色葉さんが誘拐未遂?の斎藤さんを送ってくると国木田さんの制止も訊かずに脱兎の如く人混みに消えてしまった。其んな背中を見つめながら僕はやっと疑問点を口にすることが叶う。
「あの斎藤さんの事情って何だったんでしょうか?」
僕の呟きに応えてくれたのは太宰さんだった。隣を並び歩きながら太宰さんは説明をしてくれる。
「彼はとある貿易商の裏の顔に雇われた経理士だったんだ。闇社会に身を潜めていたが奥さんに子供が生まれて芦を洗おうと思い至ったはいいが。首領は其んな事赦す訳もなく。また手広く港を中心に活動していた彼らは闇の世界では名が知れ渡ったある組織に目をつけられ脅されてしまう。だが彼らは命を奪う代わりに色葉ちゃんを拐ってほしいと持ちかける。命を奪われるのと少女を誘拐と来たら、天秤にかける事もせず誘拐を選択した」
「あ。じゃあもしかして斎藤さんは奥さんと子供を人質にされて止む無く誘拐犯として色葉さんを拐ったんですね」
「ご名答。中々呑み込みが早いじゃないか敦君」
「あ、いえ。だとすると色葉さんは其の事情を聴いて……あ、あれ?可笑しいですよね太宰さん」
「ん?何がだね?」
「だって事情を聴いてからの経緯が解りませんけど!」
「ははは、素質があるんじゃないか。此れを私の口から告げるのは簡単だが……此れ以上嫌われてしまうのは不本意なのだよ」
「……はい?好き嫌いって関連するんですか?」
「するよ!するとも!聖女様が武力行使で解決したなんて云ってしまったら一週間は口を訊いてくれなくなる。哀しき末路さ」
「あの…今、云いましたよね?」
「ん?何のことだい?私は独り言を述べただけださ」
口元に人差し指をたてて太宰さんは片目を瞑り僕に「内緒だよ」と伝えてくる。僕は頸を上下に振り太宰さんの背中を小走りで追いかけて並ぶ。
「彼女も立派な武装探偵社の社員。唯の聖女様だったら私を此処まで翻弄させる事は出来ない」
「惚気ですか…それ」
「いや、なに。若き青年に言葉を投げて自身の恋を再確認させていただけだよ」
「それ、云われている僕の方は複雑なンですが」
「大人になると恋の一つも歪になってしまうんだ」
「はっ、はあ……」
――あれ? 僕は何か見落としているような
其の時、僕は確かに何かを見落としていた。でも其れが何なのか解らない。でも一度は気づいた疑問だと云うのに忘れてしまう何て、解らなくなってしまう何て奇怪な話だと思った。
一度立ち止まり、再度振り返る。白髪の長い髪を背中で揺らす紅玉の瞳の美しい女は何処にもいない。去ってしまった其の視えない背中を追いかけ乍ら僕は国木田さんの「小僧!」という声に「はいっ」と慌てて返事をしてから向き直って駆けだした。
「可笑しいですよね。俺……記憶がないんですよ。貴女を拐ったまでは憶えているのに。でも貴女が妻や娘を扶けて頂いたこと本当にありがとうございました」
『いいえ。大したことはしておりません。ですが、もう闇の世界を生きてはいけませんよ。次に帰蝶しましたらもう貴方を扶ける事は適いませんから』
「はい。肝に銘じます」
『ご家族を大切になさってください』
優しい笑みの温かい手を持つ色葉さん。戻ってきたら僕はあなたにお礼が云いたいです。
「芥川先輩。国家機密人物の奪取に失敗しました」
「そうか」
「発破をかけた下請け人も軍警に自首をしたと情報が入り、隠蔽さえ滞りなく出来ず申し訳ございません」
「否。元よりお前があの方を出し抜けるとは思っていない」
「……彼女から伝言があります」
「何だ」
「次はデザートを寄越せと」
「為らば機嫌を損なう前に然うしかない。樋口、お前は人虎を。僕は――色葉さんを奪取する」
此れにて「或る爆弾」は終了です。次はやつがれちゃんだな。そうだな、血なまぐさくなりそうだな!←