肌にぴったりとくっつくタイプのジーンズを穿いて、これまたシンプルなベルトを通した男はようやっとこちらを向く。
全てがシンプルに身を包んでいるにも関わらず華があるように見えるのは、一重にこの男の顔が素晴らしいからだった。
はーぁ! 顔が良いって羨ましい。
「きみ、いつまで居る気だ?」
「このまま寝ようかなぁ」
「出来れば帰ってくれないか」
「え、何。あれだけやっといて他の女?」
ふざけて言ったつもりの言葉は通じなかったらしい。
じっとりとした目を向けられて、わたしはむっと頬を膨らませる。ブリーチを繰り返して傷んだ短い髪を指先で弄んだ。くるくると巻き付けては落ちていく。
髪、伸ばそうかな。でも傷んじゃってるし癖毛だから手入れがめんどくさいんだよな。
「おかしいなぁ、きみは俺と同じ授業を取っていたはずなんだが」
「……休もっかな」
「不真面目」
「大丈夫わたし大学では真面目で通ってるから。体調不良って事にすればいけるから」
「騙されている教授が可哀想だ」
可哀想とか言うなよ。
口をもごもごさせながら言葉を返して、ベッドから身体を起き上がらせる。グレーの布団が滑り落ちて、わたしの裸体が晒された。
しかし動じないまま、視線を逸らすこともしないまま鶴丸はわたしがベッドから出てくるのを見ていた。
ちょっとぐらい動じてくれたっていいのにね。まあ、もう見慣れちゃってるか。
よっこいしょ。年寄り臭い事を口にしながら、ひんやりとしたフローリングに足の裏を引っ付けた。床に散らばった下着を集めて惰性で付けていく。
替えの服は無い。昨日と同じでもどうせ誰も気付かない。だって昨日は休みだったし、鶴丸以外の誰とも会っていないから。
「鶴丸ー、お腹すいたぁ」
「行きにコンビニでも寄るか」
「作ってよー」
「誰かさんのせいで時間が無いんでな、無理だ」
「ちぇ、つまんないの」
ほら、早くしろ。せっつかれて動きを早める。
昨日のわたしはなんでこんなに着るのが面倒な服を選んだんだろう。可愛いからかな。どうせならそう思って欲しいし。言われなかったから鶴丸の趣味では無かったようだけど。
鶴丸は自分がそう感じたのなら、割と素直に可愛いと言ってくれる。逆に言えば、感じなければ何の反応もくれない。随分と分かりやすくてこちらとしてはありがたいなぁ、と思うけれど、それは決してわたしだけに対するものではなかった。
誰に対してもそうだ。小さな子どもからお年寄りまで、鶴丸が可愛いと感じたものは可愛いと口にする。
それは、鶴丸の長所と呼べるだろう。
その分、勘違いする子も増えるけど。
なんてったって鶴丸は顔が良い。小さな顔に大きな目、筋の通った高い鼻。主張をあまりしていない薄い唇。生まれつき色素が薄いのか、人間離れした髪色。その癖声は低くちゃんと男らしいし、儚いと称される見た目とは裏腹に活発なところがあり、誰に対してもフレンドリー。人付き合いも良く誰に対しても優しい。
カースト上位の――それも中心に居るようなタイプ。
神様が神様を作ったみたいな人間が、実在するとは思ってもいなかった。
「そんなに見てどうした?」
「イケメン滅べって思ってた」
じっと見つめていたからだろう。鶴丸が首をゆるりと傾げる。どうしてだか無性に似合っている襟足のある髪はわたしと違って傷みを知らないから綺麗に揺れた。
「そんな事考えてないで早く準備をしてくれないか」
「すみませんでしたぁ」
「思ってもいない謝罪は相手の反感を買うぞ」
気を付けろ、と言われたってわたしがこんな返しをする相手は決まっている。
腐れ縁の鶴丸と、高校の時から付き合いのある友人ぐらいだ。それも数人だけの、限定的な付き合い。
「お待たせ、待った?」
「ずっと待ってるが?」
「ごめんってぇ」
「もう一度言っておこうか。思ってもいない謝罪は相手の反感を買うぞ」
「思ってる思ってる、そろそろ遅刻しちゃうし行こっか」
「誰を待っていたと……」
鶴丸の小言を聞き流して早く行こうと服を掴む。冷たかった床は靴下のおかげで足が冷えるのを防いでくれている。渋々といった様子で荷物を持つ鶴丸と並んで家を出れば、わたしは彼とほんの少し距離を開けなければいけない。
夏が終わり冬が顔を見せ始めた頃。
日中はまだ暑くて上着なんて着て居られないぐらいの気温を見せてくるけど、夜は冷えて寂しくなる季節。
鶴丸に抱かれたのは、一体何度目だっただろうか。