右も左も唐紅

「いらっしゃいませ。カフェNORAへようこそ。おひとり様ですか?」
従業員は身内だけという、ヴィクトリア調のやや古典式な店内は落ち着いた雰囲気を保ちながら音楽が静かに流れていた。マスターの月子はお客様を接客している中、カウンターでティーカップに紅茶を注ぎながら寛ぐ不二と椅子をひとつ空かせてコーラと氷、ストローを挿して座る越前の姿があった。青学生徒も立ちよる事は少なくはない喫茶店ではあるが、このふたりだけという組み合わせは珍しかった。普段なら月子がカウンターの前に立ち彼らに質問をするのだが、今は夜鷹の兄、晃がカフェエプロンをしながらカップを磨きながら珈琲を作っていた。
だがその眼光は鋭く、とても接客をしている店員ではない。俳優であるコウという顔をはぎ取った彼は夜鷹の兄という存在感を全面的に押し出していた。
「で、お前ら何の用だ?言っとくが今日、夜鷹はデートなんだ。俺とな!」
「「(訊いてないのに答えた)」」
「お前らの目的は見当がつく。だが……そう易々と俺の夜鷹(妹)と会えると思うなよ小童ども。あいつに会いたければまずは俺に勝ってからだ」
ややこしいことになった、と両者の顔は困り果てていた。確かにこの喫茶店に来る真なる目的と云えば夜鷹となる訳だが。それを素直に伝えたところでこの目の前に立ちはだかる兄がどうなる訳でもないことは明白だった。面倒そうに肘をつきながらストロー先からコーラを飲む越前。不二は顔に出さないにしてもカップを傾けて明後日の方向を見ていた。
そこへ接客を終えた月子が戻ると晃は態度を改めていた。
「あら楽しそうに何を話していたの?」
「夜鷹について話を聞いてたんだ。同じ部活な訳だし」
「あ、それお母さんも訊きたいわ」
磨き終えたカップを棚にしまいエプロンを外す晃。入れ換わりのように月子がカウンターに入り、珈琲を新しいカップに注いでいた。
「夜鷹ちゃん遅いわね」
「俺、起こしてくるよ(寝顔を堪能してくるか)」
店内にいた女性達が少し色めきだす。芸能人のため隠してはいるがそれでも美青年には変わりがないため。身を翻し一歩踏み出したとき、ベルが軽やかに奏でだした。少し息を乱しながら真白なワンピースと黒のハイネック、黄色のカーディガンを着た夜鷹が入店した。肩にはショルダーがかけられており、普段の雰囲気はうって変わった大人っぽい格好に一同息を呑む。髪もハーフアップに結んでいるためか、別人のように思える。
『ごめんっ、お兄ちゃん。ちょっと支度に時間かかって』
「いつものことだから気にしてねーよ。それより行くか」
『うん。車?』
「まあな」
『あれ?不二くんに、越前くん…どうしてここに?』
「お茶を飲みに、ねえ越前」
「ウィッス」
裾を払いながら二人に気がついた夜鷹の雰囲気に見慣れない所為か、越前は視線を合わせず明後日の方向を見て、不二はというと自然と立ち上がり傍に歩み寄った。
「制服のときと雰囲気違うね」
『私服だからね……身の丈にあってないと?』
「違うよ。凄くかわいいなって思ったから驚いたんだ」
『…っ、かわいくない』
「ふふ」
余所を向き少し不貞腐れつつも羞恥顔になっている夜鷹の反応に不二は笑う。そんなやり取りをするふたりに割って入るように越前が夜鷹の隣に並んだ。
「先輩。そういう格好も似合うじゃん」
『ジャージだけじゃないのよ、似合う服は』
「そういう意味で言ってないし。かわ、かっ…」
最後まで褒められず俯く越前に夜鷹は首を傾げながら越前の頭を撫でた。最近は頭を撫でられるようになったのか夜鷹は割と越前の頭を撫でる。それを年下扱いされているようで嫌う越前はその手を掴んで辞めさせようとするとふたりの距離が近くなり互いに思い出したのか、不自然なくらい離れた。
不二はその違和感に顎に指先を沿える。越前と目が合うと両者視線だけで互いに見合う。そんな空気を楽しむ月子。鼻歌交じりに娘の春を堪能しているようだが、もう一人の身内である兄は嫉妬の青い炎を焦がしていた。
「お前ら調子のってんじゃ「やっぱりここに居たんですか。見つけやす過ぎですよコウさん」
再び来店を知らせるベルが鳴る。晃の肩を掴むスーツを着た眼鏡の優しそうな男がにこやかに軽口で近づいて来た。
「なんだよ梁瀬。俺は今から教育的指導をしなきゃならねえんだ」
「僕もそれは見てみたいんだけど。残念ながら仕事が入ったから行きますよ」
晃の襟首を掴んで首が締まっていながらも気にせず連行をする梁瀬。どうやらコウのマネージャーのようだ。優しい顔をして言動全てが気づかっていない。主従関係が逆転している。そんな悲惨な晃が視界からログアウトしているのか月子は呑気に梁瀬に「あらたくちゃん。いつもありがとうね」と声をかけている。
「いいえ。月子さんは相変わらずお美しいですね」
「てめぇ…幼馴染の母親に色目使ってんじゃねえ」
「おや?夜鷹ちゃん。ごめんね。急に撮影が入って…携帯買いに行くんだったよね?」
『あ、はい。でも仕事なら大丈夫です』
「いい子だな夜鷹ちゃん。そんな良い子にはお兄さんからプレゼントです。このショップなら知り合いが経営しているので融通が利きます。保護者欄はこちらに任せて欲しいのがあれば契約してきてください」
『いいんですか?』
「ええ。台無しにしてしまった詫びはしないといけませんからね…それに、僕は夜鷹ちゃんの味方なので」
梁瀬は片目をつぶりながら名刺の裏にペンを走らせ、それを夜鷹に手渡した。
「俺の妹を誑かしてんじゃねえぞ、女なら誰でもいい女好き野郎が」
「嫌ですね。僕は女性を尊重しているだけですよ、はははは…行くぞコウ」
晃をそのまま首を絞めながら連行する梁瀬に母親も妹も何も言わずに見送っていた。
「携帯買うの?」
『うん。もういいかなって……音沙汰ないし』
「ふーん。じゃあオレも行くよ。どうせアンタの事だから道わかんないでしょ」
『う……本当のことだから言えない』
「僕も付き合っていい?」
『へ』
「だめ?」
霞みゆく視界の中で愛する妹がふたりの男に口説かれているところを見て、必死に抵抗を見せて最後晃は叫んだ。
「夜鷹そいつらに気をつけろ!甘い言葉で誑し込んで、慰めるふりして抱きしめる様な口説き方をする男は碌な男じゃないからァァ!」
「甘い言葉でたぶらかす…?」
「慰めるふりして抱きしめる…?」
『なっ!ちょ…なんで知って……』
青ざめながら焦る夜鷹の後ろでは越前と不二が横目で互いを視合っていた。
今のいままで気にしないようにしていたことを一気に呼び起こされてしまった夜鷹は突然挙動不審に陥り短絡的に月子に『じゃあ!』と走り出そうとしたのを左手と右手を掴まれてしまう。急激に止められてつんのめる彼女を余所に右手を不二が左手を越前が捉え繋ぐと不二が月子に振り返り「少し出掛けて来ます」と云うと月子はハンカチを片手に快く見送っていた。
『ちょっとぉぉおお!!そこは違うでしょうがぁぁぁ!!!』
悲痛な叫びが響き渡った。
道中顔立ちのいい少年たちをはべらかしていたおかげで「あのブスが」という眼差しで女性達には見られていた夜鷹は俯いていた。それでも右手も左手も繋がっている所為で振りほどくことも出来ない。彼女の心境から言ってしまえば囚われの宇宙人である。二重の鬩ぎ合いにひっそりと溜息を溢す彼女を余所に。越前と不二は足先を並べて目的の携帯ショップへと辿り着いた。
店内に入れば店員達の「いらっしゃいませ」という声が響き渡る。そして一人の男性が近づき声を掛けた。
「きみが夜鷹ちゃん?」
『はい』
「話は工と晃から聞いてるから安心して」
『兄がお世話になっております』
「晃の妹にしては良い子だな。今日はスマホを探しに来たでいいのかな?目ぼしいものは決まってる?」
『一応は…でも少し見て回ってもいいですか?』
「構わないよ」
「あっちが新規みたいだね」
「性能がいいのはコレみたいっスね」
三人で陳列棚に向かい話している姿を見て、店員である唯廼は「あのシスコン野郎が卒倒しそうな展開だな」と写真に納め嫌がらせのように晃へその睦ましい三人組の写真を送付した。
『CPUはこれの方が最新なんだ。んー容量はSDカードでなんとかなるし。じゃあ音質がいいのとなると……』
ある程度詳しかった夜鷹はその後一人で選びながら即決していた。今は唯廼と共にカウンター席で契約を交わしている。そんな彼女をソファーに座りながら待っている不二と越前は互いに飲み物を飲みながら晃が言い残した言葉が気になっていた。
互いに確認を取るのも気がひけて探りあいをしたところで素直に答えてくれないと解っているから互いに切り出せずに悩んでいた。
だが、その均衡を破ったのはやはり年若き少年の方だった。
「甘い言葉って、一体なに囁いたんスか不二センパイ」
その先制攻撃に二歳年上の彼は不敵に微笑みかわす。
「ん?これといって特別なことはなにも言ってないよ」
「どーだが。普段から馴れ馴れしいっスよね」
「どのあたりかな?」
「…話す距離とか、スキンシップとか」
肘かけに肘を置き顎を掌に乗せて余所を向く越前に対して。不二は表情は緩やかだが声は少し硬かった。
「それを言うなら越前の方が距離は親密じゃないかな?背丈的に。それに触れ合いだって軽率にしてると思うな」
「へぇ―羨ましいんだ」
「うん。そうだね」
「……そうはっきり認められると困るンだけど」
「仕方ないじゃないか。僕はどうやっても彼女には熱烈な歓迎を受けてしまうんだから」
「ああ…吐血とか青ざめるとかネ――オレだって何だかんだ言っても弟扱いされるてるし」
火花が散っていたふたりの間には暗雲が立ちこみ、月が隠れてしまう。
「でも、弟ならハグも感情はないか」
「……アンタ。マジで腹立つ」
不二の挑発めいた言葉に振り返りロケット花火に火が灯る。そんな花火を真横に涼しい顔をして静かにねずみ花火が舞い踊り。店内ではそんな端整同士の火花の点火具合を見て女性スタッフが盛り上がっていた。
「あたしは右の子」
「ええ〜わたしは左です」
「右」
「左」
そんな囃したてる声を横で契約書にサインをしている夜鷹は悪目立ちしている連れについて額から冷や汗を流しながら込み上げてくる嘔吐と戦っていた。
「だ、大丈夫……?」
『いつもの、ことですから……』
消え入りそうな笑みを浮かべて夜鷹は早々にここから退出することだけを目指した。
『はあ――やっと出られた』
携帯を買いに来ただけで何故こんなに疲労感が……、夜鷹は疲れ切った顔をしながら二人の彼に挟まれた形で帰宅路を歩いた。
同じ背丈の越前が顔を覗いて「大丈夫?」と珍しく心配してくるのを『ええ』と眉を寄せて答えた。それだけで越前は不機嫌な顔をして夜鷹の鼻をつまんで手を取った。
「遠慮すんな。ほら、あそこの公園で少し休もう」
『え、ちょっ』
「不二先輩は飲み物買ってきてくださいよ」
「仕方ないね」
後輩である越前に頼まれてしまった不二は特に反論はせずに、自販機側へと歩いていってしまう。越前に引っ張られるままにベンチまで駆けより隣に座る様に促される。
『おじゃまします』
「なに畏まってるの?変な先輩」
鼻で笑わらいながら少しそわそわしている越前。敢えてふたりきりの空間を作ってみたが、中学生らしく緊張していた。隣へ視線を流すと少しだけ気のある女性の横顔が煌めいて観えてしまい、再び視線を別の方向へ映した。
『越前くん、今日は付き合ってくれてありがとう』
「べつに…。アンタがやっと携帯買う気になったのって、原因が収まったからで……それって不二先輩が解消したんでしょ」
向き直り夜鷹を視界に映すと彼女もまた越前を視界に入れた。互いに向かい合い沈黙が許されない空気に夜鷹は首を縦に振った。
「なに、言われたの?」
『別にそんな重大な事は……』
「教えてよ」
『う……、これまで通り“話す”ということで』
「ふーん……これまで通り、ね。それって名前呼びも?」
『いや、あれは定着しただけだと。面白がってるんだ』
「(それだけじゃないだろうに)先輩、鈍すぎ」
『そうかな?これでも反射神経は褒められるんだけどな』
「そっちじゃないし。……じゃあオレも夜鷹先輩って呼んでもいいよね」
『へ?なんで?』
「不二先輩がいいならいいでしょ」
『え、いやどんな理屈よ』
「オレが呼びたいから、ダメなの?」
『ダメじゃないけど……』
腑に落ちない顔をして唸っている夜鷹に更に口角を上げて越前は畳みかけた。
「オレのことも名前で呼んでよ」
『はぁい?』
「不公平じゃん。オレだけアンタの名前呼んで。バランス悪いからアンタも呼んで」
『だからどんな理屈だよ』
強引すぎたか、と越前は内心この賭けに分配が悪い事は読めていた。それでも背伸びをしてみたくて、この感情に名前をつけたくて、生意気にも可愛い後輩は先輩を上目遣いで見つめた。それが効果抜群なことを知らない越前は、夜鷹にダイレクトダメージを与えていた。首を逸らし上を見上げた夜鷹の謎の行動に気がついてはいない。お空の上まで旅立っていた萌えは黄泉戻り、顔を元の位置まで戻すとコホン、と咳払いをして夜鷹は言葉を濁しながらも顔を紅潮させて俯きながら呟いた。
『リョーマくん、で勘弁してください』
「……フッ、いいよ。夜鷹センパイ」
からかったら面白い、ではなく可愛らしいことを知った越前は互いの前髪が重なるまで近づき手を重ねた。すると、無機質なシャッター音が聴こえて越前が顔を上げるとそこには、不二がいつもより数倍笑みを深めてスマホを片手に撮っていた。
「おまたせ」
「なっ、ばっ」
最早言葉に何っていない語彙力の乏しさなど吹き飛ばして気がついていない夜鷹は顔を上げて呑気に『不二くんおかえり』と迎えていた。いや、何を呑気に迎えているんだ。と悪態つきたくもなる越前を余所に不二は「ただいま」と言って彼女に紅茶のストレートティーのペットボトルを手渡していた。越前にもファンタを手渡す。余裕の対応だ。
「そういえば大石が携帯持ったら連絡先欲しいって言ってたよ。細かな連絡とかしたいらしい」
『そっか。大変お待たせしました…って大石くんの連絡先知らんかった』
「僕が教えるよ。スマホ貸して」
『はい』
疑いもせずにスマホを手渡した夜鷹。片手で彼女のスマホを操作する不二の手元を覗くように身体を近づかせて身を乗り出す自然な動作に一瞬手元の速度が遅くなる。
『LINEはダウンロードしてるからアイコンあるよ』
「これかな。僕のも登録していい?」
『不本意ですがいいですよ』
「かわいいことばっかり言うね」
『どこが』
「はい。登録完了っと。あとで大石に連絡してあげて」
『わかった。ありがとう』
スマホを手渡すと両手で受け取ると顔を上げた夜鷹は距離が近かったことに驚いてスットンキョンな声を出した。「ぎゃああ」とか「きゃあ」とではない『ぬおぉぉ!』だった。思わず噴き出す不二の反応に羞恥に苛まれている夜鷹。隣では越前も秘かに笑っているのが窺える。
「先輩無防備すぎ。パーソナルスペース近すぎ」
『そう言われたの初めて。普段は壁が厚すぎとか言われてるんだけどな』
「でも少し天然なところが魅力的でいいと思うよ」
『不二くんはそう言って私で遊ぶのやめてくれるかな?』
「楽しいのに」
『私は楽しくない』
「先輩。オレとも交換して」
『いいけど…』
スマホを貸してと手を出され、夜鷹は素直にその手にスマホを乗せた。
「そういう所はちょっと危ないかな」
『危ないってなにが』
「わからなくていいよ。今は僕がいるから」
『?不二くんは危ないと思う』
「あれ?僕を危険人物扱いするの?意識しちゃう?」
『しない』
「ムキになって否定するところがかわいいんだって」
『かわいくないって』
眉を顰めて睨む夜鷹の裾をくいくい掴んで越前が「終わった」と告げてスマホを返されるとそれを鞄にしまいベンチに腰掛けたまま暫く三人で他愛のない談笑を続けた。
「おチビやるぅ〜」
「越前にはもうちょい頑張って貰わねえとな。不二先輩には勝てないっスよ」
「不二は手ごわいからな」
垣根から覗く菊丸、桃城、乾の三人は三角関係が漂う三人を後ろから見守っていた。
だがその隣には大人三人組が悲痛な叫び声を上げていた。
「俺の……お、おれのっ……マイフェアリーエンジェル夜鷹がっっ!!男女みたいな清ました顔した爽やかイケメン野郎と母性本能くすぐられる年下生意気坊主に迫られて……ッ」
「さすが夜鷹ちゃん。二人のイケメン手玉に取るなんていい女に成長したもんですね」
「いやーまさかあそこまで可愛くなるなんて思わなかったよな。笑った顔普通にかわいいべ」
「はあ、夜鷹が可愛いのは変わらねえだろ」
「「 ……ソウネ 」」
「くっそ……あいつら。監視を増やして徹底的に荒を探り夜鷹にドン引きされて朽ち果てるがいい!!ハハハハハ!純情少年中学生が大人の権力舐めるなよ!!」
「大人げないな〜青い春を邪魔するとは」
「青春は一度きりですからね」
「お前が言うと胡散臭いし放送禁句用語みたい」
「僕は敏腕イケメンマネージャーですけど」
「自分で言うかよ」
中学生からの腐れ縁と幼馴染と彼女の兄が騒いでいた。
オリキャラ沢山出たな……嫌味な奴で梁瀬工。ただのお人よしで唯廼由。という単純なネーミングのマネージャー兼幼馴染と中学生から保護者であります。割と恋愛要素多めに書いたぞ、えっへん!最近リョーマくん可愛すぎて猫可愛がり中です。えへへ……お姉さんは生意気な年下に弱いのです。身長同じだけど←