乙女の寝息




気がつけばベッドの上で爆睡していたみたいで……着替えた憶えがないシャツ一枚の姿に、毛布に顔を埋めた。


シャァァァ――――――ッッ!!!


下着姿をまた見られた事への羞恥心が鳴りやまない。鐘の音がうるせぇ。てか一期も起こせよ。と枕をバンバン叩いてはそのまま顔を埋めて叫んだ。ひとしきり暴れ終えると本来の目的を思い出す。まだ寝たりないのに喉が渇いて起きたんだった。そのまま部屋を出て階段を下りリビングへ顔を出し、冷蔵庫へ向かう。コップを取り出しオレンジジュースを注ぎ一気飲みしていると、書斎の方から声が聴こえもの申そうと『昴さん!』と豪快に登場したはいいが……一期が居るとは聞いてない。

「俺も居るぞ。愛しい妹よ、すっごい最高だぜ!」

首に腕が回り、後ろから抱きしめられたので取り合えず親指上げていい顔している鶴には鳩尾に肘を喰らわせ床に伸びさせた。

『一期どうしたの?』
「破廉恥ですな」
『大丈夫か、一期。私の彼シャツみても美味しくないだろ。お疲れか』
「まあ……仮眠を頂いたのでだいじゃぶです」
『変換が上手く機能してない』
「嫁入り前の女性がそんな格好で出てはいけませんよ」

昴さんが上着を脱ぎ私の腰に巻いた。いや、誰だよ。この格好にした奴。文句を言うために顔を上げると視界いっぱいに広がった理想の顔に、眩しさを憶えそのまま私も床に倒れ吐血した血でダイイングメッセージをカーペットに記した。「もうムリ」って。

「さて、きみも起き出した所で繰り出すとするか」
『一期。家に帰って寝ないと疲れとれないよ』
「あ、はい。そうしたのは山々なんですが……この野生の鶴を放置すると人様に多大なるご迷惑がかかると思うとほっとけなくて」
『いちごっ……!』
「市民を護る警察官故に」
『職業病だよそれ!!いいんだよ、こんな野生の鶴は山か海に縛って放り出せば。どうせそのうち南の島で暮らすから!』
「きみたち俺を何だと思ってるんだ」
「出掛けるなら気をつけて行って下さいね」

鶴丸と一期は対面を果たしている。何でも、一度通報されて逮捕されたのが鶴丸国永で、逮捕したのが一期一振だった。それが出逢いらしく。其れ以上は罪状含めて聴きたくなかったので耳栓をした。そしてこの鶴丸は現在日本で一番忙しい俳優らしく。滅多に休日がとれないのだが、私が心底心労祟っているときに訪れやがるのでほんま一発分殴って銀河の果てで塵となってくれんかな、と祈願する。
この鶴後々うるさいので、現在も一期と共に無視をしていたら床に転がって三歳児並みのだだをこねられた。大人の男が、成人している男が、見た感じ20代後半の男が……本気泣きしてきたので、目が汚染されると目を閉じて、両手で目を塞ぎ。

『仕方ないな。これ以上一期と昴さんに迷惑かけられないから一緒に出てあげるよ、お兄ちゃん』
「え、なんで見てくれないんだ」
「彼女ひとりで行かせる訳にも参りませんので、微力ながら私もお力添えを致します」
「ちょ、こっち見て。どっち見て言ってるの!そっち沖矢さん!!」
「……仲が良いですね」
「変な気づかいをするなっ!無駄に傷ついたァ!!」

そのまま私は支度をするために自室へ戻り、一期は昴さんから服を借り車の用意をしに出て行った。一人取り残された鶴丸の肩を昴さんがトンっと叩いて何も言わずに書斎を立ち去ったので鶴丸は私達を体育座りで玄関の隅に待機していた。





■□■






欠伸をしながら後部座席に寝転びシート二席分を使用し、鶴を助手席に座らせたら一期が心底嫌そうな顔をして安全運転走行を心がけてくれた。鶴がリクエストした場所まで向う中、あまりの睡魔に抗うことはせずにうつ伏せのまま眠ると車が停車し、目覚める。ブーツを履いて車を降り欠伸を一つもうける。まだ眠いな……。ジャケットタイプのカーデガンのポケットに手を入れて、何処かの店に入店した。

「いらっしゃいませ、何名様ですか」
「三名様だ」

なんか、聞き覚えのある声が届くな。涙が溜まる右目をこすり確認すると、突然物体が眼前にあったため驚いて後退する左足。だが腰に回された手によって下がれずに固定され、目をぎゅっと瞑ると目の淵を温かくて柔らかいものが這う。いや、拭っているのか?そして頬に感触が移ると耳元にふぅっと生温かな息がかかり、びくっと身体が跳ねて逃れようともがき離れる。恐る恐る片目ずつ開けて前方を確認したとき、私は本日二度目の心の絶叫を上げた。


あぁぁむぅぅろぉぉぉおおおおおおおおお!!きさまぁぁああああああ!!!!


両目をすぐさま両手で塞ぐ。私の反応に安室さんが喉を震わせて笑っていた。

「おはようございます、僕の眠り姫さん」
『そういう人が勘違いするような言い回し辞めてください』
「注意するならちゃんと僕の目を見て言って下さい」
『わかるじゃないですか』
「わかりません。どれのことですか?わかりません。だからその愛らしい瞳を僕に見せてください。折角あなたからいらしてくださったのにこんな再会は嫌だな」
『こっちとら再会を臨んでないです。そもそも私はここへ来たくて来たワケじゃ……おい、鶴野郎。全国ネットレベルで貴様の痴態を晒しファンを激減少させてやろうか』
「矛先が俺に変更されてしまったな」
「私はいつでも夜子さんの協力を惜しみませんのでなんなりと」
『一期、ロイヤルすぎてほんとっ王子』
「おや、あなたの王子は僕だけですよ。これから先も」
『いや、誰だよ。誰だよ!王子は一期だけで充分だよ!!』

一歩近づかれるので一歩後退を繰り返していると、コホンと咳払いが届き。その声に蘭ちゃんだと察知した私はすぐさま彼女の元まで素早く手を目元から離し、障害物をかいくぐり蘭ちゃんに飛びついた。受け止めてくれる蘭ちゃんマジ彼氏。

「おふたりともいじめないでください」
「すみません」
「申し訳ない」

蘭ちゃんの語尾が強い。関東大会の覇者様は素晴らしい覇気だわ。尊敬します、お姉様。天の助けと腕を組み蘭ちゃんへ祈りを捧げる。一期はとくにおとがめなく、蘭ちゃんとおじさまに普通に挨拶をしていた。
ちなみに、蘭ちゃんは鶴丸への株が一気に暴落したため。その日速攻で色紙を灰にくべたそうだ。ファンひとり減ってよかったね、鶴。だから今、鶴に注がれている蘭ちゃんからの視線は塵を見るような視線だったりする。
蘭ちゃんの隣に座り、一期はおじさまの隣に座る。勿論、野生の鶴はカウンター席でひとり孤独を噛みしめていた。

「私は珈琲を」
「ドブですか」
『店長さん。チェンジでお願いします』
「梓さんは今日お休みみたいだよ」
『……じゃあドブください』
「ラテですね。任せてください」

店員が注文を聴いてくれない。事に対して最早ツッコむ気にもなれず、コホっと咳を漏らす。少し喋りすぎた喉が痛い。ハイネックを口元まで引き上げ埋まると鋭い視線がふたつ。何処からと首を巡らせるが直ぐに感じなくなり首を傾げたが、一期が珍しいくらい無音の顔をしていた。なんだあの感情のない表情は。

「一期さんって今日は非番なんですか?」
「ええ。夜子さんとは友人としてお付き合いさせて頂いております」
「おお。んじゃ高木が言ってた優秀な刑事ってお前の事か」
「いえ、私は未だ先輩の足元にも及びませんよ。毛利探偵のことはお聞きしております」

頭を下げて礼儀正しい一期の佇まいにおじさまも関心している。蘭ちゃんは初見から好印象だったようで「夜子ちゃんの周囲で一番安心して任せられる」と何故かお母さん発言をしていた。

「二人でよく出掛けたりするんですか?」
「可能な範囲でご一緒させて頂いております」
『そんな畏まらなくていいよ。一期とは気が合うのか一緒にいるの楽しいんだ』
「じゃあ異性の中で一番信用できる人なんだね」
『そうだね。一期は変に甘い言葉を言わないし、変につけ回したりしないから。誠実で理想のお兄ちゃんって感じかな』

言葉の棘が刺さったのか後方でカウンターと一体化している奴と、手元が狂って珈琲こぼしているコーヒー牛乳がいるのは気にしない。

「でも夜子さんがラテを頼むなんて珍しいですね」
『いつもはあなたが勝手に飲ませて来ますからね。私は根っからの紅茶派です』

作り終えたのか一期には珈琲を私にはラテをテーブルの上に載せた。カップに指を引っかけた所で、今すぐ寝落ちするレベルの垂れた目が覚醒する。ラテアートが施されそこには私の今、推しであるキャラが描かれていた。すぐさま安室さんの方へ向き両手を取り。

『あなたは神か!!』
「どちらかというと彼氏です」

両手を包んだ手を捨てるように放し、睨む。安室さんは微笑みで打ち返して来た。くっそ、顔が良い。

『今度はこの子書いてください』
「いいですよ。画像添付してください」
『手先が器用なのにこの性格が勿体ないですよ』
「あ、今度は{愛してます}って書きましょうか?」
『あ、下水道あります?』
「最近安室さんへの切り返し方も鶴丸さんと同レベルになってきてるかも」
「無理もありませんよ。あのふたり肌のトーンは違えど似た性質ですから」
「でも凄い手先器用ですよね、安室さん。これなら似顔絵でも描けそう」
「そんな!僕如きが夜子さんの似顔絵なんてまだ描けませんよ!!もっと練習しないと」
『ばかにしてんかな』

カップに口をつけて飲み。甘く広がる口内に幸せが広がる。むふふ、と泡が上唇につき舐めとろうと舌先を伸ばすと何故か視線が正面から感じて、確認するがすぐさま消えた。なんだ一体、と思っている間に泡は蘭ちゃんがペーパーで拭いてくれた。おこちゃまか私は。でもいいや。

「ところで今日夜子ちゃんもコナン君達と一緒にキャンプじゃなかったっけ?」
『うん、そうだったんだけど。ちょっと歳には敵わなくてね……昨日の体育張り切り過ぎちゃって』
「とびばこに突っ込んで行ったもんね。怪我大丈夫?」
『うん。一応包帯巻いてるから』

左腕の裾をまくり包帯を見せる。まあ、全身包帯塗れなんだけどね。綺麗にまくった裾を戻す。

「群馬の冬名山だったよね場所」
『そうだよ。本当は子供たちに囲まれて可愛いメーターを充電したかったんだけど……余計な心配かけちゃうと折角のキャンプに水を差しちゃうし。だから大人しくお留守番なのだよ』
「そうだったんだ。夜子ちゃんって子供好きだもんね」
『こう見えてね。癒されるよ、天使』
「格好いいなら提供できるぜ」
『黙って息だけ吸ってろ鶴風情が』

笑顔で顔を見ずに言ったら鶴が涙を流しながら隣にいた女性に慰められていた。今日の餌は彼女か。

「あとでうちのパソコンに撮った写真のデータを送るらしいから、観たかったら観においで」
『ありがとうございます。おじさま』

そこで蘭ちゃんの携帯が鳴り、蘭ちゃんが私に断りを入れてから通話を始める。どうやら相手は世良ちゃんのようだ。コナンくんが向っているキャンプ場の場所を確認しているみたいだ。コナンくんと哀ちゃんに報告しておこうと端末機を取り出してメールを打っていると、蘭ちゃんから「世良さんから」と言われて蘭ちゃんの携帯を受け取り肩で機体を抑えながら左手で打つ。

『どうしたの世良ちゃん?』
《 君も同行するんじゃなかったっけ?コナン君達に 》
『ああ、そのつもりだったんだけど。昨日の跳び箱激突MVP賞が身体に堪えて。大事を取ってキャンセルしたの』
《 なんだ。君も一緒かと思って今向ってるんだ。ちぇ…ちょっとつまんないな 》
『ふふん、寂しいとか?』
《 そうだよ。寂しいさ。今からでも来ないか? 》
『無理だよ。今からは、残念だったね、真純くん』
《 君のそういうとこ可愛いけど今はちょっと憎らしい 》
『ははは。世良ちゃんは格好いいよ』
《 その言葉に免じて今日は我慢するさ。また今度一緒に出掛けような 》
『そうだね。誘ってくれてありがとう』

通話を切り蘭ちゃんに手渡す。

「なんか恋人の会話ぽかったね」
『そうかな?割といつもこんな感じだけど』
「僕との時は夫婦みたいですよね」
『漫才のですね』

送信を終えポケットにしまう。蘭ちゃんは昼食を食べ、私はコホンと咳をこぼしつつラテを飲み。舟を漕ぎ始める。やばい……眠いのピークだ。珈琲飲んでも眠いってことは、相当疲労困憊かも。立ち上がる。

『一期車の鍵貸して』
「いいですけど」
『車の中で寝てくる。もう限界』
「ソファーで寝ても構いませんよ。なんなら僕の肩を貸しましょうか?」
『仕事してください安室さん』
「お兄様の膝なら空いてるぜ」
『お姉さんでも膝に乗せてろ』
「私の上着を枕にして寝そべって下さい。壁際へ。寝顔も見られたくはないでしょうから」
『一期の神対応に全米が泣いた』

お言葉に甘えて壁際へ移動し、一期の上着を畳み枕にする。その上に頭を乗せ、靴を脱ぎソファーの上に横になれば、意識は簡単に沈んだ。

「今日は本当に珍しいですね…夜子さん。眠るまでに時間がかかる方なので」
「え…なんで知ってるんですか」
「好意がなせる技ですかね」
「はぁ……そういえば、最近授業中もほとんど寝てたな」
「夜更かしをしていたか、或いは悪い大人が連れ廻してたか……ねえ、一期さん」
「そうですな。しなくてはならないことをしていたのではないでしょうか。私には皆目見当もつきませんよ」
「そうですか……これを。風邪は引き始めが肝心ですから」
「お優しいですな。ありがとうございます」

私は知らない。ふわりと身体の上にかけられたいい匂いがするその掛け物が安室透のものであることを、私は……知らない。