愛した過去の記憶

あの日、目覚めたら自室で寝ていた。
次の日仕事に行くと、大丈夫だった?と婦長さんから心配をされた。
それは大の女たらしの彼から手を招かれ一線を越えたんじゃないかという心配。記憶に残ってる限り、一線は越えてない…はず。
自室まで運んでくれたお礼を言おうとクロス元帥を探していたら、コムイさんから「ちょっと長い任務お願いしたから、帰ってくるのは一か月後くらいかなー」と言われた。
お礼が言えないのは申し訳ないが、平凡が戻りほっとしていた。
いつもの日常が戻って、クロス元帥の事を頭の中から消え去りそうになっていた約一ヶ月後。

一ヶ月に一回、大事な休みの日の一日をまる丸使ってやる事が私にはある。
それは私が教団に来た理由。
私が教団に入ったのは、父と母の存在を知るためだった。両親がここで何をしていたのかは分からないけれど、教団に勤めていたという事だけ、二人が家に残した荷物の中から見つけた。
私を育ててくれた父方の祖父母から、ここに行く事は止められた。
でも何故私だけここに置いていったのか、教団で何をしていたのか、両親がどんな人だったのか知りたかった。曲げる事のない強い意志に祖父母も負けたらしく、教団へ行くことは許されたが、約束を一つした。
自分の両親が教団の関係者だと言うことを、教団の関係者には言わないこと。
二人の話だともう母と父は亡くなっているらしい。たまに来てたこちらから返信こ出来ない手紙も、いつの間にかパタリと来なくなったらしい。
両親の名前だけは知っているが、どこに所属していたのか分からず、教団に関わって亡くなった人のリストが書かれてあるという資料本の存在を図書室で知り、名前を探した。
しかし死者の数が異常な数で探すのに困難している。特にファインダーの死者の数は異常だ。
頭が良くて室長という存在であるコムイさんなら知ってるかもしれない、と思ったけど家族との約束を守って、地道にコツコツ探している。

両親は私が三歳の頃には居なくなっていて、子供の頃の記憶は全く覚えていない。だけど、二人の存在を知りたかった。



今日は体の調子も良いし、万全に探せる!と図書室へ向かっている途中、後ろから首元を掴まれた。あれ、こんなこと前もこんな事なかったっけ?

「よぉ名前、久しぶりだな」

クルッと後ろを振り返ると、一ヶ月ぶりに見た綺麗な赤い長髪をした堅いの良い男。

「お久しぶりですクロス元帥、、」
「クロス様、な」
「お久しぶりですクロスサマー」

最悪。いつもの平凡が戻ったというのに。この人に捕まったら、考えていた計画がばらばらと崩れる予感がする。また飲みに付き合えと言うのだろうが、丁寧にお断りを申しつけた。

「クロス様、生憎ですが今日は予定がありますので、お許しください」
「あぁ?今日は一日休みだって婦長が言ってたが?」

何で婦長まで尋ねに行ってるんだ、この人?!
エクソシストって暇なのかな…いやでもこの人、さっき帰って来たんだよね?何故そこまで私に関わるのか、よく分からない。酒の相手なら他の綺麗な女性はそこら中に居るのに。

「確かに非番ですけど、やる事があって」
「なんだそれは」
「図書室で調べ物、ですけど」
「調べ物ォ?休みの日くらい頭冷やせや」
「ダメなんです、一日かけて探したいものがあるので。集中したいんです」
「お前のその強引な意地の張り方は相変わらずだな」

そう言って私の手を引っ張り、図書室へ向かう。ずかずかと歩く大きな歩幅に、小走りで歩幅を合わせた。
図書室へ着くと扉を開けて手を離す。

「その調べ物の本ってのは大体検討ついてんだろ?それ持って俺の部屋に来い。いいな?」
「クロス様の部屋で私は何するんですか」
「酒の相手」
「だから調べ物があるって!」
「あーうるせぇな!調べ物しながらでいいから来い!」

クロス元帥は、バン!!っと大きな音がなる位、扉を勢いよく閉めて扉に少しヒビが入る。入り口で言い争いしてたものだから、図書室に居た人達から嫌な目を向けられている視線を感じた。
…最悪じゃん。
居づらくなり、言われた通りに資料本を持ち出してクロス元帥の部屋へ向かった。



コンコンとノックすればゆっくりと扉が開いて、そのまま引っ張り込まれる。
約1か月ぶりの部屋だが、何も変わっていない。空になったワイン瓶が増えた事くらいだ。
クロス元帥は座れと言わんばかりにソファをトントンと叩くので、仕方なく「失礼します」とゆっくりと座った。

それからは前回と同じ。ワインをたまに飲みながらタバコを吸い、たまに髪を触られる。持ってきた本に目を通しながら、チラチラと見るけど無言。……本当、何考えてるのか分かんない。これが楽しいの?

「…あの〜前も聞きましたけど、私でいる意味本当にあります?婦長さんから聞いたんですけど、色んな女の人に手出してるって」
「酷ェ言い方だな。逆に女が言い寄ってくるから一緒に飲んでんだよ。良い女と飲むのは悪い気はしねェからな」
「…私クロス様に言い寄ってないんですけど」
「お前は別だ。調教だと言ったろ?それに、この髪を見ると昔の良い女を思い出すんだよ」
「へぇ…恋人さんですか?」
「いや、そいつには元々他に男が居たからな。しょーもない男だったが」
「クロス様の色気があっても、手に入らない女も居るんですね」
「なんだその嫌味は」
「俺様なクロス様を褒めてるんですよ」

そういえば機嫌が良くなるかなと思って。と本を片手間に会話していたけれど、クロス元帥の機嫌が少し悪くなった様に感じた。

「そういえば調べ物って何調べてんだ?あ?」
「ちょっと見ないでください。ぁ、ちょっと!」

顔を覗かせて、持っていた本を強引に奪い取られる。男の人の力って強い…。私の手元から無くなった本の内容を見て、クロス元帥の顔が険しくなってるのか分かった。

「…教団の死亡者・行方不明一覧?何でこんな調べてんだ」
「いや〜…ちょっと知り合いの名前を…」
「誰だそれは」
「知り合いです」

………。長い沈黙が流れた。
頑固として口を割らない私に対して、徐々に悪魔のような笑顔するクロス元帥。左手に持っていたワインをテーブルの上に置き、その手が私を頬をギュゥと掴んできた。ちょ、痛い。

「ほんっとにテメェは調教が必要みたいだな?よくあの婦長の元で働いてるな、この生意気娘」
「ふひょーはんは、やはひいでふはら!」
「うるせえ。言わないと本当にブチ犯すぞ」

頬を掴んだ左手が、そのまま後ろに私の身体をソファに押し倒し、私の両手を掴んで、上で拘束する。そして右手が、服の下を入り込み、私の肌に触れる。
誰かに触れられた事なんて、一度もない。ビクッと身体が跳ねてしまい「ひゃっ」と出したことのない変な声が出てしまった。…反応してしまって顔が熱い。
その状況をニヤリと微笑むクロス元帥。
この人面白がってやってるな。抵抗するが、大柄な体型の上にエクソシスト。到底逃れることは出来なかった。

あぁ…本当に婦長の言った通り、一線を超えてしまうかもしれない。初めては好きな人としたかった。こういう経験が全くないから、何故か触られる度に身体が反応するのが、とても悔しい。

「クロス様、やめてくださいっ!」
「酒に酔って眠った名前を部屋まで送ったのは誰だと思ってんだよ」
「あ!その節はとても感謝してます。してますけど、それとこれはっ」
「安心しろ、俺は口が固いからな。秘密は守る」

クロス元帥は真剣な顔でこちらを見てくる。
ふと…そういえばクロス元帥の話って本当に聞かないなと思った。初めて会った時も、それまで行方不明のように姿をくらましてたし、真実味のないウワサくらいしか聞かない。何より謎が多い。
…それに、もしかしたら両親の存在を知ってるかもしれない。エクソシストなんだから、ファインダーや科学班達との交流もあるだろうし、教団と関わった時間が私より長い。
この危機的状況を乗り越えるためよりも、知りたいという気持ちが大きくなる。
ごめん、約束、守れなかった。


「…私、両親を探してるんです。私の両親、教団で働いてたみたいで」

ぽつりぽつりと、教団を目指した理由をクロス元帥に話した。両親の存在、祖父母との約束……私の気持ち。
話終わると、押し倒した身体を起こすように引っ張られ、クロス元帥の胸板に思い切り飛び込んでしまった。驚いて距離を少しとろうとするが、背中を押され抱きしめられた状況になっている。

「あの、クロス様?」
「名前、なんていうんだ」
「へ?」
「両親の名前だ。俺も教団は長い。まあ大体ここに来ることは少ないが知ってる名前も多い。もしかしたら知ってるかもしれん」

クロス元帥が協力してくれるなんて。思っていたよりも優しいんだなと少し思った。

「父の名前はリオン・名字。母はエラ・名字です。…教団は人が多いので知ってるか分からないですけど」

多すぎですよねっと少し笑うが、クロス元帥から反応がない。抱きしめられた手が緩んでいたので、少し身体から離れてクロス元帥を見ると、少し驚いた顔をしていた。

「お前、エラの娘なのか」
「え、母をご存知なんですか、、?」

まさか、今まで探していた存在を見つける大きな鍵が、ここで手に入る…。ドキドキしながらも、大きな一歩を進んだ事にワクワクしている反面、クロス元帥は少し悲しい顔をしている。…何故?
彼は私の髪に触れ、髪に柔らかく口付けをしてきた。

「エラは俺が昔愛した女だ」