あと少しすれば冬休みか。学校帰り買い物を済ませた私はエコバッグを肩に掛け薄い雑誌を広げながら歩道を歩いていた。短期でいいかな、と目ぼしい広告記事を探しながら捲っているとふと、立ち止まる。ベンチが連なりワゴンのクレープ屋に人が列んでいる。賑わいをみせる海辺の公園その一角。ワゴンへ視線を向けていると、声をかけられた。背広をしっかりと着こなして眼鏡をかけた公務員みたいな雰囲気の厳格なお兄さんに。
「きみ。何か悩んでいるようだが、良ければ私に話してみないか」
確かこのお兄さん。あのとき雨の中遭遇した人かな?私はお面してたのに、このお兄さん知ってて声かけたのか?それともただ単に優しいだけなのかな?どちらにせよ、悩んでいることは見抜かれているようだ。だが明らかなる他人だから言うのは憚れる。言うことに悩んでしまうとお兄さんは段々自信なさげに消失していく。あ、心の繊細な人だ。
「突然、すまない。やはり見知らぬ男になど相談出来ないよな」
『あ、違うんですよお兄さん。えっと、ちょっと話しにくい内容なので言うか言わまいか躊躇してしまって。だからお兄さんを変質者には思ってないです』
「(はっきり言われた)そ、そうか。君よりも人生経験は豊富だ。多少なりとも力にはなれると思う」
『えっと、じゃあ相談しようかな……どっちのクレープを買ったらいいですかね?』
スナック系のソーセージツナサラダか、いちごたっぷりのデザート系クレープにするか。看板を指してお兄さんに解答を求めた。
『そもそもお金を貯めたいから買わない方がいいですかね?でもここで出会ってしまった奇跡に乾杯して、食べたい気持ちの方が9割占めているのでやっぱり買おうかと思うのですが、学校帰りだからお腹空いてるし、スナック系がいいかなとか思うのですが、女子としてスイーツを嗜む感じで甘々系にしたほうが無難ですかね。どっちがいいか迷います!』
お兄さんの眼鏡は何故か曇り始め、最後に振り返ったとき。お兄さんの瞳は見えなくなっていた。しかもなんか静止しているようにも見える。
『お兄さん?』
そう声をかけるとお兄さんは、財布を取り出して店員に両方注文してくれていた。
「両方食べなさい」
結局奢って貰ってしまった。なんと懐の深い人なんだ。お礼を伝える。ベンチに並んで座るとお兄さんにスナック系を渡し食べ始める。
ふわっとした生地、端っこのカリカリとした焦げ目にいちごの酸味と生クリームの甘味が口の中でとろける。絶妙な甘さ加減に表情が柔らかくなっていく傍らでお兄さんは食べる前で止まっていた。とても深刻そうに眉を寄せている。
『食べていいですよ。元々お兄さんが買ってくれたものですし。温かいうちに食べた方が美味しいですよ』
「いや、その心遣いは感謝するんだが……これを食べて私は上司に肉体的に処されるのか、それとも精神的に処されるのか、どちらでくるのか少し考えていた」
『(デットオアアライブ)何ですかその上司。気にしないで食べていいですよ。プライベートに口を挟むとは物凄く規律の厳しい所にお勤めされているんですね』
「そうでもない。あの人は抱えるものが多いだけで自分は仕事に誇りを持っているが、まだまだあの人の足元には及ばない」
『ちょっと持っててください』
クレープを渡し、鞄から財布を取り出すと自販機へ駆け込み。飲み物を購入。再び戻って来てお兄さんへ差し出した。
『お兄さんを私は全力で応援します』
ブラック珈琲、カフェオレ、エスプレッソなど缶珈琲を多種に並べ好きなものを差し上げた。残りは昴さんにプレゼントしようと鞄の中にしまうと再びクレープを受け取りモグモグと食べ始める。
『ところで、お兄さんは何で私に声を掛けたんですか。私が悩んでいるからって訳じゃないですよね。どちらかというと私に用があったとか、ですか?』
「君は鋭いな。確かに君に用があって声をかけた」
『そうでしたか。どんな内容なのか教えて頂いても?』
いちごのジャムと生クリームが下の方に溜まっていて地獄かと思った。自分用に買ってある紅茶のプルタブを開けようとするが滑る。そんな私に見かねてお兄さんが手を伸ばし缶を手にするとプルタブを開け、再び手渡してくれた。頭を下げてから喉へこくこくと流し込む。
「君は……年上の男性は好きか」
『ブフゥゥゥ―――!!!』
盛大に口内に含んだ紅茶を吐きだした。その際綺麗な虹を描いたが、ハンカチを取り出し口元を拭う。思わずクレープを落としそうになってしまった。深刻そうな顔をして何を聞かれるのかと思えばそれなのか?という拍子抜け…いや待てよ。寡黙そうな人なのにそんなことを聞くなんてまさか上からの命令で女子高生を対象にそんな事を……と察知し、ふざけずない対応をすること決意する。
『年齢差によりますかね』
「12歳差なんだが」
『(凄い具体的な数字)ってことは29歳か……話し合わなさそうですね』
「やはり無しか」
『あ、でも当人同士が気が合うならいいんじゃないですか?どうせ20歳になれば年齢差なんて大したことないですし。まあ女子高生に手を出すならそいつは性犯罪者かなって思いますけど』
お兄さんを上げて落としてしまった。今はベンチで頭を抱えて唸っている。なんかごめんなさい。
「顔はいいんだが」
『イケメンなんですね。じゃあ問題ないじゃないですか遊び人じゃなければ』
またお兄さんを上げて落としてしまった。感情の浮き沈みが激しいというよりただの良い人なんじゃないかこの人。クレープに再びパクつき、最後まで食べ終えると飲み物を飲んで休憩する。
「仕事で女性に接近することはあるのだが、そこに感情があるかと問われればないと思われる。仕事に私情を持ち込むような人ではないか……(あれ、あの人私情を持ち込んでる現在進行形で)」
『どうかしましたかお兄さん』
「いや、徹夜二日目が祟っただけであの人はそんな……犯罪者ではない!」
一体お兄さんの中でのその上司とやらはどんな立ち位置にいるのだろうか。足場が不安定なのかな。お兄さんの感情がふらついているようだった。
『徹夜二日目って寝た方がいいですよ。仕事に支障を来すような業務スケジュールは改善活見直した方がいいです。仕事の能率を上げる方に専念すべきだと私は思います』
何故かお兄さんに握手を求められた。あれ…いいこと言ったかしら私。取り合えず応える。
「だがこれも日本の未来を守るため」
『壮大ですね。でも身体を壊したら守れませんよ』
お兄さんは無言で私にクレープを差し出した。ああスナック系食べていいのですね。しかも律儀に食べてない。お礼を述べてから受け取りパクつく。あ、美味しい。
「君は不思議な女性だな。学生にしては達観しているというか、君にこんな話をしてしまえるなんて(降谷さんが君を気に入る理由がわかる気がします)」
お兄さん。誰にも相談できないのかな。相談する相手がいないとか、いやもしかするとあまり砕けた話が出来るような人材が周囲にいないのかも。お兄さん良い人そうだし、真面目だし、きっと抱え込むタイプなのかも。お兄さんの手を両手で包む。
『何かあったら私に話してください。私はいつでもお兄さんの味方です。取り合えず連絡を交換しましょう』
お兄さんは戸惑いながらも連絡先を交換してくれた。名前欄には「風見裕也」と記載されている。風見さんというのかお兄さんは。すると風見さんの携帯が鳴り一言断りを入れてから電話に出た。だが、彼は出た直後その場で直立し距離を少し離す。何だろう。噂の上司からの電話だったりして。と様子が気になり食べながら見守っていると、風見さんは電話を切り再びこちらへ戻ってくるなり。
「戻らなければならなくなった為に、私はこれで失礼するが君も…健闘を祈る」
『これから健闘を祈るようなものが来るんですか』
風見さんと別れ、まだ手の中に残るクレープを咀嚼する。ベンチに背を預けて夕焼けの空を仰ぎ見ながら結局風見さんは何で私に声をかけたのか、迷宮入りした。私は風見さんに会った事があるが、あの時の私はお面をしていたはず。もしや気がつかずに偶々いた女子高生である私に声を掛けたとか。確かにここを女子高生ひとりがいるのは不自然か。見渡す限りカップルまみれだった。デートスポットかな。はい、リアル充爆発しろ。隣のベンチでも反対側のベンチでもなんだねきみたち。人目も憚らず、お姉さんはそんな風潮は好きじゃねーですよ。冷たい風が吹くたびに身震いをさせ食べ終えると口元についたケチャップをティッシュで取り除く。すると目の前に影が差す。見上げると見知らぬ男がいた。誰だお前。