「夜子さんの判断は間違えていません。何も知らない一般人を巻き込むのはあなたの臨むところではないでしょうし、何より彼はあなたに固執している。そう……あなたによく似ている方に。ならば巻き込まないようにするのが最良の選択ともいえます。ご安心ください――私は最後まであなたのお傍におりますから」
蘭ちゃんや園子ちゃんに心配をかけてしまったが、一期が上手く話をつけてくれた。コナンくんの何か言いたそう顔を横目に、私は彼から視線を逸らす。今は何も語れそうにない。
私は一期の車に乗り込み彼の言葉を聞きながら窓ガラスに映るネオンの光を眺めた。確かにこれでいいのだ。これでよかったのだ……なのに、少しだけぽかりと空いた空洞が私に囁く。
“これでよかったの?”
選択肢など私にあるのだろうか。息をゆっくりと吐き出しながらシートに身体を預け私は空かした声で笑った。
『ごめんね一期。迷惑かけちゃってさ』
「いいえ」
『でももう大丈夫。色々とすっきりしたよ』
「それは、何よりです」
唇に指先が触れる。熱すぎたあのうだる熱は幻だったのではないか、今ならそう思う。きっとあれは夢だったのだ。でも……あの言葉は嬉しかったな。くすっと喉を震わせては、瞳を閉じて腕を上げてはジタバタと動かした。
『正直少コミ展開だけは赦せねえ』
「……それ、詳しく説明して頂けますか?」
一期の冷ややかな声が頭上から降り注いだ。
『え…えっと……その。無理矢理』
「無理矢理」
『その…無理矢理……ディープな方を、され…まして』
まして……っとエコーのように繰り返しながら、私はシートベルトをいじいじと指先で弄りながら顔中に熱が集中する。うわぁ―――!思い出したくも無い!いやぁあああああ!!!っと心の中でのたうち回っていると一期からは「ふむなるほど」と何処か専門家のような見解をみせられる。
「彼が視えたのは一時的なものですな」
『え、今それが関係ある話をしてましたっけ先生』
「夜子さんは審神者です。しかも無自覚にもその霊力を放出している。放出が出来るということは相手に自分の霊力を分け与える事が出来るということです」
『えっとそれってつまり……粘膜接触とか粘液を与える事に寄り彼は一時的に視認出来たってこと、ですか』
「正解です。優秀な生徒ですね」
一期の晴れやかな笑顔に私は真白に灰化していた。パラパラと砂が落ちて風化していく。
『もう絶対にしない!』
「是非そうしてください」
恥ずかしいあの行為をもっかいやりたいかと問われれば完全拒否の姿勢だが。それって一生好きな人と出来なくね?とかも思い。複雑な乙女の悩みにぶちあたった。
《 ちょっとバーボン。聞いているの? 》
ベルモットの声に俺は路肩に車を寄せ停車させた。上の空で走行するのは流石に危険だ。
「すみません。聞いてますよ」
《 それで彼女の事はどうなの? 》
「その件なら滞りなく。順調ですよ」
《 そう…でももう監視の手は緩めてもいいわ 》
「ほぉ…それは何故です?」
《 彼女の意志を直接聞いたからよ。あの子は我々の下へ下る事を承知の上だと 》
「……信用出来るんですか」
《 嘘をつくような子じゃないわ。白雪姫はね、愚直なくらい真っ直ぐな自己犠牲型なのよ 》
「 それは知っている 」
《 今何か言った? 》
「いいえ。わかりました。少々別の件を調べたいので彼女の監視は控えます」
《 そう 》
ベルモットの通信を切り、背もたれのシートに身体を埋める。背中が痛むが大した痛みではないし、腕も然程深くは斬られていない。息を吸い込みながら天井を見上げる。あの森の中で彼女は一度も振り返ることもなく告げた。別れの言葉を―――何故追わなかったと問われるかもしれないが。追えなかった、という方が情けないが正しい。あの時の彼女になんと声をかければいいのか、足が竦んだ。
どんな言葉をかけてもきっと彼女には届かない―――。
息を吐き出しながら僅かに残る残滓の欠片を拾い集める。いつだってきみは俺を必要としない。優しさは一種の麻薬だ。彼女の慈悲は中毒性がありまるで媚薬のように甘美で男なら誰でもその蜜を啜るだろう。それにも気がつかないのは彼女があまりにも明媚だからだ。
「彼ならきみを理解できるんだろうな」
唇の表面に触れその甘い蜜に目を細めた。コンコンと窓硝子を叩かれ助手席のロックを解除すると隣に乗りこんで来たのは風見だった。
「粟田口一期の尾行をしている膝丸さんからの報告ですが。無事に彼女を家に届けてから警察署へ戻ったそうです」
「そうか」
「軽井沢の森については髭切さんを中心に現場検証が行われています」
「何かわかったら報告を頼む」
「わかりました。降谷さんの方は」
「ああ…何らかの原因が多様されていると思うが、視認出来た。だがその何らかはもう少し調べてから報告する」
「そうですか」
「風見。お前は以前彼女について調べると言っていたな」
「はい」
「なら、お前に彼女の監視を任せる」
「え……いいんですか?」
「構わない」
「あの、付かぬ事をお聞きしますが。何かありましたか、彼女と」
「ないさ、なにもな」
「そう、ですか……では。明日から彼女の近辺の素行を調査させて頂きます」
「ああ、報告は忘れるな」
「はい」
「それから……三日だけだからな」
「……はい」
風見の眼鏡が対向車のライトによって反射していた。
「あの野郎!!!!!!!!!」
和泉守兼定はモニター越しで怒髪天を衝き自身の刀身を抜刀しながら時空の歪へと流されていった。その様子を見送りながら装置を作動させていた薬研と博多。その近くの縁側でお茶を飲む三日月と鶯丸。
「ははははは、やるなあの若造」
「主は相変わらず愛らしいな」
その隣で加州と長谷部がモニターを壊そうと抜刀していたのを止める石切丸と光忠。
「主に無礼を働く輩は俺が叩き斬る」
「珍しく長谷部に同意!!愛されているのは俺ひとりで充分」
「長谷部くん落ち着いて!気持ちは解るけどそのモニター一台しかないんだから!!」
「後で呪いをかけてあげるから待ちたまえ加州くん!」
その近くで初期刀の山姥切が落ち込んでいるのか体育座りをしており、堀川があやしているが彼も笑顔の額に青筋がたっていた。
「あ、あるじ…俺よりもあの男の方がいいのか……あるじぃ」
「兄弟落ち込まないで。大丈夫だよ今兼さんが首取って来るから」
その光景を床に転がりながら爆笑している鶴丸に対し静かに見下ろしている一期。
「ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「……」
総合的に賑やかな本丸を一仕事終えた薬研と博多が酒でも酌み交わすように輪の外から、この光景を眺めていた。
「酒でも入っているみたいに賑やかな本丸だな」
「ばってん。主は自由主義たい。のびのびしている方が喜ぶばい」
「そうだな……あ、和泉守の奴。端末機忘れてやがる。これがないと駄目だっていったのに」
「どうすると?今日はもうあと一回くらいしか起動せえへんし」
「よし。俺っちが行ってくるか」
薬研の発言に「ずるい」という反論の声が上がる。
「仕方ないだろ。さっき俺っちの半身が亡くなったからな。俺っちしか行けないだろうし」
それでも鳴りやまない不平不満。だが三日月が一言溢せば周囲は静かになった。
「いいんじゃないか。薬研ならばあちらへ行っても主の為になろう」
「三日月がそう言うなら俺は何も文句はない」
鶯丸が続ける。一期に踏みつけられている鶴丸は床に肘をつき。
「ああ。薬研なら裏をかけそうだ」
「おお。鶴の旦那からお墨付きが貰えるなら自信がつくな」
薬研は白衣と眼鏡をとり博多に託し、準備に取り掛かる。その後を一期が追い声をかけた。
「薬研」
「いち兄」
「……どうか。主殿をお願いします。あの方はきっと無茶をするでしょうから」
「ああ、任せておけよいち兄。そして、あっちのいち兄のこともな」
一期は薬研の言葉に、苦々しく笑んだ。
《 何故殺さなかった 》
「脅すのが目的でしたので、無闇な殺生は控えるべきかと」
《 まだその段階ではないと?ふっ、きみは相変わらず面白い男だな 》
「恐縮です」
《 まさか情けをかけたんじゃないかと懸念していたが…そうでなくて安心した 》
「情け?何故私が人間相手にそのようなことを?」
《 怪我をした期間。一度も出さなかったそうじゃないか 》
「弱っている者を詰るのは趣味ではありません故。どうせなら万全の態勢で完膚なきまでに痛めつけた方が爽快です」
《 そうか。きみが鈍っていなくてよかったよ。暫く俺は顔を出せないが、きみには期待しているぞ 》
「ええ……お任せください」