幼稚な誠義




動画を撮られたのは知らなかった。でも目星をつけてそれを何処からか入手したとしたら……さっきから感じていたこの胸のざわめきはまさか……彼らが既にこの列車内に居るんじゃ。

『哀ちゃん。どうしたの?』

私の隣に座っている彼女の手をずっと握っていたみたい。無意識のうちに彼女に縋っていたなんて。首を左右に振って手を放す。夜子だって私と同じ……もし彼らに彼女の事も見つけられたら殺されないにもしても拐われる可能性だってある。心臓の音が鈍く聴こえながらポケットにしまっていたスマホが震えた。その振動で取り出しメールを通知を見る。中身を開くが知らないアドレスからで内容は……ベルモットからの「 覚悟は決まった? 」

その通知に時が止まったかのようだった……私、ここには居られない。バレてしまった。ここにはもう……もう二度と―――!!

「灰原さんメールですか?」
「誰から?」
「コナンからじゃねえか?」
「いいえ。ただの広告メールよ」

チラっと隣に居る彼女へ視線を映すと彼女もスマホを閲覧していた。もしかして彼女も彼らから……。

「夜子ちゃんも誰から?」
「もしかして安室さんからとか!」
『違うよ。もっと素敵な殿方から』
「それって一期さんとか!!」
「園子食い気味だよ」

端末機をしまい、彼女は私へ視線を映すと怪しげに笑っていた。まさか……っ!
私はソファーから降りて扉の方へ向かう。考えたくはないけどさっきあの火傷の男を追いかけて行った時、入れ換わったんじゃ。早く逃げなきゃここから……!

「哀くん何処行くんじゃ」
「トイレ。風邪薬も飲むからちょっと長いかも」
「じゃああたし付き添うよ」
『哀ちゃん』

閉めようとした扉に待ったをかけられた気がして、視線だけを彼女へ寄越す。彼女はあの子の隣に立ったままこう呟いた。

『いってらっしゃい。気をつけてね』

どんな意味が込められているのかわからないけど、私はすぐに扉を閉めて廊下の角へ身を隠した。扉を開けて私の名を読んだのはあの子だった。彼女じゃない。その事だけでも少しほっとした。でもそうなると彼女は何処に……もう彼らの手に落ちたって事になるのかしら……。タブレットケースを取り出しカプセルを一粒取り出す。こんな薬作ってはいけなかった。既にほぼ完成してしまった物に対して後悔しか出来ない。そして皮肉にもこれにしか今は頼れない。周囲を巻き込まない為にも、そして彼女を助けるためにも―――。

扉が静かに開き、擦れる音が虚しく響く。現れた大人の靴先を怯える瞳で見上げた。そこに居たのはあの沖矢昴。

「流石は姉妹だな。行動が手に取る様にわかる」

まさかこの人も―――この人もっ!

「さあ来て貰おうか。こちらのエリアに」

靴底が壁にぶつかり、私は彼を避けて彼の後ろへ続く車両へと駆けだす。この姿で捕まらない為にも、落ち着いて誰にも邪魔されずに事を運ぶことが出来る場所なんて、私にはひとつしか思いつかない。真っ直ぐ駆けだし7号車のB室へ辿り着くと中へ入った途端何か大きなものが私に被さった。驚きのあまり喉に悲鳴が漏れたが、次第に温かいぬくもりが伝達してきて、被さったんじゃなくて抱きしめられて居る事に気がついた。耳元では鼻水をすする音と涙の声が聴こえる。

『うあぁぁぁ!ごめんねぇぇ哀ちゃんんんん!!!こんな美人を恐怖に陥れてしまってごめんなさぃぃいいいいいでもその表情もかわいいよぉぉぉぉぉ!!!』
「……落ち着きなさいよ夜子」

誰が何と言おうとこれは彼女だわ。間違いがない。ベルモットが変装できないは此れは絶対に。妙な核心を得ながら背中に手を回してぽんぽんあやしていると、扉がゆっくりとしまりチェーンロックをかける誰かが居て思わず夜子にしがみつくが、見知った顔に拍子抜ける。

「はぁあい、哀ちゃん」
「あなたは工藤くんの……」
「説明している暇はないから後は夜子ちゃんから聴いてね。じゃあ私は張り切っていってくるわ!」
『あまり無茶しないでくださいね有希子さん』
「それあなたにだけは言われたくないわ。大人しくここに居なさいね」

工藤くんの母親が夜子の頬にキスをしてからチェーンを外し手を振って廊下へ消えていく。涙を拭いて夜子は立ち上がると扉に再びチェーンロックをかけてからソファーに座る様に促し、共に腰をかけた。

「で、どういう事なの?あなた6号車に居たわよね」
『あ、ああ…あれは私の協力者って所かな。だから安心して』
「あの男を追いかけていった帰りに入れ換わったのね」
『うわぁ―鋭い』

拍手をされても嬉しくなかった。

「で、彼。組織の仲間なんでしょ」
『そうだね、彼女。彼に変装していた彼女は組織の仲間だったよ』
「それでよく平気で帰ってこれたわね」
『ふふん。こう見えて私も成長しているのよ!怪我をする度に強くなっているのさ!いぇーい』
「何がいぇーいよ何が」
『哀ちゃん。おかえり』

あの笑顔。いつもその顔するわね。誰にも言えない恐怖を覆い隠す時も、何かを我慢する時も、楽しいと感じる時もあなたは直ぐに笑うわ。そうして死にそうになっているときだって、笑っていた。その笑顔を見るたびに力が抜けて、私にまで伝線してしまいそう。あの言葉はあなたの言葉だったのね。

「ただいま」

私がそう云うと、あなたはふやけた顔をして笑っていた。熱が発症しているっていうのに……お馬鹿さん。

「薬、そろそろ切れる頃でしょ。飲みなさい」
『ありがとう。正直きちかった』
「まったく……私、命狙われてるのよね」
『まあまあ、細かい事は気にしない。気にしない』

ぐでっとソファーに背を預けて手で扇ぐ彼女に、落ちていた扇子を拾い。扇いであげる。

「で、協力者ってだれ?」

訊ねると彼女は指できつねの形を型取り私の額をツンと突いた。





■□■






廊下が、騒々しくなる。8号車で火災が発生したとアナウンスが入ると8号車の客が駆け込みその鬼気迫った迫力に押し流されて7号車の客が一斉に5号車へと向かっていく。哀ちゃんはスマホを片手に準備に入る最中、薄ぼんやりする熱さの中に覚醒める気配を察知してしまう。ああ……やっぱり来ちゃったか。殺人事件が起きた時から来るんじゃないかと思っていた。あれよね、某パン正義も美少女戦士も体調悪いときに限ってやってくるの。こっちだって有給休暇は欲しいし、早退とか欠勤とか、寝込んでいたいときだってあるってのに。ああ、でも美少女戦士は他に4人とか5人とかいるからひとり欠けても回るか………やっぱ味方要募集中の広告だそうかな。ああーやだなー行きたくないな。何度も思った。何度も何度も……痛いし、肉だって血だってダラダラ。好きで怪我してる訳じゃないし、好きで平和のためにとかで傷ついてる訳じゃない。私はただ、自分がその後悔をして苦しみたくないだけ。正義感なんて微塵もない。自己満足してるだけだ。こんなに傷ついて守ってるのよって、誰も誉めてくれないのにね。馬鹿だよ。誰だって功績は認められたいに決まってる。綺麗事だけで世の中生きてられるか。

「何処行くの」

チェーンを外してドアノブに手を置いた時、哀ちゃんに引き止められた。浅はかだな。ほんとっ………振り返りたい気持ちを踏み留まり静かに扉を引く。廊下には誰もいない。煙が充満していて視界が悪い。咳込みながら震える唇を咬み、私は一度だけ視線を後方へやる。哀ちゃんの切羽詰まった顔を見て何か安心してしまった。
上手く笑えてたらいいけど、にへらっと目元を和らげ私は扉を閉めて中から開けられないように固定する。額を片手で押さえ一歩ずつ歩む。床を踏む絨毯の弾力に足が重みを受けて沈んでいきそうだ。手を伸ばして連結部分に出て8号車へ入り閉めた所で爆発した音と振動が伝わり壁に背を預ける。そろそろだ。腰ベルトに備えていた鉄製の15センチくらいの棒を手にし、伸縮させる。ある程度の長さにしてから既に名前が書かれたその棒を杖替わりに床につき、貨物車から8号車へと戻ってきた彼と対面した。

驚いた顔をして彼は私を視界に収める。組織の仲間がどんな反応をするのか、試しにした格好なのに反応をしたって事は彼も―――。

ああ、そう言えば。なんだっけ、なんかあったな。あれ、えっと………

煙が器官に入り咳を漏らすと彼が近くまで来ていたのか腕を掴まれる。

「何で此処に来たんだ。危険な事くらいわかって!……お前、熱が」

口調が変わってるのは、そっちが本性なのかな。ああ、まったくこれだから顔の良い奴は……。息を静かに吐き出し、姿勢を低くする。掴む力が緩んだその手を払い一気に駆け出す。視界が悪く位置を正確に判断するためには、神経を研ぎ澄ませ短刀のいる位置を突き止め、一気に斬り込んだ。敵の断末魔が響き、血潮が顔にかかるがお構いなしに横へ薙ぎ、二体目を仕留める。あと一体……後ろから突っ込んできた短刀を左に避け上段から一撃をお見舞いすれば制圧完了した。あ〜〜熱いし。頭がガンガンしてきた。爆発の所為で8号車と貨物車を繋ぐ連結部分の扉が壊れたのか、周囲にはいつの間にか煙は消えていた。どおりで空気が美味しい訳だ。壁際に背を預けて、鉄製の棒を床につき身体を支えた。しょうじきぃもうダメ……あぁ…つらいな。深々とため息をついていると、彼はまだそこにいた。此方の様子を伺っているのか視線が痛い。まあ一人で動き回ってる女がいたら奇怪か。首元を緩めて手で仰いだ。動き回った所為で左肩痛い…鎮痛剤も切れたか。

彼は何か言いたそうにしている。あ、思い出した。そうか、この格好彼の初恋だかなんだかの少女に似ているのか。そうかそうかそれで……はあ――と長めに息をついてウィッグを取りカラコンを外し、それらを走行する列車の窓から投げ捨てた。

蒸れたむれた。蒸し暑かった。これでいいだろうと手近な部屋に入り一休みしていようとしたとき、殺気がした。震えあがる程の異形で仰々しいその殺気に、弾かれるように彼への元へと駆け出し飛びついて床にそのまま倒れ込む。すると列車の窓枠から上部に白刃が通り、後方へと重力で飛ばされた。屋根を一刀両断出来る程の力と刀と言えば大太刀。そして時間遡行軍を絶った今、現れるとしたら恐らくもう一つの勢力。今まで出て来なかった彼らの介入が何でこんな所で、しかもこんな時に。

「どうなってる……!」

彼を巻き込む訳にはいかない。奴らは違反者には厳しい。それがただの人間でも殺害することに躊躇いなどない。彼を後ろに庇い、右手に握られる鉄製を握りしめる。やるしかない……やるしかっ。

竦み上がるその殺意に下唇を噛みしめて、飛び出す。大太刀は薙ぐだけでも大振り。その重さは人間が扱える訳もない重量。奴の間合いに入るしか勝算はないが、細かな動きは出来ない以上奴の脇や下位に集中して斬り込めば少なくとも露払いは出来る。至近距離からの攻撃には反応できまいと体勢を低くして柄を短く持つ。構え、ひと薙ぎ横へと掃うのを見越し屈もうとしたら、足が腹部に的中してしまい息を詰まらせ視界がぶれる。倒れ込む寸前で首を掴まれ身体が宙に浮く。思わず手から武器が離れその掴む腕に手で掴み引きはがそうとするがビクともしない。こいつっ――!

首が締まっていき、酸素が足りなくなる脳内で奴は己が刀身を構え刺しこもうとした所で銃弾が発射される音が聞こえ、奴の握り手部分に命中する。刀を床に落とし検非違使は私の後方へ目をやる。誰だ……拳銃ってことは普通の人間。もしかして一期かと思ったけど、彼は今日職務中だったはず。此処へは来れない。なら一体……だれがっ。視野を後ろへまわすと彼が居た。拳銃を構えた彼が……まさか、視えているの。検非違使の姿が。奴の意識が私から逸れ、床に叩きつけられるように解放され、一気に酸素の供給を行い、体が悲鳴を上げた。

止めなくちゃ……絶対に止めなくちゃ……!

霊力がある方、より脅威的である方。より叛逆精神がある方を狙うなら、私を真っ先に殺す方を選択する。でも身体が動かない。左肩から出血しているのか血が滲んでいる。視界も掠れてきてぼやけ意識が途切れ途切れになっていく。現世との乖離。

「夜子……!くそっ」

大太刀の上段からの攻撃を避け、銃弾を浴びせながら廊下を駆け抜け上半身を起こされ抱き寄せられる。

「しっかしりしろ!……っなぜ…!君が傷をつく必要はないだろ」

なんて淋しそうな声だろう。でも何処かで聞いたことがある。つい最近だった気がするのに思い出せないや。でもどうか……どうかって、傷つかないで欲しいな。薄れゆく意識の中で彼の透き通るような青に、涙を浮かべ頬を伝った。

「やれやれ…ここまで嗅ぎつけてくるとは、驚きだね」