甘酸する熱病




コナンくんは意識を取り戻し、頭に包帯を巻いている。軽い脳震盪で応急処置も完璧だったようで、大事にはならなかった。少し胸を撫でおろしているとお医者様が私の方へ向くなり。

「君は寝不足と貧血、それから体力低下による眩暈だね。最近大怪我を負った既往歴から察するに、断続的に続いている微熱から引き起こされたと思うよ。あまり無茶しないでと主治医に言われているんじゃないのかい?君は暫く身体を休める事。テニスなんてしては駄目だよ」
『は、はい…ごめんなさい』

コナンくんと二人並んでソファーに座り。私は医者に怒られていた。うぅ……医者が去って行くと蘭ちゃんにも怒られた。

「まだ熱があるなら安静にしてなきゃだめじゃない」
『だ、だって』
「だってなに?」
『遊びたかったの…蘭ちゃんと園子ちゃんとまだ一緒に遊んだことなかったし…同級生と遊ぶとかあんまりした事なかったから』

いじいじと人差し指同士でつんつん弄りながら、チラチラと蘭ちゃんの顔を伺うが項垂れる。女子高生ときゃっきゃっしたかったの。若さというエネルギッシュな感じを味わいたかったの。今、花の女子高生なんだもん。折角だからと思って……。再びチラっと蘭ちゃんを見上げるとフルフルと肩を震わせている。お、怒らせたのか……鉄拳、いや回し蹴りが飛んでくるのでは!とビクリと脅えていたら、蘭ちゃんと園子ちゃんに抱きしめられていた。

「可愛すぎるよ夜子ちゃん!」
「いくらでも遊んであげるわよ!」
『ふぇ…マジですか。ありがとう…!』
「だからもう無茶しちゃダメだよ」
「そうよ。今日は大人しくしてなさい」
『うん、わかった』
「(夜子さんって20後半だったよな)」

コナンくんは苦笑しながら私たちを見ていたが、つと視線を上げると手で顔を覆って天井を見上げている褐色男を目撃した後。あれは何をやっているんだと訝し気に観察していた。

「微熱があるのに運動する気だったの?」
『ううん。今日は見学する気満々だった。でも兄がどうしても着てけって煩いから』
「そのテニスウェア、新作の奴じゃない。売り切れ続出のワンピ」
「園子が欲しがってた奴ね。紺だからかな?夜子ちゃん色白だから似合うよ」
『お世辞さんくす。でも丈が短くて、一応中穿いてるんだけど』

上着は診察をする際に脱いでいたから、そのまま立ち上がり全体図をみせる。鶴丸が床に転がり駄々をこねて粘った結果で致し方なく着た奴なんだけど。あの時はうわぁ…って昴さんと一期と共に見下ろしたな。大の大人の本気の駄々を。でもこれそんな人気の奴だったのか…やっぱりその辺りは疎いか、女子高生に後退しても。流石最新物好き鶴丸国永。女の物でも抑えるか。うぅ…でも若返ってもこの丈だけは慣れないし恥ずかしい…いつもパンツが多いから。休みの日はスカートも穿くけど長めだし。短パンは穿くけど一応あれはズボンだから。ああ、気になる。足太いから余計に気になる。黒のレギンス穿いてても気になる……。

ふいに、スカートの裾を掴まれた。

「確かに長さ的には短いですね。誰か誘惑でもするんですか」
『ちょっ、裾を掴まないでくださいっ』
「中に穿いてるんでしょう。なら別に問題ないじゃないですか」
『あるから!自然現象と確信的行動は違うから』

裾を掴む手を阻むと指が太腿に触れ、這うようにせり上がって来るから必死に応戦すると腕が腰に回り身体の密着度が増し、耳元に吐息が触れた。

「真っ赤になってかわいいですね」

誰の所為だと思ってるんだドスケベ!と睨むと悪戯を楽しむ子供のような顔を見せられ、ますます悔しい想いを抱いた。蘭ちゃんと園子ちゃんは頬を染めてきゃあ、とか言っている。お願いだから助けて!その角度からじゃ何をやっているか見えないだろうけど私の顔は確実にヘルプ要請だわ!という私の電波は受信してくれる様子はないようだ。

「安室の兄ちゃんそろそろやめなよ。お姉ちゃんの気分はもう良いみたいだし」
「ええ、あまりからかうと噛みつかれてしまいますよ」

コナンくんと一期の意外な言葉に「え」と力を緩めたらそのままソファーに座らせられ、着ていた上着を肩にかけてくれた。

「この様子ならお昼ご飯は食べられそうですね。食べたら薬も飲んでください」

恥ずかしさのあまり無言で繰り返し叩くが彼は笑って受け止めていた。

「可愛らしいカップルね」
「初々しいっていうか熱いわね」
『違います』

桃園琴音さんと梅島真知さんに勘違いされたので、直ちに誤解を解くがその時桃園さんが瞼を伏せた。それが寂しそうで『桃園さん』と声をかけると笑みを浮かべてこういった。

「冷やし中華があるから食べる?」
『え、あ…』
「うち等もお昼まだだし、お言葉に甘えて」

園子ちゃんのお腹の虫に気を逸らし私も立ち上がり、昼食の準備をしようとしたが。それは一期に止められソファーへ逆戻り。

「コナン君も大人しくしててね」

蘭ちゃんにそう言われ、ふたりでソファーに座って見送った。

「あの人本当に何がしたいんだ」
『わからん』
「監視にしてはやたらと距離が近いし」
『ほんとに』
「探るにしても近いし」
『探りたい対象が変わったとか』
「そもそもバーボンは何故おっちゃんに弟子入りしたんだ。何の情報を探るために接触を図ったのか」
『列車の件を踏まえるとシェリーの事かな』
「だがそれも方は付いた。あの場に留まる理由が他にあるとするなら……夜子さん?」
『でも私は途中参加な訳だから、必ずしもポアロに行く訳でもないし。私を監視したいのならあの場に留まることに拘らなくてもいい気はするけど』
「夜子さんが二番手だとすると奴は一体何の情報が欲しくて……」

コナンくんが眉を顰めて考え込んでいるのを見つめながら私も取るに足りない脳みそでも回してみることにした。

安室透、バーボン……毛利探偵の助手、眠りの小五郎……喫茶店、ポアロ……店員…近い、距離が近い、セクハラ……台詞が甘い、乙女ゲームかよ、攻略キャラかよ……イケメン……目が痛い…頭も痛い……。

ふらっと揺らいだ身体はそのまま重力に従ってソファーへと埋もれた。頭上から湯気でもたってそう。

「大丈夫か?」
『うぅ…なんか個人的に知りたいことでもあるんじゃないのかな』
「組織絡みじゃないってことか……その線もあるな」

採用された、万歳。と両手を上げて喜ぶとコナンくんは額に手を当て首を左右に振った。

「オメーは寝てろ。考えるのは専門家がやるからさ」
『そうだね…脳みそが溶ける前に一度シャットダウンする』

上着をかけてくれるコナンくん。横向けに態勢を変えてぼんやりと見つめる。かわいいな……。

「そういや灰原から聞いたけど、協力者って誰だよ」
『コンコン』

指で狐を作る。理解出来ない様子でコナンくんから「はあ?」とダメ出しを受ける。

『群馬の冬名山で容疑者に上がった一人の鶯丸友成って人の友人』
「そういや連絡先聞いてくれって言われてた人の」
『うん。偶然乗り合わせてたらしくて、その友人が変装得意だから』
「その人とも知り合いなのか?」
『うん』
「連絡とかは」
『機械音痴だから無理かな』

鶯丸はあの時連絡先を教えてくれたけど「連絡はするな」と念を押された。時期尚早、本当の危機にしか登場しないお助けキャラだ、とかなんとか言ってたっけ。だから鶯丸とはあの列車以降会っていないし、連絡も取っていない。

「ベルモットとは何の話をしたんだよ」
『乙女の秘密』

下手な口笛を吹く。個人的な内容だからあまり話したいとは思わない。

『ああ……限界だ』
「ん?昼飯まだ時間かかるし寝てろよ」
『コナンくんは?』
「オレは石栗さんの部屋で寝かせてもらうからさ」
『うん…わかった。ありがとうコナンくん。君っていい男だね、お姉ちゃんはうれしい』

去り行くコナンくんを見送ってからソファーに顔を押し付けた。

本日起こった出来事の中で多くのセクハラ行動を思い出し、熱に浮かされ擬音語を口からこぼす。あの人本当に何がしたいんだ。何かあの雨の一件以来行動が過激というか艶めかしいんですけど、え。あれはなんなの?新たなる策略なの?ティーンズラブなの??

心臓も思考も追いついてこないんですけど。でも頭の中、あの日の彼が忘れられない。忘れられないからこそ、私はこのどうしようもない虚無にさいなまれる。

恋愛経験乏しいからとかそういう次元を超えて、彼の行動、言葉、総てが解読不可能だ。彼が本当に欲しい情報を吐いてくれそうな女、という位置づけで近づいたのならもうご存知だろう。何も知らない上に口を割るような女でもない。頑なな女よりも口の軽い扱いやすい女に吐かせた方が幾分か労力が半減するというものだ。それでも私に拘るのは何故か……脳裏に過る黒い流れに私を目蓋をきつく閉じた。
ソファーから顔を出すと背もたれに寄りかかっていた一期の気配に気がついていた。私が暴走しているのを察して声をかけずに待っていたようだ。

『一期…私は、駄目な奴だよ』
「そんなことありませんよ」
『ダメダメだよ。あぁ〜〜強くなりたい』
「おや、夜子さんは十分強いお方ですぞ」
『マジっすか?小指の先ほど強ければいいけど』

肘を立てて足をゆらゆら揺らす。そんな私の頭を一期は手を伸ばして優しく撫でた。まるで本当の兄のようで少し気持ちが凪いだ。

『一期と鶴丸交換してくれないかな』
「妹ともいいですな」
『ところで一期、昼食作りを手伝うんじゃなかったの?』
「ああ、それが……退場してきました。私に細かな作業は難題だったみたいで」
『きゅうりが繋がっているとか』
「ご名答」
『器用に出来そうなのに』
「大雑把なのは自覚してます」

一期に何て声をかけられてもそれ以上の感情は込められていないから、何ともないんだよな。何処までも優しいので私の心のオアシス。そして顔はめちゃ好み。それでいうと昴さんもかな。でもあの人はやっぱり少し雄味を感じるんだよね。お昼大丈夫かな。昴さん……夏野菜カレーでも作っているのかな。具材はズッキーニを入れてくれると嬉しい。晩御飯はそれかな。食べ物の事を考えているとお腹の虫がなり一期が「もうすぐですよ」と笑っていた。

「一期さんとは普通なのね」
「お兄ちゃんって感じみたいだよ」
「へぇ……そうですか。お兄ちゃんなら論外ですかね」

園子ちゃんと蘭ちゃんが覗き見ていたら、その後ろから彼も覗き見ていた。顔が全く笑っていないというか目が笑っていないのか、ふたりの女子高生は表情筋が固まり、園子ちゃんでさえも「やべぇヤツだ」と引きつらせていた、とかは全く知らない出来事だ。