「君こんなところで一人で何してるの?」
『え、座ってますけど』
見てわかんないの?という感じで答えると男はやや口を折りたたむがそれでもめげずに表情筋を和らげる。
「もし暇なら俺とお茶でもしない?」
『これから帰って夕飯の支度しないといけないのでさようなら』
「ちょっちょっ!待ってまって。え、うそ。すごいスルースキル。取り付く島もない感じ」
『鏡見た方がいいですよ』
「しかも辛辣…あのね。ここは普通戸惑わないと駄目でしょ」
『そういうもんですか?生理的に受け付けないのに戸惑わないといけないですか』
「うん、俺の方が戸惑うわ。え、うそ…ごめんなさい」
『泣かないでください。きっといい人見つかりますよ……来世あたりで』
「今世は絶望的なのかな」
『私も顔面偏差値底辺なので来世で共に頑張りましょう』
「今世で頑張ろう!」
『少しは現実みましょうよ』
「人生諦めるの早くない?うん、今世で頑張るためにお茶してください」
『勘弁してください』
男に背を向けて歩き出す腕を掴まれてしまう。そして懇願され、困り果てる。私だって選ぶ権利くらいありますよ。それに慈善事業はこういう所では使ってはいけない。最後まで断り続けると後ろから肩に腕を回されて傾けられる。うわっとふらついた身体はそのまま肩に腕を回した本人の身体に衝突。半ば抱き着くという形に納まってしまった。
「すみませんが、僕の恋人に何か用ですか」
うわ……トドメだ。私は相手の男性が気の毒になったが、何も言うまい。男の人は肩を落としてこの場をとぼとぼと去って行くのを見送りながら未だに肩から手を放してくれない彼の手に気が散る。
『あの…別れの言葉を吐いた女になんの用ですか(うわ、可愛くない)』
「僕がきみに逢いたかった、では許しは得られませんか」
『それは私に都合が良すぎませんか』
「ふっ、狡くていいのに」
た、たしかに!思わぬ盲点に目から鱗だった。流石モテる男は違うな…いや感心してる場合じゃなかった。肩に乗る手を払い目を伏せ地面へ視線を落とす。
『取り敢えず自然な流れで人の事恋人とか吹聴しないでください』
「熱い口づけまでした仲なのにきみは連れないですね」
『奪っておいて何ほざいてんですか』
「ええ、大切にさせて頂きます」
うっ……今のは、ちょっと反則な気がする。自分でも頬が熱を帯びていることは解っている。思い出したくないので必死にセーブするけど。可愛くない態度を取る面倒くさい女の隣から遠ざかる気配はない。
「そういう可愛い顔をするならまたしてしまいそうなので、控えてくれると助かるんですが」
『っ』
マフラーを口元まで引き上げ距離を取る。目が本気なのが猶更怖い。ってか真顔で言ったのか。警戒レベルを上げて身構えると安室さんは「冗談ですよ、半分だけ」という意味深な事を発言される。警戒を解くことは出来ない。いや、この人の前で解いてはいけないと私の本能が叫ぶ。
「お久しぶりですね夜子さん」
『ええ、まあ。お変わりないようで』
向き合うと彼はスーツを着用していた。見慣れない衣服の所為で見知らぬ人感が尋常じゃない。彼は「とりあえず座りましょうか」と言ってベンチに誘導する。前なら即座に断って逃げ出している所だが、今日は私も彼に話があったから大人しく隣に腰掛けると安室さんは瞳を大きく開けて物珍しそうに私をその瞳に映す。まあ自分でもわかるがそこまで驚かれると流石に逃げるぞ。
『あんですか。隣に座ったらだめですか』
「いえ…今日は素直なんですね」
『いつも素直ですよ』
喧嘩なら買うぞ、おらっという態度になるが今日はそういう事をしたい訳ではないので静かに膝の上に置いた。潮風が肌を滑り冷たい空気が周囲を包みだす。
『もう12月ですね』
「期末考査はどうでしたか」
『とりあえず補習はないです。出席日数も足りて冬休みは無事に迎えれそうです』
「それはなによりですね。最もきみが考査に引っかかるとは思っていませんでしたけど。きみは真面目ですから」
『こちらも調子狂うのですが。なんで今日はそんなに普通の人なんですか』
「僕はいつも普通ですよ」
右手で前髪を撫でながらサイドの髪に触れ、毛先をくるくるといじる。早く言ってしまえばいいのに躊躇っているのか、恥ずかしいのか、言えずのままだ。ああ、どうすればいいんだ。気持ち悪くて吐きそうなくらい心臓が煩い。込み上げてくる嘔吐感を我慢しながら景色でも見ようと顔を上げた途端。目をつむった。ここ……デートスポットやった。右見ても前みても全部恋人しかおらん。しかも今は夕暮れとき。盛り上がりも最高潮なのかもしれない。あば、あばばばばば!と擬音語を呟きながら苦しむ。よし、左を見よう。向いた瞬間、ご対面だった。忘れてた。左隣は安室さんやった。しかも相手も調度私を見ている。あの綺麗な青い瞳を見返しながら、そういえば出会った当初も瞳が綺麗だったな。変わらないその瞳の色に、すっと緊張が抜けた。
『怪我の具合を聞いてもいいですか?』
「もう治りましたよ。痕もなく。きみの方は新しい傷がついているようですが」
『掠り傷ですよ。深手のものはありません』
服の下に隠れている包帯を彼は見てしまったのか、尋ね返されて驚く。手を取られ冷たい私の指よりも温かい彼の温度に、ほっと息をつく。生きているからこその温かみであり、彼が目の前にいる証拠でもある。取られる彼の手を繋ぐように触れ、彼は吃驚していたようだけど。構わずに言葉を紡いだ。
『ごめんなさい』
「……」
『あなたはただ助けてくれただけなのに当たってしまったからその謝罪もまだしてなかったので。あとお礼も。助けてくれてありがとうございました。あとその…別れの言葉を言った癖にあなたに会いたいと思ってしまって、ごめんなさい』
正直な気持ちだった。どうしても伝えたかったこと、自分から関わらないと決めて別れの言葉まで言ってしまった手前で虫のいい言葉かもしれないけど。ふ、震える。な、慣れないことするんじゃなかった。
「そんな事、いいんだ。きみが僕に会いたいと思ってくれていたのなら、許します」
『ありがとうございます。……でも自分の所為で誰かが傷つくのは正直嫌です。心臓が止まる程嫌なものでした』
「それはすみません。でも僕も嫌です。きみが傷つくのを黙って見ているだけなのは」
繋がれる手が握り返される。
「きっとまたきみのそんな場面に遭遇してしまったら、僕は迷わずきみに手を伸ばしてしまう。けど、どうかそれで傷つかないで欲しい。それは僕の意思で動いたまでの事ですから」
『いいえ傷つきます。盛大に傷つきます。でももう突き放さない。どうせあなたに何を言っても無駄なら私も腹を括りますから、付き合ってあげます』
苦笑しながら伝えると繋いだ手を引かれ身体が前の方へ傾く。安室さんの唇が迫り驚きながら触れる寸前で肩口に額が収まった。あ……あぶねぇ!またされるかと思った。どきまぎしながら心臓がポンプするが、安室さんは私を抱きしめながらゆっくりと息を吐く。
「ありがとう」
何のお礼だったのか解り兼ねたが、その声色はとても穏やかだった。
『……あの、放してくれませんか』
「まだです」
『いや、まだって』
「何か月会えていなかったと思っているんですか。夜子さん欠乏症で死にそうでした」
『そのまま死ねばよかったのに』
「やはり柔軟剤変えましたね。前の方がきみらしいです」
『……なんで知ってるんですか』
「愛の力でしょうか」
『ああ、変態のスキルですか。お疲れ様です。さようなら』
「ああ、そういえばきみには僕の正体が露見されていましたね。なら別にこのまま帰さなくてもいいのかな」
『あれれ?なんのことか夜子ちゃんわからないよぉ』
「裏声も可愛いですね。今の録音せてもらってもいいですか」
『やめろ変態』
「その罵る声も素敵です」
『両刃かよ』
はーなーれーろー!っと背中をペシペシ叩いて漸く離れてくれたが、手だけは解放されなかった。共にベンチから立ち上がると歩き出す。勿論手を繋いだまま。
「今日は徒歩なのでこのまま送ります。あ、荷物はこれだけですか?」
諦める。この状態の安室さんには何を言っても通用しない。有言実行というかこうすると決めた時の安室さんは意志が堅い。息を吐きだしつつもエコバックを人質に共に帰路へ着く。ここがデートスポットでよかったのかもしれない。変な行動をとっても不自然には見られないから。そうたとえこの人が変な行動をとったとしても。
「珍しいですね、ゲーム雑誌以外読まないきみが雑誌なんて」
『ああ、それは求人ざ……なんでもないです』
「求人雑誌ですか。バイトでも始めるんですか?いい所紹介しますよ」
『いいです。結構です。間に合ってます。お心遣い感謝します。大丈夫です』
「喫茶店のウェイトレスなんですけど。服装は自由でエプロン着用のみ。難しい仕事ではありませんし、アットホームな環境で時給共に申し分なしのところで」
『ああ、大丈夫です。本当に大丈夫です。ええ、もうすっごい大丈夫ですから』
「夜子さんもご存じの場所で、今なら送迎付きですよ」
『送迎いらないから、大丈夫だから。私は短期で探してるからサンタコスしてケーキでも売るから』
「他の男の前で丈の短い恰好なんて許しませんよ。そういう姿は僕の前でだけにしてください」
『あなたの前でもしません。あとミニスカも穿きません』
「マスターに交渉しますので、少々お時間ください」
ああ……これは絶対に同じ場所で働かせられる。いや、まてまてマスターが許可しなければいい。だってあの店内なら三人もいらんだろ。よし、その僅かな希望に私は福沢諭吉を賭ける。
白い息、冷たい指先がじんわりと温かくなっていく。マフラーに顔を埋めながらまたあなたと話をする。この非日常はまた生活の一部として舞い戻って来たのだと、大きくて骨ばった彼の手の感触に現実を知る。
『でもなりふり構わず飛び出すのは辞めてくださいね。いくら何でも命を粗末にしすぎですから』
「僕もそこまで驕ってはいませんよ。自分に出来る範囲の事をするまでに留めてます」
『でも命棄てる覚悟で色々と助けられた記憶が私にはあるのですが』
「それはきみのことが……」
『?きみのことが?』
「あ、ああ……なんでもないです」
安室さんは他所を向いていた。口元に手を添えて。表情は伺えないが、理由は聞けずじまいだった。私がなに?どんくさいとか?見ていられないくらい間抜けとか?……強くなったろうやないか、と闘志を燃やした。
ふと茜色の空が影を伸ばし道を照らすみたいで、スキップをするように足先を伸ばし遅れる彼の腕を引っ張る形になる。スカートの襞が揺れ、風が髪をさらう。空を仰げば一面に紅色が拡がる。
『今日は雲がひとつもないから夕焼けが綺麗ですね』
振り返ると彼は今まで見てきたどんな表情よりも柔らかくて優しい笑みを浮かべていた。
「そうですね」
勿体ないくらい綺麗で自然な彼の無邪気な笑みを見てしまい何だかとてもつない罪悪感と同時におかしな気持ちが浮上する。何だろう……気がついたらいけないと悟る私は誤魔化すように首を左右に振り歩き出す。半歩遅れていた彼が隣に並び、また言葉を交わした。
「あの野郎……いつか殺す」
「犯罪だぜ旦那」
兼定と薬研が草むらからこちらを覗いていた事を私は知らない。
「漸く自分の気持ちに気がついたのかな、あれは。顔が赤いのを夕日に隠して上手く誤魔化せたみたいだけど」
「あの髭切さん。何故我々はここにいるのでしょうか」
「そんなの降谷の情けない顔を観賞するためだよ」
「髭切さん……だからあんた降谷さんに嫌われんですよ」
髭切と風見さんも隣の草むらから覗いていたことを私は知らない。
あなたが譬えどんな人でも、私が言の葉を伝えたかったのは紛れも無く“安室透”だけだから。それは……濁りようのない、偽れもしないたったひとつの真実で。あなたがどんな気持ちで伝えてくれたのかさえ、解らないけれど。利用しようとしているだけかもしれないけど、それでも私は私に親切にしてくれた分だけを返すと誓った。