所懐と思料




一部始終を撮っていた男に遅れてやってきた風見が声をかける。

「撮れたか?」
「はい。一応撮りましたが……やはり現象については映っていません」
「映らないか」
「風見さんは間近で視たんですよね?」
「確かに壁が勝手に損壊したのは目撃したが、それを誰がやったのかまでは視えなかった」
「視認出来ない存在……怪奇現象って本当にあるんですね」
「俄かに信じ難いがな。今はそれでしか断定が出来ない以上これをオカルトとして処理するしかない」
「降谷さんが指揮してるんですよね」
「ああ。元は別の管轄が請け負っていたんだが降谷さんが現在監視対象としている娘が関わっているため、あの人が必然的にこの事件にも関与することになったんだ」
「大変ですね……こんな超常現象まで取り扱わないといけないなんて」
「ああ」
「そんな娘、公安の職権で逮捕し隔離した方がいいんじゃないですか?奴らも野放しにしているようですし」
「あまりそんな口を利かない方がいい。下手をすれば首が飛ぶぞ」

風見が云い終えると背後から小枝を踏む音が聴こえ、冷徹の声が森中に轟いた。

「立ち話をしている暇があるなら撮ったビデオの解析に回し報告書を上げろ」
「はっ!」

青ざめた顔をして男は慌てて走り去る。残ったのは風見と降谷のみ。他は散らばって損壊した建物などの現場検証と証拠採取、隠蔽工作に勤しんでいる。

「風見。彼女と接触したらしいな」
「すみません。彼女の後を追っていたら途中で彼女と衝突してしまい。顔を見られたので他の者に追跡を頼みました」
「それはいいが……彼女と手を繋いだのは本当か?」
「……は?」

一瞬理解出来なかった風見は首を傾げる。だが降谷は至って真面目な顔をして訊ねていた。何か意図があるのかもしれないと風見は素直に応える。

「あ、いえ。繋ぐというよりは腕を引っ張られました。あとは圧し掛かってしまったくらい、で……降谷さん。器物損壊になるのであまり現場を荒らさないでください」
「いや、ここに刀傷があったから証拠隠滅だ」

立派に育ったご神木に亀裂が走っていた。

「一字一句正確に彼女と遭遇した後の行動を報告しろ」
「あ、はあ……。車で追尾が不可能な路地に入られたので車を降りて彼女が向いそうなルートを想定し追跡していたら思わぬ所から現れ受け身が取れずに彼女と衝突。ぶつかってしまったので手を差し伸ばし彼女を起そうとしたら逆に引っ張られ圧し掛かってしまったのですが、頭上に宙を斬る音がしたと思ったら近くにあった建物の壁に亀裂が走り粉砕され、驚いている間に彼女に庇われ一悶着した後に、彼女が私の腕を取り再び走り出し神社の方へ。手水舎に到着すると柄杓で水をかけられ、地面にもかけた後に“ここから絶対に出るな”と言われました。その後彼女は森へと走り出し、数分もしないうちに鳥居が破壊され迷わず彼女の方へ向かったのだと。木々がなぎ倒されたので。近くに居た者に頼み追跡をして……あの、降谷さん。証拠隠滅が増えてます」

格闘ゲームの連打攻撃みたいに亀裂が走ったその木を、二三度拳を打ちこみなぎ倒していた上司の姿に、一体全体どうしたのだろうと疑問に思いながらも「恐ろしい人だ」と改めて思い直していた。

「今あったことを報告書に記し提出しろ。そしてここの彼女が居た痕跡を全て消せ。怪奇現象でも何でも思わせればいい。もしマスコミ関係者にリークされた時は力づくで揉み消せ。オカルトにでもすればそっちに食いつくだろう」
「了解しました。粟田口一期に関しては如何様に」
「あの男か……今回も一緒に同行していたそうだな」
「はい。援護射撃もしていたようです。見事に命中していたことから彼もまた視えているひとり、ですかね」
「恐らくは。奴のも一応消しておけ」
「承知しました」

仕事が増えた風見刑事。本来降谷の仕事なのだが風見の肩を掴むなり「頼む」と握力測定器みたいに握られ風見は痛みに耐えた。やっと解放された時は肩から異様な音が数度鳴った後だった。左手で右肩を抑えながら、風見は降谷の背に声をかける。

「何故上層部はこれだけ派手に暴れているモノに関して、彼女に協力要請を出さないのでしょうか」
「視えないモノを認知しろという方が遙かに馬鹿げているからだろう。俺も同じだ。視認出来ないものをどう対処する。それに組織が彼女を欲している。それはこの怪奇現象を倒す力も含まれている可能性もある。組織が野放しにし、監視を置く体勢を取る以上。下手に此方が彼女に接近するのは危険だ。彼女も此方もな」
「ですが…彼女はただの女の子でした。闘い方を見ていれば解ります。基本的な型はなっていましたが、それでもあれは手練れの剣各ではなく、武器さえまともに持ったことのない女子高生。記録していた者も言っていましたが、首に怪我を負うなど戦闘に不慣れな民間人にいつまでも任せるというのは……本当に正しい事なのでしょうか。下手をすれば死ぬことも」

血痕が地面に落ちているその斑点模様を眺めながら降谷は、極めて冷静な声で風見に言い放つ。

「死ななければいい」
「……」
「死なないように生かせ。これが上の見解だ。そして俺も賛同した。対抗出来るのが彼女ひとりなら任せるしかない。大勢の民間人が死ぬよりずっとマシだ」
「ひとりの犠牲に成り立つ正義、ですか……降谷さんは本当に怖い人ですね」

折れた木刀を降谷は拾い上げ木刀の平面に名が刻まれている事を知る。その文字をなぞりながらその木刀に刻まれた傷痕に眼を細めた。所々血痕が飛び散り、滲んでいる。激しい戦闘を繰り返して来た証拠物件を別の部下に託し、歩き出す。上着のポケットにしまっていた端末機を取り出し、文面を作成。それを送信しては月夜を見上げた。鈍く輝くその月光に眩しさを覚えながら徐に同じ女子高生に言われた言葉を思い出し、垂れた掌に拳が握られる。点滅をした端末機の画面を開くと其処には。

< 今日はあなたが居ない時にポアロに行ってました。楽しい女子会が過ごせて楽しかったです。でも途中から雨が降って。どうせあなたの事だから雨降って傘がない女の子がいたら傘を貸すような紳士かますんでしょうけど。それで風邪ひいたらただの間抜けですからね。盛大に風邪を引いてくれたら私はポアロでのんびり出来るので是非ともそうなることを祈ってます >

夜子の返事に降谷は画面を撫でる。その横顔は呆れと少しの優しさがにじみ出ていた。

「何処まできみは僕を甘やかすんだ」

端末機をしまった直後、降谷が良い顔をしながら風見に振り返った。

(……取り合えず風見に仕事を与えてやろう、四日分の仕事を)





■□■






「オい!まだかよ!!ぁくしろよぉ!」
「焦るなよ。今やってる」

「まあ落ち着け。むこうのつるが一枚上手というだけで策がない訳じゃない」

「独自のつーる、とやらがこちらにはあるからな。まあそう簡単に出しぬけはしない…なにせ。何千年という時をかけて練った作戦だからな」

「じいさんは呑気に茶を飲めて羨ましいぜ」
「あんたは大将に熱をあげすぎなだけだ」
「おっ、オレは別に……。あいつの刀だからに、決まってんだろ」
「ツンデレというやつか」
「おお、あれがツンデレか」

「うるせぇ!じじいは黙って菓子でも食ってろ!!」

「あと数時間待て。必ず大将の元へお前さんを届けてやる。そして―――助けてやってくれ、俺たちの分まで」
「それよりも和泉守。すまほぉっという奴の扱い方は憶えたのか?」

「ああ!オレは最近流行りの刀だからな」

「無事にあの子に伝えてやってくれ。きっと無茶ばかりしていると思うからの」

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