「夜子ちゃん大怪我して緊急搬送されたみたい」
《 え?!うそっ大丈夫なの? 》
「命に別状はないって。肩は何針か縫ったみたいだけど、あとは熱を発症したみたいで暫く群馬で入院するって。何でも森の中走り回ってたら足を滑らせて木にぶつかって、偶々飛び出た鋭い枝に肩を」
《 うわぁ…痛そう。怪我ばっかする子よね。それじゃあ来週のミステリートレインには乗れるのかな 》
「絶対行くから他の子誘わないで、ってコナンくんに言ってたみたいだよ」
《 あの子らしいわ。わたしも連絡してみるよ 》
「うん。わたしもメールするつもり」
《 連絡してくれてありがとう蘭 》
「いいよ。園子も心配してるだろうし」
《 世良さんは傍にいるんだっけ? 》
「うん。明日までは病院で寝泊まりするって言ってたよ。それ以降は昴さんが付き添うって」
《 昴さんと新一くんとこで同居してるんだっけ 》
「うん」
《 はぁ――羨ましい。あの子ばっかりイケメンに囲まれてない?ちょっと不公平だと思うんだけど。ほらあのあんたから聞いたポアロのイケメン店員の 》
「安室さんのこと?」
《 そうそう。あむろさん。一目でいいから会ってみたいわ。あの子を狙ってる男がどんなのか見定めたいのもあるしね 》
「ん――わたしは応援したいんだよね、あのふたり。だから園子もそこはちゃんと弁えてよね」
《 へえ、へえ。わかっておりますよ。おりますとも。でももし蘭の予想通りならさ、凄くロマンチックよね 》
「そうだね…!…今何か音がしたような」
蘭は自室の窓を開けて下の事務所を覗くが暗闇だけが映る。
《 え?なに。どうしたの? 》
「ああ。ううん、なんでもないかも」
窓を閉めて園子との電話を続けた。
だが、事務所に忍び込んでいた安室透は閉じたパソコンを再び開閉しパスワード画面に思い出し、ロックを解除していた。
昼間毛利探偵が言っていた通り、子供たちからの添付ファイルが届いている。中身を開けるとそれは動画だった。再生を押し動画を見ていると彼女が指にはめているものに着目する。
拡大をし、鮮明度を上げて確認するとそれは昼間に蘭から聴かされ夜子の指にはめたミステリートレインのパスリングだと断定。
ベリツリー急行か、といきついた矢先に画面に波状が生じる。誰かにハッキングをされていると瞬時に気がつき逆探知を試みるが、その尻尾は掴めずに終えてしまった。ひとまず事務所を出て夜の路上を歩きながら自身のパートナーであるベルモットへ連絡を入れ、情報を共有する。車の傍までつき、車内へ乗り込むと次にコール音が鳴り響く。今度は降谷宛のようだ。彼は夜子の監視を続けるために仲間に頼んで尾行をしてもらっていた。その連絡だろうとイヤフォンマイクに切り替え通話を開示した。
「どうした。事件は無事に解決したんだろ」
《 それが、冬名山に到着したと同時に目標は一人で森の中へ行きまして。追跡をしたのですが途中で見失い。漸く見つけたと思ったら左肩に何針も縫う程の大怪我を負った状態で発見し、救急車で搬送されました 》
走行していた車は突然急ブレーキを踏む。
「!……それで彼女は無事なんだろうな」
《 は、はい……手術は成功しまして。今は群馬の病院で院内個室で眠っています。如何やら風邪を拗らせ熱まで発症させたらしく、割と危険な状態だったと医師が 》
降谷の顔をした彼は拳を握り高々と上げると、ハンドルへ振り下ろし思いきり叩いた。その音はイヤフォンマイク越しでも届くほどで。通話先の部下が驚愕していた。夜も更けているから通行する車も少ないとはいえ、赤信号でもない車が途中で停車している異様な光景。運転席に座る男は苛立っているのか、感情が激情と化し視界がぶれている。
一呼吸をしてから体勢を整え車を緩やかに走行させた。
《 降谷さん。大丈夫ですか 》
「ああ、すまない。今から俺が向かうまで彼女の監視を頼む」
《 これから来るんですか 》
「お前には別の仕事を頼みたい。それに、彼女の監視は俺の仕事だ」
《 あ、はい。解りました。それで次は何を? 》
「ああ、彼女の護衛だった男の監視を頼みたい」
《 粟田口一期ですか 》
「気をつけろよ。奴は勘がいいからな」
《 解りました。ではお待ちしております 》
「ああ」
通話を終了させると既に高速道路を走っていた。あまり飛ばしすぎると捕まるのは彼も重々承知しているはずなのだが、余裕がないのか。平静な顔をしてその実熱に浮かされていた。今にも蜷局を巻いた感情に呑まれてしまいそうで、降谷はハンドルを強く握り下唇を噛みしめる。
浮かぶのはまだあどけなさが残る少女の顔ばかり。
アクセルを踏み込み、逸る気持ちのまま彼は向かった。夜のハイウェイを駆け抜ける光の如く。
知っていた。雨の中君が何かに向かっていったことを。
知っていた。誰にも言えない秘密を抱えていることを。
知っていた。痛みに弱く、恐怖に脅える君が普通の女の子なことを。
わかっていた―――君が怪我していることを。
病院に辿り着くと車を乱雑に止めて扉を閉め、院内へ駆け込む。ナースステーションに雪崩れ込み。
「婚約者が搬送されたと聞いて」
「えっ、あ、えっと…江戸川夜子さんのですか?」
「はい。それで彼女はどちらに」
「今は個室にいますよ。面会されますか?多分まだ寝ている頃だと思いますが」
「出来れば」
「ではこちらに。入院の手続きは彼女の弟くんとその引率者の方から承諾を得ておりますので。あと彼女のご友人の方が別室で眠っているのでお静かにお願いします。あと彼女の全身にある傷ですがどれも軽症程度でしたので新しく包帯を変えるだけにしてあります。あまり無茶をしないようにとあなたの方からも注意してあげてください」
看護師の話が左から右へと流れていく。案内された室内の扉の前で看護師が去る。病室の名札には真新しい字で【江戸川夜子】と記載されているのを確認しては、ドアノブを掴み開閉させた。個室だけあってカーテンはなく。頬にガーゼテープが貼られている。傍まで一歩ずつ歩み、彼女を視界に納める。麻酔か解熱剤が聞いているのか音を立てても彼女が目を覚ますことはなく。その全身に広がる包帯の面積はもう肌さえ見えない。首まで伸びてきている包帯はまるで彼女を締め上げる毒蛇のようで、額に指先を置いて軽い眩暈に襲われる。
最近巷で建物が破壊されたりする現象が起こっていることは知っている。公安お得意のもみ消しによりその実態を報道が強く放送することはないが、俺でさえ全容を掴めている訳じゃない。何せ、目撃証言はいつも「女子高生くらいの少女が金属バットか木刀を手に火花を散らしている。あれは金属が重なる音だ」と。そんなことをしている少女は俺の知る限り、目の前にしかいない。怪我が増えているのもその証拠だ。それでも視えないものに対して此方が腰を上げることは出来ない以上。その少女が食い止めているなら任せよう、それが上の判断だ。当たり前だ。視えるものしか認めないのが人間の習性。視えないものを認める馬鹿はいない。
だから、市民に不安を与えないためにもみ消すしかなかった……ひとりを犠牲にし、多数を救う。それが俺も選択し、賛同した結論だ。
何に腹を立てたのかわからない。歯を食いしばりながら、拳を握った。
『……だれ……?』
目覚めたのか、彼女は薄ぼんやりとした瞳で俺の姿を捉える。流石に切り替えが出来ていない状態で彼女と顔を合わせるのはまずいと思い身体が引くが、ベッドに投げ出された指が俺の手に触れた。
『だ……じょぶ……いきて、るから……』
彼女は柔らかく笑むと再び意識を混沌へと落とし寝息を立てる。触れ合った指から伝わる僅かな熱に、椅子に腰かけ彼女の手を両手で包んだ。
「馬鹿だな…君は」
君がこうなることを解った上で、多数を救うために斬り捨てた男だというのに。君は……本当に、馬鹿だよ。
「ベリツリー急行?」
「ミステリートレインのことよ」
「ああ、そう云えば招待状が届いていたな。今度のドラマ撮影に使用するとかなんとか」
上着を脱ぎ片手にワイングラスを持ち、中で揺れる赤い液体に目線を上げ窓辺に移動する。そんな男にバスタオル一枚という姿で美女が一輪の薔薇を手にした。
「裏切り者のシェリーのことは知ってるわよね」
「ん?シェリー?ああ、名前だけは憶えているがそいつがどうかしたか」
「彼女をそのベリツリー急行で狩るのよ」
「それは俺に下っていない命令だな」
「ええ、殺るのはバーボン。あなたは彼の補佐をして頂戴。得意でしょ」
「俺は人を殺すのが得意なだけで、人を補佐するのは苦手なんだけどな」
グラスを口元で傾け、唇の端から零れる紅玉を親指で拭う。だが男が来ていた白い衣服がワインの豊潤な香りとその毒々しい赤紫に浸食されていく。その様を恍惚そうに眺める男に美女は「悪趣味ね」と溜息をこぼす。
「ちゃんと顔合わせをして頂戴。あなた達の間を取り持つのも疲れるのよ」
「連れない事を言うな、俺ときみの仲だというのに」
「あら、あなたには愛しい灰かぶり姫がいるんじゃなかったかしら」
「ふっ、人間というのはまるで解っていないな。愛しいから愛でるんじゃない――壊したいから愛するんだ」
グラスを片手で握り、破裂させ。粉々になった硝子の破片が男の手を血に染めた。
「まだまだお迎えは無理だ。早く欲しければもっと上等な餌を撒くんだな」
「……私には視えないけど。ソレは本当にあなたに忠実なのよね」
「ああ。そうだ」
「あの方を裏切るつもりもないのよね」
「今のところはな」
美女は恐れる。目の前の男はこの世のどんな凶悪犯を相手にしようが足元にも及ばない残虐非道を兼ね揃えた男。そうあの冷たい目を持つ男でさえも凌駕するほどの、天性の殺人鬼。
「あなたが味方でよかったわ」
身震いがする肌に指を滑らせ美女は黍しを返す。破片が突き刺さる手を眺めていたら、掃除道具を投げつけられた男。
「片付けといてよ。破片がひとつでも残っていたら撃つから」
「ハウスキーパーに頼めばいいじゃないか」
「あなたが汚したんだから、あなたが片付けなさい」
「まったく……俺の周りの女性は人使いが荒いね〜」