『順を追って説明させて頂きますね』
色葉が然う云って敦の前にナオミと谷崎がホワイトボードを持ってきた。其処には相関図が記載されている。其れを参照しながら咳払いをして色葉は説明を始めた。
『昨夜私は本当に誘拐されてしまったのです』
最初から爆弾を投下された敦は眼を丸くさせた。
『独歩くんからの連絡で十五番倉庫へ行こうとしたとき、此方の斉藤さんに側頭部を銃火器で殴られてしまって』
「あの時は申し訳なかったです……」
お恥ずかしい、と苦笑する色葉を横目に隣では斉藤と呼ばれた男は国木田に寄って縛りあげられていた。
『携帯は奪われ車の後部座席に乗せられて此方の廃棄工場に招待されました。誘拐犯としては素人同然な斉藤さんの手口に事情があるのではと予測出来たのでお話を聞かせて頂き、斉藤さんにはこのまま誘拐犯として敦くんの入社試験にお手伝いしてもらうことに致しました』
「大分省いたね。色葉ちゃんはなーんで敦くんの入社試験が行われると思ったのかな?ん?」
太宰が色葉の顎を掴み誘発するが、色葉は携帯を取り出して画面を見せると手を離して大人しく隣に立ち直していた。
『独歩くんのメールは太宰くんの指示だと気がつき。虎は少年だと私は存じておりました。太宰くんの事です。きっと探偵社に勧誘すると思いましてもう一つ持っていた携帯のGPSを切りました。私、こう見えて誘拐されるの常習犯なんです』
「えっとでも何でGPSを切ったんですか?」
『私の所在を知られたくなかったからです。頭の切れる方がいらっしゃるので』
「え、でもじゃあ何故所在を知られたくなかったんですか?頭を殴るような犯人ですよね?怖くなかったんですか?」
敦の質問に色葉は笑みを絶やさない。太宰も国木田も、谷崎やナオミでさえ口を閉ざしている。
『人の眼が多い場所での実行。素人以下の手口に並々為らぬ事情があるのだと思ったらお話を聞きたくなりまして。人間は善悪の両面を所持する稀有な存在。誰にだって間違いはあります。其れに殴られたと云っても瘤が出来たくらいですから怪我の内にも入りません』
「そう、ですか…」
「色葉の悪癖だ。気にするな」
国木田の言葉に敦は薄く唇を開けた。微笑む色葉は柔らかさを損なわれていない。少しだけ不気味に思ったのか敦は少しだけ身体を背けた。
「だから毎回誘拐されてしまうのだよ、此方の愛らしい姫君は」
『太宰くん重いです』
色葉の背後から腕を回し抱きしめ頸筋に鼻孔で擽る。そんな太宰を足蹴にし倒れた所を尽かさず国木田が紐で縛る。
「優しすぎるのも難儀なものだ」
「えっと…あの人、警察に突きだすンですか?」
国木田によって雁字搦めに縛りあげられた斉藤は半分程意識を失っていた。太宰を簀巻きにして床に転がす国木田は色葉の髪を整えるように梳く。
『いいえ。あの方は警察に突きだす程の罪は犯しておりません』
「……聖母様だ」
「あ。其れわかるよ敦くん。ボクもそうだと思った最初」
「マリア様のような博愛主義者ですものね色葉さん」
敦の言葉に谷崎とナオミが同意した。
「じゃあさっきの女性も探偵社員なんですか?」
『いいえ。あの方は私の義姉です』
「そうさ。あの人は色葉ちゃんを崇拝するお姉様の一人、小雪さん。普段は小説家だよ。あと三人姉が居て。小夏さん、小彩さんは双子。小夏さんは編集者で小彩さんは美容師さん。今回は小夏さんが衣裳係。小彩さんがヘアメイク担当」
簀巻きを解き太宰は敦に説明を始める。だがあと一人足りない事に気がついた敦の瞳に太宰は押し黙った。己の口からは裂けても云えない人物である事が解る。其れを理解している探偵社員たちは喉で笑いながら谷崎が説明してくれた。
「もう一人は小春さん。現国教師だよ。そして色葉さんを溺愛している筆頭で太宰さんが唯一何もせずに敵前逃亡するンだ」
『小春姉さんは小雪姉さんと似た容姿ですよ』
「そうなんですか。大人しい感じなんですかね」
「何を云ってるんだ敦君。あの人が“大人しい”訳ないだろう。霊長類を代表とする拳を持つ武力保持者だよ」
「だ、太宰さん?」
「女性は男性を持ち上げて砲丸投げの様に飛ばしたりしないし、拳で頬を殴ったとしても壁に埋もれさせることも出来ないよ」
「……お強いンですね。あ、異能力とかですか?」
「通常運転だよ」
太宰は在らぬ方向へ視線を投げながら色葉に腕を回して抱きつく。
「色葉ちゃん何であの人を呼ぶのさ。絶対に殴られちゃうよ太宰さん恐いよー」
「現に殴られる事をしているのはお前だろ」
『でも小雪姉さんは一人で家に辿りつけないので、報復を受けて下さい』
「君の愛の鞭が苦しい」
「小雪さんは作家さんだからあまり外へ出ないんだ」
「ですので体力が極端にないのですわ」
「あ、そうなンですね……にしても色葉さんって太宰さんに厳しいですね」
「他人で遊ぶ太宰に対する唯一の対抗手段だ」
「色葉さんに笑顔で云われたら太宰さんも押し黙るからね」
「可愛いですもの色葉さん」
視えない力関係を目にした敦は特別仲が良い訳でもない色葉と太宰の関係に、弥弥頸を傾げた。其れは其れでもあの二人は他の人達に生まれる感情とは中てはまらない関係性じゃないかと、聡く思う。
―――上手くやっていけるかな
中島敦は半ば強制的に入社を決めたが、先往く不安は増すばかり。其れでも太宰が振り返り敦を呼ぶ。
「事務所に行くよ敦君」
「遅れるな小僧」
「敦君帰ろう」
「行きますわよ」
『行きましょう敦くん』
敦はその焦がれた言葉達に眼を細めた。
太宰さんが女性に怯える姿を視てみたくなっただけ。割とスキンシップ多い太宰さんだが乱歩さん。まだ少しだけ拗ねている。多分事務所に戻ったら機嫌直る。