はじめました




五感が消えていく中、視界がぼやけて見えないが耳が完全に音を拾えなくなる前に届いた声と、駆け寄る影を見つめた。

「博士!今すぐ救急車の手配をしてくれ!」
「胚を損傷している可能性が高いわ。すぐに止血しないと死ぬわよこの人」
「止血に必要なタオルを持って来たわよしんっコナンちゃん」
「酷い疵口ですね、まるで鋭利な刃物で一突き、と云ったところですか」
「もうすぐ此方に到着するそうじゃ」

何だろうか。とても…とてもよく耳に残る個性豊かな声とキャラ立ちに、遂に私は死ぬ直前に成り妄想の具現化に成功したのか。ぼやけているというのにやけに繊細な視界だな……某小さな探偵さんたちが視えるぞ。

「お姉さんが何か云いたそうだ」
「意識はまだあるみたいね」
「お姉さん。大丈夫だよ。絶対に助けるから」

小さな手に手を握られ、そこから感覚がなくなってきているのに温かいなと感じて、目尻に涙が溜まって流れた。

『ありがとう。神様。まさか祖母が書いたコナンくんと哀ちゃんに会えるなんて光栄の極み。可愛いです本当に。撫でたい抱きしめたいです…しかも博士と新一のお母さんにも、冥土の見上げに祖母に教えてあげたいと思います。ちゃんと読んでいなくて申し訳みですが、昴さんとか顔が超好みです。もう一生そのままで居て下さい、閣下。一遍の悔いなしとは言えないが最期にいいもの見せてくれてありがとう。これから苦難が待っていると思うけどお姉さん。三途の川付近で奪衣婆と談笑しながら待ってるわ』

零れ落ちた音は巻き戻すことも回収する事もできず、私は最後に失態を犯して意識を手放した。





■□■






ある連絡を受けた。降谷零宛てに届いたある筋からの情報は、五条夜子に似た少女が病院に担ぎ込まれたと。意識は戻っていないが手術は成功したとも聞いた。その病院を突きとめ見舞いのフリをして花束を片手に病室の傍まで行くと、その病室から見知らぬ小学生少女が携帯を片手に出て行く。
その後が気になり少女の後をつけて非常階段の死角に身を潜めると、会話が拾えた。

「じゃあ彼女はやっぱり、五条夜子なのね」

その少女の言葉に核心を得る。病室にはどうやらこの少女しかいないことは会話を訊いて間違いないことを知ると素早く容姿を確認するために、病室へと向かい室内に入室。カーテンを開け眠る彼女を目に映すと時間が止まったような錯覚を覚えた。似ている…と思われる。髪色や肌の色など違いはあれど、骨格からして背格好も似ていると思われた。死んだはずだ……なのに、こうしてい生きている。あの時遺体は海に投げ捨てられたが……とんだ幻想だ。あの拳銃から逃れた方法があるなら是非ともご教授願いたいものだ。
目の前で眠る少女は記憶の奥底に残った消せない残骸を彷彿させる。面影が重なり目眩を起こし、思わず少女の名を口にした。

「夜子」

よく唇に馴染むその名を忘れた事はない。一度しか会ったことがないのにな。何故か離れない。でも組織が銃殺した際には感じなかったというのに、何故今、強く惹きつけられたのかわからない。だが、類似点があると言っても面影だけで実際にもし居たのなら――あの少女は大人になっているはずだ。こんな子供ではない。

記憶の紐が解き始め、邂逅するセピア色が鮮やかに彩り始める。伸ばした指先が少女の頬に触れたとき、少女の閉じられた瞳から透明な滴が零れた。それは止まる事を知らずに静かに、流れていき。少女の耳や頬を濡らしていく。その様子を眺めながら俺は流れる滴を止める事も出来ずに、その涙に手を濡らしながら花束をベッドサイドに置き。彼女の空白の手にうさぎのマスコットを握らせて病室を後にした。
何故、脳天を打ち抜かれたというのに生きているのか。理由を考えなくてはならないのに、もし組織の連中に見つけられたら今度こそ殺害しなくてはならないかもしれないのに。
俺は、今は彼女の涙が止まればいいとらしくもなくそれだけしか浮かばなかった。

「あら?誰か来ていたのかしら……花束に、ぬいぐるみ?」





■□■






私が目覚めた時、私が何故此処にいて、現状どうなっているのかを小さな名探偵に語られた。
簡単に云ってしまうと私はこの時代に存在していた五条夜子の成り替わりらしい。交替と云えばもっと解りやすいかもしれない。現在私が居るこの時代は過去で、私はここから遙か未来から転移装置か時空の歪によってやってきて。この時代に居るはずの五条夜子が同時刻に殺害されそれと入れ替わるように私が此の時代にタイムリープしたそうだ。しかも五条夜子と顔がそっくりで誰もが私を五条夜子だと認知している。本来の私は藤夜子なのだが、どうやら私の時代的に云えば時間軸が損傷してしまい、その修復をするために同名で同じ顔を持つ私をこの時代の人間と定め住人名簿に登録されたらしい。だが過去へ飛び歴史を護る審神者をしている者からすれば過去へ飛ぶことに疑いはないが、修復の為に時代に縛り付けられるのは初耳だ。それに年齢が本来から退行している。私は26歳なのだが、現在は16、17歳の高校二年生。可笑しな話だ。それに時代を飛ぶなら転移装置を所持しているはずなのに私が所持していたのは見知らぬ手帳と祖母から頂いた鍵だけ。

この名探偵は手帳と鍵を拝借し手帳を鍵で開けて中身を見たそうだ。其処には生前の五条夜子が記したとされる何故、誰に殺されたのかが逐一漏れずに書いてあったそうだ。そして更なる事実を突き詰める為にその手帳に記載されていた金庫の鍵を入手して、金庫の中身まで取って来た。中にはハードカバーくらいの大きさの本が数冊と新しいスマホだけが入っていて。本の中身はこれまでこの小さな名探偵が解いて来た謎や事件、黒の組織とのインパクトやあの来葉峠で起こった真相までが明確に時系列順になって記載されているだけの推理小説仕立てになっていた。これは祖母が書いた未発表の作品であると私が証言する。ちなみに挿絵入りなので登場人物たちの人相を知っていただけ。スマホの中身はメモ帳だけで、その内容は暗号ばかりの解くヒントもないものだったらしく此れ以上探れなかったらしい。

さっき述べた物騒な言葉。五条夜子が殺害された事が今回の注目ポイントだ。
世間では五条夫妻は自殺。娘の五条夜子は行方不明で、彼女の兄もまた所在不明となっているようで。私は五条夜子に似ているだけの人物という立ち位置に今はなっている。
実は五条夜子の両親は黒の組織の仲間で何らかの開発をしていた科学者で父はルジェ、母はミモザというコードネームだった。だが何らかの裏切り行為を行い組織は五条夫妻を無理心中に見立てて殺害し、その娘である五条夜子も殺害した。という……とてもハードボイルドみたいな内容に正直震えた。まさか私、死んだ人間に成り替わったのかと。よく夢小説であるけどまさか死んだ人間にってないよね?普通生きてるよね?死んでるって……いやいや。まず問題はそこではない。私……危ない連中に命を狙われてる人やんけぇぇっ!!ってことだ。
検非違使に胚を破られ死にそうになるは、こっちでは私に似た少女が脳髄に鉛ぶちこまれるわって死に方が悲惨じゃないか。もっと安楽死的なのがいいよ。

「確かにルジェとミモザというコードネームは聴いた事あるわ。でも何を開発していたのかは私にもわからない」
「両親が組織の仲間だからって、今まで別々に暮らしていた何も知らない娘を手にかけるってのも何だか納得いかねえ話だよな」
「でも彼女、年齢退行しているからもしかしたら……」
『あ、それは別の薬でだから大丈夫だと思う。私の知り合いにも危ない薬を作る腕の良いイケボが居るんだけど。その子が作った薬の副作用だと思う。それ以外服用していないし、過去へ飛ぶからっていちいち年齢は退行しないから』
「あ、ああ…夜子さんはそういうのが仕事なんだっけ」
『信じられないと思うけど…まあ陰陽師だと思って。近未来式の』
「夜子さんが生きている時点で夜子さんが未来から来た人だって信じるし、この金庫に終われていた本の内容を見れば夜子さんが俺達を知っているのも納得した。だけど、夜子さんが生きていることを奴らにバレたら……」
「ええ、確実に消すでしょうね。でも彼女と殺された五条って人、容姿が違いすぎるわ」
「ああ。五条さんの方は黒髪ショートに黒い瞳だけど。夜子さんは白銀のセミロングで瞳は珍しい紫目だからな」
「ちょっと藤色に近いけれど」
「体型も五条さんは女性らしい体躯だけど、夜子さんは……痩躯だもんな。凹凸もないくらいの」

コナンくんの鋭い上段斬りに身が裂かれる思いを抱いた。隣で聞いていた哀ちゃんが代わりにコナンくんを殴る。

「顔は似ているけどよく見ればの話だし。現にあなたは五条さんじゃない別人だから欺けると思うけど」
「夜子さんはこれからどうする?協力してくれるなら心強いんだけど」
『勿論協力させて頂きます。その代わり、私の事も出来れば』
「わかってるよ。夜子さんの件についても俺は協力する。これで協定関係成立だね」

小学生にしか視えないコナンくんと握手を交わす。恐ろしい。見た目だけで人を騙せるのにこの洞察力と推理力。本来であるならば彼らに関わる事は避けたいのだが、既に審神者にいた私の時代から逸脱してしまったため、もう私はこの世界の住人だ。帰る手立てもないし、あっても帰れないけど。それに“五条”って苗字がひっかかる。その名は鶴丸国永の刀派のはず。何故そんな名を苗字として名乗っていたのか……一応これでも審神者歴二十年の私としては調べる必要があった。

「当面は母さんが夜子さんの身元引受人になってくれっから。住まいも良ければ俺の家で昴さんと暮らしてくれれば」
『……すすすすす、昴さんと?!』
「え、なに?大丈夫だって。しょっぱなから顔が好きだって言ってたから、昴さんも知ってるし。現に昴さんに訊ねたら{ 別に構いません }って言ってたから」

頭部で腕を組みニシシっと笑うコナンくんに、あざと可愛いなと頭を撫でる。
沖矢昴さんって凄く私の好みの顔をしているのだ。あれは三次元でドストライクなの。二次元は広範囲地雷はないけど、あれはだめ。すごく好きなの……!
そりゃ刀剣男士に囲まれた生活を子どもの頃からしていたからイケメンに免疫はあるけど、男性に免疫ないから。刀剣男士は男性じゃない、あれは家族だ。家族。ノーカン。
だから生きている男性と一つ屋根の下で共に暮らすなんて事、嫁入り前の小娘がしていいのかしら……って私はもう結婚に行き遅れた四捨五入したら三十路女。間違いなぞ起きるはずもない。容姿だって昔の自分だ。しかも処女で付き合った経験もないし、恋愛もあまりしたことないし……はっ女かよって感じだな。はあ、と一気に肩を落とし溜息をついた。

「何か落ち込んでる?」
「乙女の悩みに土足で踏み込む事は辞めなさい」

後ろで小学生にフォローされたよ。まあ、外見は花の女子高生ですからね。ははは。

コナンくんが何故周囲にも隠している沖矢昴さんが住む工藤くんの宅へ、私を住まわせる事に許可的なのは。私が彼の正体を知っているからではない。私があの意識が朦朧としている時に彼を一目見て変装していることに気がついたからだ。後でコナンくんに問いかけられた時素直に変装している彼のことを名指しで示すと、コナンくんから教えてくれた。だから今は彼が誰なのかを知ってはいる。なので、同居することはこの小さな名探偵からのお願い事。私は住む場所がないから好都合なので、前向きだけど……でもやっぱり緊張しちゃうな。

情報漏洩を避ける意味も含まれているだろうが、最大の理由は彼に保護してもらうということ。

元の時代に居たら霊力があるからある程度戦力はあったが、現在はあまりない。ないことはないが、自身を護る程の力がないのだ。多分、時代に合わせて別の用途にその消えた霊力分が身体に作用されたと思うけど……出来るなら胸に作用しろよ。栄養失調だよ、たっくよ。
大人しく護られる事にした。それから学校の手配をしてくれたそうで、名前も偽ることになった。学校は帝丹高校で、コナンくんの義理のお姉さん、江戸川夜子として退院したら工藤邸で生活することになる。普段から使用する様にコナンくんからスマホを新しく受け取り、中の連絡先は工藤夫妻、阿笠博士、沖矢さん、コナンくん、哀ちゃんと連なっている。テキパキと私が眠っている間に話を進めてくれたようで、有難いことだ。
コナンくんの脇に手を通して思いきり抱きしめる。

『ありがとうコナンくん!』
「あ、ちょっ!おめえ俺がいくつかわかっててやんなよ!」
「あら、本当の姉弟みたいで微笑ましいじゃない」
『哀ちゃんはキュートで好き!』
「あ、ちょっと!」

コナンくんを下ろし哀ちゃんを今度は抱きしめて賑やかになる病室内。
高校生くらいの少女の病室に小学生が毎日見舞いにやってきていた所為で、割と院内では噂になっていた事を知らずにいた。

そう―――眠り姫が眠っている病室だと。