ベルベットの漣




彼女が今まで何と対峙していたのか、はっきりと目にした時。あまりの異形すぎる存在に身震いがした。こんなバーチャルの世界に居そうな奴らを相手に、ひとりで対峙してきたというのか。ホラー系が苦手な彼女が……その刃は物体を意図も簡単に切り捨てる。その斬れ味は人間を斬り裂くなど造作もない。武道の心得もない。身体能力に長けている訳でもない普通の女の子が身体をはって戦うにはあまりにも大きすぎる。震える背中、恐怖に歪む表情。死を目前に感じている少女は誰よりも犠牲者だった。

満身創痍な生傷姿は使い捨ての様に転がる。その様に対し黙って視ている事は出来なかった。かと言ってどう対抗しようかなど、どれほど危険な場面を潜り抜けた経験があろうとも、最良の策など思いつかない。左肩は抜糸が取れたというのに血が滲み、彼女の体温は熱い。こんな身体で……。

彼女を抱え敵の刃を受ける手前で、聞き覚えのある声に視線を上げた。黒い髪に紅眼をした男が意図も簡単に両断し、その存在を抹消。血潮が風化していく中で鋭い刃が此方へ向けられる。

「とんだ様だな、バーボン。いや…安室透だったか」
「あなたがギムレットだったんですね」

五条鶴丸と名乗った男。彼女の兄と告げる男が凍てつく眼差しで此方を見下ろしていた。これがこの男の本性か。薄々ではあったが、まさか――彼女の知り合いが組織の暗殺者と詠われた男だったとは。

「俺を見て驚かないとは恐れ入る。いやぁきみには沢山布石を残したしな。寧ろ気がついて貰わないと困る」
「やはりあの時の盗聴器も知っていて態と聞かせたんですね」
「察しはいいようだ。感心感心……さて。俺は告げたな。やらないと、どうする?この状況。きみはどうやって打破する」

剣先が眼前に向けられる。人を人とも思っていないその瞳や態度に彼女の前では絶対に見せなかった姿を顧みる。この男……歪んでいる。彼女がいる目の前で俺を殺したところで何と言い訳をするんだ。それで彼女が騙されるような娘ではないことくらい察しはつくはず。それともこの男からすれば関係がないのか。

「僕を殺すのは些かあなたにとって都合が悪くありませんか?」
「ほぉ…それはどういう意味だ?」
「彼女への言い訳もそうですが、僕は組織の秘密を握るもの。例えあの方の信頼を受けているあなたでも独断で仲間を殺すのは今後、動きづらくなるのでは」
「確かに俺は信頼を得ているが裏切ったと言えば処刑と思うだろうさ。何せ俺は処刑人。仲間だろうか敵だろうが総てを斬る、それが刀としての本分だ。だが、彼女のことをつくのは性格悪くないかきみ」
「今の状況であなたに言われたくない台詞ですね」
「ここできみを俺の手で殺すのも一興だと思うんだけどなぁ。なあ…ちょっと殺されてくれないか」

話し合いの余地なしか。とんだ狂った男だ。どうする……ここで死ぬのは惜しい。まだやるべきことが残っているし、彼女がいる。早く医者に診せてやりたい。彼女を更に抱き寄せると切先が頬をかすめた。

「じゃあ目玉はどうだ?いいだろ?ふたつもあるんだ。ひとつなくても困らないだろ」
「あなたのその歪んだ性格を彼女に是非教えてあげたいですね」
「よし、殺してしまおう」

美しく鶴が微笑む。その笑みとは裏腹に振り上げられた刀は躊躇いもなく振り下ろされ銃器で受け止めるその前に同じような刀身が、刃を防ぎ金属音が奏でた。また新たな刺客か、と思いきや見たことももない、鶯色の髪をした男が優雅に口を滑らせる。

「悪いが彼女は返してもらおうか、鶴丸」
「鶯丸か……なんだきみまだ生きていたんだな」
「生憎俺は長生きだけは得意なんだ。それよりそこの小僧。彼女を連れてこの車両から移動してくれないか」
「(こ、小僧って言われる年齢じゃないんだが)ここを任せても」
「ああ。年寄りの相手は年寄りに限る。いずれまた会うことになるだろうが……それまでそのお転婆娘を頼む」

彼女の知り合いなのか、鶯丸と呼ばれた男は腕の中で眠る彼女を温かな眼差しで見つめていた。……少し気にくわないとは思うが、今はいい。考えるな。抱き上げ彼の合図の元駆け出し8号車から離れることに成功した。

「きみの知り合いは見目のいい奴ばかりだな」

腹が立つ……。
また熱が上がったのか燃えるような熱い体温を放つ彼女の額に頬を寄せた。

「大人しくしてくれなかったなお前」

でも、今日は幾分か気分がよかった。また調べなおしだがな。手榴弾を投げた男に、五条鶴丸……。





■□■






鈍い金属音が断続的に続くが、二の腕を先に掠めさせたのは鶴丸だった。動きに鈍さが加わり、態勢を崩された鶯丸に襲いかかる一太刀。だがこれを防いだのは小狐丸の刀身だった。

「何をやっているんですか鶯の!ここで闘って何になりまするか」
「ああ、そうだな……すまない小狐」

鶯丸の前に立ち刀身を弾き、両者間合いをあける。

「その狐はお初に目にかかるな。何処の手のものだ」
「私は誰にも使えることのない者。貴様の様な邪心に教える事も烏滸がましい」
「御使いか。なら何故堕ちた人間の味方をする」
「はっ、私は何時だってしたいようにしているのみ。今はあるお方の為に仕える所存。お前などに渡すくらいなら無理矢理でもこの小鳥と結納でも交わさせます!」
「自分ではないんだな」
「こう見えて狐故に……人間との交わりは禁忌ですから」
「律儀なことだ」

鶴丸は刀を鞘に収めるが、警戒を解くことはない両者。

「欲しいものは必ず手に入れる幾億の夜を過ごしてきた。唯ひたすらにたった一つの願いを叶えるために……」
「こちらとて彼女に託された想いの分だけ…あの娘はお前には渡さない」

鶯丸の言葉に笑いながら鶴丸は姿を消した。残された鶯丸と小狐丸は互いに刀を自身の中に納め、廊下に転がる鉄製を拾う鶯丸。

「彼女のふりはもういいのか」
「ええ。あの彼と共に戻りましたので私の役目はここまでかと」
「あの娘は目が離せないな。この段階でまだ会うわけにはいかなかったんだが、危険を顧みないあの無鉄砲差は彼女譲りだ」
「暫くは身を隠すのですか?」
「ああ。早すぎる邂逅よりも護り刀との再会が先だ」

鉄製にはやはり【和泉守兼定】の名が刻まれていた。

「でも主様と同じすまほぉにして正解でした。おかげでがぞうとやらを頂きまして」
「山奥に住んでる狐がハイカラになったものだ」
「あなたも少しは使いこなしてください」
「ん?まあ、細かいことは気にするな」




prevbacknext