「お前が何処で何をしていたのか知らねえが、お前に素質がないのなら価値はねえってことだ……悪く思うなよ、ミモザの娘」
銃口が心臓を捉える。不思議と恐怖はなく、とても穏やかに凪いでいた心音。どうしてだろうと悩む事はなかった。これで漸くわたしは、やっと役を終えるのだから……でもどうか、どうかと願ってしまう。
叶う事ならば―――
「待ってください。まだ吐かせていない実験の詳細等が残っているんですよ」
「無駄よ。彼女は死ななければならないの、そうあの方が命じられたのだから」
渇いた唇が僅かに戦慄き、残す音は空洞だった。
「××××」
「夜子〜ちょっと鍋見てくれる」
『実家に帰省した娘に鍋見ろって……』
悪態つきながら私は台所に立つと鍋の底をかき混ぜた。久しぶりの顔出しだというのに働かせるか普通。しかもお母さんから「帰って来ない?」と誘ってきた癖に……。まあこの愚痴は直ぐに終わる。何故ならこの26年間で散々学びました。云っても無駄だとね。娘は母親には勝てないのです。はいはい、負けですよ。惨敗記録更新中です。
乾いた笑い声を上げながら引きつらせる口元に、扉をくぐってきた鶴丸が片手に籠を持ってやってきた。
「おかえり夜子」
『やほぉー鶴丸。元気そうだね』
「おいおい。昔みたいにお兄ちゃんって呼んでくれないのかい?」
『……鶴丸は鶴丸でしょ』
目元を和らげて鶴丸は私の隣に立つと水道から水を流し、籠の中から畑で採れた野菜を晒した。頬をくりくりと指先でつつかれて眉に皺が寄る。
「恥ずかしいお年頃ってやつか」
『っていうか、鶴丸をお兄ちゃんなんて呼ぶとうちに居る鶴丸にもそう呼んじゃいそうなのよ』
「おっと、そいつは勘弁してほしいな。君の兄は俺だけの特権だから」
『はははは』
また乾いた笑い声を上げた。たまたま私が生まれた時に顕現されたから一緒に育ったたというだけの話だ。限りなく飛躍しすぎて怖いわ。洗濯物を干し終えた母がリビングに戻って来ると開口一番はコレだった。
「孫はいつ見せてくれるのかしら」
『あーそれはね…来世に期待してくれ』
だいたいオタクに期待するなよ。そういう一般人向けのイベントフラグをこっちとら15歳から拗らせすぎて手遅れなんだよ。しかも、物心ついた時からイケメン刀剣男士に囲まれた所為で其れを標準基準にしたら誰もいねえんだよ!寧ろ生きてねえ!!
手に拳を握りこれまでの苦労を自身で労った。その様子を母は何も知らずに笑ってはいるものの懲りずに再び「でも孫はみたいわ」と発言してくる。全く諦めるということも知って欲しいぞ、娘としてはな。
「諦めた方がはえぞ。こいつに男の髪の毛すらねえからな」
「相変わらず和泉守が近侍なんだな」
『私が選んだ訳じゃないから、じゃんけんが強いんじゃない?』
「おめぇな……」
兼定が青筋を額に立てようが、私は鶴丸から皿を受け取り鍋にあるカレーをよそう。鶴丸は白い皿に生野菜を盛りつけサラダを作り、母は飲み物の用意をする。食卓を拭きながらぶつくさ文句を垂れる兼定の四人の昼食会が開かれた。
「頭痛の方はどう?」
『あーなんか、酷くなる一方なんだよね。最近は幻聴も聴こえるし』
「鎮痛剤あるけど飲む?」
『貰おうかな』
「それ効き目はいいみたいよ。薬研ちゃんの特効薬だから」
母の爆弾発言を聞いたのは薬を飲んだ後だった。食道に通った錠剤の所在を胃へ流し込み行方不明となる。周囲は静まり返り母だけが「大丈夫よ」と笑っていた。
ご飯を食べたら帰ると日帰りは申告してある。あまり本丸を開けたくないという気持ちを先輩審神者である母は充分理解していた。相変わらずお土産の荷物を多めに持たせられ兼定と共に鶴丸と母に別れを告げる。鶴丸は額に別れのキスを送り、それを兼定が間に入り、額を赤くなるまで袖口で拭うのを通例として兼定と共に帰路についた。
「おい、大丈夫か」
『今の所は』
「いざとなりゃ俺が担いででも連れて帰ってやるよ」
『期待しない程度に頼りにしてる』
「おう、任せろ!……って、それどっちだよ」
引っかけ問題に引っかかっている兼定を後方に置き去り、私は懐中時計へ目を移した。時空移動に関してまだ猶予はありそうだ。其処へ途方にくれたおばあさんを見かけて声をかけられる。どうやらおばあさんは道に迷ったそうだ。こんな一本道でと思ったがお年寄りにしたら一本道でも知らぬ道であればもう迷宮なのかもしれない。それに何故だろうか。このおばあさん、祖母に似ている。そんな印象を受けたものだから私は迷うことなくおばあさんに手を差出し道案内を買って出た。
「ありがとうね。此処まで付き合ってくれて」
『いいえ。私達も此の道だったので』
バス停まで到着すると時刻表には残り10分程度で到着する様だ。それまでおばあさんと共にベンチに腰掛けて兼定は荷物を床に置いて、会話が続いた。
「もしかして夫婦かしら」
『え゛、違います』
「何で言葉を濁した」
『濁すでしょ。だって兼さんだよ?』
「おい、どういう意味だよ」
「じゃあ別に愛しい人がいるのね」
『いえ、いないですけど。まあ今世で出来るとも思っていませんけどね、特定の相手なんて』
ベンチの背もたれに仰け反る様にもたれかかり夕暮れを眺めた。もうそろ夜が訪れる。少し肌寒くなった風が頬を撫でた時、おばあさんの声が凛と張った気がした。
「人生において、諸君には二つの道が拓かれている。 一つは理想へ、他の一つは死へと通じている……貴方はきっと後者ね。死は物語のはじまりにすぎないのよ、誰もが共通する人間であれば死は訪れる。だから貴方のオリジンは死を持ってはじまるのかもしれないわね……なんて。若者を脅かすのは酷なことね。ごめんなさい」
『あ、はあ……』
兼定が失礼な婆さんだと顔をしていたが、私はその言葉に息を呑んだ。だってそれはまるで……予言みたいだったから。
バスが到着し、おばあさんが乗り込む。兼定が荷物を持ち込み、おばあさんが座る席付近に置いてから出てくるのを見送っているとおばあさんが窓を叩き。私は顔をあげた。おばあさんが指先を自身の喉元から鎖骨付近を二三度トントンと叩きにこりと微笑んだ。私はその動作に首を傾げつつ自身の胸元に手をやると金属が触れる。思わず固まった。何で知っているんだ……私の今日の服装はハイネック。首から下げているネックレスの存在は死角になっているのに何故あのおばあさんは解ったのだ。恐る恐る、私は再び顔を上げておばあさんの存在を瞳に映すとおばあさんは口を動かした。
「 大切に遣ってね 」
『まっ!』
バスの扉が閉まり私が伸ばした手は宙だけを掴んだ。私の後ろに控えていた兼定は不思議そうな顔をして名を呼ばれる。だが私は首から下げている鎖を引っ張り眼前にその姿を曝す。鎖の先に付いているのは祖母から受け取った不思議な形をした鍵。何の鍵なのか子どもの頃から謎だが今もそれは謎のままの迷宮入りだ。
じっとその鍵を見つめていると肩口から兼定に覗かれる。
「なにみてんだよ」
『っ、近い』
額を指先で叩き退かす。此れでも男性経験があんまりない。いや、少ない……ねえよ。悪かったなサバよんで。
腕を組みふんっと鼻を鳴らした。後ろで額を叩かれて痛そうにしているイケメンは放って行くか。
先に歩き出し謎めいたおばあさんの事に気を取られていたその矢先に、私は突如現れた時空の歪に一歩遅れて気がついた。兼定の声が遅く聴こえ、私が上空を見上げた瞬間。その姿は露わになり、刃の矛先が向けられる。
『け、びいし、だと?!』
「主!!」
何故検非違使がこの平行世界に現れたのか。有り得ないことだ。何故ならこの世界は時間軸に囚われていない。此処へ彼らが秩序を護るために現れたというのなら其れは何かの間違いだ。時間遡行軍なら解るが、見るからに検非違使であることは明白。しかも……真っ先に傍にいる兼定でなく、審神者である私を狙うなんて―――!
心臓を一突きにする威力が私の身体を貫いた。何とか避けたがそれでも左から右へと変わっただけで、致死は避けられない。胚を破られたからだ。即死を避けてもいずれ死ぬ。もって30分程度だろうが……何故だろう。あのおばあさんの言葉が脳裏から離れない。
―――死は物語のはじまりにすぎないのよ
わたし……死ぬのかな。
死んだら物語とやらがはじまるのかな……でもわたしさ……死んだら其処でピリオドだと思うんだよな……。
「―――ッ!」
兼定が叫んでいる気がするけど、耳が遠いな。目も段々視えなくなっている気がして、あれ……此れはもうやばいな……死ぬって、なんか……あっけないかもしれんわ。
『―――い』
意識は其処で途切れた。
一凛の花弁が散り、床に落ちる。その宙をたゆたう様は悠久の刻を刻むより遙かに刹那的だろう。
「永かったな」
落ちた花弁を拾い上げ彼はその花に唇を押しつける。後ろで娘の悲報を訊き慌てふためき叫ぶ母親の姿に目を細め花弁を指先から滑り落とし、彼は母親の肩に手を置き慰めた。
「あの子が…っ、あの子が搬送先で亡くなったって!」
「早く病院へ向かおう」
「主様!お嬢さまの遺体が消滅したと通達がっ」
泣き崩れる母親の断末魔に、彼は口元を優美に上げた。まるで、この日が来る事を待ち望んでいたかのように………。