「夜子お姉さんからもらったの」
「みんなでお揃いなんです」
「いいだろ!」
「よかったね」
「蘭とわたしも貰ったのよ。このカチューシャ」
「手作りなんだって。凄いよね」
「私も貰ったの。蘭ちゃんとは色が違うシュシュだけど装飾品が違うんだよね」
「世良さんも貰ってたし」
「博士と昴さんも貰ったらしいよ」
「日頃の感謝の気持ちだなんて、律儀よね。マスターにも贈っていたし。あと貰ってないとしたら……」
そこで全員の視線がひとりの男に集まった。普段通り接客をしているが、内心シャドーボクシングをするほどフラストレーションは溜まっていた。その姿を見た情報網が厚い女子高生とお姉さんが内緒話をする。
「和泉守君も貰ってたわよね。新しいピアスを見せびらかしてたから」
「薬研君も手首にしてたし」
「髭切さんと膝丸さんも色違いのブレスレットしてたわ」
「じゃあやっぱ残すところは」
「うん、ひとりしかいないよね」
「昨日シフト入ってたけどそんな素振りなかったし」
内緒話が大きい女性たちの下では子どもたちが輪になっていた。
「粟田口刑事はネクタイピンを貰ったそうですよ」
「佐藤刑事と由美さんたちも貰ってたみたいだし」
「高木刑事たちも貰ったって言ってました」
「あの兄ちゃん以外全員貰ったってことか!」
元太のストレートな言葉に心臓を一突きにされる、安室。心なしか口端から吐血しているように見えた。
「ちょっとバックヤードに行ってきますね」
梓に断りを入れてから安室はこの場から戦線離脱すると、閉まる扉を見つめながら園子はおかしいなと首を傾げた。
「あの子。安室さんの分も用意してる風な口ぶりだったのに」
「え、そうなの?園子」
「じゃあもしかしてあのとき」
梓はふと昨日の事を思い出していた。帰り際、自分のロッカーの前で行ったり来たりを繰り返し煮え切らない行動をしていた夜子の姿があったことを。少しお手洗いに経った後、彼女は「お疲れ様でした」と言って帰ってしまったが。とそこまで思い出すとくすりと笑う梓。
「かわいい」
そんなことを知らずに椅子に腰掛け机の上に肘を起き手を組むと額を預けて少し長めの息を吐き出す。
「俺だけ貰ってない」
相当ショックだったのか、かなり落ち込んでいた。己が色々犯した罪に関してはさておきながら、貰えたら嬉しいな。寧ろ貰えるんじゃないかな、まで想像していた分だけ彼に掛かる負荷は計り知れなかった。楽しみだったのだろう。職場へ行くと髭切が自慢してくるみたいに見せびらかしてくるのを耐え、膝丸の腕から垣間見えるモノをガン見しながら報告を聴き、風見の弁当にさえも羨望の眼差しが止まらない29歳完璧主義者。卒無く何でもこなす男、降谷零兼安室透は息を深くより長く吐き出した。
ちなみに、風見も手首につけていたのだが上手く隠していた事には気がついていなかった。相当ショックだったのだろう。
ペンを探しているとあ、ロッカーに入れていたな。と思い出し椅子から立ち上りロッカーを開閉すると眼前に見知らぬ小箱が置かれていた。訝しげな眼差しを送り手に取り耳をあてるが音は聞こえない。隅々まで確認するが、盗聴器並びに発信機も付けられていないことまで確認した。
一体これはなんの目的でここに。出勤するまでは無かったはず。
中身を開けて確認するしかない、まで判断し彼は慎重にリボンを解き蓋を開けた。そこには黒の天然石が連なる、アンクレットが入っていた。手に取りつつクッション素材を退けると箱の底にはメッセージカードが入っていた。読むと小さな文字で「いつもありがとうございます」と書いてあった。その直後店内から『おまたせ』という声が聞こえ安室はそれらを片手にバックヤードの扉を飛び出し、視界に夜子の姿を捉えると満面の笑顔で近づいて来たので思わず互いに手を繋ぎ合うと力を込めて攻防を繰り返していた。
「大切にします」
『感謝の気持ちなので深い意味はないので、ほんとっそこだけは勘違いしないでください』
「なにやってるの」
「抱きしめたいのと抱きしめられたくない結果、組み合いが始まった感じだね」
「でも圧し負けてるね」
「あ」
コナンがそう呟くと同時に力が弱まった夜子を繋いだ腕事引き寄せ、傾く身体を支えると耳元に唇を寄せて甘く囁く。
「ありがとうございます。本当に、大切にします」
嬉しさを隠しきれいないのか普段よりも弾む声に、夜子は安室の胸に額を押し付け顔を隠した。ニヤつく口元を隠したかったようだ。喜ばれることは嬉しいのだろう。自身の手で作ったものなら猶更。そんな仕草をして逆効果なのを知らない夜子に突然スッと真顔になった安室に危機を感じた、蘭、園子、梓、コナンは全力で引きはがしにかかった。
「でも何故僕だけアンクレットなんです?」
『深い意味合いを持たない上に視えないところならば全国の女性の反感を買わずに済むかと思いまして』
「揺るがない自己評価底辺思考」
「染みついているのね」
「フラグを圧し折るスキルは素敵よ夜子ちゃん」
「いや、全力で勘違いするだろ。この人夜子さんに対してだけ暴走するぞ」
小さな名探偵の小さな呟きは誰にも届いてはいなかった。
ネオンの光と星々の輝きを裸眼で視認できる許されたその空間。給仕によるコース料理が運ばれ、ワイングラスにボルドーが彩る。メインディッシュにナイフを入れる中、鮮麗された上品そうな男が歩くたびに、室内は憂いの息をこぼしはじめる。彼が目指し、座る席の正面には絶世の美女がボルドーを傾け、その唇をルージュに染めた。
「久しぶりね。最近忙しそうじゃない」
「ええ、おかげさまで」
「ふふ、あなたって本当に秘密主義者ね」
「あなたのような美女の前では偽ることも難しそうですが」
上機嫌に微笑む美女はそのブロンドをなびかせ艶美の身体で異性の視線を集める。その席はまさに極上の楽園が拡がっていた。
「それで、あたしに何を手伝わせようとしているのかしら?」
「対したことではありません。暫くの間彼女に近づくのを控えて頂きたいだけです」
「白雪姫にご執心なのかしら」
「ええ。姫のその瞳に宿るのは私だけ十分です。特にバーボンは少々邪魔ですね」
「はっきり言うわね。彼は監視をしているだけよ」
「ではその監視は暫く休業を」
「何を始めようとしているのか、教えてくれるわよね」
柔らかなフィレを舌で堪能し口元をナプキンで拭くと、男は上品に微笑んだ。
「秘密主義者なのはご存知ですよね、ベルモット」
「……まさかとは思うけど。あの子に何かしようとしているのかしら。殺すことはあのお方が赦さないんじゃなくて」
「殺しはしません。私は。でも白雪姫が自ら毒林檎を齧るならば、それは私の範疇を越えることはご理解頂きたい」
「じゃあそうならないように、王子様でも用意しておこうかしら」
「おや、賢明ですね」
ボルドーを揺らし、ベルモットは口にする。ルージュが引かれたその艶やかな唇を動かして。
「あなたは完璧主義者なのね。どんな姿になってもなりきる演技力は素晴らしいわ―――ギムレット」
「大女優に褒められるとは喜ばしい限りですね」
水色の髪を揺らし、金色の瞳が揺れる。繊細で優し気な雰囲気のその男、粟田口一期は笑みを浮かべていた。アオイライトが輝くネクタイピンが照明に照らされて鈍く輝きを放ちながら………。