外灯のない部屋

この空に果てはあるのだろうか。あの海に底はあるのだろうか。どうせ奈落に消えるのなら沫となって泡沫に置き去りにして欲しいと、望んでしまうのですよ。
《 こんにちは。お嬢さん。僕はニコって言います。お嬢さんは“弓波夜鷹”さんって名前だよね?間違ってない?大丈夫?………おーい、返事をしてくれないかな〜 》
返事をしたくないと脳裏に過った。可愛らしい美少年の姿をしているが空中に浮いている時点でこいつは夢だと確信する。いや、妄想か?それとも深層心理?
《 悪いけど僕に筒抜けだからね。思考を読み解くくらい心得てます。ということは君は本当に“弓波夜鷹”さんなんだね。よしよし上手くいってよかった。心配してたんだ。マッチングしなかったらどうしようって 》
勝手に話を進め始めたけど、これって私は応えなくていいのかな?
《 厳選なる抽選の結果。なんとあなたは見事に当選しました!おめでとう! 》
なんか……ライブのチケット当選メールみたい。
《 そういうことで!君にはもう暫く付き合ってもらうよ。え、なにに?ってそんなの――――勝手に×××した罰を受けるためだよ 》
急に豹変した。混沌を背負い三日月型に歪めた口元を悪びれもせずに見せつける脅迫じみた台詞と行動。彼は決してただの可愛い美少年というカテゴリー枠だけではなかったようだ。
《 君にはこれからリスタートを切ってもらいます!その身体で、その世界で、彼女の代わりに。あ、でも勘違いしないでね?あくまで“代わり”とはいったけど彼女に“なりきって”欲しいわけじゃないんだ。この人生は余すことなく“君の第二の生”だから。君らしく生きれば問題ないから 》
……ちょっと許容範囲を超えてしまった。もう軽く。ステップ踏むみたいにそりゃ軽く。
そもそもこの子は何を言っているんだ?私が理解できたのは[自分はもう一度人として生きなければならない]ということだけだ。いやいやお断り案件だわ。
《 君に拒否権はありません。問答無用の抽選会に当選してしまった幸運に感謝してください 》
ご都合主義だな。物語を円滑に進めるためには私の意思など関係ないという事か……夢小説かぁあああああああ!!!!
《 わぁ〜綺麗なシャウト。ここは君にぴったりの世界だと思うんだけどな〜〜君という個体を活用できる知識の世界。いいと思うんだけどな〜〜イケメンいっぱいハーレム作りたい放題なんだけどな〜〜 》
それは美少女に限るからやろ。第一私は美少女じゃない。あ、でもこの身体は私のではない女の子のものだから、さっきの口ぶりを受け止めると。その子は美人なのかもしれない。こいつは希望が持てそう。
《 ううん。くりそつ 》
………死語。
《 顔も性格も違いは寸分程度だから、くりそつくりそつ 》
……乙女ゲームも無理ゲーやん。さて、深淵に落ちるとするか。
《 だから拒否権はないんだってば!もう勝手に帰ろうとしないでよ!そもそも君に還る場所なんてもうどこにもないでしょ 》
告げられた言葉は鈍器のように私の頭部を撃ち抜いた。
地べたに寝転がり溜息をひとつ溢す。
《 いい大人のいじけスタイルとは思えない……ごめんね。言い過ぎたよ。僕はずっと君の味方だから、そんなに不安に思わなくていいよ。今度はきっと居心地がいいよ 》
視線だけを少年へ向けると眉を寄せて笑っていた。
何だか幼気な少年を虐めている気分になり良心の呵責が耐え切れなくなりそう。ゆっくりと上体を起き上がらせコクリと首を上下に振った。そうすれば少年は儚げな笑顔を見せてくれて…………。
『……』
「夜鷹ちゃん……?」
「夜鷹っ!母さん、夜鷹が目を覚ましたよ」
「夜鷹ちゃん!ああ、よかった……!本当によかったわ!!」
瞼が重くて数回上げ下げをしてから漸く持ち上げ虹彩に光を触れさせた直後。視界に飛び込んできたのは鮮やかな白と人の顔がふたつ。
あれ、お母さんにそっくりな人とお兄ちゃんにそっくりな人がいる、とぼんやりした思考で見つめ返していたら名前を叫ばれて突然の抱擁に管を通され軽く拘束状態にある私は身動きひとつとれずにその感動の抱擁を受け止めるしかすべはなかった。
疑問詞を浮かべている私の左手をザラっとする感触が複数回上下に移動する。なんだろうこの感触、と視線を下げれば一匹のもふっとした小さな黒猫が「みぃ」と鳴く。何故だろうかとても可愛い、じゃなくて、身に覚えがあるのだが……まさか「ニコ」なのかと視線を送っていると「そうだよ」と頷くようにまた「みぃ」と鳴いた。
ああ、どうやら私のリスタートははじまったようですな。
『疲れた』
段ボールの山を運びながら広げて、新築の臭いに酔いどれそうになる。窓を開け放てば「みぃ」と鳴いて窓辺まで跳躍し私の手に擦り寄る黒猫のニコ。可愛いので頭を撫でてやりながら透き通る青空を仰いだ。
概要の説明をすると、“弓波夜鷹”という人間は神々の理想を叛いた罰としてその償いをさせるために同じ内容を離反した別の世界に存在していた同姓同名で顔や性格まで同一適合した“弓波夜鷹”と互いに成り代わり第二の生を受けたということ。
最初は驚いた。顔はそっくりだと言われていたから鏡で確認したときあまり驚きはなかったが性格まで寸分の狂いはあるもののほぼ似ていたことに。と、言っても同時期の頃の性格と似ていたというだけで成熟してしまった今の私とは割と違う。けれどそれを違和感に思わない母にそっくりな弓波月子さんと兄に心配性な部分が似ている弓波晃さんが温かく歓迎してくれた。それには驚きだよ。流石に。私は一瞬だけ混乱したけれど若干この月子さんと私の母の違うところは天然が9割増している部分で、兄もこんな誰もが認めるイケメン力に磨きがかかってはいないので、まあ他人と言えば他人であり。身内と言えば身内だった。それも一瞬の事。すぐに順応できたのは雰囲気に差異が感じられなかったから、だと思うことにしよう。
でもどうやらこちらの世界の“弓波夜鷹”の家庭は母子家庭のようだ。
父親のことを訊いたら「病死した」と告げられた。
父親にあまりいいイメージがない私からしたら好都合だった、というと何とも薄情な人間だと思うが。あまり免疫がないので勘弁してほしい。
そしてこちらの“弓波夜鷹”が何故病院で入院していたのかという理由はニコの記憶操作によりこの黒猫であるニコを助けるために道路に飛び出して、交通事故に遭遇、というシナリオだった。なのでこの黒猫のニコは我が家に迎え入れたのはいう事でもないだろう。
そしてこれまた都合のよいことに“弓波夜鷹”のこれまでの記憶は事故の後遺症により失われ、今後それが戻ることはないだろうと医師が告げたのだ。
これは流石にご都合主義がすぎるのでは?と思ったがニコが言うには「こういうのは大胆不敵に行動するのがベストなんだよ」と何故か胸を張って言われてしまった。
確かにそうかもしれないが、こちらの世界の母親や兄は哀しみを隠せないだろう。何だか悪いことをしてしまったと良心が少し傷んだ。
そして退院が決まった日に母からカミングアウトをされる。これもご都合がすぎますよ。
昔からの夢だったカフェの経営が実現でき、そのテナント店舗を確保ができたとのこと。そんな母は少女のような喜びようだ。だけど、今の住居からは引っ越さないと遠いらしい。なんでもここは神奈川だそうだ。東京の方へ引っ越さないとならない。学校が変わってしまうことを危惧した母だったが私としては、昔を知る人たちがいるところより誰も知らない土地からの方がスタートしやすいと考え、快く承諾した。
そして一週間後には退院し、その足で東京まで向かい。新たな住居となった新築の家にやってきた、というのがここまでの流れだ。
私は現在、自分の部屋を片付けていた。私が入院している間に引っ越しは済ませていたようだ。私の部屋のものは触らないようにしていたと母は言っていた。正解です。
なのでこの段ボールの山と対面しながら窓辺で黄昏ていたんだ。
『しかし、この子が中学三年生だったなんて』
《 何か不都合があるの? 》
『いや、受験じゃん。遊んでいられる中二のがよかったよ』
《 そういう基準で決められるものではないからね 》
まあ、もう少し深く考えればその歳で深淵に落ちるほどの出来事があったことに嘆くべきなのか。大人代表としてはなんとも言い難いが、私も人の事は言えないからな。
『にしても、荷物が少ないね』
《 君のような人種ではないからね、かろうじで 》
『……ああ。まだその時期は到来してないのか』
この15歳(とし)で沼に沈んだからとても印象深い。でもあまりそういう類のものはないのでまだその毛色には染まっていないようだ。多少の漫画はあるけど。
服の好みが今の私と同じなのは少し違和感がある。と眉を寄せていたらニコが「それは僕が変えておいたよ」と身近なものは私が生活しやすい環境を整えるために25歳の私の趣味に合わせたそうだ。道理であまり疎外感は感じないのか。ただ漫画やゲームはないけど。
すると、扉からノック音が聞こえた。「どうぞ」と言えば兄が扉を開けたようだ。
「夜鷹、学校から手続きのものが届いたぞ」
『ありがとうお兄ちゃん』
立ち上がり受け取ると兄が室内を見渡し「片付いたな」と言った。
「手伝おうと思ったけどいらなそうだな」
『荷物少ないからね。あと少ししたら終わるよ』
「じゃあ休憩しに下に降りてこいよ。母さんが試作品作ってるから処理してこい」
『あ……はぁ―い』
兄のぶっきら棒な言葉ともに生返事をしながらA4封筒を抱えた。
封を切り中身は紙の束が収まっており、保護者記載のものも同封されていた。これは母さんに見せないと、と資料や請求書などを振り分けいるとパンフレットがカーペットの上に落ちる。それをニコが興味深げに読んでいた。
《 あお、はる?何だか君が持ってるゲームのタイトルみたい 》
『今は持ってないけどね。そもそも学園物は少ないからそんなベタなタイトルはなかった気がするけど。どっちかっていうと漫画じゃないの』
振り分けを終わらせダンボールを折り畳み、室内の収納及び紐解きを終えた私は背伸びをして固まった身体をほぐさせた。
ダンボールを簡素ビニール紐でまとめて縛り壁に立てかけてから室内のドアを開けた。
『ニコ。下に降りるよ』
そう声をかければニコはまた下手な子猫のフリをして「みぃ」と鳴いた。
登校初日を迎えたある朝。パンを食べていると液晶画面には兄の姿が映っていた。
『新しいCMに出てる』
「人気が上がって今度ドラマの主役をやるんですって。お兄ちゃん大変ね」
『当分家に帰ってこれないの?』
「そう、かも?あら?そんなこと言ってたような気がするわ」
『お―い。しっかりしてくれよ―』
カップに紅茶を注ぎながら母さんは「えへ」と可愛らしく笑っていた。本当に全面に天然を押し出されると呆れることの方が大きいんだな。25年生きてきて初めての感覚だった。
カップに指先を引っかけて紅茶を一口飲む。まあ、一番の衝撃といえばこのうちの兄が(25歳である私の本当の兄はイケメンだがここまで王子様顔じゃない)モデル、俳優業をしているとは思っていなかった。しかも年齢差10歳以上とは……これもまた初めての経験だった。
席を立ち食器を流し台へ運び水につけ、その足で洗面台まで行き身だしなみを整える。真新しい制服はセーラー服のような型番だが……何だろうかこの既視感。どこかで見たことあるデザインなんだけど、これって現実?それとも仮想世界で?制服っていうとごっちゃになってしまうのは25歳あるあるだと思う。鏡に映る10年前の自分の顔が違和感でしかないのと同時に童顔である己の能力に感心した。25歳と変わらないわ。肌荒れとかその他諸々を除いて。玄関へ行きこれまた真新しいローファーを履いて爪先で地面を軽くノックする。下駄箱の姿見で全身像を確認してくるりと一回転をすると母さんが「かわいい」と拍手してきた。若干照れながら視線を落としていると両手を包まれ母さんが柔らかく笑みを浮かべている。
「気をつけて、いってらっしゃい」
『……うん。いってきます』
それを合図に私は玄関を潜り抜けた。不思議の国のアリスのような面持ちで。新しい世界への冒険という好奇心が心音を鳴らさずにはいられなかった。
『あれ、ニコもついてくるの?』
《 僕は夜鷹の監視役だからね。どこまでも同行するよ 》
『はいはい。お勤めご苦労さま』
《 次の角は右だからね 》
さならがカーナビのようだな。左手首につけている腕時計で時刻を確認する。早めに出て来たからまだ余裕はありそうだ。
『あんまりここに来てから外に出てないから新鮮な気分』
《 そうだね。ずっと病院と自宅の往復だったしお兄さんの目が光ってたから 》
確かに。あれは過保護すぎだと思う。外に出ることを禁じられたくらいだ。徹底していると思うよ。それだけ愛されているということなのか、単に心配をかけすぎてしまっただけなのか。長く接してきている訳じゃないため私には半分も想像がつかない。
『あ、猫』
木漏れ日を見上げながら歩いているととある路地裏で毛並みの綺麗な猫を目撃した。
声を上げたことによりその猫が振り返る。あれ、なんだろうこの既視感。さっきも言ったわ。でも凄く見覚えがあるんだけど。タヌキみたいな顔をしたその猫は「ホォラ」と鳴いた。
『………猫だよね』
《 猫だと思うけど……新入りか?って言われた 》
『あ、挨拶は大事だよ』
《 おはようございます!本日からお世話になります! 》
―――ホォラ
『なんて?』
《 うるさいな。こっちに言われても困るんだけどっていわれたぁ…… 》
足元に擦り寄ってスンスン泣いているニコを腕の中に抱き上げ頭を撫でながらそのタヌキみたいな猫はこちらへ近寄ってきて足元にじゃれ付き始めた。
『気に入られたんスかね、ボス』
《 僕のご主人様なのにぃ――! 》
『しっかしろ、ニコ。お前は猫であって猫じゃないだろ』
しかし……動けない。猫好きとしてはたまらんCG回収であるがしかし時刻が。学校が。転校初日に遅刻とかどんな少女漫画だよ。ここでパン咥えた男の子が飛び出してくるのか?颯爽と王子様国籍の奴でも現れるのか?どっちにしろそれが起こるなら私は木の陰に隠れて覗いていたい。あ、見守っていたい。
しかしこの子見たことあるんだよね……何処でだろう。一休さんのようにこめかみをくるくるとつついていたら後ろから男の子の声が聞こえた。
「カルピン」
『かる、ぴん……』
カルピスみたいな名前だな。と思いつつも記憶が蘇り私の引き出しからコロンと飛び出した。ああ、そう言えばカルピンって名前の猫いたわ!あれは確か……え゛。
そこで私は血の気が引いた。
「長い旅だったな。今日こそはちゃんと帰ってこいよ」
『………』
「その黒猫アンタの?」
視界に映り込むこの世界の住人に私は言葉を発することが出来ずに首を上下に振った。
「ふーん」と何処か興味の無さそうなトーンを発しながらもニコを見つめるから彼に差し出すと「いいの?」と聞かれてまた首を上下に振った。
ニコを抱き上げているこの男の子、私の記憶が正しければ二次元の世界の住人だと思われるのですがニコさん?ちょっとニコさん?応答してください。ニコォォォォ―――!!
「すごい大人しいね、アンタと同じで」
『あ、ありがとう』
「いや、褒めてないんだけど」
ぷっ、と笑いを含ませられて脳内では警鐘が鳴り響いていた。可愛い、すごくかわいい。無茶苦茶可愛い。母性本能が目覚めそう。めっちゃ可愛い。なにこれ。可愛い。こんな生き物いていいの、すごくかわいい。
語彙力を失ったただの夢女子に成り下がっていた。
「その制服……アンタ見ない顔だけど転校生?」
『そ、そうなの』
「へぇ―ってことは英二先輩が騒いでた人か」
『……』
ひぇ…口から血が流れたのを慌ててハンカチで口元を抑えて素早く拭き取る。吐血する15歳少女ってどんな少女じゃ。ふと大きな瞳と遭遇する。こちらを見ていたようだ。え、吐血見られた?青ざめていく顔色が加速していく中。少年は一言。
「まあまあだね」
そこはまだまだだねじゃないのかよ。決め台詞聞きたかったわ。生ボイスで。まあ録音は出来ないだろうけど。携帯持ってないし。
「今何時かわかる?」
『えっと……8時……17分?!』
「やばっ。ちょっとアンタ走るよ」
『えっ、え゛?!』
腕を掴まれて走り出す少年に半ば引きずられるように足が加速していく。
この時の私は「やだ、イケメン少年くんに手を握られちゃった」や「漫画のワンシーンみたい」などのようなことは一切浮かばず。
ただただ只管「この世界ってまさか」とそのことを案じていた。
予鈴がなる2分前に校門を通り抜け、職員室まで丁寧に着いて来てくれた少年。いや、私の情報が正しければ君はこんなに紳士的な行動はとらない子だったはず。悩まし気な視線を送ると少年は少年らしく口角を上げて。
「またねセンパイ」
また吐血した。なにあれ…やばい……かわいい……やばい。血が止まらない。口から吐き出される、萌えた分だけ出そう……ひぃやばい………。
「弓波さん?よかった道に迷ったのかと心配していたのよ」
担任の教師かと思われる女性に声をかけられ口元をハンカチで覆ったまま頭を下げ、挨拶を済ませた。手続きに必要な書類の提出などをしていると150度の視界に存じ上げている先生がいらっしゃった。ジャージ着てる。あのピンクのジャージ着てる。食道をFeが駆け抜ける感覚がしてハンカチを口元に装備した。
「資料も揃ってるわね。あとは教科書とか体操着関係も届いてるかしら?」
『はい。制服を取りに行ったときに』
「じゃあそろそろHRだから教室に向かいましょうか」
担任教師が椅子から立ち上がり職員室から引き戸を引いて退出する際、担任教師はある生徒に呼び止められた。……どちらが生徒なのかはわからなくなるような学生服を着ている生徒に。二、三言葉を交わし担任教師は振り返りこう告げた。
「ごめんなさい弓波さん。先に教室へ行っていてくれる?」
『あ、はい(何のフラグでしょうか、センセイ)』
掠れていく私の声とは裏腹に先生は再び背を翻し職員室へと消えていく。そして消えゆく寸前でイベント発生を成功させた。
「手塚くん。悪いのだけれど彼女を教室まで案内してくれる?」
「わかりました。先生のクラスという6組ですか」
「ええ。お願いね」
――――そろそろハンカチが絞れそう
無事に教室に辿り着いたまではよかったお辞儀をしていると頭上から底抜けた明るい声の主が「あれ〜?」と声を上げた。
「先生かと思ったら手塚じゃん。どったの?あ、この子もしかして転校生??」
「ああ、頼まれてな。ここが6組だ弓波」
『あ、ありがとうございます』
「いや、では菊丸あとは頼んだぞ」
「任された!じゃあね〜手塚〜〜」
手を振って見送る彼の外ハネしたアイデンティティな髪型に目を細める。これ以上の視覚情報は遮断したい。
背中を押されて「さあさあ」と教室内へと連れて行かれ、転校生の洗礼を受けた。
「はいはい。注目〜〜!待ちに待ってた転校生の入場だよん」
「おぉ!女の子だ!」
「うわぁ〜よろしくね」
『………』
ひぇ、吐血。吐血。もう一層の事バケツを用意したい。物凄く好みの王子がいらっしゃるクラスに入ってしまったようだ。クラスまで覚えてないよ。私の情報が甘かった所為で今瀕死寸前だよ。HPは-5000だわ。勇者だって最初は木の棒とかお鍋の蓋とか装備しないとスライムにやられることだってあるよ。こっちは装備だって不十分な丸腰状態でアドバンテージに挑んでるようなものだよ!
「英二。突っ走るのも程ほどにね。彼女も困っちゃうから」
『(あなたの優しさに困ってます)は、はじめまして。弓波夜鷹と言います。宜しくお願いします』
黒板に自分の名前を書きながら薄っすらと笑みを浮かべた。
―――ニコ……帰ってきて……
24時間というのはとても長かったのね。私、学校を甘く見ていたわ。
10年前の記憶でしかないけどこんなに拘束されるのね。そしてこんなに遭遇率も格段に上がるのね。どこを歩いても見えるし、声をかけられるし、私と君たちは初対面だよね?なんで声をかけられるのかな?人見知りしないタイプ?私はするタイプ。信じられない奇跡の偶然。なにこれ、もはや乙女ゲームの主人公。え、ってことはこの中から攻略対象を選ぶってこと?八つ裂きにされるわ世の女子に。あまり使われていないのか人通りの少ない階段を見つけて腰を下ろし嘆きを漏らした。
てか、ニコどこ行った。私の監視はどうした?猫は校内に入れないからとか言って途中でフェードアウトしたまではいいけど、お願いだから一人にしないで。こういう初めての環境で孤独は辛い。ましてや、ここはもう99%の確率で次元の違う世界なんじゃないかと疑う余地すらもないレベルで証拠を突き付けられてるんだよ。お願いだから説明して。私には今君の言葉が必要なんだ。
「おや、君は確か転校生の弓波夜鷹さんだね。先生が君を探していたよ、多分委員会のことだと思うけれど確率は55%だ。そして君は87%の確率で俺と同じ委員になると思われる。断定はしないがね」
『……』
顔を上げて虚ろいだ光沢に反射した眼鏡をかけた長身の男を移す。独特な口調で言葉を生み出す彼の姿を見つめながら私は………盛大に血液を吐き出し倒れた。
ゲシュタルト崩壊が起こり許容範囲を超えたための吐血と失神を引き起こしたと後に知るのだが、その間傍にいた乾貞治は「転校生を吐血させたマッドサイエンティスト」として白い眼を向けられていた。
そうだ……ここは越前リョーマから始まり、手塚国光、菊丸英二、不二周助、大石秀一郎、河村隆、桃城武、海堂薫、乾貞治の順に逢い、途中竜崎スミレ先生とその孫桜乃ちゃんに遭遇したりし、私は乾の登場により認めなければならなくなってしまったのだ(それによってゲシュタルト崩壊を発症させた)。
ここが……【テニスの王子様】という漫画の世界であることを――――!!
記念すべき1話目にして膨大な文字数だったこれ約1万文字。初めて青学主体で書いた気がする。こんな主人公がほのぼのと中学生ライフを送ります。細かい話は各自分たちのSS的なもので書いていけたらと思ってはおります。なのでこんなにトントン拍子に進んでいます。本当はまだ1話目終了ではないけれど、これ以上は1万超えそうなので2話へ持ち越しとなりました。不定期なので気長に、気長に宜しくお願いします。