08訓





「おい、名前ちょっと頼み事があるんだが」
「はいはーい、なんですか」

夕飯を作り終えて一息休憩しようかと思ったら土方さんから呼び止められた。
近頃土方さんは私に雑用をよく頼む。副長とだけあって仕事量が多く、最近は私でもやれそうな判子を押すだけの簡単作業を手伝ったりしている。
この資料見ても良いのかな…とかたまに思うけれど、書いている内容は小難しい内容ばかりなので考えずに淡々と終わらせていた。こういう手伝いは苦では無いし、ここに置いてもらえてるので出来る事は出来るだけ力になりたい。
しかし今日は少し違った頼み事のようで、一枚の紙を渡され、そこには地図が書いてあった。

「これは?」
「そこに近藤さんが居るから帰ってくるように伝えてくれ。これから収集があるってのに、あの人携帯切ってるらしくて繋がられねェんだよ。俺は今から松平のとっつぁんに呼び出されてるから頼まァ」
「はぁい。土方さんもお気をつけて」





と、言う事で渡された地図を頼りに向かえば一軒家…というより道場らしき屋敷についた。
何故道場に近藤さんが…?もしかして指導の依頼受けてたりするのかな?
疑問に思いつつも門をくぐり、ごめんくださーいと玄関から声を掛ければ、まさかの人が出てきた。

「あれ、名前さん?」
「新八くん…と銀の兄ちゃんも。え、ここ銀の兄ちゃんの家?あれ、でもこの前の店の上って…」
「ここは僕のお家兼、道場でもあるんです。ところでどうしたんですか?」
「土方さんに頼まれて。近藤さんが此処に居るって聞いたんだけど…」

私の答えを聞くや否や新八君はくわっと目を開き、怒りを露わにした顔をして家の中を走り出す。大声で「どこだゴリラ出てこい!!」と叫んでいるのが聞こえた。
え、居るの?居ないの?なんなの?近藤さんの事ゴリラって呼んでるよ?皆んなからゴリラって呼ばれてるの?どういう関係?
状況が掴めないまま居ると、銀の兄ちゃんは溜息混じりで頭をかく。この間隠していた事実が知られてしまい、誤解が解けてお互いに謝ったとはいえ…まだ何だか気まずい。気怠そうな兄ちゃんを見て伏し目がちに突っ立っていると、まぁ上がれやと言われ下駄を脱いで兄ちゃんの後ろを歩く。

「つーかお前、真選組で働いてんのか。いーの?捕まんねーの?」
「住み込みで女中やってるの。それにもう攘夷だなんだって争う気持ちはないし…銀の兄ちゃんもそうでしょ?」

ヅラの兄ちゃんや高杉は表立ってよく名前を聞くが、銀の兄ちゃんの場合は名前も白夜叉の名も聞いたことは無かった。……ってことは、そういう事なんだろう。

「おめーそれなら、その兄ちゃん呼びやめてくんない?万が一お前が元攘夷側って知られたらこっちも疑われるし」
「私がヘマすると思ってんの?兄ちゃんみたいに頭までパーじゃないんで大丈夫ですぅ。サラサラストレートヘアですう」
「あぁ?!オメーが昔ヘマやらかした回数忘れてねーからな?!尻拭いされた俺の気持ち考えろや、あと天パは悪くねえ!」

ぐぬぬぬ!!!!
途方もない言い合いをしていれば、ふと銀の兄ちゃんはニヤリと笑った。そういえば昔もこんなやり取りばっかりしてたなあ。そのニヤリとした顔を見て、何だかこちらまで笑いが込み上げた。

「やーっと笑ったな。…お前にトラウマ植え付けてしまったのは悪いと思ってる。でも、またこーして昔みたいにクシャクシャな笑顔の名前を見れて俺は嬉しいよ」
「銀の兄ちゃん…」
「今度からは銀ちゃんって呼びなさい!アイツらから昔からの知り合いだったとか聞かれるとクソ面倒だしな」
「自分から銀ちゃん呼び共用するの……?キモ」
「あぁ?!近頃の若いモンは軽々しくキモいキモいって言いやがってよ!!ま…昔やり合ってた時に咄嗟に出てた様に名前呼んでもらってもいいけど?」
「あ……あれは戦ってて意識回んないからしょうがないの!じゃあ…銀ちゃん、で」

ん、と呼ばれた事に返事をするように銀ちゃんは、こちらに優しい顔をした。
銀ちゃんは私の事をどこまで知ってるんだろう。そして、どこまで許してくれたんだろうか。大切に守ってくれた私達の関係を、どこまで。


銀ちゃんと話していると、ぎゃあああ!!と近藤さんらしい声が聞こえた。あまりの悲鳴に肩が上がるほど驚くと奥から綺麗な女性が出てきて銀ちゃんが「アレ、新八の姉ちゃん」と教えてくれた。

「新ちゃんから聞きました。教えて下さってありがとうございます。無事ゴリラ見つけましたよ、良かったらお茶だけでも召し上がってってください」
「は……はぁ、どうも」

微笑みの奥に潜む鬼のような顔を察しつつも、抵抗してはないけない何かを感じて言われた通りに居間に足を進めた。

「名前ちゃぁあああん!!!!」
「こ、近藤さん?!」

居間から見えた外の風景には、庭にある木に縄でぐるぐる巻にされて拘束状態になり泣き叫ぶような声で私を呼ぶ近藤さんが。
え、どういう事なの…道場で指導したり何か用があってきたんじゃないの?!
状況を呑み込めない私に新八君が教えてくれた。
近藤さんは、新八君のお姉さん――お妙ちゃんが好きだという事、そしてお妙ちゃんの家にいつの間にか居る事、ストーカーしていること……っておい。

「いやいや近藤さん、仮にも局長のアンタがストーカーはヤバいです」
「ストーカーじゃありません!愛情表現です!」
「それをストーカーと呼ぶんだよ、もっと絞めてやろうかアァン?!」

お妙ちゃんは近藤さんを更に縄で締めると、アァンと色気めいた声を上げる近藤さんは、すぐに悲鳴のような声を上げた。どえむなのかな……。






そんな庭の木に吊られている近藤さんと手の抜かないお妙ちゃんのやりとりを、縁側で新八君と一緒に頂いたお茶を飲みながら眺める。
ちなみに銀ちゃんは奥の居間でテレビを眺めていた。自由な所だなあここは。
しかし一方的であれ、こんなにも愛情表現出来るのは近藤さんの良い所だ。裏表もなく、言いたい事が言えて、とても純なものだ。

「いいねェ、好きな人に好きって言えるのは」
「名前さんは、伝えないんですか?その…花の病気の事、少し桂さんに聞きました」
「うん、叶いっこないって分かってるし。忘れたはずなのに何だか忘れられてないらしいんだよねえ」
「でも、このままじゃ死んじゃいますよ……真選組には言ってないんですか?もしかしたら何か手がかりが、」
「花のことについては近藤さん達には言わないで欲しいの」

あの人達なら、この病のことを伝えると親身になってくれるだろう。でもその暖かさまで受け取ってしまったら、過去を隠している私は罪悪感でいられなくなってしまう。

「ちなみに病気の事知ってる人って、他にも居るんですか…?」
「銀の兄ちゃんの所で働いてるんなら知ってるかな、坂本の兄ちゃんと……あとは、高杉」
「あの鬼兵隊も知ってるんですか?!」
「私元々鬼兵隊に居たの。攘夷戦争時代だけど…だから、あそこの部隊の人から、たまに戻ってこないかってちょっかいかけられるのよね」
「も、戻るんですか?」
「ううん。もう国に対抗する気持ちは持ち合わせてはいないし。それに真選組って何だか居心地が良くて」

こんな私を置いてくれて、近藤さんの優しい気持ちに触れちゃって厚かましく、申し訳ない気持ちもあるけど、この数ヶ月間だけでもとても報われていると感じた。次こそ、此処でずっと働きたい。

「でも戻ってこないかって誘われて居るって事は、もしかして鬼兵隊が真選組に何かしかけるんじゃ…」
「その可能性は高いね。もし鬼兵隊が真選組に危害を加えるのであれば、出ていくしかない。…真選組には感謝してるの。真選組が無くならないように、私が出来ることは何でもする。」

私の大事な場所を、次こそは護ってみせる。例え私が居なくなったとしても、真選組の皆んなには迷惑をかけたくない。
鬼兵隊も大事にしてしまうと真選組とやりあう事になるし、まだ高杉が私に対してそこまで執着心が無いから今は大丈夫だが、もし壊すためであれば手段を選ばない男だ。油断できない。


「名前さんと銀さんって、何だか少し似てますね」
「…そう?」
「はい。一人で何でも抱えこもうとしたり、でも護りたい物は必死でみんなのこと守ろうとしてくれてたり」
「そうかな…」
「時には僕たちも頼ってください。抱え込みすぎるのは苦しいですから」
「…ありがとう新八くん」

ヅラの兄ちゃんからも言われた。
抱え込むな、仲間を頼れと。今まで自分勝手で迷惑かけてきたのに、それなのにまた迷惑かけて良いのかな。また、みんなに嫌な思いをさせないかな。
そんな風になるんだったら、自分の問題は自分で解決するべきだ。
でも、それでも頼っても良いんだと言ってくれるのであれば、少し気を抜いてみるのも、良いのだろうか。


「あ、近藤さんそろそろ帰らないと収集間に合わなくなっちゃいますよ」
「おおお!!忘れてた!」

ふと携帯を見ると時間が刻々と過ぎ、もう出なければ間に合わない時間になっていた。
木に吊るされていた近藤さんを解放し着替えさせ、銀ちゃん、新八君、お妙ちゃんに挨拶をして真選組へと帰路を歩く。

顔に少し傷をつけた近藤さんは痛たそうに顔を歪め、その傷跡を撫でていた。
そういえば前に聞いた近藤さんの好きな人とはお妙ちゃんの事だったんだ。姐さんなんて皆んなから呼ばれているけれど、あれじゃ恋人になれるのか少し不安になる光景だった。

「よく近藤さん諦めないですね、こんな風にされても…」
「好きな事には変わりないからな!」
「…もし、お妙ちゃんの事諦めなきゃいけないってなったら、諦めれますか?」
「んーそうだなあ。お妙さんの事を想えば、それは諦めるしかないかもしれないな。その時は潔く、お妙さんの幸せを祝うよ。俺も幸せになって大丈夫だって言ってやりたいしな!」
「そっか……」
「でも俺がお妙さんを幸せにしたいんだ!」
「ふふ、男前ですね」

近藤さんは柔らかい笑顔をこちらに向けた。
とても透き通った綺麗で、熱く強い心だ。多分、みんなこの心に触れて真選組に集まったのだろう。
…私も、近藤さんみたいになれるだろうか。
何故、こんなにも諦めたいのに心はあの人の事を想ってしまうのか、自分でも分からない。でも、これが、好きという感情らしい。
私は高杉の事を想って、高杉の幸せを願い祝えるだろうか。……それとも、私は、幸せにしてあげたいのだろうか。


「おーい近藤さーん」
「おお、総悟!」

聴き慣れた声がして先を見ると、沖田さんが気怠そうに歩いてきた。どうやら近藤さんを迎えに行ってから中々帰ってこない為、沖田さんまで頼まれたらしい。
沖田さんは私の肩に両腕をもたれかかり、頭に顎を乗せられ、ズルズルと自身の引きずる。最近よくこの体制にされるな…。

「二人とも遅いでさァ。土方のヤロー俺にまで頼みやがって」
「沖田さん歩き辛いです」
「総悟は名前ちゃんにベッタリだなー!」
「名前の身長的に持たれやすいんでさァ」

私達三人の伸びる影に、昔の父と姉を思い出す。
近藤さんの暖かさで繋がって出来たこの新選組が、私にとって、家族のような場所になっていた。
明日も明後日も、この場所があれば、私はそれだけでいい。

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