に入る。目が合うと、歩幅の小さい足音が軽快に私のもとへやって来た。
「名前、こんばんは」
「こんばんはリナリー。どうしたの、こんな夜遅くに」
ツインテールの小さな女の子、リナリーは寝巻き姿で私を見上げる。齢10歳でエクソシストという役目を背負う少女。周りに同い年の子供が居ないわけでは無いけれど、一般の環境とかけ離れたこの場所には少なすぎる。
ある程度歳の近い私と接しやすいのか、彼女は医務室に用が無くともやってきては小話をしたり、私にとって可愛い妹みたいな存在だ。
しかし声をかけてきたリナリーは明るい顔をしていたのに、私が尋ねると少し困ったような顔をした。
「あのね眠れなくて……今日もここで寝てもいい?」
リナリーが医務室を訪れるのは怪我した時以外に、話したい時と寂しくて眠れない時。そういう時は私達看護師の仮眠室のベッドで眠る。リナリー曰く、部屋の心地よいベッドより此処の簡易的な仮眠室のベッドの方がよく眠れるらしい。
婦長さんには「もうそろそろ一人で眠れるように頑張りなさい!」と言われてしまうから、婦長が居ない時に話しかけやすい私に尋ねてくる。
ちなみにリナリーだけでなく、ファインダーや他のエクソシストの人達も婦長が怖いらしく、私に擁護を求める事が多い。婦長は愛の鞭でリナリーや他の人達を嫌っているわけじゃないんだけどね。だけどそのおかげで色んな人達と交流ができるようになったのは、申し訳ないけど婦長のおかげかも。
しかし、私自身まだまだ子供な彼女を寂しさのあまり涙を流して眠れぬ夜を過ごさせてしまうのは良心が傷つく。そんな時、本を読んで安心させ眠りにつかせるのが私の役目だ。
「婦長さん居ないし大丈夫だよ。ちょっと待ってて、もう少しで終わるから。後で本読んであげるね」
「ほんと?! ありがとっ名前だいすき!」
私の言葉に彼女の表情はぱあっと明るくなった。
奥の看護師の仮眠室として使われている部屋の扉を開けると、部屋に入ったリナリーは「待ってるね」と言って扉を閉めた。
リナリーと出会った当初は話しかけてもあまり笑ってくれなかったけど、少しずつ話す回数も笑ってくれる回数も増えてとても嬉しい。それに大好きって言われちゃったらお仕事頑張るしかないじゃない。
よし、区切りの良い所まで終わらせて、リナリーと癒しの時間を楽しむぞっ。
「名前ちゃーん!」
突然、足音よりも先に聞こえた声に驚いて思わず肩が上がる。聞き覚えのある声に再び部屋の入り口をじっとりとした目で見つめるとコツ、コツと歩く音が重なって聞こえ、リナリーの兄でもあるコムイさんが彼女と同じように顔を覗かせた。
「あ、いたいた。ちょっとお願い出来るかな?」
「なんですか」
「あれ、怒ってる?」
「……いえ」
くぅ……リナリーとの癒しタイムを邪魔されてしまった、なんてこのシスコンに言えない。言ってしまえば羨ましがられるだけだ。
一つ、ため息を吐く間にコムイさんは入り口でつっかえている腕を引っ張る。なんだ、怪我人か。しかし断固として動く素振りのないその腕の人物はどうやら医務室が嫌いのようだ。やれやれ、こちらから様子を見に行くかぁ。
椅子から立ち上がり部屋の入り口まで近づくと、そこには年齢不祥の大柄で赤い髪をした男が立っていた。でかっ。コムイさんよりは年上っぽいけど、その姿で医務室嫌い……?
「この人腕怪我してるんだ、見てくれないかな?」
「おい、コムイ。こんなんすぐ治る、治療なんか必要ねェよ」
荒々しい言葉でこの場を去ろうとする男の左腕を、コムイさんが必死に逃げないように抑える。反対側の右腕を見てみると、千切れたボタンの袖口から大きな傷口から見え、真っ白なシャツが真っ赤に染まっているのを目にして思わず彼の手首を掴んだ。
「ちょっ、大怪我してるじゃないですか!痛くないんですか?!」
「痛いワケないだろ、それより服が汚れる方が心配だ」
「痩せ我慢しない! 服の心配してる場合じゃないでしょ、ちょっと座って!」
乱雑に置かれていた丸椅子にコムイさんと一緒になって彼を無理矢理座らせた。急いで包帯と消毒薬を救急箱から取り出し、彼の服の袖をめくって腕を触り傷口をみる。
彼自身は無理矢理連れて来られた事にイライラした顔をしているのか、痛みを感じるような表情を全くしない。確かに血は固まってきてるけど、この大きな傷は絶対に痛いはず。
「消毒して包帯巻きますね。ちょっと痛いですけど我慢してください」
「だーかーらそんなの必要ねェよ。こちとらさっさと部屋に帰って酒飲みてんだ」
「自分の身体なんですから大事にしてください! あとこんな怪我してるんだから飲酒禁止!」
「あ゙あ゙? うるせェな、俺に口答えするとは誰に口聞いてんのか分かってんのか」
「私は貴方が我儘だから言ってるの! っていうか何処の誰だか知るわけないでしょ!」
こんな人が居たらすごく目立つはずなのに、ここの教団に来て今まで見た事がない。有名人でもあるまいし、年上だったとしても怖気ついて看護師としての役目を果たさないわけないでしょ。
しかし言い合う私と彼の間にコムイさんが目を細めながら間に入る。
「そうそう。クロス元帥、名前ちゃんの言うことちゃんと聞いてくださいね」
「げ、元帥? ……え、元帥なのこの人?!」
「クロス元帥はよく連絡途絶えて帰ってこないからね、知らないのもしょうがないよ」
「連絡途絶えるって絶対仕事放って遊んでるじゃないですか!」
「おい、さっきから失礼だな」
だって、まさかこんな横暴な男が元帥だとは思うわけないでしょ!
元帥――エクソシストのトップであり、エクソシストの管理統括する立場の存在、だというの?この男が?!
「まあまあ、クロス元帥も落ち着いてください。名前ちゃん、医療チームの中でも話しかけやすくて親切って評判なんですよ」
「ケッ、」
唖然とする私に相変わらずコムイさんは陽気な表情で私達の仲を取り持つ。しかし元帥の態度は相変わらずだ。
「あ、そういえばリナリー見てないかい? リナリーに快眠グッズ作ったんだけど、部屋に居ないみたいでさ」
「……リナリーなら奥の仮眠室に居ますよ。あと変な物を医務室に持ち込まないでくださいね」
「わかってるよ〜っ。じゃあ、元帥のことよろしくネ!」
ウキウキルンルンステップでコムイさんはリナリーの居る仮眠室へ入り、閉まった扉を隔ててもリナリーの叱り声が聞こえてきた。ちなみにリナリーの部屋にはコムイさん特製のグッズが沢山あるらしい。言いたくはないけれど、部屋に戻りたくない要因の一つはそれだろう。
「おい、やるならとっととすませろ」
元帥の声に意識を戻し、コムイさんが居なくなって静かな空気が漂い、居づらい気持ちになりつつも消毒し包帯を巻いていく。まさかの元帥に注意してたなんて……。
コムイさんも室長という素晴らしい立場ではあるけれど、あまりに柔らかく接してくるものだから気が抜けちゃって態度を悪くしちゃう時がある(って言ってもコムイさんが要らない物作るからだし)
でも、コムイさんが居るおかげで、この教団本部で頑張ろうと思っている人は少なくない。私だってコムイさんに元気をもらってる一人。まだまだ新米の私は言葉や振舞いで婦長や目上の人達には粗相のないよう接している。
とはいえ、この元帥に敬語使うべきなのか疑問に思う。確かに貫禄のある風貌をしているし、怪我をした腕は太く、筋肉の張りが美しい。エクソシストらしい鍛えられた身体つきに思わず魅了され、指先を腕の内側に添えて肘のあたりまで滑らせる。元帥という立場ながらに、綺麗な肌だなぁ。
「どうした」
「あ……いえ。すみません」
「ほう。俺の魅力に気づくとは見る目はあるな」
先程まで不機嫌な顔をしていたのに、何を思ったのか口角を上げ、まるで優越感に浸っているようだ。
えっちょっ……は?何言ってるんだ、横暴な上に自信過剰家なの?
思わず持っていた包帯を素早く巻き上げてキツく占める。
「おい、素人か?顔は中々だが包帯も巻けねぇ新米がよ」
「いえ、普段はここまでしませんがキツく巻き上げた方が少しは無駄口も治るかと思ったので」
「あ゙? オイ、それ以上舐めた口聞くとブチ犯すぞ」
「ちょっ、物騒な事言わないでください。仮にも元帥なんですから今度は怪我しないでくださいね!」
あまりにも口が悪い元帥に対して思うのはただ一つ。出来るだけ関わりたくはない。だからもう怪我しないでください、医務室に来ないでください。あ、でも放浪癖があるって言ってたから中々帰ってくる事もないし、元帥格の人と私が関わる事も無いだろう。
包帯を緩めて巻き直し終えると、元帥は手を握りしめたり開いたりしながら巻き具合を確認していた。言っておきますけど包帯の巻き方は医療班一上手だって言われねますからね!
「今回はたまたまだ。しかもこんな事しなくても治るもんは治る。もういいだろ、部屋に戻る」
「あー! ちょっと待って!!」
そう言って腰を上げる元帥の肩を抑え、再び座り直させる。不服な顔を覗かせるが、治療はまだ終わってはいない。
「最後におまじないかけてるので」
「おまじなぃ?」
「そうです。これよく効くんですよ?よしっ。痛いの、痛いの、とんでけーっ!」
包帯を巻いた腕の上に両手を乗せて、良くなりますようにと念じる。態度が悪くたって、この人達はエクソシストという重荷を背負っている人たち。
怪我をしてほしくない、もう誰も失いたくない。
「なんだその呪文」
「おまじないです。はい、これで明日の朝には痛みもなくなってますよ」
「ハッ、おまじないやら辛気くせえ。今でも少し痛むのによ」
「あ、痛いの薄情しましたね? でも私のおまじない、評判良いですよ。ま、私みたいな面倒くさい人と絡みなく無ければもう怪我しないでくださいねー」
私もこんな横暴な人とはもう関わりたくないし、なんて付け加えたかったが口では言わず心の中で留めておいた。クロス元帥も関わりたくないだろうし。しかし私の言葉にフッと笑った。
「ほう、じゃあ俺からもまじないをかけておくか」
「え?」
そういってクロス元帥は少し屈んで、光沢のある革手袋をした艶やかな指先が私の頬に触れた。
何事だと思う暇もなく、唇に優しく触れる彼の唇。綺麗な赤い髪が頬を擽ぐるとともに、医務室の匂いとは正反対なクラッとするようなお酒の匂いとタバコの匂いが強く感じる。
「そのうるさい口が少し大人しくなるおまじないだ」
何をされたのか理解ができず、突然のことで呆気にとられ、確かめるように唇に指先で触れると先程の情景が脳内に浮かび上がる。
状況を把握する頃には、顔が熱くなって口をぱくぱくさせるのに精一杯。
「な、なな……」
「おっ。なんだ、足りなかったか?」
「っそんなわけないじゃないですか!!」
「はっはっは」
大声で否定する私を笑ったクロス元帥は陽気な笑い声を上げて医務室から立ち去って行く。
うそだ、うそだ。現実を否定したくても、唇が触れる瞬間に見つめ合ったあの鋭い瞳が忘れられない。一刻も消えてほしくて髪を乱雑に掻き回すが余計頭を抱えてしまう状況下、隣の仮眠室の扉が開きコムイさんがひょっこり顔を覗かせた。
「さっきすごい大声聞こえたけど大丈夫? あれクロス元帥は?」
「っ、知らないです!知らない知らない知らない!!」
ああもう最悪っ! キスするの初めてだったのに。なんでこんな変な男に無理矢理されるなんて。
私の理想――初めて好きな人と恋人になり、愛の囁きとともに致したかった口づけを、最も簡単に壊されてしまった。本っっ当に最低!!
神様、どうか金輪際この男と関わりたくはありません。二度と顔も見たくないです。私のファーストキスを奪った男が、いつか後悔するように天罰を与えてください。