先日の事件の一件で、警視庁へ赴いたとき一期との出会いを果たした。彼の存在に大いに喜んだものの、何故彼が此処に存在しているのか、事情を互いに聴きたくその日は事情聴取を終えた際、時間を作って彼は会ってくれた。
互いに現状を話し合ったが、私は事情が複雑なために誤作動を起こして過去へ迷い込んでしまったと説明を省略した。私の事情は私だけのものではない。コナンくんや哀ちゃんなど様々な人が関わっているため、誰に対してもそう簡単に打ち明かせるような類ではない。少し心苦しいが、一期はそれ以上の追及はせずにただ私の話を真摯に受け止め納得してくれた。
彼の話によると刀剣男士としてや、自身が鍛冶職人である粟田口から生み出された刀派。太刀の一期一振である記憶を所持したまま、人間としてこの世界で暮らしている。
前世の記憶を所持したまま転生した、というのなら幾分かわかりやすい。
性格や仕草、口調。顔や体格まで似ているのは個人差であることを一期は気恥ずかしそうに告げた。
私とは違う出世秘話に、普通だ。と衝撃を受けたのはここ一番の驚きであった。そして彼は私に仕えてくれていた一期一振ではない。別の審神者の元に仕えていたらしく。男性の審神者だったため一応性別学上女である私には、少し吃驚したと言っていた。
「私が生まれ落ちてからこの世界で時間遡行軍を見たと聞いたのは初めてです。何らかの偶然により歴史修正主義者に目をつけられ潜伏。発端を起こしたと思いますので、あなたが原因という訳ではないと思いますよ」
『そうだと、いいけど』
「すべては時の運。偶然ですよ」
一期に慰められ「ありがとう」と述べてから用意してくれた紙コップを両手で包んだ。生ぬるくなってしまった緑茶の濁りとその沈殿へ視線を落とす。
「今もまだ微々たるものですが感じますね」
一期は人間として転生したといっても【霊感】はあるようで。時間遡行軍の気配は感じ取れているらしく最近は警戒していると言っていた。
日常的に空気のように漂う冷気に、恐怖は蘇るばかり。震える手に重ねられ顔を上げれば一期が安心させようと笑む。
「気を負いすぎるのは良くないですぞ。出現してからまた考えればいいのです。あなたは一度救ったのだから、自信をもってください。今度は私もいますから」
『ありがとう、一期。でも次現れても私が対応するよ。一期には今を生きて欲しい。もし私に仕えてくれていた一期が今のあなたのように人間として生きてると知ったら、私は自由に生きて欲しいと願うから。あなたの審神者もそれを望むはず』
本当はすがりたい。弱い心が一期にしがみつこうとする。だが拳を握って叱咤した。もう、逃げてはならない。逃げてはいけない。私は審神者として自分の出来る限りのことをしようと、あの時誓ったのだから……あの生還を果たしたときに。
……あ、あれ? なんか一瞬誰かに抱きしめられた記憶が……いや、あれは先日やった乙女ゲームのスチルか。
「どうかしたのです?」
『ううん。なんでもない。相談に乗ってくれてありがとう。助かるよ』
「いいえ。お安い御用です。微力ながらしかお手伝い出来ませんが、それでも良ければ頼ってください」
椅子を戻し一期が席を立ちあがり、扉を開ける。廊下へと出るとそのままロビーまで案内してくれた。
「それにしても立て続けにご足労頂き申し訳ありません」
『仕方ないよ。偶々なんだから』
「聴取にご協力感謝いたします。またお時間ある際にいつでもご連絡ください。空かせて待っていますので」
『ぐっ……!ロイヤルが目に滲みる』
一期が笑みを浮かべるだけでその場が華やぐ社交界。彼は何処かの貴族出身なんですか。あ、いやロイヤル出身でしたね。公務員が似合うというか、まさか刑事とは何だかギャップがあるような…先生の方が似合いそう。
『そういえば短刀ちゃんたちはこっちに?』
「いいえ。私ひとりだけです。弟たちが入ればもっと賑やかになっていたでしょうな」
『そっか…お互い淋しいね』
「ええ。ですが今はあなたが居りますから、楽しいですよ」
『ま、まったくこれだからロイヤル出身は女の子を喜ばせるのが得意だな…まったく、もう。困っちゃうな』
心の中で阿鼻叫喚地獄が展開されていた。一期は外見がとても好みなんだよ。肌美精すぎてほんとったまらん。手に汗握りしめ一期がこの世に生を受けたことを神に代わって感謝した。
「またご飯でも行きましょう。夜子さんの好きなお店集めておきますよ」
『え、いいよ。いいよ。私のほうが融通利くから私が一期の好きな店を抑えるよ。何処がいい?ビュッフェ?』
「いえ、何でも食べれますので」
『うわーテライケメン。じゃあランチでホテルのビュッフェに行こう』
「ええ」
スマホを取り出してメモ帳に書き込んでいると、後ろから肩を掴まれたと思うとずっしりと重みを与えられ負荷がかかり膝に力を込めた。て、敵襲……!
「僕の時は渋い顔をしていたのに彼との予定はあっさり決めるんですね夜子さん」
『………』
振り返ろうとしたが、その前に届いた声によって私はどうやってメシアされるか考えた。
「あなたは確か…安室さんでしたか」
「おや、名前を憶えて頂けていたなんて光栄ですね。僕もあなたの事は知っていますよ、粟田口一期さん」
「憶えていたのは偶然。あなたが余りにも印象的でしたので。何せ夜子さんの事情聴取が終わったその扉の前で待っていらしたのだから」
「彼女と約束をしていたので。まあ……彼女はあなたを選んだようですけど」
責められている。刀が腕を刺した時と同じくらいの痛みが現在乙女の心を抉っていた。左胸が重症だ。
「久しぶりに会いましたので積もる話もあり、私も逸る気持ちを抑えずにあなたに不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。その件につきましては私にも非がありますので」
「いえ。彼女の事を責めたつもりはありませんよ。ただあなたには僕にはない魅力があったのだろうと、僻んだだけです。お気に障ってしまったのならすみません」
な、なんだろう……このピリピリとした空気は。張り詰めた糸みたいにいつ切れるのか怖い。私の肩を掴んだままの安室さんの手に触れ、繋ぎ。ここは逃げるわ、またあとで。とアイコンタクトを一期に送りながら。
『ほら安室さんは私に用があったんですよね。早く二人きりになってその内容が聴きたいですわ!』
「え?あ、夜子さんっ」
安室さんが何を言う前に、脱兎の如く外へと通じる玄関まで走り抜けた。気になって後ろに目をやると一期が口をパクパクと動かして。告げ終えると右手の親指と小指だけを立てて耳元で左右に揺らす動作をした。それに対して親指をたてて返事を返した。
警視庁の看板がみえる場所まで走り、あまりにも体力を消耗したので思わずそこで止まって呼吸を整える。だが私の後方に入る彼は息ひとつ乱さずに顎に指先を添えて、笑顔を私へ向けた。
「今夜待ってます、ってどういう意味ですか」
―――おまわりさん。この人が怖いです。
『え゛、あ、な、なんでしょうかね、えへ』
「一昨日も昨日も夜、あなたが寝る時刻に電話をかけても繋がらず通話中のままでしたよね。朝のメールでその事を訊ねても{ 寝ていたから }と言っていましたが、彼と夜中まで電話をしていたか、或いは会っていたんですか。僕に内緒で」
『そ、それは…べ、別に安室さんの預かり知らぬ処で私が何をしていようともあなたの生活に支障が来たすとは思えないのですが』
「それを決めるのは僕、ですよね」
うわ……こわい。うん、こわい。すっごくこわい。
なんで責める口調で言及されなくてはならないのか、クイックセーブして過去を振り返りたい。きっと何処かでミスチョイスをしてしまったんだと思う。ほら、昨日も熱中のあまりに選択肢をひとつミスして主人公が井戸の中に突き落とされて死んでしまったじゃないか。そうだ。きっと……。
そうこうと普段使わないリアル脳を回転させていると、いつの間にか腰に腕を回され自分からとはいえ、繋いだ手を引き。指が絡まりその美しい彫刻の様な端整を近づけられ吐息が鼻先にかかった。
「ああいうのが好みなんですか」
『(話の論点とは……!?)あ、うぇ、あ……ち、近いん、ですけど』
「態とです。だって好きでしょ、僕の顔。ああ、違いました。訂正させてください。こういう整った顔をしている男がお好きなんですよね」
『うわ……くそ腹立つ』
「……」
『いっ!ったぁ……ゆ、指もげるんですけどッ!』
お、おまわりさぁぁ―――ん!!こいつ笑顔でか弱き女の子の指をへし折ろうとしてきているんですけどッ!!
攻防戦を繰り返していると小さな子供たちの声が届き、ふたりで目を合わせてから下へ視線を向けたらそこには私のメシアたちがいらっしゃった。
「夜子姉ちゃんと安室さん。何やってるのこんなところで」
『こ、コナンくん』
コナンくんが理解不能といった顔つきで私達に声をかけてくれた事により、意識が一気に子どもへと移る。安室さんは一瞬だけ私を鋭い目つきで一目見てから私を拘束していた腕を放し、今までの行為が幻だったのかと思う程の爽やかな笑顔を子どもたちへと向けた。変わり身はやくない?
「毛利先生から聴いてたんだ。今日君たち少年探偵団が阿笠博士の車で警視庁にパンフレットの撮影をしに行くって。調度僕も警視庁に呼ばれてたから、それに彼女の迎えも兼ねて。もう終わったから彼女と帰るところだったんだ」
「へ、へぇ――。で、お姉ちゃんは?」
『あ、うん。今朝ニュースで謎の変死体が上がったって放送されたでしょ?その身元が病院で知り合った三波さんだったから。事情を聴きたいからって呼ばれたの』
「そうだったんだ」
指を一本ずつ確認しながらコナンくんの質問に答えると、コナンくんの大きな瞳が私を捉えて「あとで事情を詳しく話せよ」と、とてもじゃないが弟が姉を慕う目ではなかった。今日は尋問コースなのかしら。すると、コナンくんの後ろにいた元太くん、光彦くん、歩美ちゃんだったかな?少年探偵団の面々が興味深々といった様子で私と安室さんを見ている。祖母の小説を最近また読み返したから姿などは知っているけど、こうして会うのは初めてだ。それにしても子どもはかわいいな。と私はしゃがみ込み子どもたちと目線を同じにする。
『はじめまして。コナンくんの姉の夜子です。いつも弟と遊んでくれてありがとうね』
「コナンくんのお姉さんですか!」
「きれいな姉ちゃんだな、コナン!」
「美人さんだね」
『そんなことないよ…』
子どもの言葉は素直すぎて眩しく、直球故に心臓からきゅん、って音まで鳴ってしまった。
子どもたちは私にひとりずつ自己紹介をしていき、それを頷きながら聴く。子どもの頃は自己PRが上手いと聴いているけど、本当に上手い。自分の個性をちゃんと理解しているし、把握している。なにより純粋な上に飾らない言葉を聴くのは耳に心地よい。大人は上書き保存が大切だからな。自然と笑みを浮かべていると歩美ちゃんが私の傍へやってくるなり、耳元に口を寄せて小声で質問をされた。
「 お姉さんとこのイケメンのお兄さんは恋人同士なの? 」
その発言に私は一瞬だけ脳内に逃避行した。固まっている間に乙女の内緒話に聴き耳を立てていた安室さんは膝に手をつき歩美ちゃんに囁くように告げる。
「そうだよ」
歩美ちゃんが頬を染めながら「やっぱり」と乙女心全開で喜びそうな手前で私が間に入った。
『違うよ。そんな事は天変地異が起こっても世界が今日終焉を迎えても違うよ』
大人の軽はずみの嘘に騙されちゃ駄目。強く生きなきゃ、と歩美ちゃんの肩を掴み真摯に答えると歩美ちゃんにはまだ理解が難しいのか小首を傾げていた。うん、かわいい。
「違うの?」
「お姉さん照れ屋さんだから」
きょとんした顔で安室さんに言葉を投げる歩美ちゃんに対し、このハーメルンは子供相手にも色気を振りまくのか片目を瞑りながら小声でそう告げた。やっぱ病院連れて行くか。一発殴ってから。正当防衛だよ。うん、いける気がする。だが、まだ弁明の余地あり。異議あり!と再び私は説得にかかった。
『違うよ。子供を使って既成事実を作ろうとする大人に、知り合いはいないよ。イケメンでもこういう事してくる男の人には気をつけようね。将来食い物にされちゃうから』
「おいおい。子どもに何言ってんだよ」
コナンくんの呆れ口調に今言わないでいつ言うの!と必死に抗議の顔を向けるとコナンくんが押し黙った。歩美ちゃんは再び「ん?」と首を傾げる。ああ、かわいいわ。天使のようだわ。穢れを知らないその無垢な姿にジーンと心に潤いが広がっていると、体勢を立て直したハーメルンが人畜無害な笑みを浮かべて。
「酷いな…本気なのに。お姉さんが僕のこと本気になれるようにするにはどうすればいいかな」
今度は標的を元太くんと光彦くんへと替え、やめんか!っと立ち上がり思わず胸倉を掴み揺らした。
『やめて。純粋な子を遣うのもやめて!暴力反対!』
「ははは、今暴力振るわれているの僕なんですけど」
『言葉の右ストレートだけで充分だよ!』
楽しげに笑われているのでぐらぐらと彼の身体を揺すり続けると、子どもたちからは心外な言葉が飛び交った。
「あと少しですよお兄さん」
「ああ。母ちゃんが言ってたけどケンカするほど仲が良いっていうしな」
「私、お兄さんがお姉さんへの真実の愛が伝わるのを応援するわ」
思わずガクっと体勢が崩れ安室さんに支えられる。
「ありがとう。心強いな」
爽やかに子どもにも対応する彼の態度に数歩離れて額に指先を添えた。もう、やだ……。
隣に興味無さそうなコナンくんが私に声をかける。それは弟が姉にかける言葉だったと思う。
「がんばれよ、お姉様」
『ははっ、はは……さあーてそろそろ城攻めは難攻不落だってこと思い知らせてやるかね』
指を組み合わせて肘を頭上に伸ばす。準備運動でもはじめるかと動かし始める身体を余所に安室さんは肩を掴み引き寄せられ、彼の胸板あたりに頭が寄りかかる。
「じゃあ、コナンくん。君のお姉さん借りるね。昨日約束を破綻にされたお礼に今日は付き合って貰うので」
胸板に両手を添えて離れようと押し出す。それを物ともしない彼の笑顔に腹立つ事この上ない。
「あの、コナンくんのお姉ちゃん。連絡先交換しよ」
『喜んで』
歩美ちゃんが携帯を両手で持って笑顔で声をかけてくれたので、素早く引き剥がしスマホを取り出すとしゃがみ込み連絡を交換しあう。それに続いて元太くんや光彦くんとも交換を始め小学生で携帯を持てるなんて私の時代じゃ考えられないよ。いや、まあ過去への転移装置は貰っていたか。
背後で私達を見降ろしている安室さんが何か言っていたが、取り合えず彼の言葉について今は遮断する。聴いても碌な事にならない。
「子どもならいいか」
「(……は?)」
コナンくんだけは聴こえていたみたいで、驚きと呆れが混ざった表情を安室さんへ向けていた。何だかその表情だけで碌な事を言っている訳ではなさそうだな。
交換を終えると「またね、お姉さん。デート楽しんでね」と純粋な言葉を投げかけられてその後半の言葉はいらない。とは言えずに下唇を噛みしめて『ありがとう』と伝えた。
『夕日が顔を覗いて影が伸びたらバイバイするんだよ』
「うん」
「……っ」
子どもたちが素直に頷くので頭を撫でる。そろそろ彼の言う通りにしないと何を仕出かすかわからないので、と安室さんへ振り返ると彼は瞳を丸くさせていた。彼の透き通るようなその瞳に私の姿が反射している。近づき目の前に立ち、小首を傾げて顔を覗く。
『安室さん?』
名前を呼ぶと彼の瞳が揺れる。細めた瞳が何故か物悲しく沈んでいた。何か変な事を言ってしまったかしら、と過去を振り返っていると彼は普段通りの人の良さそうな笑みを浮かべ私の手を取る。
「あなたから近づいてくれるなんて光栄ですね」
『え……え゛』
「さあ、行きましょう。時間は有限ですから」
子どもたちに今度こそ別れを告げて、彼に引っ張られながらその場から立ち去った。
「なんだったんだ、今の」
「あのお兄さん。コナンくんのお姉さんと上手くいくといいね」
「お似合いでしたからね、きっと上手くいきますよ」
「おい、コナン。おめえなにおっかねえ顔してんだ?」
「あ。コナンくん。お姉さんを取られるのが嫌なんですね」
「おいおい」
(だが、案外複雑って言ったら複雑ではあるがな)