雨が降りしきり視界が悪天候。何も視えない中、博士に作ってもらったイヤフォンマイク越しに一期の声が聴こえた。
《 其方へ行きました 》
『了解。一期は安全な場所でそのまま身を隠してて』
フードを被り木刀を片手に屋上から助走をつけて飛ぶ。宙を舞いながら着地点にいた打刀を一刀両断にし、薙ぎ払うと背後へ木刀を脇を通して刺しこむ。後ろで虎視耽々と狙っていた脇差が朽ち果てる。血を払うように振い、一息つく頃には全身びしょ濡れ状態だった。一期に傘を傾けられ目元を拭う。
「先程着地に失敗して足を捻っていませんか?」
『軽く捻っただけなのによく見てるね』
「一応協力者ですから。車へ行きましょう。応急処置をします。あと脇腹も掠りましたよね」
『最近慣れてきたと思ったんだけどな』
一期の腕に手を置き右足を庇うように片足で跳ねて移動する。雨粒が大きい。空を仰ぐと雨脚が強く、雲が厚い。
『明日は晴れるのかな』
「何処かお出かけでも?」
『うん、子供たちがね。誘われたんだけどこの分だと無理そうかな』
「軽くても大事を取ってください」
笑顔で一期に言われてしまいから笑いを響かせる。コンクリートの橋の下に停車させていた車の座席に座りコートを脱ぐ。身体が寒い。雨の中にいすぎたかな…身震いをさせると車内にある一期の上着を肩にかけられタオルを頭から被せられる。用意がいい。救急箱から包帯を取り出し右足首の固定を膝をつきながらしてくれた。
『一期ってやっぱ王子だよね』
「今言われるとなんだか申し訳ない気持ちですね…」
苦笑した一期に対はないと告げた。厭味みたいに聴こえたよね……そういう意味は含まれていない。本当に。ただ……ロイヤルが膝間つくと本当に王子様にしか視えなかっただけなんだッ!歯を食いしばり「くっ」と洩らす。
「最近は時間遡行軍も数が増えてきましたね。前は犯人ひとりに一体だったはず」
『今では二体、三体っと増えて来ている』
まるで……段階を踏まれてるみたい。
こちらの状況を読まれてるってことなのか、まだ敵側の思惑や全体図まで掴めてないっていうのに。
眩しく感じ横目で空を見上げると東から太陽が昇って来ていた。いつの間にか雨は鳴りを潜め、煌めく朝日が顔を出す。その朝やけに目を細め項垂れた。
『また徹夜だ……』
「まあまあ。今日は私も非番ですし、夜子さんも休日。ゆっくり身体を休めましょう」
一期の言葉に頷いた後、くしゃみが零れる。きょとんとした顔をした一期が笑う。風呂に入ってから、と言葉を付け足され頭に被さっているタオルで頬をふかれた。その手つきに眠さがまし欠伸をもうけてそのまま後部座席のシートに仰向けに倒れると、一期は一度喉を震わせてから扉を閉めて運転席へ回り車を発進させた。
揺られる車内には静けさが満ち溢れ、ゆりかごのようなそのたゆたさに瞼を落として息を吸い込む。耳をすませば僅かに聴こえる自身の鼓動にまた滴が零れた。
「え――!夜子お姉さん来れないの?!」
「ああ。なんか急に体調悪くなったって」
「風邪をみんなに遷したくないから控えるって言ってたわ」
「残念ですね」
「お話したかったのに……」
「なぁに、来週行くミステリートレインに彼女も参加すると言っておったからその日に会えるじゃろ。きっと彼女も君達と仲良くしたいから、今日は遠慮したんじゃないか?」
「そっか。なら来週めいっぱい遊ぼうぜ」
「そうですね」
博士の言葉に子供たちが会話を弾ませる中、コナンと灰原は互いに視線を合わせる。
「妙だよな。最近の彼女」
「ええ、会うたびに怪我が増えているもの」
「最近体育の時間、上下ジャージで腕まくりもしないらしい。それに見学することも多くなったって蘭から聴いた」
「ハイソックスだったのに、タイツに変わったり、シャツの下からハイネックを着たりするところからみて、傷が身体全身にまで到達しているってことなのかしら」
「だとすると、何をすればそんなに傷だらけになるんだ?やっぱり彼女が言っていた関連の」
「そうね。新聞やニュースの一部で取り上げられてたみたいだけど、最近あまり聞かないわね。その一部では刃物で切り付けられた遊具やビルがあるとか」
「ああ、俺もそれは確認してきた」
「……大変ね彼女も。組織に狙われてる可能性もある上に、そんな未確認生命体も相手にしなきゃなんないなんて。しかもそっちに関して私達は手足も出せない」
「ああ…視えないものを相手になんて出来る訳がねえからな」
「それに彼女……私達を巻き込まないようにその手の話。最初からしないじゃない?気がつかないフリをするのが一番かもしれないわね」
「んなの出来るかよ。彼女は俺達に協力してくれてんだぞ。なのに彼女の問題を俺達が手伝わないのは道理にあわねえ」
「だからって無理よ。現状で、私達は力不足だわ。彼女の力になりたいなら彼女のそっくりさんの素性を調べ上げることね。組織が彼女のご両親に続けさせた研究のその題材を」
「調べても塵すら出てこねえ」
「綺麗にデータが消されてるものね。ただ言えることは彼らは独自に研究を重ねている最中に彼らにスカウトされたってことだけ」
「それって元々頼まれて作っていたものじゃなくて、作っているモノ事体が奴らにとって必要なものだったってことか」
「研究に携わっているご両親を殺害し、その娘も殺害するのは彼らがする事だわ。最も消息を経った娘を態々探して殺すなんて面倒な事をしたのには引っかかるけど」
「それは前々から俺も引っかかってる。だから見方を変えてみた」
「見方?」
「ああ、彼女がもしご両親の研究の実験にふさわしい人物だったとしたら」
「それは」
「なんらかの方法で一度。彼女は実験体として参加したが、途中でアクシデントが起こり彼女は行方をくらませたか、ご両親が隠したか逃がしたかによって消息をたった。それから十数年の時をえて再びご両親の前に現れたのは、多分。両親に会いたかったからかそれとも…こういう展開を読んでいたか」
「自殺行為じゃないそれ」
「ああ。だがあの手帳。妙じゃねえか。まるで自分の死期を悟り自身とそっくりな人物に託すために書いたようにしか思えない」
「まさか、夜子が来ることを見越してってこと?そんなの有り得ないわ。科学がいくら発展していても未来を予測することは不可能に等しい。ましてや未来からの使者がやってくるなんて誰が予測できると思うの?そんな事が出来るのは夜子くらいよ……まさか」
「五条夜子については謎だらけだが、何故夜子さんが組織の奴らに殺されないかは、彼女が過去に飛ぶ事が出来る抗体遺伝子を持つ人物だからだと思う。彼女が入院してる間に看護師に扮して血液を採取したようだしな」
「既に彼女の居場所は知っていたってこと。その血液で調べた訳ね」
「ああ。だから奴らは知ったと思うぜ。五条夜子と夜子さんが容姿は似ているが血縁関係もない赤の他人だってな」
「でも彼女には彼らが欲する モノを所持していた。だから殺さずにいるってこと」
「何で直ぐ拐わないかは、彼女にまだ何か足らないか。或いは迎える準備が整えてないか。まあ、彼女の傍には常に警察関係者がいるから手を出しづらいってのもあるだろうな。ベルモットの変装を一発で見抜ける程の観察眼だ。迂闊に近づけないだろうし」
「そうね」
「(彼女を監視してる奴は居るだろうけどな。その補佐をベルモットがしてるのは解るが直接監視してる奴が誰かだ)」
「そうなら。五条夫妻の研究は、過去や未来と言った不可侵領域。タイムトラベルなんて夢があるわね。でもそれなら組織が欲するのも頷けるわ」
灰原の透かした笑みに、コナンは苦笑するが。だが彼にはまだ説明が出来ない部分があった。
それはやはり五条夜子の存在について。
彼女は確かに五条夫妻の娘であるが、その記録は5歳までだ。それ以降はいくら調べても白紙。そして約11年後。殺害される1週間前から彼女が再び姿を見せたのは何故だ。殺害されると解っていたのに、何故彼女は姿を見せた。手帳に記された内容からするにあれだけ先が読める程の頭脳の持ち主だというのに、何故顔も名も来るかも知れない可能性の低い方に賭けたのか。そして手帳本体。特殊加工された鍵穴とその鍵を所持していた夜子。簡単にスペアが作れる仕様になっていない。
彼女の兄と名乗る五条鶴丸。確かに兄が居たと情報は入っているが、彼の詳細もまた不明瞭な部分が多い。
彼が所持していた夜子の幼少時代の写真とそれを観たあの人の反応。
まだ謎が解けることのない題目は博士の「キャンプ場に着いたぞ」という声により一度箱にしまわれた。