浮雲ノ水面




ショッピングモールの搬入倉庫へ行き人が来そうな出入り口を鎖で塞いだ。腰に隠し持っていた鉄製を取り出し適度な長さへと調節する。刻まれた名に目を閉じ額に押し付けた。闘う前はいつも緊張する。それは闘いへの恐怖だ。私は恐い。死ぬのも、傷つくのも、傷つけられるのも、殺すことさえ怯えてしまう。それは何十体と屠ってきても変わらない。それが正しいことであっても私にはそれが正しき事だと断言出来ない。手に伝わる命の鼓動。時間遡行軍だって生きている証。対立する思想の違いでぶつかり合う戦争。人間同士でさえも相容れない。

肉を裂き、心臓を止めるあの感触は嫌でも忘れられない。
命とは、奪われても奪ってもいけないのだと幼子のように反復する。けれど、それでも私は彼らを滅ぼす方を選んだ。それは何故など単純な話だ。

今更彼らを葬ることを躊躇う事はないが、護りたいと思う人々を傷つけられるのは心穏やかにはいられない。血の気が引くなど容易い言い方だが、生きた心地がしないのは事実。

これは審神者としての問題であるから、これ以上巻き込んではいけない。巻き込みたくない。傷ついて欲しくない。傷つかないで欲しい。痛い思いは私がすればいい。傷はいずれ癒えるから、跡形もなく消えてしまうから。他人を傷つけて負う痛みより何倍も何十倍もマシだ。

暗闇の中、浮かび上がる時間遡行軍。瞼を持ち上げ構える。三体の打刀がその姿を現し私の目の前に立ちはだかる。今回は真っすぐに私を狙ってきたことに安堵してしまう。両者互いに構え、足先をすすっと動かし、そして、同時に踏み込む。そうすればここは瞬く間に戦場と化した。





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『くっ』

夜子は戦闘を繰り返す。血潮が飛び散り噎せ返るような鉄の臭いを放出しても彼女は動くことを止めない。髭切は死角になる倉庫の扉前で腕を組んでその光景を眺める。首に巻いたマフラーがひらひらと線を描きながら舞う度に、それはまるで彼女の首を締め上げる蛇に思えた。「兄者」と呼ばれ髭切は顔を上げ、膝丸を迎える。

「こちらは特筆すべき行動をなかった。兄者の方は」
「うん……仕事はしてるけど」

兄弟の視線が再び三体を相手にしている夜子へ向けられる。血が滲んだのか彼女の腹部付近の洋服には血液が付着していた。眉を顰める兄弟たち。髭切は息を空かしてぼやく。

「彼女はいずれ死んでしまうね」
「そうだな。このまま無茶な戦闘を繰り返せば」
「ここへ来て捨て身の戦法なんてね。誰も寄せつけない彼女の意志は僕も格好いいとは思うけど……痛々しいね」

瞼を伏せ髭切は表情を崩した。その横顔は悩ましげに腕に指を食い込ませる。そんな髭切の様子を珍しげに眺めながらも膝丸もまた拳を握る。

少女は哭いている。ずっとずっと哭いている。助けの呼び方を知らぬからーーー。

「こんな時、彼は何をしているんだろうね」
「兄者?」

髭切は苛立ちを隠さずに殺気立てていた。そんな兄の珍しい姿に膝丸は尚も闘い続ける少女へと視線を向けた。





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風圧により吹き飛ばされ背中にコンクリートがあたり息をつまらせた。ずるずると床に倒れ込み床に手をつき歯を食いしばった。口の端から溢れる血を拭い休む暇さえなく、避けるように転がる。

3体の時間遡行軍に斬り刻まれた身体が悲鳴を上げている。だが、それでも立ち上がり挑む。激しい打ち合いに鉄製が耐えきれずに砕けると打刀の白刃が襲いかかる。身を仰け反らせその突きをかわすが床に身を横たう。目の前に立つ打刀が高々に刀身を掲げ、鈍く輝くその刃が振り下ろされる。目を閉じ衝撃に備えると、耳によく馴染む金属音の擦れが届く。ふわりと香の薫りが鼻腔をくすぐり、私は息をすることを忘れる。

「待たせたな、主」
『かねさだっ』

堰を切ったように私は瞼を閉じながら滴を溢れさせる。背後から薙刀がその獲物を振るう音がするが、遮るように弾き。私の目尻を親指で優しく拭う手。

「無茶ばっかすんな大将」
『やげんも、どうやって』
「説明は後だ。いまはこいつらを制圧するぞ薬研!」
「あいよ」

ゆっくりと瞼を持ち上げていく。虹彩に入り込む眩い色彩に私は喉を嗄らせるように涙が止まらなかった。兼定や薬研が容易く殲滅していく様子を目で追いながら、私は生に歓喜した。情けないね。

「これで終わりだな」
「大将、大丈夫か」

地面に蹲る私の背中に薬研が触れると、眉を顰める。薬研は腰に巻いているポシェットから小瓶を取り出す。周囲を警戒している兼定は、ある一点へと目をむける。私は身を起こし口元に小瓶を宛がわれた。

「飲んでくれ。今の不調を緩和できるから」

言葉を発さずに小瓶を両手で支え傾ける。口内に広がるのは甘い蜜の味で色は紫というなんとも食欲がそそらない色味だが、飲み干すと。私は重大な事に気がついた。思わず小瓶を落としてしまう。

『や、薬研…まさかこれ薬研のお手製ッ』

言い終える前に想到した。意識などコンマ0秒で消滅したのだ。

「相変わらずお前の作る薬は殺人レベルだよな」
「効き目最優先だからな。にしても……これは流石に頭が痛いぜ。傷口は浅いようだから応急処置だけしとくか」
「……あいつ、本当にひとりで闘ってたんだな」
「旦那。大将の手当てが終わったら探偵殿と合流する」
「ああ」





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現代の衣服に着替えた薬研と和泉守は意識を失っている夜子を抱き上げ移動を始める。

「この地にオレ達以外の奴らは居るんだったな」
「ああ。だが人間が多い筈だが……居たのか」
「いや。殺気立ってる奴は居たが神域は感じ取れなかった」
「そうか…取り合えず今は大将の端末機を借りて合流するのが先だ」
「わかってる」

和泉守の背におぶさりながらショッピングモールの地上へと降り立つと直ぐに、コナンと会う事が出来た。どうやら相手側も捜していたようだ。おぶされている夜子の姿に驚くコナンだが、彼の後ろに控えていた一期は特段その様子はなく。両者の対面が果たされる。

「ああ、待て待て。そう警戒しなさんな名探偵殿。俺っち達は大将…ああ、えっとここでは真名で呼び合うだったな。夜子の家族みたいなものだ」
「いきなし呼び捨てかよ」
「ん?旦那もすればいいだろ」

薬研の言っていることは最もだが和泉守にはハードルが高いのか、燻っていた。そんな彼らの様子にコナンは疑いの眼で見つめていたが彼の小さな肩に一期が触れる。そんな一期を目視した薬研は気さくに声をかけた。

「いち兄。こっちで会うのは初めてだな」
「薬研……元気そうでなによりだよ」
「知り合いなの一期さん」
「はい。私の…弟だよ」

渋るように一期はコナンに薬研を紹介した。薬研は軽く会釈をする。

「お前は夜子さんの」
「ああ、俺の大将が世話になった」
「いや、私は特に何もしていないよ。それより彼女は」
「それについてだが、休める場所に連れて行きたい。案内してくれるかい」
「構わないよ。車はこっちだ」
「送るなら博士の家がいいと思うよ。昴さん今頃買い物に出かけていると思うから」
「そうですな」

コナンの提案により一期が薬研たちを車まで案内する。薬研が一期の隣を歩けば必然的に和泉守の隣にはコナンが歩く。和泉守を見上げるコナンの珍し気な眼差しに和泉守は居心地が悪そうにコナンへと声をかけた。

「なんだよ。ガキ」
「あ、いや……お兄さん。髪の毛長いなって」
「悪いかよ」
「別にそうじゃないけど(夜子さんの好きそうな外見)」
「なら黙って歩けよ(あいつが好きそうな子供)」

互いに言葉を省き押し黙った。コナンからしてみれば珍しい性質の大人である。また和泉守からしてみれば短刀を奮起させた。

「彼女の刀剣たちかな」
「一応カメラには収めたから後に現像しよう」

そんな彼らを隠し撮りする膝丸と髭切は雑踏に紛れて姿を消した。