09訓





「沖田さん、またサボりですかー」

 朝早くだと言うのに、肌に感じる夏の暑さ。朝稽古をする隊士達のタオルとペットボトルの水を用意して道場へ向かえば、道場の入り口で変なアイマスクをした沖田さんの姿があった。
 頭の後ろで枕代わりに腕を組み、胡座をかいて眠っていた沖田さんは、私の声に反応してアイマスクを上にずらし気怠そうな顔を向ける。
 
「隊長ってモンは部下の頑張りを見届ける義務があるんでィ」
「いや、アイマスクしてたら頑張り見届けるも何も見えないでしょ」

 道場に入って端にタオルと水を置き、沖田さんの隣に座って道場を見渡す。道場の中に響き渡る竹刀の音、汗臭い湿気った匂い。竹刀を振るう姿に遠い過去が脳裏に浮かぶ。
 ああ、若いなあ。この荒い感じの素振り、刀の扱いを覚えるのには大事な事なんだよね。
 涼しい顔をした沖田さんを横目で見るが、彼の中には隊長としての実力を隠し持っている。

「まあでも、沖田さんの実力見たら稽古なんていらなさそうって思いますもん」
「へぇ、そう見えるかい」
「ええ。刀の扱いが凄い綺麗です。なんだろ、剣術道場で得た動きがそのまま、お手本通りというか。刀を使う天才だなって思います」
「そういやお前、鍛冶屋の娘だったか」

 鍛冶屋の娘だなんて。確かに父親の仕事ぶりを見てきたけど、それは刀に対してであって、刀を扱う動きに関しては攘夷戦争の時に染み付いた感覚のせい。
 時たま道場に差し入れを持って行ったときや近くを通るたび、沖田さんが振るう竹刀を見れば一目瞭然だった。
 圧倒的強さ、華麗な刀捌き、無駄のない動き。これが一番隊隊長、真選組で最強の男。名の通りの強さだ。そして、その動きを見て無性にウズウズしてしまう。攘夷戦争中の私なら――多分、勝てる。だけど一瞬でも油断すればあっという間に負けるだろう。この人と戦ったら楽しそうだ。

「褒めても何も出てきやしやせんぜ。オメーも鍛冶屋の娘なら刀振り回してたんじゃねーのかィ」
「……まあ昔ちょっと習ったくらいですよ。でも、もう握りたくないので」

 そして興味をそそられる度、姉の姿が脳裏に蘇る。また大切な人が居なくなるかもしれない――大切なモノを守る力のない私には、刀を持つ資格など無い。
 
 ふと鋭い視線に隣の沖田さんに目線を向けると、何かいいたげな顔をして口を開く。しかし、同時に休憩の合図を鳴らす笛の音でその口は閉じられた。何を言おうとしているか分からないが、彼は結構鋭い所があるし、これ以上模索されるわけにはいかない。
 張り詰めた空気が緩んだ道場には隊員が談笑する声が響く。
 
「みなさーん、タオルと水ここに置いておきますねー!頑張ってください!」
「おお、ありがとう名前ちゃん!」
「助かるぜー!」
「喉カラカラだー」

 よし、朝食の手伝いに行こっと。そそくさと立ち上がるが、それを静止しようと沖田さんは持ち前の幼い顔で好奇心丸出しの表情を向けながら私の腕を掴んだ。

「俺と一戦やっていきな」
「フルボッコされる予感しかしないのでお断りします。それに言ったでしょ、昔少しやっただけなんで剣のイロハなんて知りません。どうせすぐ一本取られちゃうって分かってますから、沖田さんからすればつまんないと思いますよ」
「ンな長ったらしい屁理屈はいらねェや。俺に勝てたら夏のボーナス全額くれてやらァ」
「え!やるっ……わけないでしょ!」

 まずいまずい、思わず沖田さんの賭けに乗るところだった。
 真選組の女中としてのお給料は、住み込みだからか今までやってきたお仕事の中で一番高額だ。だが、その殆どは自身の治療費に充てられ雀の涙しか残らない。あーあ、久々に美味しいフルーツ食べ放題行きたいなぁ、なんて夢を描いても現実はそうもいかない。

「……それに、絶対私が負けたら罰ゲームあるんでしょ」
「一生俺の下僕、って条件でいいぜい」
「や、り、ま、せ、ん!」

 掴まれた手を強引に引き離すと、不貞腐れた顔をして再びアイマスクを下にずらす。
 
 剣を捨てて幾度の年月が経ち、握らずとも分かる。今の私は、どう頑張っても沖田さんに勝てない。


 
*

 
 午前中に仕事を終えて、夜まで一旦休憩。
 住み込みの私は、先輩のおばちゃん達のスケジュールに合わせて業務が決まるから、不規則な勤務時間でこの空いた時間どうしようかと悩む時がしばしばある。
 そういう時は縁側でぼーっとしながらおやつ食べてたら――沖田さんが横取りしてきたとか、お昼寝してたら――お経が流れてきて。全部沖田さんが仕組んだいたずらばかり。こう思い返すと、大体いっつも沖田さんに邪魔されてるな、私。
 でも、前より嫌じゃない。多分……弟出来たらこんな感じなのかな。このよく分からない感情に名前をつけるのは難しい。
 
 そんな昼下がりの今日は、この前倒れた際に助けてもらったあのスナックに御礼をしていなかった事に気づき、かぶき町まで出かけることにした。

 
 
「いいのに、こんなお礼なんて。もう身体は大丈夫かい?」
「はい。もう元気いっぱいです」

 お昼過ぎに尋ねて店が開いているかと心配になりつつ、選別の品をもって訪れると扉を開けたスナックのママさんは店の前を掃いていた。
 スナックのママさん――お登勢さんに和菓子の詰め合わせを渡すと、有り難くいただくねと受け取ってくれた。その後、準備の邪魔になって申し訳なく、そそくさとお店から出て階段を登る。
 あと、二つ。ヅラの兄ちゃんにも一応助けてくれたし、銀の兄ちゃん達にも。お登勢さんから渡して貰うように伝えるのも考えたが、助けてもらったのにまたお願い事を頼むのはなんだか申し訳なくて、チャイムを鳴らす。数秒経って、大きな足音とともに可愛らしい「はいはーい」と声が聞こえ、扉が開いた。

「名前ー!どうしたアルか?」
「神楽ちゃんこんにちは。この前倒れちゃった時に色々迷惑かけちゃったから、これお礼」
「この包装紙、この前出来た和菓子屋のアルカ?!キャホーッッ!ありがとネ、名前!」

 和菓子の入った袋を渡せば神楽ちゃんはピョンピョン跳ねて喜んでる。流石若い女の子、最近出来た新しいお店にも敏感だなぁ。
 上がってヨ!と手を引っ張られ、玄関口に下駄を転がして家の廊下を駆け足で歩く。奥に続く引き戸を開けると、応接間のような部屋には銀ちゃんがいた。

「アレお前、どうしたの」
「銀ちゃん聞いてヨ!名前がお菓子持って来てくれたネ!」
「この前、倒れたときに助けてくれたお礼、渡してなかったと思って。迷惑かけちゃったからさ」
「迷惑なんかじゃねーよ。ま、お菓子は頂くけど。神楽ァ、茶ァ注いで来い」

アイアイサー!と神楽ちゃんはまた廊下を歩いて何処かへ向かった。ソファに寝転んでた銀ちゃんは上半身を起こして隣をトントンと叩く。
 
「ほら、ここ座れよ」
「あ、ありがとう」
 
 少し離れて横に座り、お茶を三人分持ってきた神楽ちゃんは向かいのソファに座り持ってきた和菓子を銀ちゃんと取り合う。一応新八君の分もとっといてあげてね……と伝えると、小さい栗饅頭だけ新八用と別にしていた。二人とも食い意地凄いな……。
 最近出来た和菓子屋さんは、甘い物が大好きな私からすると星五つは評価するお店だ。喜んでもらってよかった。

「ねぇ、ヅラの兄ちゃんに会ったりする?」
「ヅラァ? ねーけど。何、ヅラにも買ってんの?いいって、アイツに礼なんかよ」
「そういうわけにいかないでしょ。元々はヅラの兄ちゃんが見つけて、助けてくれたんだから」

 毎度厄介だと思いながらも、ヅラの兄ちゃんは優しい。こうやって銀ちゃんとの仲が元に戻ったのも、彼が私達を説得してくれたおかげだ。

「ヅラなら最近公園で絵本の読み聞かせやってるネ。これから友達と公園行くから渡しておくヨ」
「え、本当に?お願いしていいかな」
「任せるアル!定春〜行くヨ〜」

 絵本の読み聞かせってなんなんだ。
 神楽ちゃんに和菓子の袋を渡すと、大きな犬と一緒に外へ出かけていく。多分、神楽ちゃんは銀ちゃんと一緒にこの家に住んでるんだろう。銀ちゃんからすれば娘みたいな歳の子と一緒に住んでるなんて……相変わらず面倒見は良いらしい。
 騒がしい声が去って、テレビの賑わう声が静かな部屋に大きく聞こえる。銀ちゃんと二人きり、しかも隣に座って居るから顔色を伺いたくても緊張して向けず、黙り込む。
 あれぇ……なんで緊張してるんだろ、昔だったら何も考えずに話しかけてたのに。
 誤解が解けたとはいえ、未だに蟠りが残っているみたいでなんだか気まずい気持ちがあるからだろうか。
 一瞬にして食べられた和菓子も渡せた事だし、そろそろ帰ろうかなと伏し目がちにいると、テーブルに置かれた湯呑みを持ち、音を立てて呑む銀ちゃんは、湯呑みを再びテーブルに置くと、身体を少しこちらに向けた。

「お前今日体調は?」
「え、体調?……あ、問題ないよ。あの時はヤバかったけど、最近結構調子良いんだ」
「んじゃあ単刀直入に聞くけど、まだ高杉のこと好きか?」
「え……っと……そう、みたい」

 胸がザワザワするのをグッと抑える。体調を聞いてきたのは、聞かれて吐かせないようにするためだろう。彼も昔から知ってる、私の想いに。
 何年片想いしてるんだって、しかも病気にかかって拗らせてんだって自分でも惨めになる。
 
「ハァ〜姉妹揃ってそんなに高杉のどこがいーのかねェ。アイツあれだよ?意地張るの強いだけだよ?ギャグなんて考えねーよ?どこがいーんだよ」

 溜息とともに吐いた言葉に思わず目が点になる。そんな首を長椅子に預けてダラけながら言われましても。
 
「そういうとこに女は弱いの。まあ思い出せば他にも良い所、沢山あるんだけどね」
「ンじゃあ高杉のそばにいる方が治んじゃねーの。新八に聞いたよ、よく鬼兵隊の奴らに勧誘されるって」

 まさか新八君が銀ちゃんに告げ口してたなんて。一人で抱え込むなって言ってたけど、それならヅラの兄ちゃんに言ってた方がマシだ。こういう時、彼は真っ直ぐに私を捉える。それを今は避けたくなってしまう。
 
「別に……勧誘されても、高杉とあれから一度も会ってないよ。それに、もう刀は握んないって決めたから」
「へえ、刀大好きバカが刀手放すってのか」
「……誰が刀馬鹿だって??」
「刀に振り回す事が好きで仕方ねーって、いつも振り回してたのはお前だろ」
「そうだけど……でも振り回してても幸せにはなれない。だから高杉の考えてる事にも同意しないし、あの男が私を欲しがってるのは恋しいからじゃないって分かってる」

 もし高杉の元へ行っても、私はまた都合の良い女として扱われるだけ。あの妖艶な表情に取り込まれて沈んでいく、その先にあるのは花にまみれて死ぬ姿だ。

「この病を終わらせるには、想いを断ち切るしかないの」
「なるほどな。でも、こうやって高杉の話を出しても何もねェし、体調も良くなってるんだったら少し気持ちに踏ん切りつきそーなんじゃねーの? 何、良い人でも出来た?」

 銀ちゃんの問いかけに一瞬、脳裏に沖田さんの顔が横切る。なんで沖田さんが出てくるんだ。最近よく絡まれるからって、そういうわけではないのに。

「別に、違うけど」
「じゃあさ、俺とやってみねーか?」
「……はい?」

 理解不能な問いかけに思考停止する間もなく、ソファに押し倒される。え、何これ、どういう状況??
 いつもなら、こういう時には危険を察して身体が動くんだけど、倒れる直前に銀ちゃんの手を押し上げながら握ることしか出来なかった。咄嗟に身体を少し丸め、密着する身体を離す為に銀ちゃんのお腹を足で押す。

「ちょちょちょ?!ついに頭までパーになったかこの天パ!!何これどういう状況?!どういう状況なのコレ!」
「頭パーなのはテメェだろーが!!だぁかぁらァ俺と恋してみよーぜ名前ちゃんって言ってんの」
「恋とか言ってんのに押し倒すとかエロい事しか考えてないじゃん!股間蹴ったろか?!」
「ちげーよ、恋愛の初心は手を繋ぐ所からだろ?ほーらクリアクリア。んじゃー次のステップ進も」
「進むかボケェ!!」
「ブヘラッ」

 お腹を押してた足を強く蹴り、その下の股間を強く蹴り飛ばすと、天井にぶつかり床へ落ちた。

「お前ェっ……股間は蹴るなって言ってただろうがッッ!」
「いや、完全にさっきのは襲われそうになったと思って」

 床に転げ回る銀ちゃんは、どうやら相当痛かったらしい。昔より手加減したつもりなんだけどなぁ。
 なんだか可哀想になって股間を摩るわけにもいかず、とりあえず腰をさすってあげる。荒い息を整えた銀ちゃんは床に胡座をかいて頭を掻いた。

「俺ァ、昔からアイツの背中を追うお前を、ずっと奪ってやりたかった。お前に怒ったあの日だって、本当はお前がやってないって思ってたよ。アイツは置いて行くって言ったけどよ、一人瓦礫の寂れた場所で置いて行けるわけねェだろ」

 銀ちゃんのいうアイツは高杉のことだろう。高杉があの日、姉の所へ行かなかったのはそういうこと。そして私の前にも現れなかったのは、反逆した者と見なされたから。

「でも戻った時、お前は居なくなってた。あの日からお前が幸せならそれでいいって思ってたけどよ。アイツで悩んでるお前を見過ごせるわけねーだろ」
「……だからって別に無理してそんな事してもらっても、私は申し訳ない気持ちしか生まれないよ」
「無理して言うわけねーだろ。言っただろ、お前を奪いたかったって」

 待って待って待って。そんな事言われると、ありえな無いと思っていた事があり得る事になってしまうじゃんか。

「えっと……もしかして銀ちゃん、私の事好きなの?」
「ダアアアッッうるせーな!!昔あんだけそばに居たのにわかんねーのかよ!!好きじゃなきゃ叶いもしねー恋してる女支えたりしねーよ!!」
「は……嘘でしょ、え?!」
「昔っっからオメー勉強は全くだったモンなァ。刀振り回して身体で覚える派だったし、高杉にも誘われてたの知らねェと思ってたか」

 彼の言葉に、ハッと目を大きく開けた。
 私と高杉だけの秘密の関係。みんなが気づいていないと思っていた。だけどお姉ちゃんはその事を知っていたし、となれば彼も知っていたのだろう。人の恋路を邪魔した私を好きになるなんて、この人もおかしな人だ。
 考え事をしていた私の手を引っ張ると、大きな身体が私を包む。甘い香りに混じった、昔懐かしい隣にいた彼の匂いが肺をいっぱいにさせた。

「今度こそ取られてたまるかよ」
「ちょ――っ?!」

 耳元で囁くそれはまるで殺人予告みたいで、突然首筋に痛みが走る。そしてその傷口を舐める舌触りに、身体がブルリと震え、意味もなく顔が熱くなる。
 この状況に耐えられなくなって銀ちゃんのお腹を思いっきり蹴るとウォッ?!という声と同時に上に乗っかっていた銀ちゃんはどこかへ飛んでいった。

「うそ、うそ……ウアアアアア!!!!」

 頭の中がいっぱいでただただ逃げる。勢いよく玄関の扉を開けて、階段を無視して二階から飛び降りた。

 認めたくない。あの日、隣で慰めてくれた彼がまさかそんな事を思っていただなんて。
 

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