弱虫ノ定義




小鳥のさえずりが聞こえる。冴えわたる脳内と目尻に溜まる滴を拭い私は冷え切った指先を握りしめた。身支度を整え朝食の準備をしようと台所へ行くと、既に昴さんが起きていたのかエプロンを着用して洋食の準備を整えていた。ぼんやりとその姿をドアの所で眺めていると昴さんは存在に気がついたのか、挨拶をしてくれる。

「おはようございます」
『ぁ…おはようございます』

それが温かくて少し照れくさく返事を返すと座る様に促される。テーブルの上には焼きたての食パンとマーガリンのいい香りがしている。傍らには紅茶が用意されていて、プレートにはオムレツとベーコンがのっていた。ジャムを数種類並べ、彼も向かい側に座ると私達は揃って食べ始めた。

「珍しいですね。あなたがこの時間まで眠っているなんて」
『いや、実は昨日熱中したゲームが中々手ごわくて。いや〜どこでルートの間違いしたかな』
「……取り繕わなくても眠れない理由くらい聞きませんよ」

目元を指され、言葉が喉へと引っ込む。紅茶へ手を伸ばし指に取っ手を引っかけ口元で傾ける。ダージリンだ。しかも私が一番好きなメーカーのものだ。数回に分けてちびちび飲みながら食道に通る熱に息をつく。カリカリに焼けたパンは美味しそうだがあまり食欲はない。それでも食べないといけないことはわかっている。折角熱が下がったのだからこれでまた別の不調があることを悟られてはいけない。

「期末考査も終わりましたし、今日はゆっくり読書でもしましょうか」
『あ、でも洗剤が切れそうだったような』
「それは夕方にでも行きましょう」

食パンの角を齧る。甘い味がするからこれは私の好きなホテルブレットだ。わざわざパン屋さんまで行って購入してくれたのかな。最近まで期末考査があったからテスト勉強に追われていたので家事はほとんど昴さんに任せていた。なんとか朝食を食べ終えると流し台に食器を運ぶ。洗い物をしようとしたら代わられてしまった。替わりにお茶を入れて欲しいと頼まれた。最近、昴さんは紅茶もよく飲むようになった。砂時計を用意して紅茶の準備を進める。まだ指先は冷たいままだ。平熱が低い上に冷え症持ちだからあまり気にしてなかったけど、体温が上がらないから微熱の次は低体温かと不調が続く。薄々気がついているけどこれはきっと霊力に関係しているのだろう。それ以外原因が見つからないけど、治し方…わかんねえ。

カップに注ぎソファー近くのテーブルにのせると長めのソファーに座るよう促され座ると膝の上をぽんぽん叩く昴さん。交互に見ながら……言葉が終了する。

『あのぉ……なにを示唆せよと申されるのでしょうか』
「こうですかね」

昴さんは私の肩を抱き寄せそのまま頭が彼の膝の上に乗る。そう、膝枕だったそうです。用意がいいことに膝掛けを身体の上にかけられる。髪を撫でられながら昴さんは紅茶を飲みながら、テーブルに置いた本日の本を手に取り読み始める。口を開けては返りうちに合うのが落ちに思えて閉じては横へ向く。堅い膝だな……凄く鍛えているからガッチリだもんね。でも温い……冷えている体温からしてみればやわい温かさで瞼を数度繰り返ししばたたかせる。うつらうつらと舟を漕ぎはじめると、数分後寝息をたて、私は旅だった。

「体温が低いな、もしや彼女……」





■□■






「昴さん」

コナンが顔を覗かせると昴は口元に人差し指をたてて「しー」とジェスチャーをする。その様子にコナンは足音を立てないように近寄りソファーを覗きこむと夜子が眠っているのを見つけ首を縦に振り小声で話す事にした。

「夜子姉ちゃん寝てたんだね」
「ここ最近まともに眠れていないみたいでしたので」
「期末考査があったからかな」
「それもですが、もっと精神面に関連する様な事柄かと…ああ、コナンくん。私の部屋からもう一枚かけるものを持ってきて頂けますか?」
「いいけど…」
「彼女の体温が異様に低いので」
「わかった」

コナンは昴の部屋へと向かう。微動だにしない彼女の眠り方はまるで死んでいるかのようで、心臓に悪いときがある。本をテーブルの上に置くとコナンが毛布を持ってやってきてそれを夜子へとかける。そして椅子を引き寄せ座り、昴の近くで話を始める。

「何があったかご存知ですか?」
「ボクもそれを昴さんに訊きに来たんだ」
「そうでしたか……また何か抱え込んでしまったのか」
「夜子姉ちゃんはいつも口を閉ざしちゃうから」
「危ない事に首を突っ込んで欲しくないのはどちらも同じだと思うがな」
「うん……そう云えばここ最近安室さんも覇気がないような」
「ほぉ……じゃあ彼絡みだろうな。だが、随分と素直な男だ」
「ん?」
「いや、こちらの話だ」
「夜子姉ちゃんにボクからそれとなく聞いてみるよ」
「ああ、そうしてみてくれ坊や」

ひそひそと話していると呼び鈴を鳴らす音が響き、コナンが「僕が出てくる」と椅子から降りて玄関へ向かう。少し賑やかになる玄関先。数分後コナンの案内の元粟田口一期が顔を覗かせた。

「すみません。お休みの日にお邪魔してしまって」
「いいえ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、いえ。約束をしていた訳ではないのですが。彼女を買い物に誘おうかと思いまして。期末考査も終わりましたし、気を落としているのではないかと」
「……一期さんの方がお兄ちゃんって感じがする」
「私もそう思います」
「あの鶴は今頃アルプス山脈に一万干しされているのでご安心を」

「「 ( 一体どんなことをしにアルプス山脈へ ) 」」

その内容の行く末の方が気になった昴とコナン。一期もソファーの後ろから夜子の寝顔を覗く。目元を和らげ一期は笑むがその笑みは何処か物悲しそうだったのをコナンは見逃さず、不思議そうな眼差しで一期を見つめていた。多くの気配を感じ取ったのか夜子はゆっくりと瞼を持ち上げる。ぼんやりとした視界が昴、コナン、一期の姿を順に映していき最後は飛び起きるように「うわぁ」と起き上がった。

『私の寝顔は高いよ』
「金取るのか」
『うそうそ。本当は恥ずかしいからガン見しないで』

毛布にくるまりながら恥ずかしそうに笑う夜子に、周囲はほっとしたような息を吐き出す。

「粟田口さんが一緒に買い物へ行きませんかと誘いにいらしたようですよ。行ってみてはどうです?」
『え、一期そうなの?』
「あ、はい。宜しければなので」

夜子は渋るように昴を見つめると首を左右に振り、昴は笑みを浮かべる。

「行ってきていいですよ。買い物は私が済ませておきますから」
『じゃあ、お言葉に甘えて』

準備してくると、膝掛けと毛布を畳み抱えながら退出する。その様子を眺めている一期の裾をくいくいと引っ張るコナン。一期は目線を合わせるようにしゃがむ。

「いかがいたしました、コナン君」
「あのさ、ボクも行っていいかな?」
「ええ、勿論」

一期は断りもせずに了承した。30分後、準備を終えて二階から降りてきた夜子と共に玄関へ向かいブーツに足を通す。立ち上がり昴へ「いってきます」という夜子の首にマフラーを巻く。

「お気をつけて」

昴に見送られながら夜子はコナンと手を繋ぎ一期の車へ乗車した。





■□■






『いきなり少コミは犯罪だと思う。段階を踏むにはりぼんからスタートするべきだよ』
「一体何があったんだ」

備え付けの椅子に座る私の隣にコナンくんは立ったまま問いかけた。
膝の上に肘をたてて一期と店員の会話をBGMに小学生に軽井沢での出来事を説明した。すべての内容を伝え終えるとコナンくんは当事者の私より真っ赤な顔をして他所を向いていた。その様子を眺めながら「一周回って冷静になった」人の図が現在の私である。まだおじいちゃんではないようだ。

「なにやってんだあの人」
『解読不能』
「すげぇ冷静だな」
『当日は取り乱したけどなんか段々と 奪われたというか、失われた、が正しい感情になってしまって。あ、消失した。って気持ちの方が占め始めたよね』

はははは、と笑う私にコナンくんが肩に手を置き「よしよし」と慰めてくれた。手が小さくて癒やされる。マイナスイオン放ってんじゃないかな。

「しかし夜子さんの体液や血液を摂取すれば視認出来るようになるとはな。これは昴さんにも伝え……なんでもないです」

コナンくんに春の微笑みを披露したのだが、絶対零度の凍結みたいな顔をして固まっていた。二度とそんな羞恥心で人を精神的に極刑するような真似はしない。私の決意も完全冷凍保存。屋内なのにマフラーを巻いたまま顔を埋め手袋をしっかりとはめなおす。

「夜子さん。コナンくん。どうでしょうか」
『それも格好いい』
「いいんじゃないかな」

一期が気恥ずかしそうに笑むのを見ながら、コナンくんと共に紳士服へ訪れていた。一期のスーツを買うために。椅子から立ち上がり一期の傍へ行く。さっきのもいいけど今着ている方がいいと伝え、シャツやネクタイなどこの際一式揃えようと選び始める。コナンくんの言いたげな視線に気がついていながらも私は気づかぬふりをしてやり過ごした。

『一期は青色のシャツも似合うね。あ、ピンクもいいかも』
「流石にそれは派手ではないですか?」
『そうかな?若々しいんだから似合うと思うけど』
「ピンクのシャツって、安室さんも着てたね……あ」
『やっぱりストライプにしよう』
「そうですね」
「そっちの方が似合うよ」

コナンくんの発言に全員が手を止めるが、無かったことに書き換えて各々動き始める。揃い終え一期は会計に向かう。コナンくんは椅子に座っている中、私は店内を見て回っていた。
ガラスケースの前まで来るとネクタイピンやカフスなど陳列されている。そういえばもう12月か……残高を思い出しながら唸る。紳士服の他に向かい側に雑貨屋さん、奥の方には婦人服。文房具にスポーツ用品など多種多様に備わっている大型ショッピングモール。非番の一期の気さくなお誘いでデートとなるところをコナンくんという保護者を得た事により私は完全に包囲網。一体何の集まりなんだろうとか、関係なんだろうとか視線が痛い。

息をひっそりとついていると、突然女性のけたたましい悲鳴がショッピングモールを騒然とさせた。
コナンくんが椅子から立ち上がり売り場から廊下へと飛び出す。現場となっている場所を特定するために首を巡らせる。一期も会計を済ませ終え、コナンくんの後を追う中。僅かに感じる彼らの気配に腰裏に備えていた鉄製に触れた。

「一階のトイレで女の人が殺されたらしいよ」

客のひとりが囁くとコナンくんと一期が私へ振り替える。だが私は首を左右に振った。

『一期と一緒に行って』
「夜子姉ちゃんは?まさかひとりで」
『 コナンくん。私はもう誰も巻き込まないって決めたから』

ふたりの静止を振り切って人目のつかない場所を探しに奔走する。誰かが傷ついてそれによって生じるあの痛みに私はもう味わいたくないのだ。




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