「安室透…か。随分と彼女に熱心のようだが一体何を探ろうとしているのか、今後が楽しみだな」
沖矢の声で赤井が口を滑らせると夜子が身じろぐ。赤井は再び手元に集中した。傷は至って浅いが二の腕を刺された箇所は割と深めに刃物が刺しこまれた痕があった。縫う程ではないからガーゼと包帯を駆使して彼女に治療を施し、手を離した頃にはまるで包帯娘になっていた。服も斬り裂かれていたため着替えさせ掛け布団をかけてやると、泣き腫らした目元に指の腹を触れさせる赤井。
「やっと小娘らしくなったじゃないか」
安堵の息を吐きだし少女らしい表情で眠っている夜子のことを案じる。事情聴取は時間を遅らせるでもいいかと警察には断りを入れるべきだろう。戦士に休息だ。邪魔をしたら可哀想だからな。赤井はそう思いながら彼女の部屋の電気を消して静かに扉を閉めた。
翌日。夜子を心配していた灰原はコナンと共に工藤邸に来ていた。沖矢から事情を聴くためである。訊ねると沖矢は快く迎え入れリビングへと案内する。飲み物を出し、昨夜の事のあらましを説明終えると思い思いに耽る。
「彼女の怪我は大したことないのね」
「ええ。軽傷くらいです」
「腕は後で私が診るわ」
「……陰陽師関連での傷だとは解るけど。お姉ちゃん、僕にも黙っていたんだなって」
「様子おかしかったものね。別れの言葉みたいに告げていたから」
「彼女の身体能力は普通の人より出来るくらいで、超人的な肉体という訳ではありませんし。見た感じ武道の心得がある訳でもないですから……きっと」
「江戸川くん。彼女が何故告げなかったのかくらいわかるわよね。彼女が目覚めても責める資格。私達にはないわ」
「そうだね」
「あの疵口から診て日本刀のようなもので斬りつけられたと考えるのが妥当でしょう」
「銃刀法違反の世の中に刀か。物証を残しても逃げ切れると踏んでの事か」
「彼女が相手をしたのはこの世のものではない相手。今回ばかりは専門外。私たちが出しゃばっては余計に彼女が傷つくだけ」
「じゃあ黙って見てろっていうのかよ」
「視えないものとどう渡りあう気なの」
「ここで論争していても後の祭り。今は当面のことを考えましょう。例えば彼女を昨夜送り届けてくれた安室透さんのことなど」
「此処へ来たんだったね。しかしどうやってわかったんだう此処の場所」
「彼女のスマホを見てと言っていましたけど」
「(絶対後つけて探ったな。あの人何がしたいのかわからねえんだよな)夜子お姉ちゃんにベッタリだから。だがあれは情報を探る感じというより」
「ああ、それはなんとなく察しますがね」
コナンと沖矢は互いに目を合わせて言葉を途切れさせる。灰原は沖矢を視界に納めながら、カタっと音が聴こえ振り返った。扉の隙間からシャツ一枚だけ着て現れた夜子の姿に、コナンは顔を真っ赤にし、灰原は青筋をたて、沖矢はなんともない顔をして彼女に近づいた。
「ゆっくり眠れましたか?」
『あ、はい……』
「あ、安心して下さい。下着は観ましたけど脱がせてはいないので」
「当たり前でしょ!この変態!!」
灰原が辛辣な言葉を吐き捨て、沖矢の足を踏みつけてから夜子に近づいた。変態と称された沖矢から距離を開かせるために。流石に恥ずかしげに顔中真っ赤にして両手で顔を覆っていた。
「ちょっ昴さん?!シャツ一枚はやべえだろ!!」
「いえ、クローゼットを勝手に開けるのも気が引けたので私のシャツでも事足りるかと思いまして。駄目でしたか?」
「駄目っていうか、視覚的にやばい!」
『コナンくんが男の子に成長している……!』
顔を両手で覆いながら今度は泣いている夜子に慌てふためくコナン。灰原は「いいから部屋に戻って傷を診せて。そのあと急いで着替えるわよ。このシャツ破り捨てるから」と夜子の背中を押して部屋からの退出を余儀なくさせるが、夜子は三人が揃っている部屋に振り返り。今まで見た事も無い柔らかな微笑みを浮かべた。
『ありがとう』
今日は朝から肉々しかったな。朝食はあまり食べない派だから……ちょっと気持ち悪い。昴さん「ちゃんと食べないと駄目ですよ」と何故かお母さんみたいのこと言われたし。
口元に手を添えて「うぷ」と洩らすと蘭ちゃんが「大丈夫?」と心配されてしまった。ごめん蘭ちゃん。ありがとう。という気持ちを込めて頭を軽く下げる。
『なんか…今日昴さんがはりきって朝食の量が多くて…夕飯食べずに寝たからかな』
「昨日あんな事があったから、もしかすると配慮してくれたのかもね」
『うん…一応厚意は受け取らないとバチが当たるからね。こんな普通以下の私など』
「かわいいよ夜子ちゃんは」
『ううん。蘭ちゃんの方がかわいい。それより昨日大丈夫だった?車突っ込まれたでしょ』
「うん…あれは恐かったかな。安室さん急に抱き寄せて来て驚いたけど」
『そうなんだ』
「あ、ち、違うの!別にドキってした訳じゃないからね。どちらかというと恐怖心の方のドキ!だから。決して私に好意があっての行動とかじゃないから安室さんは絶対に夜子ちゃんのことを」
『蘭ちゃんどうしたの?そんなに弁明して。大人の男に抱き寄せられたら誰でも心臓飛び出るくらいメルトしちゃうから仕方ないよ。それを工藤くんに私が告げ口なんてしないし。安心して、私はときめく乙女の味方だから』
安室さんのあの女性に慣れた感じの態度と対応を見れば、それくらい普通にやってのける男だよな。と思っていたから特に何も思わなかった。そう云えば昨日……安室さんがあの時駆けつけてくれたような気がしたけど……夢だな。全く記憶が定かではない。気がついたらベッドの上にいたから。しかも彼シャツ……下着姿を見られたなんて恥ずかしすぎて今思い出しても頭からマンフォールに突っ込みたい。
そんな事より照れ隠しで工藤くんに安室さんという他の男にときめいた乙女心を絶対に言わないでねという意味合いで必死に弁明しているのだと理解した。なので安心させようと言ったのだけど……なんか蘭ちゃん頭を抱えていた。え、どうしたんだろう。お疲れなのかな?
『大丈夫?やっぱり疲労が』
「あ、う、ううん。その夜子ちゃんって安室さんのことは」
『安室さんのこと?褐色イケメンだよね』
「え…それだけ?」
『イケメンは国宝だよ、蘭ちゃん。眼福、眼福。あ、でも病院に連れて行こうとは思ってるよ』
「それを言うなら病院に行くのは夜子ちゃんの方でしょ。どうしたの?傷だらけじゃない」
『あ、えっと……階段から落ちちゃった』
メルト、メルトと云うと「意味わかんないこと言ってないでちゃんと病院行くんだよ」と言われてしまった。まだ保険証出来てないから待ってとは言えない。しかし、この傷だけで済んでよかったよ。そして……この日常がまた迎えられてよかったよ。
『蘭ちゃん。これからもよろしくね』
「なあに?改まって。こちらこそよろしくね」
話していると警視庁に到着。先におじさまとコナンくんが来ているため、私と蘭ちゃんは揃って中へ入り受付に行き話すと、直ぐに担当の刑事達が迎えにきた。一応許可証を胸に付けている最中である。
「蘭さん。それと夜子さん。態々ご足労ありがとうございます。事情聴取を取るだけなので会議室で個別に取らせてください」
「高木刑事。解りました」
「蘭さんは僕が取ります。夜子さんは彼に」
「本日付けで警視庁に配属になりました、粟田口一期と申します」
聞き覚えのある声と名前にゆっくりと顔を上げると、色素の薄い雨色の髪に、物腰が柔らかく好青年な顔。普段から背広に似た格好をしていたために、見慣れた彼の姿に息を呑み。恐る恐る声に出してみた。
『い…、いちごっ』
にこりと微笑みを浮かべ。一期一振が膝をおり、手を取るとその甲に口づけた。
優男第二弾の登場に、懐かしいやら、嬉しいやら、混乱やら、複雑やらで軽い目眩を起こしながらもだばっと涙腺が昨夜から緩みっぱなしだけど今は気にしない!鞄を床に落とし、両手を広げて奴の腰をホールドした。
うおぉぉぉーーー!一期ッッッーーー!
「えっ、ちょっ、夜子ちゃん?!」
「まさか……昔、生き別れた妹とかっ!」
「いえ、感動の再会というやつで処理の方をお願いします。昔、彼女にはお世話になりましたので」
涙声で唸る私を「よしよし」という動作で慰める一期に、周囲はどういう関係なんだと視線を向ける。
知らない一期だが、見知った顔に会えて嬉しいよぉぉーー!相談したかったよ、一期っっっーーー!あー、すげぇいい匂いするよ。甘い匂いがするよ。兄味だよ。最高だ兄味!
「高木さん。私はこのまま彼女を会議室までご案内しますので」
「あ、うん…頼む」
「いえ」
私の肩に手を置き、身体から離れるとハンカチを持たされそのままエスコートされるように歩き出す。
えぐえぐ、と鼻水も流しながら子供のように泣く私に肩を擦る一期。懐かしい声と顔で私を安心させようとかけてくれた。
「もう大丈夫ですぞ審神者殿。私が居ますから」
『これだからロイヤルはっ』
「何か温かいものでも用意します。何かご所望はありますかな?」
『ミルクティで』
「かしこまりました」
あとでティッシュを持ってきますね、と気まで遣えるとはなんて出来た一期なの。うちの一期は……遊んでもらった記憶しかない。あれ?成人女性なんだけどな。あ、一緒にエロ同人誌買いに行ったわ。うん、大人だ。私ちゃんと大人。
「どういった関係なんだろ」
「気になる」
「あ、安室さん。お疲れ様です。聴取のご協力ありがとうござ…ッ」
「(安室さんの目があの時と同じ様に殺意が)」
「(殺人犯かと思った)」
「蘭さん」
「はっ!はい!」
「あちらはどちらの方ですか、教えて頂けます?」
「あ、えっと……昔の知り合いみたいでしたよ」
「彼は刑事さんですか?見ない顔ですが」
「あ、はい。本日付けで警視庁の刑事課に配属された粟田口一期くんですよ」
「へぇ……」
「(声色が低ッ!)」
「(明らかに敵意剥き出しだわ)」
先程まで婦警達が黄色の歓声を上げていたのだが、安室さんの横を通り過ぎた時手に持っていた資料を床にバラ撒く程彼は凶悪犯並の表情で私達の背中を見つめていたそうだ。私は、誰がその顔をしていたのかを聞かされていなかったので。きっと一期に好意を寄せる女性絡みが私に殺意を抱いたのだろうと胃痛が悪化した。
「至急調べてくれないか。粟田口一期という優男を」
「……はい?」
人気のない通路で風見を呼び出し命を下す。絶対服従の上司命令なので聞かない訳ではないのだが、意図が理解出来ていない風見は上司の人ひとり殺してきた眼力に渇いた息を吐き出した。
「その男は組織に関する重要参考人でしょうか」
「恐らく」
「(曖昧……)不確かな情報すぎやしませんか降谷さん」
「五条夜子の事を知っている男だ。直ぐに粗を調べ尽くし人畜無害なその化けの皮を剥がし、白日の下に曝してくれる」
「(論点の相違)あの…降谷さん。そろそろ寝た方がいいですよ」
「昨日仮眠を取って好調だ」
「(え……ッ?!それで)あ、あの降谷さん。彼女の事は我々に任せてあなたは組織に専念してはいかがかと。奴らも彼女を注視してはいますが、順位は低いと思いますし」
「俺の許可なく彼女に近づくな」
「す、すみません(殺られる)」
身の危険を感じた風見は口を結び。上司に絶対なる服従を決める。
「第三勢力の介入の場合に備えて調べておけ。明日までに頼む」
「了解しました」
上司がまさか女子高生に篭絡された訳ではないよな、風見は降谷の様子を伺っていると彼は徐に端末機を取り出し「時間か」と背を向ける。
「そろそろ彼女の事情聴取が終わる頃だ」
「(時間図ってたのか)そ、そうですか。あの降谷さん。一つだけいいですか」
「手短なら」
時刻を確認しながら告げられる上司の姿に、悩みつつも口をつく。
「まさかとは思いますが、女子高生の罠に囚われた訳ではないですよね」
そう告げると降谷は「こいつ馬鹿なのか」という心底呆れた表情を風見に見せた。その様子に少し安堵する。
「そうですよね。あなたのような恐れられた人が、あんな小娘ひとりに踊らされるなどある訳がないですよね」
「風見。発言には気をつけろ」
降谷の拳が鼻先で止まった。風見はもう此の手の事で地雷を踏み外さないようにしようと心に堅く誓ったのだった。でなければ、この上司に消される。人間的にも社会的にも消されると。
「それと、引き続き。五条夜子の兄の詳細をくれ」
「難航していますが、入手次弟此方も一報を入れます」
「頼む」