『鶴丸について教えて欲しい?』
《 出来れば詳しく 》
『詳しくって…見たままだけど』
《 人間で遊ぶの大好き 》
『人を驚かせるの大好きだよ』
《 そうか?まあ別にどちらでも大差ないからいいだろ 》
『でも突然どうしたの?鶴丸に何かあるの?』
《 いや……憶えているか?鶴丸さんが夜子さんを捜しにおっちゃんの事務所に訪れた日のこと 》
『憶えてるけど』
《 そのとき、写真持ってたよな。鶴丸さん。夜子さんの五歳児の頃の写真 》
『あ―あの写真か……実はあの写真、いつ撮られたのか憶えてないんだよね』
《 そりゃ五歳児だから憶えてないのも無理ないだろ 》
『それもそうか。それでその写真がどうかしたの?』
《 いや、鶴丸さんが持っていた写真と同じ写真がオレ宛に届いたってだけで。もし鶴丸さんから何か言われてたりしたらと思って 》
『今朝鶴丸と会ったけどそんな事一言も言ってなかったかな』
《 ならいい。一応その写真を博士に頼んで解析してもらってるから結果が出たらオメーにも教える 》
『解析……それって、メイクアップを削ぎ落すってこと』
《 はあ? 》
『写真写りは悪いからあんまり見つめないようにお願いしたい。自分の写真を見つめられるのは恥ずかしい。黒子の位置とか痣とか、皺の数とか数えられたらもうお嫁に行けない』
《 大丈夫だよ安心しろ。オメーの嫁ぎ先は一件だけ確保されてっから 》
『ん?』
《 嫁ぎ先で思い出しけどよ。オメー、あの雨の日安室さんを家の中に上がらせたんだってな 》
『……ほえ?なんのことかお姉ちゃんよくわからない』
《 恍けんな。昴さんから聞いてる 》
『だ、大丈夫だよ。昴さんとは会わせてないから。そ、それにずぶ濡れのまま返すのも人としてどうかと思うし、ご近所で変な噂になられても困るじゃない?そ、それでだよ。深い意味はないよ。うん、全然ない。気持ちは1ミクロも欠片程もない!』
《 ……別に夜子さんを信じてない訳じゃないし。人の気持ちはどうにもならないこともわかってるけど、相手は組織の仲間ってことだけは忘れるんじゃねえぞ 》
『は、はい。心臓に刻みます』
《 監視の手は緩まったように思うが、油断は禁物だからな。組織の連中はオメーを必ず迎えにやってくる。気は抜くなよ幾ら相手がイケメンでちやほやしてくれる優男でもな 》
『…は、はい……軽率な行動は控えます』
後部座席で寝転んでいた身体を起き上がらせいつの間にか携帯片手に正座して、頭を下げていた。そんな私を運転席のバックミラー越しから見えていた一期が喉を震わせている。暫くお説教を聞いてから通話を終了させた。
「楽しそうですな」
『いや、後半滅茶苦茶怒られた…小学生怖い。心臓を抉る言葉ばっかり。もう私のHPはマイナスですよ』
「それだけあなたのことを心配しているんですよ。有難いことではないですか。反省してください」
『何故一期にも!?』
「いえ、微かに聞こえたのですが”安室”さんを深夜のご自宅に招いたとか?軽率すぎて私もお説教タイムに突入しますぞ」
『勘弁してください』
「あなたにお伝えしておりませんでしたが、あの安室透という男。我々が時間遡行軍との闘いに赴く際、必ず尾行していました。勿論、それだけには留まっておりませんでしたが…あなたの行動を逐一観察していました。お気づきでしたか?」
『…知ってる、というより知ったかな』
「それについて何か話をされたのです?」
『いや、してない…掘り返すのも気が引ける内容だったしそれに』
「それに?」
『それに……勘違い女だったらどうしようって思うと聞けに聞けずにッ!私の妄想が具現化してイケメンにストーキングされたい欲望が現実世界に作用されたのかと思うと、もう恥ずかしいやらで言い出せなくて!!』
「……兎も角。あの男にだけは十分気をつけてください。我々の戦いに巻き込みたくなければ」
バックミラー越しで此方を見る一期の視線は、普段の蜂蜜色よりも酸化しすぎて背筋から凍るような錯覚を覚えた。温和な彼からは想像もできないその眼差しに息を呑み、唾がうまく喉を通り抜けるのに多少の時間がかかってしまう。名を呼ばれゆっくりと顔を上げると一期の声色は普段通りの優しいものに戻っていた。
「気持ちの良い天候でよかったですな。自然に囲まれる中でしたら少しは気分転換になりましょう。但し、まだ熱が残っているのですから無茶だけはしないでくださいね」
『……うん、ありがとう一期』
再び後部座席に寝転ぶ。今は園子ちゃんの別荘近くにあるテニスコートへ向かっていた。ベリツリー急行での埋め合わせというか京極さんとテニスデートのために特訓するそうで。放置していた端末機を手にして耳に充てた。
《 聴いてるの?ちょっと 》
『聴いてるよ。いやぁ―彼氏が居て羨ましいなって。いいね、青春って感じ。乙女だね』
《 あんたには安室さんがいるじゃない 》
『いねえわ』
《 なんか…怒ってる? 》
『蘭ちゃんに怒ってないから大丈夫だよ』
《 わたしに怒ってるんじゃない 》
『次その名を口にしたら園子ちゃんに一期紹介してあげないから』
《 そんなッ!酷いわ!!わたしが楽しみにしていたコーチを取り上げないで!! 》
『彼氏のための特訓じゃないの?』
《 園子ったら……わたし達まだだけどそっちは着きそう? 》
『いや。もう着いたよ』
《 そうなの?じゃあちょっと待ってて 》
『わかった。コート取ってあるんでしょ?』
《 もちよ。軽く打っててもいいわよ 》
『ありがとう。じゃあまたあとでね』
端末機をしまうと一期は後部座席の扉を開けた。私は靴を履き上着を着てから鞄を持って出ると、クーラーボックスとラケットケースを肩にかけて一期と共にテニスコートへ向かう。
『非番の日に誘ってごめんね』
「いいですよ。身体を動かしたかったですし。それより私はあまりテニスはしたことがないのですが、教えるなどと務まるかどうか……」
『務まる。国宝の一期が出来ない訳がない!!』
「国宝ではないですね。でも、お心強い言葉に感謝します。夜子さんも無茶はしないでくださいね」
日傘を傾けられて気恥しくなって視線を逸らした。こういうのってお嬢様みたいだよね……ああ―!昨日徹夜でやったゲーム内でもこんなシーンあった!これを素でやられると。
『申し訳ないから自分で持つ、というか持たせてください』
「そ、そうですか」
土下座する勢いで申し訳無ささが拡がった。両腕骨折した訳じゃないのに、荷物で両手塞がってる訳でも無いのに持たせるのって凄い罪悪感しかない。私にはお嬢様になれる資格ないわ。耐えられない。こんなん申し訳無くて心が悲鳴上げる。
日傘を受け取りくるくると手元で回す。フリルのついたレースのその日傘は、青々と広がる天の宴に舞い上がりまるで踊っているようだった。清々しい程の天候に雨が嘘のようで、あの日の彼の憔悴した姿さえ幻のように思えてくる。
きっとそう―――あれは、まやかし。
私が彼にそうであって欲しいと望んだ願望の象徴だったのだ。あの日に誓ったように彼とは距離を置かなくてはもうあのような現場に巻き込んではならない。
私は人を護れるような強い人間じゃないから
数あるテニスコートの中でひとつだけ空いているコートがあった。確か園子ちゃんが予約したコートがここかな。でも何か打ってる音が聴こえるんだけど。隣かな。フェンスの扉を一期に支えられ先に入るとベンチは調度木の陰で日陰になっていた。そのベンチにエスコートされ腰かけると凍らせたポカリを手渡される。
「半分凍らせていたので飲みごろかと。ストロー挿しますか?」
『うん。ありがとう』
受け取りストローを挿して飲んでいると一期の視線が気になって、合わせると一期は微笑む。うぅ……ロイヤルの微笑みに目から浄化されてしまいそうだと視線を逸らすと首筋に手を置かれ『ひゃっ』と乙女らしく悲鳴がもれてしまい、余計に恥ずかしくなって体温上昇しそう。
「申し訳ございません!ただ、その…熱を測ろうと」
『ご、ごめん!善意ある行動なのに、その、変な声だして……ごめん蛙が潰れた声なんて出して』
「いえ!どちらかというと可愛らしい声でしたので……あ」
『ロイヤルのうっかりトラップ……やめて……萌えでしにそう』
口元を手で覆い荒ぶる心のままに叫びそうになるのを抑える。誰か……誰か早く来てくれ……そして私に冷水をっ。冷水をかけてくれ……!ドキドキで壊れそう!!
その時ふわっと嗅ぎ覚えのある香りがしたと思うと額に何かがあたり、温かな息が手にかかる。
「まだ少し熱があるようですね。あまり無理しては心配になりますから、控えてくださいね」
『あ、あむっ』
「傷は癒えたみたいですね。腕も首の包帯も取れてますし」
額と額を重ねて熱を測りやがった上に、腕を捲くられ襟首を指先で引っかけられて中まで確認され、思わず両手で自身を抱きしめて威嚇した。
「見てませんよ」
『えっち』
「……もう一回お願いしてもいいですか?」
『なんでスマホ取り出してんの!と……ところで安室さんなんでここに』
「なんでって……聴いてないんですか?園子さんにテニスを教えるようにと毛利先生に声をかけられて。最初は少し渋ったんですが、あなたも来ると聞いて……駄目ですね、僕は。あなたの名前を聴くと体調悪くても飛んで行きたくなってしまって」
『あ、あの…言いながら私の腰に手を回して抱き寄せるのやめてください』
「触りたくなってしまうので」
『おまわりさァ――ん!』
「はい、おまわりさんです。安室さんもあまり彼女をからかわないでください」
一期が紳士的に安室さんの肩に手を置く。すると安室さんはその手を払い私をゆっくりと再びベンチに座らせると対面する。な、なんだ……ふたりして……この異様な空気に思わず唾を呑みこんでいると周囲に女性たちが集まり。
「わたし右がタイプ」
「あたし左かな」
「やだ、取り合い?修羅場?」
「羨ましい!あんないい男たちに!!」
「でも正直、あの子可愛くもなんともないよね」
「ブスではないけど…普通?特徴がない」
「平凡顔」
おやじ……誹謗中傷で真っ白に燃えつきそうだぜ……。
顔を下へ向けて縮こまった。真に迫った本音を本人に聴こえるように言うのは軽く地獄だからね。マジで阿鼻叫喚地獄だわ。へいへい、知ってますよ。わかってますよ。私が普通の何の取り柄も無いただの平凡女の子だってことは……26年間で証明したんだから一番わかってんだよ!!頭を抱えて唸っていると、いつの間にか雑音が消えた。あれ静かになってると顔をあげると周囲が青い顔をしていた。……えっ、なにごと……!
「感謝しなさいよ。あんたの為に呼んであげたんだから」
『園子ちゃん……嘘ついてんじゃねえぞ、こらぁ』
園子ちゃんに大股で近寄り、両肩を掴んですごむと園子ちゃんは怖かったのか若干顔が、歪んでいた。
『なんで呼んだの』
「い、イケメンだからよ」
『もっといい男紹介してあげるよ。一期とか一期とか』
「じゃあ鶴丸さん呼んでよ」
『あれはいい男ではない。女なんてガム程度だから。味わったら捨てるだけ』
「そうよ園子」
「蘭まで…何があったのよ」
「聞かないほうがいい。夢は夢のままの方が幸せの時あるから」
「え゙ぇ……マジで何があんのよ」
「何の話です?」
「どうかしました?」
私の背後の右から安室さん、左から一期がひょっこり現れることに対して私はぐわっと熱が上がりふらりと身体をよろめかせ、蘭ちゃんの腕を掴むと支えてくれた。
「大丈夫?夜子ちゃん」
『うん…あっちに避難してる』
ありがとう、とお礼を述べてからゆっくりと歩き出す。ベンチに腰掛けるとコナンくんが隣へ来て。
「どうなってんだよ。なんであの人がここに居るんだ」
『付き合い、というより何か有力な情報が手に入る可能性が高いから来た、とか』
「それが一番妥当だよな。夜子さんの監視もバーボンが続行するって意思表示なのか」
『どうせならベルモット姉さんがよかったな。綺麗なお姉さんにストーキングされるならウェルカムだな』
「おいおい」
コナンくんが呆れた顔をする中、蘭ちゃんがコナンくんに「危ないからそこにいて」と声をかける。危機を察知したコナンくんが蘭ちゃんの傍まで私の手を取って駆け出す。引力によって引っ張られ蘭ちゃんの傍まで行くと突然安室さんが叫び出す。
「危ないっ!」
その声にコナンくんとふたりで反応するとラケットが飛んでくるのが視界の端に映りコナンくんを庇おうと動く身体を後ろから廻ってきた腕に引っ張られてしまい、コナンくん側頭部にラケットの縁が中ってしまう。直撃だった為コナンくんは脳震盪を起こし気絶してしまい。私の身体を引いた安室さんがコナンくんのもとへ駆け出す。あっ、と手を伸ばしたが目眩が起こり傾く身体を一期に受け止められた。
「夜子!」
「大丈夫です。多分立ち眩みかと、何処か風当たりの良い所をご存知ですか、園子さん」
「それなら私の処へ。坊やにラケットあててしまったの私なので。別荘がこの近くにあるんです」
「助かります。夜子さん持ち上げますよ」
一期に横抱きにされ背中と膝裏に腕を回される。目が回っているのか視界が揺れている私は一期の服を掴み寄りかかった。
『ごめんっ…ちょっと、ふらついて……』
「いいえ、無理はしないと約束したはず。少し涼しい処で休みましょう」
コクリ、と首を縦に動かしたあと目蓋を閉じて揺り籠に揺られた。
「安室さん。コナン君ならわたしが看ますよ」
「いえ。大丈夫です……彼女に少し距離を置かれているのであまり構うと逃してしまいそうで」
「その割には普段通り構っていたような気がしましたけど見てて」
「そんな事ないですよ。構い足りないくらいです」
真顔でそう言われて、若干引き気味の蘭ちゃんなど誰も知る由もなかった。