雰囲気のいい喫茶店に案内され、私の好きなアールグレイの紅茶とパンケーキセットを頼み用意される。
何故私の好みを存じているのかツッコミたいが……。
目の前に広がる宝石たちに胸を躍らせつつも、目線を上げて彼を見つめた。彼の視線は窓辺に向けられ、外の景色へと注がれている。眺めているというより、考え事を定めるために視線を向けているだけの様子に。私は母を思い出す。そういえば母は私の顔を見て考え事をしていたな。ふわふわのパンケーキを切り分けブルーベリーと生クリームをのせてフォークで口元まで運び頬張る。おお、これは中々の美味……。視線を店内へ向けると、ざっと確認しても女性客はほぼ全員安室透へと視線を注いでおり、その目の前に座る私の事を「なにあれ。不釣り合い」などと囃したてていた。はいはい、ごもっともですよ。彼と一緒にいるだけで私に火の粉が飛び炎上必須。それをわかっているからあまり彼と出掛けたくないんだよな……これは誰の所為でもないんだけど。
再び視線を彼へと戻す。やはり彼は珈琲カップを傾けたまま瞼を伏せ、何処か……何処か淋しそう。
夕日が沈む前に伸びた影が大きくなり、友人達が手を振って別れを告げる時のあの少しだけ物悲しい感じに似ている。今生の別れではないけれど、少しでも離れてしまう。その淋しさが心にしこりを残す、あの……想い。
「美味しそうですね。ここのパンケーキはきっとあなたも気に入ると思って……まだ来た事なかったですよね」
『そうですけど……何で把握してるんですか』
「あなたのことなら何でも把握してますよ……多分」
珍しいくらい塩らしい……でも、なんでそんな台詞みたいな言葉を言えるのかしら。その口の方がこの甘いパンケーキよりも糖分多いわ。木苺のジャムを最後のひと欠片につけて口元へ運ぶ。
「彼、格好いいですね、どこかのホテル王のご子息みたいに。ああいう方が好みなんですか?」
『ぶふぅッ―――!!!』
喉に詰まらせて思わず噴き出してしまった。咳込みゴホゴホと咽ている中、彼はにこりと笑みを浮かべながらカップを傾ける。
『い、一期のことをまだっ言うか』
「僕は粟田口さんだとは一言も言ってないのに、よく解りましたね」
そっと伸ばされる手が右の二の腕を掴むと、強く握られ眉を寄せた。其処は怪我を刀を深々と刺されてしまった箇所でまだ疵口が塞がっていないのだが、彼がそんなこと知っている訳もないから……正直に云うとめちゃくちゃ痛い!!悲鳴が喉の奥に引っ込んでしまうくらい。息を呑み耐えていると彼は。
「優しい男性は好きですか?」
今、言うかこいつ。と恨みがましい視線を浴びせるが彼の瞳は揺れていた。波紋する水面みたいに。置き去りにされた子どもみたいに………何処か……。
『それは脅しですか』
「何のことですか」
虫も殺さない顔をして彼は笑むとそっと腕を離し、解放してくれる。哀ちゃんに診てもらっているけれど包帯に血が滲んでいる気がした。傷口が開いてなきゃいいけど、肉のあたりがじくじくと痛む。腕を庇う様に抑えながらも彼は至って態度を変えずに再びカップを傾けた。
目を細めながら最後に残った紅茶のカップを底が見えるまで傾けて飲み干し、席を立ち上がると彼の腕を掴み立たせた。
『ちょっと面かしてください』
「えっ」
そのまま会計まで進み清算を済ませると彼の腕を掴んだまま、今日寄ろうと思っていた場所へと向かった。
『ふっ……この私に叶うなど十年早いですよ』
太鼓のバッチを両手に音楽とタイミングに合わせて叩きまくる私の隣で呆気にとられている彼が居た。三曲まで叩きリズム太鼓のゲームを終えると『次つぎ』と安室さんの手を掴みシューティングゲームへと向かう。
『ひぃぃ――!こわい!きもい!死角から出てくるなッ!』
「そういうゲームですから」
隣で平然としたまま銃を放ちゾンビを倒す彼に、直ぐにゲームオーバーになった私は指の隙間から行く末を覗く。無事にハイスコアを叩きだした彼のゲームプレイに周囲には観客が集まる。銃を置く彼の腕を再び引っ張り、バスケゲームへと誘い。疲れた処で小休憩とベンチに座って缶ジュースを手渡した。
「あなたから誘って貰えたと思ったら……こことは」
『文句があるなら受付ますけど?』
「文句なんてありませんよ。あなたとならどんな場所だって……え、な、なんですか」
安室さんの顔を間近で覗きこむ。驚いた顔をしているが……腕を組み数歩離れる。
『気晴らしにはならないか』
「え、どうしたんです」
『なんか、難問にぶち当たったみたいな顔をしていたから少しは気分転換になればいいなと、思って。でもあんまり上手くいかなかったので、失敗ですね』
私の気分転換方法では無理か。まあ、最初から望みは薄かったからいいけど。何せ私は一般人とは違う思考回路の持ち主。リア充のましてや年上の男性がどうやったら気分転換になるかとかんなの知るか。はあ、慣れない事はするもんじゃないな。
喉を潤すために傾ける缶に気を取られていると、安室さんの声にしては柔らかい声色が耳に届いた。
「久しぶりにこういう所に来ると案外楽しいものですね」
『でしょ』
気を遣って言ったのかもしれないが、それでも彼の表情は先程よりも幾分か穏やかになっていたのでよかったと心から思った。
缶をゴミ箱に投げ入り見事に入ると、彼は立ち上がり「次は何をやりますか?」と訊ねられたので『クレーンゲーム』と答える。本来の目的であるフィギアをゲットするためにな。と、夢中でクレーンゲームをプレイしていると隣に立つ安室さんが私に声をかけた。
「あの言葉って誰かに言ったことありますか」
『え?あの言葉って?』
くっ……!もう少し右だったか。
「あの夕日が顔を覗いたらって、やつです」
『ああ、あれは…んと、子どもの頃に、友達に言ったことありますけど』
「どんな友達でしたか」
『えっと……確か。女の子に……あ、でも。男の子も居た気がします』
「年上の子は」
『いたかな?』
おっし!角に触れてずれた。ここでプッシュだ!っとボタンを押す寸前で後ろから手が伸びスティックを軽く動かしボタンを押される。
『そ、それがなにか……(嫁が取られた)』
「いえ、なんでもありません」
取り出し口からフィギアの箱を取り出し、差し出される。嫁を取られて悲しみの最果てにいた。嫁を自らの手で入手しなければそれは嫁を手に入れた事にはならない。私の信条がっ………!
「そのキャラが今の好きな子ですか」
『はあ? 好き』
「なんで怒ってるんですか」
『別に』
フィギアが入っている箱を受け取り、掲げて四方から眺めた後抱きしめた。長きにわたる対決もこれにて終焉を迎えたのね。ああ……早く帰ってガラスケースに陳列するか。
『そう云えば安室さん。バイトは?』
「ああ、そろそろですね」
『ではここでお開き……え』
「さあ、ポアロまで急ぎますよ」
腕を取られ、私はポアロまで引きずられた。今日はなんて………災難なんだッ!!
その後、漸く解放されたのはポアロが閉店するまで。勿論、家まで送ってくれたのは私を今日もポアロに拘束した彼。安室さんである。自宅付近で別れを告げて疲れ落ちた肩のまま玄関の扉を開けた。
『ただいまです……』
「おかえりなさい、夜子ちゃん。随分と疲れ切った顔してるわね」
女の人の声に顔を上げると有希子さんがエプロンを着て夕飯を作っている最中だった。
『有希子さん……おかえりなさい』
「ただいま。どうしたのよ、さっきまで色男と一緒に居たじゃない。彼の事紹介してよ、お母さんに」
『ははは……見てたら助けて下さい』
「えぇ〜〜そこまで私野暮な女じゃないわよ。それから、夕飯出来てるから食べましょ」
『うぃ―す』
玄関先で倒れた身体を起し荷物を持って二階へ上がり、部屋へ荷物を置いてから再び一階へ下る。リビングに入ると昴さんと有希子さんが夕食を囲っていた。
「はい、保険証。怪我をしたってしんっ、コナンちゃんから聴いて。急ピッチで作ってもらったから」
『ありがとうございます』
「おや、夜子さん。服に血が」
『え』
保険証を左手で受け取ると昴さんに右腕を指摘され、服を捲られる。そこは強く握られてしまった箇所で一番深手を負った疵口が包帯で覆われた場所で。やはり血が滲んでいたのが服にまで付着してしまっていた。
「誰かに強く刺激されたようですね」
「やだ…深いじゃない。もう!女の子がこんな怪我しちゃ駄目じゃない」
『大丈夫ですよ。もう塞ぎかけていましたし』
「明日は病院に行きましょう。学校はお休みです」
「私が連れて行くわ。一応後見人だからね。綺麗に傷痕も残さない名医を紹介してあげる」
『あ、はあ……』
私の意見を尊重してくれる人っていないのかな…ここは。明日の予定を決められる会話を聴きながら、心が軽くなった。今だって感じている身体を刺すような冷たい吐息が。告げてしまいたい……この恐れる心のままに。誰かに縋ってしまいたい……。きっと有希子さんや昴さんに今、言ってしまっても誰も私を責めないだろう……けど。それは―――。
「どうしたの?夜子ちゃん」
「夜子さん?」
『ううん。なんでもない』
それでも、それでも……もう。私は………
窓から覗く月光を見上げながら、小夜曲に耳をすませた。
警視庁に届いた監禁した刑事の行く末。その刑事を捉え挑発した犯人は服毒自殺をしたそうだ。それを一期から聴きつけ、私はスマホの通話を切り二階の窓から静かに外へと跳び出した。木を伝って地面に着地。門を静かに開ければ角に車が一台停車している。その車の硝子をノックすると扉が開き、中へ乗り込みその服毒自殺したマンションまで急行した。
「時間遡行軍の妙な気配を感知し、今も未だそのマンションの屋上に潜伏しているかと」
『大事になる前に、片をつけよう』
「ええ……やはり私も手伝いましょうか」
『ううん。こうして協力してくれるだけで充分だよ。ありがとう……巻き込んでごめんね』
「そんなことないですよ。それより…その腕、大丈夫ですか」
『大丈夫。今日、確認してきたから…嫁は此の手でゲット出来なかったけど』
一期が後部座席に用意してくれた木刀に手を伸ばして、ポケットに入れて来たマーカーペンを取り出しキャップを外す。そしてやはり……彼の名前しか思いつかなかった。一期がサイドミラーへ視線を映す。
『期待しない程度に頼りにしてる』
木刀を握りしめ、車が停車する。例のマンションまで来ると一期は支給された拳銃を片手にふたりでマンションのエレベーターに乗り込み上昇した。
『拳銃って許可がないと違法になるんじゃ』
「ああ、ご心配なく。これは押収した拳銃ですので、足がつかないんです」
『あ、そう……』
それはそれで違法じゃないんですかね……
一期の爽やかな微笑みをこの宵闇の時刻に見るのは少し、寒気がした。最上階に到着すると屋上へ通じる階段を昇り扉を一期が用心深く開けると時間遡行軍は再び一体だけその場に居た。闇の中刀身だけが鈍く輝いている。
「あれは……太刀、でしょうか」
『火薬の臭い……まさかっ!』
一期の身体を押して扉から離れさせると遠征用の用兵である、銃兵が銃撃を始めた。その火縄銃から発せられる鉛の弾がコンクリートにめり込まれていき、扉は簡単にひしゃげて階段の奥へと転がり落ちる。
「こんな時代に火縄銃なんて……」
『直ぐにケリをつけないと人が来る……一期。悪いけど手伝って』
「お任せください。銃兵は私が引きつけます」
『……ごめんね。手伝わせて……』
「警察官である私があなたに力を貸すのは当然のことですよ」
一期が拳銃を構え二発放ち、壁から飛び出し銃兵の意識を向ける。その間に木刀を強く握りしめ私も注意が逸れた太刀の横から飛び出し跳躍して、上段から叩きつけた。
肩に食い込むだけで、真横から拳が降りかかり殴りつけられて屋上のフェンスに身体が叩きつけられる。息がつまり咳こむが体勢を立て直し、剣筋から避けた。太刀は打刀よりも重い。それは尺の長さや鉛など使用されている素材にもよるが、片手で扱える程容易い形状をしている訳ではない。木刀に扮した私の打刀は斬れ味は打刀、でも形状や軽さは木刀本来のもの。だから片手でも扱える上に肩へと突き立てたままだ。
『まったく、馬鹿力』
気管に血の塊が溜まってしまったのか、食道から吐きだされたのは血液だった。顔を殴られないだけマシだけど骨にヒビは入ったと思う。呼吸する度に軋むし痛い。脇腹を抑えつつ膝をつき息を整える。
視線を一期へ流すと彼はやはり私なんかよりも身のこなしが違う。前世の記憶があるためか、彼は傷を負うことなく銃兵と渡り合っている。
けれど、彼も今は人間。その血肉は前世の刀とは訳が違う。早く……片をつけなきゃ。怪我をさせちゃいけない。
脇腹を抑えつつ二打撃目の攻撃を床に転がりながら、避け。手を着いて走り出す。構えた刀が月光に照らされて振り下ろされる処で足を滑らせ太刀の股の下を、くぐる。床に左手で手をつき加速を抑え、両足を揃えて跳躍すると肩に突き刺さったままの木刀に右手をのばし、掴むとそのまま体重をかけて一気に振り下ろした。
血潮が飛び散り顔面を汚され目の前が視えないため、袖口で目元を拭い。消滅を黙認すると銃兵も消え、銃声は鳴りを潜めた。
一期が拳銃をホルダーに納め、こちらに近寄りハンカチを取り出して私に手渡す。
『大丈夫。この血はいずれ消えるから』
「そうではなくて、頬。切れてますよ」
一期がハンカチを私の頬にあて眉を寄せている。暫くすると濡れた血が風化し、消えていく。
「そろそろ此処を離れましょうか。銃声音に住民が目を覚まし通報される前に」
『そうだね』
この人現役刑事だもんね。
脇腹を抑えながら木刀を拾い、一期の肩を借りつつ屋上から脱出。マンション下に止めてある車に乗り込み背もたれによりかかって一息ついた。
『はあ……いたい』
「前回より派手に傷をつけられましたね」
『ははは……数が増えなくてよかったよ』
一期が車を走行させる。雲に隠れてしまった月が静かに覗き始め、その隙間をかき分けるように目を細めた。今回も私は生きている……いつまでこれが続くのか……。
拳を強く握り窓ガラスに額をつけてよりかかる。瞼を閉じて胚を大きく膨らませた。
「……少し遠回りしましょうか」
一期の静かな声に黙って頷きながら、夜のハイウェイを見つめた。瞳の淵に溜まった涙を誤魔化すために。
一時間くらいドライブをした後、自宅まで送って貰い。一期と別れ門をくぐり、静かに玄関の鍵を開け中へ入った時、電気が点灯。私は肩を飛び跳ねさせゆっくりと影が伸びる方へ目線を向けると、そこには腰に手をあてた有希子さんが笑顔で青筋を立てていらっしゃった。
「おかえりなさい、夜子ちゃん。こんな夜中にどちらまでお出掛けしたのかしら?」
『……ちょっとそこまで?』
「ん?………ちょっといらっしゃい夜子ちゃん」
有希子さんが私の腕を掴むとそのままリビングまで連れて行かれ正座をさせられると、みっちり叱られた。朝方まで延々と。怪我を負った状態で。まるで……母さんに怒られてるみたいで、少し懐かしかった。
「聴いてるの、夜子ちゃん?」
『ご、ごめんなさい……』