不審な動きがあった。
彼女を見張っていたら、彼女は突然自室の窓から木を伝って飛び降り、門前に停車している車に乗り込み走行を開始する。あの車は確か警視庁で………、後を着けるととあるマンションで車が停車。車内から出てきたのは彼女ともう一人。運転席にいた男。
「粟田口一期」
突如現れたこの男は確かに刑事課へ配属された刑事。潜入している訳でもない上に彼の身元はこちらで確認が出来た。怪しい点はない……ないからこそ怪しい。五条夜子であり、現在は江戸川夜子と偽っている彼女に自然と近づいたあの男。彼女の反応から見て知り合いなのは明白だが……あんな派手な男が彼女の周囲に居れば自然と情報が入って来るというもの。一体どういうことか………。マンションを見上げると突如、連続的な銃声音が響き渡る。思わず車を出ようとしたが、数分後。エレベーターから傷だらけの女と肩を貸している男が降りてきた。影に隠れて様子を窺っていると月明りの隙間から光を受けて、その女が江戸川夜子であることが解り、その隣に居るのが粟田口一期だと判明。思わず、飛び出そうになった足先を思い留まらせる。此処で出て行ってどうなる。どうする。今は未だ其の時ではない。そもそも、何故彼女は傷だらけなんだ。車の助手席に彼女を乗り込ませると、男は運転席に回り暫くすると車が走行を始めた。
その後を追う為に車に乗り込み、追跡を開始。
だが、彼女を乗せた車は巧みな運転技術によりいつの間にか見失ってしまった。
真っ直ぐ彼女を送り届けると思っていたがまさか――――。
「こちらの動きを読んでいた、のか」
急いで彼女の自宅まで戻ったが、そこにあの車は来なかった。するとセットしていたイヤフォンからベルモットの声が聴こえる。
「どうしたんですか、こんな夜更けに」
《 別に。ただあなたの様子がおかしかったから確認に 》
「おや、疑り深いですね」
《 そうかしら?白雪姫の純情に絆されてしまったんじゃないかって、心配してあげているのに 》
「それはありがとうございます。ですが、余計な気づかいは無用ですよ。それから、あの銃撃に僕は関与してないですから」
《 そう……ならいいわ。引き続き、お姫様の監視を続けて頂戴 》
「ええ」
《 ああ、それはそうとロミオさん。あなたに伝えておくわ。初めて対面すると思うから彼と 》
「彼?それは」
《 ええ、彼のコードネームはギムレット。あなたに興味があるみたいでもう、会っているかもしれないわね。彼、変装が得意だから 》
「あの血塗られた白亜の龍、ですか」
《 でも見たら驚くわよ。虫も殺せない程の男だから 》
通話を切り、ベルモットの情報にあの男が浮かび上がる。まさか彼が……だが。それならば……ふと、彼女が住んでいる家の明かりが灯る。
遠目から見た限りでは彼女が負った傷は腹部と全身に軽い擦り傷だけ…命に別状はないとは思うが。彼女は武道に秀でている訳ではない。かといってあの怪我は組織によるものでもない。では誰だ……第三勢力という筋は本物なのか。それならあの三波という男が死んだのも頷ける。
俺たちではないものが動いている。それも組織の目を掻い潜れる程の……キレ者が。
「誰も彼もが君を狙う……君が毒りんごを食べた気持ちがわかるよ。逃れたいだろうな、こんな……こんな誰も信用できない監獄に入れられるのなら」
スマホを開き秘かに撮ってしまった彼女の画像を映し出す。クレーンゲームに夢中で取り組む彼女らしい姿。指を這わせ画面に映る彼女の顔を撫でる。
「君は誰なんだ」
「 ゆうひがかおをのぞいてかげがのびたらバイバイするんだよ 」
「 変な言い回しだね 」
「 おひさまがかおをだしたらまたあおうねっていみだもん 」
「 ここにくれば会える? 」
「 うん。ぜったい 」
あの子は本当に五条夜子だったのか。それとも名前だけが一緒の別人……まさか江戸川夜子。君が俺の探している……いや、有り得ない。今は空想に付き合っている場合じゃない頭から除外しろ。いくら面影が似ているからって彼女は違う。絶対に違う。
「違う」
車に乗り込み適当に走らせ手近なところで停車させると早歩きで公衆電話へ行き、風見にかける。
「ああ、やはり粟田口一期について詳しく調べてくれ。奴は……組織の仲間のひとりかもしれない」
《 解りました。だとするとあの五条夜子はやはり組織と内通しているのでは 》
「それは無い。彼女は利用されているに過ぎない。俺がそうしているように」
《 そうですか。では調べて置きます。あの例の頼まれた件について場所がわかりましたのでお伝えします 》
風見の言葉を一字一句逃さずに聴き、受話器を引っかける。確証がある訳じゃない。組織の奴らの仲間だって可能性もある。だがそうだとするとジンが撃った理由が見つからない上に、ベルモットが採血をする訳も繋がらない。今の所組織は彼女を要観察対象としているようだが、それがいつまでかは解らない。だが今は、まだ彼女の利用価値が限りなくあるから生かしている、そう取れる。五条夜子を殺して、江戸川夜子を活かす理由はなんだ。同一人物ではないのか。ではあの少女の通話事態が嘘なのか。だが血液検査をしたのなら同一人物だと解るはず……それでもベルモットは五条夜子が死んだと告げる。ならば……まさか、本当に……江戸川夜子は五条夜子ではないのか。もし同一人物ではないのなら何故、無関係の娘を観察する。
「堂々巡りだな」
息をつき電話ボックスから出ると宵の香りに瞳を瞑る。徐に端末機を取り出し昔のメールを掘り起こす。
他愛のない文字列が並ぶ、その質素で簡素な文面に目を通しながら……ふと、彷彿した。彼女が……江戸川夜子が俺に言った言葉を。
『なんか、難問にぶち当たったみたいな顔をしていたから少しは気分転換になればいいなと、思って。でもあんまり上手くいかなかったので、失敗ですね』
なんで、なんでそんな言葉かけるんだよ。普段は目を逸らすのに、あの時彼女の藤は真っ直ぐ俺の瞳を捉えた。
見透かされるような、あの澄んだ瞳に魅入られ言葉にもならなかった。馬鹿げている話だ。
「明日は、逢えないだろうな」
首元に回るくだげたマフラーを引き寄せ冷たい吐息を夜空に浮かべた。
黒いワンピースを着用したその日。両腕に花束を持ち小道を歩いていた。あの日有希子さんにお説教を受け、病院へ行ったら肋骨に罅が入っていたそうで、無理矢理入院させられてしまった。有希子さんは許される限り日本に居たが、旦那さんが心配だからと再び渡米。残された昴さんと共に漸く埋葬されたお墓へと訪れていた。桶を持ってくれていた昴さんと立ち止まり、目当ての墓石の掃除を始めた。といっても、作られてからそう日は立っていないのだけれど、それでも腕をまくって私が掃除を始める。昴さんにはお線香の準備をお願いし磨き終えると花を供え、線香を上げる。他に何か供える物を考えたんだけど、思いついたのは五条夜子の部屋に隠す様に仕舞われていた結婚指輪と彼女が使用していた万年筆だった。それを木箱に詰めて隠すようにしまう。そして両手を合わせて瞼を閉じる。
来るのが遅くなってしまってごめんなさい。五条家の皆さん。此処にあなた達の遺体はないけれど、形だけでも帰る場所がないと困ると思って勝手に作りました。私は今、お嬢さんの成り代わりとして生きています。あなた達が何を思い、どのように生きて来たのかわかりませんが、それはお互い様だと思うから。だから私は……私らしく生きる事にしました。お嬢さんはいつまでもあなた達と共に………。
「どうしてお墓を?今のあなたには関わりのない人達だというのに」
『ただの自己満足の利己的主義ですよ』
昴さんの問いかけに瞼を持ち上げ、やや振り返り笑んだ。欲求を満たしただけ。綺麗事を並べたって死人に口無し。語られたくも無いでしょうから。立ち上がり背筋を伸ばす。天気は良好のようだ。
『おひさまの匂いがしますね』
「久しぶりにランチでも食べに行きましょうか」
『いいですね。じゃあ帰りにお買い物してから帰りましょう。洗濯洗剤が安いんですよ』
「今度はどこのスーパーを発掘したんですか」
『駅から離れた場所なんですけど』
桶を持ち昴さんと並んで引き返している途中で、高木刑事と佐藤刑事と遭遇した。訊ねると二人共殉職してしまった刑事さんのお墓参りに来たそうだ。
「あなたも墓参り?」
『はい。昴さんは私の付き添いです』
「何か新鮮ですね。いつもは安室さんと一緒にいるイメージがあったので」
『……ゴフッ!!』
「ちょっと、大丈夫?」
『あ、いえ……お構いなく。ただのストレスからくる吐血なので』
「それは充分お構いなくのレベルじゃないと思いますけど……」
「久しぶりにその名を聴いたので彼女の身体が驚いたんでしょうね。直ぐにまた慣れますのでここは僕に任せてください。お二人のお邪魔をしてはなんとやらに蹴られてしまうでしょうから」
「(ああ……何となく彼女の反応が解る気がする。あれは重いよな)」
「もう帰るの?」
『はい。ランチしてから帰ろうかと』
「そうなの。私達もこれからお昼食べようと思ってたんだけど一緒に行ってもいいかしら?」
『構いませんよ』
「ありがとう。あなたとは前から話してみたいと思ってたのよね。コナンくんのお姉さんだって聴いてたから」
『美人な佐藤さんに興味を持って頂けて光栄です。まあ、私は叩いても塵ほどでないですけどね』
「あら、あなたも綺麗じゃない」
『お世辞ありがとうございます。それで佐藤さん。その爪楊枝どうしたんです?』
「ああ。これは…誰かがお供えしたみたいで。彼もよく口に咥えていたからそうじゃないかって話してたのよ」
『そうなんですか……きっととても親しい方が供えたものなんでしょうね』
「え?どうして?」
『だって、花ではなくその方がよく咥えていたものを供えたのなら。きっとお友達だったんじゃないかなって……単純に思っただけなので気にしないでください』
両手を振って先に歩きだす。思ったことを口についてしまっただけだから、恥ずかしい。佐藤さんが隣に並ぶと会話が続く中、放り出された高木刑事と昴さんが立ちつくす。
「面白い人ですね、夜子さんは」
「どうしてです?」
「あ、いえ。輪の中にストンっと入っているあの雰囲気とか、独特な考え方とか。聴いているとたまに鋭い人だなって思うのに。普段を見ていると割と普通の人なので」
「ああ、だから面白いと。その表現、いいですね。僕もそう思います」
昴さんがふいに後ろへ視線を送る。其処にはただ墓標が広がっているだけだが、彼は何を思ったのか不敵な笑みを浮かべて歩きだした。
「君って子は」