ある室内に入る男の背を追いかけ、閉まっていく扉に手をつき中へと滑り込む。後ろ手で扉を閉めれば密室空間が出来上がった。男はゆっくりと振り返り、割と毎日聞いている声色で話を振る。
「客室を間違えたのかな、お嬢さん」
『いいえ。あなたに用があったの綺麗なお姉さん』
うわ……声が上ずってしまった。冷や汗が流れる中、震える手を背に隠して対面する。背が高い彼女が男の恰好のまま女性の声で私を見下ろした。
「知らない人に声をかけちゃ毒林檎を食べさせられるわよ」
『以前にあったお姉さんですよね。まさか組織のひとりだったとは思わなかったです』
「あら、そこまで解っていて何故此処へ来たのかしら。組織があなたに似た少女を殺した事は知らない訳じゃないわよね。それとも本当に白雪姫なのかしら」
『居留守も使えない少女じゃないですが、あなたと話がしかっただけです』
「あたしと?何を」
優雅に近づきお姉さんの指が私の頬に触れ、輪郭をなぞり始める。嬲るように探られている事態に息をつめながらも私は、下唇を噛み。
『五条夜子と私のDNA鑑定』
「あら、なんのこと」
『血液の採取、しましたよねお姉さん。五条夜子との関係性を調べたその結果を教えてください』
「自分が何の目的のために生かされているのか理解しているようね。今後あなたを迎えるかぼちゃの馬車が届くことも」
僅かに縦に頷くとお姉さんは腕を組み、息を吐きだす。
「あなたは代わりに何を差し出すの」
『この列車にいる間、私はあなた達がどんな行動に出ようともそれを止めないし、気づいても連絡しない』
「……連絡も取らない」
『わかった』
「何が起きてもあなたは客席にいてくれるのなら教えてあげてもいいわ」
『随分とあっさりなんですね』
「あなたの事は割と信用しているの。正直なお姫様。今は忙しいからまた会いましょう。直接教えてあげるわ。一人であたしに会いに来れるなら、ね」
腰をかがませ、頬に口づけられる。その顔でやられると心臓が口から出そうなんですけど。むっとした表情でお姉さんを見上げると口角を上げて笑んでいた。部屋を出るよう促され私は部屋を出て博士たちの部屋がる6号車へと戻る最中、よろっと廊下の壁に手をつき息を吐きだした。心臓が忙しなくノックを繰り返す度に肺が悲鳴をあげている。
緊張した……流石組織の中でも実力があるとコナンくんから聴いただけの事はある。迫力が違う。ベルモット……怖かった。壁に背をつき、肺をゆっくりと膨らませ、口から息を吐きだす。
『胸デカかったな……』
自身の凹凸のない平均台へ視線を下ろし、むなしい気持ちに顔を手で覆った。神様は産物を一人の人間に与えすぎだ……!
端末機が振動し電源を切るのを忘れていたと取出しその通知を画面から確認した後私は振り返った瞬間口元を覆われて、手近な部屋へ連れ込まれた。
「捕まえた」
安室さんの姿を見た時「ああ、やっぱりこの人」とニヤついてしまう顔に対して安室さんは、否定する。園子が案の定「誰よこのイケメン」と耳打ちしてきたので紹介をした。
「ほら、昨日も話したでしょ。喫茶ポアロの店員の安室透さん」
「鈴木園子でぇす」
「よ、よろしく」
「やだ、ちょっと想像を超えてるわよ。イケメンじゃない」
「園子。安室さんは駄目だからね」
「あ、ああ……はいはい。わかってるわよ。あの子に売約済みなんでしょ。あ―世の中不公平だわ。鶴丸国永の妹で一期さんとは友達。おまけにこんな彼氏がいるなんて……今日の地味子には勿体ないわ」
「地味子?あの夜子さんはいらっしゃらないんですか?確か今日は乗ると聞いて」
「いますよ。私の後ろに……あれ?いない」
私が後ろへ振り替えるとそこには誰もいなかった。私の服の裾を掴んでいたのは哀ちゃんだったみたい。辺りを見渡しても夜子ちゃんは見当たらなかった。
「何処行ったんだろう」
「トイレじゃない?」
「席が取れて乗車出来たので会えると思ったんですが残念です」
「うわ――ほんとっぞっこんじゃない」
「園子」
「ごめんごめん」
「そういえば地味子ってもしかして夜子さんの事ですか?」
「そうなんですよ。普段の彼女は割と珍しい容姿をしているでしょ?でも今日は鶴丸さんがこの列車に乗車しているから隠すために変装してて…ほらこれですよ」
園子がスマホ画面を安室さんへ見せる。それは列車内で撮った私や園子、世良さんに夜子ちゃんが映っている画像が表示されている。その画像を見たときの安室さんは、あの写真を見た時と同じ表情をしていた。そういえば……黒髪に黒目姿の彼女はあの写真の子がそのまま成長した姿にそっくり……。
「すみません。その画像僕にも頂けますか?」
「いいですけど……」
「彼女が映っているものは何でも欲しくなってしまって」
「あ、そうですか」
園子が安室さんへ画像を転送すると、その間に8号車で起こった射殺事件について聞かれた。それに対して簡潔に答えると、彼は端末機をしまい。急ぐ用件でも出来たのか口早に私たちに別れを告げた。
「ちょっと8号車まで覗いて来ようかと思います。毛利先生がいるなら僕は必要ないと思いますけど」
「あ、はい。じゃあコナン君によろしく――ってもういない」
「はあ〜〜世の中不公平ね。なんであの子ばっかりイケメンに囲まれて、しかもあれが彼氏とか羨まし過ぎて次に顔を見た瞬間首絞めようかしら」
『え、じゃあ来ない方がよかったかな』
後ろから聞きなれた声が聴こえ、振り返ると安室さんと入れ違いで夜子ちゃんが手を振っていた。いつの間にか哀ちゃんも夜子ちゃんの傍に行き、彼女の左手を握っている。
「何でもっと早く紹介してくれないのよ!」
『え、だれをっ?!』
襟首を捕まえた園子に揺すられている夜子ちゃん。園子、一応怪我人だから!
「安室さんよ!安室さん!ちょ―――カッコいいじゃない!!あんたの彼氏」
『彼氏じゃない!』
「はあ?あの顔に迫られてOKしないなんてあんたそれでも女なの?」
『私の王子様はもっと別に居るの!もっと髪が長くてもふっとしててシルクの様な手触りの』
「それ犬じゃないの?」
あ……もう、止めるのも面倒だわ。一応二人の仲裁に入るけど、夜子ちゃんはいつまでも受け止めることはしないんだね。
「ほら、博士の車両についたから中入るよ」
「その顔で近づいたんですか」
「あら、何のこと?」
ベルモットが手配した室内ではない部屋に、彼女が居た。奴の変装をしたその姿で。
扉を閉めてから目を細める。怖いわ、とふざけた口調で彼女はからかう。
「彼女の香りですよね」
「鼻がいいのね」
「ええ、まあ。そんなことはどうでもいいです。彼女となにを?」
「何もないわ。女同士で話をしただけよ」
「言う気はなさそうですね」
「ええ」
ベルモットの変装を一発で見抜いたのか。組織の幹部である女に直接交渉するとは危険を顧みなさ過ぎている。
一体何を話した。彼女は何処まで気付いている。俺の事をどこまで―――、そこで我に返り瞼を閉じた。何を考えているんだ……俺は。
息をゆっくりと吐きだしてから再び向き合う。
「彼女を巻き込むことはないですよね」
「ええ。今回の目的はシェリーただ一人。彼女は怪我も癒えてないしそれに具合が悪そうだったから大人しくしてると思うわ」
「それを聞けて安心しました」
「あら、一端に彼女の騎士を気取っているのかしら」
「ええ、僕は今のところ彼女だけの王子なので」
「ふふ……そうだといいわね。計画通りに事を運ばせて頂戴。あなたのサポートにスペシャルゲストを用意してあげたから」
「それはまさか……ギムレット」
「察しがいいわね。王子様」
ベルモットが客室から出ていく。となると、この部屋はギムレットが居た部屋ということか。車内を見渡すが特に目立ったものはないが、盗聴されている事は気がついていた。ソファーの隙間にあるな。この部屋で彼女とベルモットが話した会話も奴は拾っていたのか……。
廊下に出て8号車へ向かった。先ほど添付してくれるよう頼んだ画像を表示させ、そこに写る彼女を見つめる。黒髪に黒瞳……少女が成長すればきっとこの姿の通りだと思うと眩暈が止まらない。甘い痺れに似ているその眩暈に、酔いたい気分だった。
今日限りは大人しくしていろよ――――