五条少女の沈黙




人が昏倒している間に手術されるは、群馬の病院から杯戸病院へ移送されるわで。目覚めた時は大混乱を招いた。おまけに高熱も発症して抜糸が取れた左肩よりも熱の方が重症で。
まだ熱気味なのは変わらぬが、微熱程度なので自宅療養の許可が下り退院した日。昴さんは用事が入り迎えに行けないと連絡が入ったので一期の迎えの車で自宅へ戻る際に群馬の山で起きた出来事を一期に話した。あの時はうだるような熱と焦燥、恐怖に脅かされ、冷静に物事を判別する力が足りてなかったけれど、それでも記憶に残る違和感と疑問を解消したく話したが。一期は一瞬だけ表情を強ばらせたが、直ぐに普段通りの柔らかな眼差しがミラー越しに注がれる。

「意識が混濁していた影響でしょう。夢も現も判断は難しいですよ。それにあの森は霊が多く気が散った事でしょうし、少なからずあなたの霊力が上がっている証拠です」
『……え、今何て言った一期くん』
「え、いえ…霊力が上がりましたと」
『もう少し巻き戻しで』
「で、では霊が多く」
『10秒戻し』
「あの森は幽霊が多く」

声にならない悲鳴を道路のど真ん中で轟かせた。思わず一期も驚いて急ブレーキをかけてしまい後ろの車からクラクションを鳴らされる程。一期は後ろへ頭を下げながら再び走行をはじめ、隣へ視線を寄こしてくるが、私は冷や汗をぐっしょりとかきながら再び熱が上がったんじゃないかと縮こまる。

「もしかして…幽霊が苦手でしたか?」
『むりぃ』
「はい」
『むりぃなの!幽霊とかお化けとかホラー系が全般苦手なの!お化け屋敷にも入れないくらい苦手なのホラー映画の冒頭を見ただけで三日三晩魘されるの!それくらい無理なの!そんな森に入っていたなんて……じゃああの時邪魔だなって思った障害物とかももしかして……ッ』
「あ、それは幽れ『いやぁぁあああああああッ!!!』

絶叫系のアトラクションに乗っても悲鳴すら上げない私が、あまりの恐怖に直面しても悲鳴すら出てこない私の喉が、後日談への恐ろしさに悲鳴をあげた。そんな私をみて一期は「元気そうだな」という顔をして無事に自宅まで送り届けてくれた。後部座席から荷物を取り出し玄関を開けると中から有希子さんが両腕を広げて私を抱きしめて出迎え。散々心配をかけたのか若干声が震えている。昴さんは用事を済ませ終え戻ってきていた。一期から荷物を受け取り、一期は「これで」と早々に立ち去る。

「ありがとうございます。この子を送って頂いて」
「いえ、本はと言えば私が着いていなかった責任ですので」

頭を下げて一期が去るとリビングへと案内され、ソファーに腰をかける。
荷物を床に置き、扉の前に昴さん。ソファーの真横に有希子さん。そして私の目の前にはコナンくんという陣形に最早逃げ場などない。いや、逃げる気はないのだが……ただ退路は断たれたな、と感想を抱く。

「早速で悪いんだけど夜子姉ちゃん。協力してくれる?」
『OK』
「早いわよ。まだコナンちゃんの説明が終わってないわ」
『協力するって最初に約束しましたので』

親指をピコピコと上下に動かすとコナンくんが深々とため息をこぼした。

「(ほんとっに怪我人なのかわかりゃしねえな)でも助かることには変わりないんだ。ベリツリー急行に組織の連中が乗り込んでくる可能性が無いこともないんだけど、もし来るなら、変装してくると思うからそれを一発で見抜ける夜子姉ちゃんの目があれば、いざって時にいくらでも策が練れるんだ」
『いいよ』
「……だけど。そうすると夜子姉ちゃんは組織の連中と顔を合わせる事になる可能性がある」
『そうだね。でもコナンくんが提案するって事は私が殺害されない可能性があるって事、だよね』

まだ親指をピコピコと動かしている私に、コナンくんは呆れた息を吐きだしては好戦的な瞳を宿す。

「やっぱ夜子さんも侮れないな。これはまだ僕の中で構築した一部なんだけど。彼らは夜子姉ちゃんの適正資格を欲しているかもしれない。過去へ飛べる抗体が」

親指を動かすのをやめ、私は呼吸の仕方を一瞬忘れたかのように息がつっかえた。

『なんだって』





■□■






私がこの時代に着地した地点で、コナンくん達が居合わせた時。私の傍らには見慣れぬ鍵付きの手帳があった。
鍵穴が特殊加工されていてピッキングをしても開けられない仕様になっているその手帳を、コナンくんは私が唯一飛ばされる前の時代から、所持していた鍵を使って解錠。総てはこの手帳から始まったのだと、私は今更のように思い返していた。

手帳の内容は【五条夜子】という女子高生が黒の組織によって両親を殺害され、自身もまた彼らの手によって殺害された事を記載されていた。【五条夜子】が殺された理由は両親の叛逆の罪によるもの。関係者というだけで殺害された。だがこれに違和感を生じたコナンくんは【五条夜子】という人物のことを含めて【五条夫妻】について調べたが八方塞がりとなる。組織の仲間としてコードネームまで与えられた【五条夫妻】については端から情報など得られないと踏んでいたが、逆にその娘で無関係であった【五条夜子】についての情報が5歳以降から殺害されるまでに至る10年以上の空白があることに気づいた。親元を離れて暮らしていたと思うがその預け先さえ見つからない。

まるで【五条夜子】など初めから存在していなかったかのように。

手帳には【五条夜子】についても【五条夫妻】についても個人情報は記載されていなかった。名前すら書かれていないその手帳は簡潔的でとても気味の悪いものとして私でさえも、変なしこりを頭の隅に遺す。

存在の成り代わり、と最初は位置づけしていたが。ここまでくればもう私が【五条夜子】の成り代わりではないことがわかる。そう、成り代わりではないのなら、何故顔が似ているのか。鍵付きの手帳、鍵の保有者、手帳の内容……私と五条夜子には何らかの関係があるのかもしれないが、組織が血液を採取したのなら血縁関係がないことは調べがついた筈。もし血縁関係があるなら殺されている事だろう。奴らは裏切り者を許さないらしい。逃亡した五条夜子なら尚更生かさないだろう。という哀ちゃんが言っていた言葉をコナンくんに告げられめっっちゃ鳥肌たった。時間遡行軍といい勝負。

だが殺害されると見越しこの手帳や、金庫に隠された本などを遺すという手段に至れた事にはまだ何もわかっていない。勝算のない賭けだと私も思う。

何故私が殺害されないかは【五条夜子】には備わっていないものを私が備えているから。それは審神者なら誰もが備わっているもの。時空の歪に耐えられる適正。時間を越える抗体があるからではないかと…確かに私が他の人間と比べて特殊な部分はそこしかない。

となると【五条夫妻】が研究をしていたものは、時間転移装置とかになるのかな。

審神者の力が欲しいなら、研究題目なんて私からしたらたどり着きやすかった。
だとすると、コナンくんの仮説に私が付け足せるとしたら。五条夫妻は恐らく時の政府関係者で、政府の依頼で転移装置を作っていたのだろう。そしてそれを組織の人に見つかり何らかの理由かわからないが、彼らの傘下に加わった。未来を知る政府関係者ならここに使者がくると見越して手帳を遺す事くらい考えつく。無謀だとは思うけど。

じゃあその不運に選ばれた勇者が私だとしても、検非違使に襲われたのも道筋なのか?検非違使に襲われることが勇者選定の試験で危機的状況化による緊急転送が出来たとか……え、何その勇者悲惨じゃないか。てか、それ私……辞めようこれ以上はダメージが酷い。

コナンくんは飽くまで仮説で、それらが総て当たっているかの証拠はないと断言した。確かにこれが正しいのか、私も判断つかないが。五条夫妻が政府関係者というのは間違いないと思うと告げた。それは転移装置を作れるのは政府関係者の科学者のみ。組織でも科学者と呼ばれていたのなら、おそらく。
私の素性から逆算しても私を殺さない理由は抗体しかないだろう。それくらいしか価値はないからね。ははは、虚しい。コナンくんの仮説は半分くらいは道筋として相違はないように思える。

でもじゃあ……何で【五条夜子】なんて名前だったのかな。私と名前が一緒なのは偶然だったのかな。それに、祖母がくれたこの鍵。何故手帳の鍵と一致したの?見知らぬおばさんが言ったあの台詞も気にかかる……。
アガサ・クリスティーもコナン・ドイルも仰天するほどのミステリーだよ。謎しかない。今もまだ謎しか私にはない。

右手で前髪掴むとちょんっと引っ張って考え込む。だが目の前にグラスにささったストローが差し出され、それを蘭ちゃんから受け取った。

「鶴丸さんも乗車するからって夜子ちゃんも変装しなきゃならないなんて大変だね」
『奴と兄妹だと知られるよりマシだよ』
「にしてもあんた……黒髪に黒眼だとほんとっ地味ね」
『その言葉が聞きたかった!』

ストローからアイスミルクティーを吸いながら、園子ちゃんと蘭ちゃん。途中で合流した世良ちゃんと共に7号車のB室でお茶会を開いていた。先程コナンくん達が一度訪れたがその時は園子ちゃんが対応したんだけど……哀ちゃんの様子が少しおかしかった。

「ほら、夜子。こっちよってそれじゃ入らないから」
『まだ写真撮るの?』

女の子四人で園子ちゃんのスマホのカメラを覗きこみ、撮影。園子ちゃんが「あとで送るわ」と画像の加工に勤しんでいる。

「にしても、共犯者なんてね。こいつは面白そうだけど、僕は解くほうが良かったかな」
「探偵だもんね」
「それより夜子。鶴丸さんはどの車両の部屋なのよ」
『知りたくもないよ』
「言葉がおかしいんだけど」
「有名俳優が乗ってるならもう少し客が騒ぎそうだが、余程溶け込むのが上手いんだな君の兄貴」
『違う違う。多分部屋に縛り付けられてるんだよ。動き回って騒がれると困るからってマネージャーさんが苦悩してた』
「君の兄貴。愉快な奴だな」
「でも顔だけはいいじゃない」
『顔だけはね』

するともう一度コナンくん達が訊ねてきて、園子ちゃんが携帯をしまいながら追い返したが。コナンくんはもう一度この扉を開け。全てを見透かしたようなあの瞳で悠然と「本当は7号車のB室だよね」と告げた。それにより蘭ちゃんがタネを明かし、園子ちゃんが逆ギレしていたが、世良ちゃんが哀ちゃんに興味を抱き顔を覗きこむ。哀ちゃんの恐怖に染まるその顔を見て止めに入ろうと半立ちになった姿勢は隙間を開けた扉越しから、男の人が此方の様子を窺っているのが視えてしまった。思わず『え』と声を漏らすと同時に世良ちゃんが「誰だ!」と勢いよく扉へ向かい開け放った。彼女が確認した時は既にそこには誰もおらず。世良ちゃんは首を傾げる。

今の人……何処かで会ったような。

ぼんやりとしていると哀ちゃんが私の手を取る。

「車掌に確認しに行くって」
『あ、うん』

立ち上がると右手を歩美ちゃんが取り「行こう」と二人の少女に連れられ廊下に出た。

「夜子お姉さんも哀ちゃんもミステリートレインに乗れてよかったね。夜子お姉さん怪我が酷いってコナンくんから聴いて来れるのか不安だったの」
『ごめんね、心配かけちゃって』
「わたし、お姉さんに会いたかったから。こうしてお話が出来て嬉しい」
『……天使が私を殺しにかかってる』
「気色悪いから涙を拭きなさい」

ふたりの少女に頭を撫でられていると、御手洗いに立った元太くんと光彦くんが戻ってくる。全員揃ったところで死体役の人である、室橋さんが現在居る8号車のB室へと向かった。

「あんたって子供好きなのね」
『かわいいよね』
「どっちが子供なのか偶にわからなくなるけどな」

世良ちゃんの一言に私が目を丸くさせていると、哀ちゃんが確かにと頷いていた。酷いわ。確かに私は子供っぽいけど……いつまでも子供でいた〜い。大人になんか〜なりたくない。って枯れた大人になれば理解する時が来る。それまではネバーランドに行けるって信じてるから。

ふたりのお嬢さんに連れられて8号車にやってくると、途中車椅子のお婆さんとその車椅子を押す女性とすれ違う。思わず立ち止まった私を余所に歩美ちゃんと哀ちゃんの手が離れ、ふたりは先に角へと消えて行く中。私は思わず右手で女性の腕を掴み。

『あの、なんで男の子が女性の格好してるんですか』

愚直に訊ねた後、それがかなり危険な事だったと思い出し腕を放してひきつった笑みを浮かべた。こういう所がコナンくんと哀ちゃんに怒られる要因なのね。うわ―わかりみ。

『すみません。なんでもないです。そういうご趣味とかでも私は誰にも言いませんので。人それぞれですから』
「んな訳あるか!……あ」
『…あ…』
「…あ…」

互いに気まずい表情を浮かべ空いた口が塞がらないままでいると、哀ちゃんが呼びに戻って来た。腰に手を当てて。

「なにやってるのよ。早くこっち来なさい」
『あ、ではその……失礼します』
「あ、いえいえ。それでは」

互いに気まずい雰囲気のまま私は哀ちゃんの元まで行き、再び手を繋いで8号車のB室の前まで来るとコナンくんと世良ちゃんが、扉のチェーンロックを破壊して室内へ入っていく所に遭遇。その慌しさから非常事態が起こっているのだと推察。哀ちゃんと顔を見合わせ開閉された扉の中を覗きこむと室橋さんがこめかみを撃たれて亡くなっていた。拳銃は握られているが、こめかみに火傷の痕がない。一見自殺のような現場だが、コナンくんの表情からするにこれは他殺のようだ。
すると、私の端末機にメールの通知が届く。左手で取り出し中身を読むとコナンくんと顔を見合わせ、メッセンジャーがピコンと通知を知らせた。

< 来ちまったみてぇだな >
< さっきドア越しからこっちを見てた人かな男の格好をした綺麗なお姉さんだった >
< ベルモットか……じゃあ作戦通りに頼む >
< 任された >
< 怪我してんだから無茶はすんなよ。殺されないにしても拉致られる可能性は高いんだからな >
< それもそうだ。あ、そうだ。1412って本当に居たんだね >
< ……はあ? >
< じゃあ頼りにしてるからね、小さな探偵さん >

端末機をしまい、コナンくんと目が合うと笑みを浮かべ親指をピコピコと上下に動かした。

『こんな怖い現場は専門家に任せて。皆で博士の居る車両へ行こうか』
「えぇ―でもぉ」
『お姉さんトランプ持って来たの。皆とこの前遊べなかったからリベンジさせてくれないかな?お願い』
「いいぞ!みんなで遊ぼうぜ」
「はい。是非」
「博士の車両は6号車だよ」

哀ちゃんは私の右手を離さずにずっと握りしめ、服の裾を掴む始末。感じ取って怯えているんだろうな。哀ちゃんの手をきゅっと握って引っ張る。私は弱くて泣き虫で、頼りないけど。この震えくらいは止まらせてあげたいな……なんてちょっとなけなしの勇者っぽいこと思ってみる。

8号車を離れ別の車両に行くと車内放送が流れた。近くの駅で停留してくれるような方針だが、哀ちゃんを窓際に私が廊下側に立って端末機を扱っていると、突然哀ちゃんにしがみつかれてつんのめる。振り返らなくても怯えているのが伝わり、私は前方から歩いてくる帽子を被った黒づくめに火傷の痕がある男へ視線を向けた。
哀ちゃんを見ているようだったので、彼女の姿を身体で隠す様に傾け、その男性と目が合うと。男性は強張った表情をして僅かに唇を動かしていた。その単語に驚きつつも男はそのまま後方へと抜ける。

やっぱりあの人―――。

私は哀ちゃんの頭を撫で、彼女は顔を上げて私にしがみついているが、その手をやんわり外し蘭ちゃんの服を掴ませた。哀ちゃんが「行かないで」と言ってるみたいで私に手を伸ばして来るがそういう訳にもいかなかった。私も私でたった意味用事が出来たから。この好機を逃したくない。

『いってきます』

身を翻し私は男が去っていた方へ駆けだした。

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