誘惑のワインに酔いしれて



あれからリナリーに絵本を読み聞かせ、自室に帰って眠ろうとしたが、頭が冴えすぎて眠れなかった。人生初めてのキスがあんな形で終わってしまうとは。
というかなんで?!キス?私達初対面だよね?どういう事なの…何故私は、クロス元帥にキスされなきゃいけないの。

もやもやずっと考えてたらいつの間にか朝になっていた。…やば、仕事の時間だ。



「あれ?名前ちゃんおつかれー☆」
「コムイさん、これ昨日置いて帰ったでしょ。ちゃんと処分してください」

寝不足ながらも普段通りに仕事をしていると、婦長さんから「コレ邪魔だから戻してきて」と渡された眠れコムたんロボ二号。思ってたより重くて一人で運ぶのに苦労した。

「えーっ?眠れコムたんロボット二号はリナリーが病室で眠る時用に置いておいたのにっ!」
「リナリーがいない時は邪魔になるのでダメです。しかも隅っこに置いておくと怖いし」
「ひどいっ!!」

眠れコムたんロボット二号を泣きながら引き取るコムイさん。なんでこうも無駄に色々な発明が生まれるやら、、しかし名前が長すぎる。

「そういえば名前ちゃん、今日目の下クマひどいね?眠れた?」
「まあ、ちょっと…。少し考え事してて眠れなかったんですよね」
「眠れコムたん使う?」
「結構です」

引き取った眠れコムたんロボット二号を私に押しつけくるが、気持ちだけ頂いてそのまま返した。
眠りたいけど、仕事中だし眠れない。しかも眠れコムたんロボット二号は、どういう方法で眠らせるのか、恐怖でしかない。

「何やってんだ」

声がする方を振り向くと、出来ればもう会いたくもない昨日会ったばかりのクロス元帥がこちらに歩いてきた。昨日初めて聞いた声なのに身体がビクッと反応する。

「あれ?クロス元帥どうしたんですか?」
「どうしたもお前が頼んでた報告書出しに来たんだろーが」
「あっゴメンなさーい☆」

うっかり忘れてた☆と照れ笑いの表情をしながら元帥から報告書を受け取るコムイさん。
よし、その隙に。
クロス元帥と関わると絶対良くない事が起きそうだと、私の直感が言ってる。すぐさま医務室に帰ろうとすると、後ろから首元を掴まれた。
ぐえっ。

「何帰ろうとしてんだ、あぁ?…ってお前どうした、目の下酷ェぞ」
「いやちょっと…昨日眠れなくてですね…」
「ほーーう?」

ニヤニヤと悪い顔を私に向けてくるクロス元帥。嫌にも整っているその男性の艶美な雰囲気の顔に気まずくて目を逸らす。彼は私の寝不足が昨日のアレが原因だと気づいているようで、負けた気持ちがする。

「そういえばさ、名前ちゃんがよく使うあのピアノが置いてある部屋、最近噂がながれてるけど知ってる?」

コムイさんがクロス元帥から貰った報告書に目を通しながら、話の間に入って聞いてきた。
この教団の中にはピアノと少数の椅子だけが置いてある部屋が一室ある。昔から歌を歌うのが好きな私は、たまに歌が歌いたくなったらそこで演奏しながら歌うのがストレス発散の一つでもある。たまにリナリーと歌って遊ぶこともあり、コムイさんも知っていた。

「噂ってなんですか?」
「オバケがでるっていう噂〜」
「おばけ?!えっ幽霊いるの?!」
「幽霊なんかいるわけねェだろ」

顔をムンクの嘆きのように細めるコムイさんと、どうでもいいと呆れた顔をしているクロス元帥。
私は幽霊やオバケの類は昔から苦手である。AKUMAなんていう、多分幽霊の類よりも怖いモノと闘っている場所に勤務していても、見えないモノというのは、やっぱり苦手。
お気に入りの場所なのに行きづらなくなるな、と思い込んでいたら「そんなに心配しなくて大丈夫だよ」とコムイさんは言う。

「まあ噂だから本当かは分からないからね。しかも優しい幽霊らしくて。その部屋から流れてくる歌を聴くと、みるみるうちに体の調子が良くなるんだって!だから疲れた時はそこに行くといいっていう、良い噂だよ。丁度先週の今日現れたって聞いたから、名前ちゃんも疲れたら行ってみたら?」
「え、先週の今日ですか?」
「うん。どうかした?」
「いえ、別に…」

先週の今日といえば…その日歌ってたの私なんだけど。とは言えず。あの日は誰も部屋に入ってこなかったし?もしかしたら時間帯が違うかもしれないし?というか勝手に幽霊扱いされてる?でも別の人かもしれないし?
もやもやと謎が頭の中を巡るけど、そう私は仕事中なのだ。考えるのは後々。

「コムイさん、アドバイスありがとうございます。では、私は仕事に戻るので」
「うん、お仕事頑張ってねー!」

コムイさんは眠れコムたんロボット二号を室長室の紙の山に寝かせて科学班の方へ向かったそして私だけ医務室へと……ぐえっ。

「おい、お前が戻るのはそっちじゃねぇよ」

また背後から首元を掴まれた。そういえば居たんだった……。眠いし、仕事もしなきゃいけないし、彼の相手をしている暇はない。

「なんですかクロス元帥。私仕事中なんですけど」
「お前の今日の仕事は俺の世話だ。婦長には許可取ってるから来い」

勝手に手を取られ、引っ張られながらクロス元帥の後ろを歩く。こんなジャイアニズム言う人、見たことない。
というか婦長もなんでこんな人に許可出すの?



クロス元帥の後ろをついて行くと、とある部屋の中に入る。…ここは?

「オレの部屋だ。酒飲むの付き合え」

大量のワインの瓶が部屋に転がっているが、それ以外はとてもオシャレで豪華な部屋。これが元帥クラスのお部屋…立ち入るのが恐れ多い。
クロス元帥はざっと100万の価値がありそうな豪華なソファにどかっと座る。

「あの、さっきも言いましたけど仕事中なのでお酒は無理です。しかも私まだ19なので」
「あぁ?だから酒飲むのが仕事なんだよ、年齢なんて関係ねェ。オラこい」

無理やり腕を引っ張られて豪華なソファに倒れる。傷つけてないよね?!
クロス元帥はテーブルに置いている高級そうなグラスに、高級そうなワインが注いだ。

「お前も飲め」

恐る恐るクロス元帥の言う通りにグラスを持ち、グラスとグラスを合わせ、乾杯の音が鳴る。
ゴクゴクと飲むクロス元帥を横目に見つつ、これ飲まなかったらまた怒るよな……と今までのクロス元帥の言動を思い返して、少し口の中に入れてワインと舌を混ぜ合わせる。
未成年なんだし、今までワインなんて飲んだ事がないわけで、これが美味しいのか美味しくないのかなんて分からない。不味くはないけど、喉を通る時に熱く感じる。ワインは奥深いと言うけれど、これはその通りかもしれない。
ワインの存在に悩まされていると、ふわっと髪を撫でられビクッと身体が反応する。

「ひゃっ。何するんですか!」
「いいだろ、別に。酒を飲むには女と一緒なのが一番だ」
「…わたしでいいんですか?」
「お前がいいんだよ。あんなに突っ掛かってきた女は久しぶりだ」
「突っ掛かってないです。本当の事を言ったまでなので。あとお前お前って、私名前っていう名前ありますので」
「そういうとこだよ。名前な。名前は調教し甲斐がありそうだな」
「物騒な事言わないでください、帰りますけど」
「ほー?仕事放棄するのか?」
「し、仕事って、これお酒飲んでるだけじゃないですか」
「俺の言うことを聞くのがお前、名前の今日の仕事だ。文句は受け付けねぇぞ。手始めにそうだな、俺のことはクロス様と呼べ。わかったな?」

相変わらずの独裁的で強欲な自己中心的な俺様だ……。
ジト目をしながらワインの口に含み、無言を貫き通してみたが、余裕そうな顔をしてクロス元帥の手が私の顔の輪郭をなぞってきた。

「その反抗心、嫌いじゃないぜ?また昨日の様に口を塞いでやろうか?」
「あぁスミマセンスミマセン、クロス様ノイウトオリニシマスー」
「はっ。昨日の反応といい今の表情といい…突っ掛かってきつつ、ウブな反応をして面白いな」
「人をオモチャみたく扱わないでください」
「ん?俺を楽しませるのがお前の仕事なんだから、別にキス以上の事をしても問題はないよな?」

そういって左手で髪を撫でながら右手で太ももをさすられ、顔が熱くなる。
ちょっ、なっ!!
焦ると同時に頭がくらくらしてきた。あれ?!
目が周りふらふらとクロス元帥の胸板に頭が寄りかかってしまう。胸板は結構固く、人の温もりを感じて余計に顔が熱くなる。

「寝不足のせいで酒が回ったんだろ。少し寝とけ」

寄り掛かった身体を受け入れて、髪を撫でてくるのが心地良い。やばい、ほんとうに寝そう。さっきまで俺様だったクロス元帥が急に優しくなる。

「だめです、いましごとちゅう、、」
「仕事仕事って、、無理すんな」
「私の貞操とらないでくださいねクロス様……ぐぅ」
「誰が寝てる女襲うか」

混乱しながらも支えられた胸板は厚く、昨日と同じワインとタバコの匂いが、何故かどうしようもなく愛おしいかった。