一通の電報を送る。其れは予期せぬ春雷の如き驟雨だった。
探偵社の医務室を躊躇いもなく開け放った女性。くたびれたシャツに白衣を纏う。手ぶらの状態で口にはシュガレットを加えながら歩みを進める。突然の侵入者に与謝野は椅子を回し其の女性を招き入れた。
「意外に早いじゃないか青葉」
「小雪から連絡を貰って居ただけさ。色葉は?」
「奥さ。アンタの指示通り施したが失血状態だ。血中に毒を混入され、毒に侵されない様に毒素が混じった血液を抜く。谷崎兄妹には脅かされていない血を輸血した…昏睡状態だと云うのに器用な娘だよ」
与謝野は色葉が持ちかえった注射器を青葉に手渡す。
「大量に血液を持ってきたから輸血してやって。あたしは準備に入る」
「解ったよ。手術室を遣っていい」
青葉はカードケースから一枚のカードを取り出し異能力を発動。カードの中からジェラルミンケースが出現し鍵を開けた中には輸血パックが保存されている。与謝野にケース事手渡し、青葉は続いてもカードから必要な物を出現させ色葉の処置へと準備を進めた。
一方与謝野は色葉が眠るベッドのカーテンを開ける。其処には手を繋いだまま眠っている乱歩の姿を黙視。点滴スタンドに輸血パックを取り付け血液補充を施すと乱歩は目を醒ましていたのか与謝野に声をかけていた。
「青葉さん来たんだ」
「今準備してるよ」
「然う……其れ輸血?」
「そうさ。色葉は血を混血にさせない条約だからね。自分の血で補うしかない」
「毎日献血してるから結構溜まってるだろう。昔は大怪我ばかりで慣れていたと思ったけど案外堪えるもんだね」
「乱歩さん…処置に入るだろうから少しはアンタも休みなよ」
「うん…然うする」
然う返事を返しても乱歩が退く事はなかった。元々人より色素が薄い色葉は唯眠っているだけだと云うのに息が細く青白い。死んでしまっているのではと疑いたく為るほどに彼女は死線の上を歩行していた。沈む空気を雲散させる事は難しい。カーテンを開け放ち青葉が中へ入る。準備が整ったのか色葉を手術室へと運ぶ為に二人ほど医務室の扉から訪れた。
「あ、江戸川くんだ」
「こんにちは」
明朗快活な娘と希薄そうな娘が対照的に入室する。同じ顔が並ぶと乱歩は驚きもせずに立ち上がった。
「じゃあ後よろしく」
「えーもう行っちゃうの?」
「小夏。不謹慎よ」
小夏を嗜める小彩。乱歩は後ろ背に手を振り乍ら医務室を後にした。其の背中は淋し気に揺れている。
「やっぱ江戸川くんって天才だよね」
「此処に乱心する小春姉さんを呼べないでしょ」
「消去法って奴?小雪が抑制装置だもんね」
「其して小夏の抑制装置はわたし。早く運ぶよ」
「はぁーい。晶ちゃんしっつれぃしまーす!」
「あんま騒ぐんじゃないよ。隣で寝てる奴が居るんだから」
軽率に敬礼をし小夏と小彩はストレッチャーに色葉を移動させた。小夏や小彩は平常心を保つように普段通りの行動を取っているが内心は波紋するばかり。姉として妹の心配をしているのは当然の事だった。
運び終えると小夏と小彩は再び医務室へと戻る。すると其処には敦の様子を看るために訪れていた国木田を見つけ、二人は飛びつくように彼の元へと急ぎそして囲んだ。
「国ちゃーん!」
「国木田くん」
「お前ら此処は医務室だぞ。少しは声を抑えろ、特に小夏。お前だ」
「国ちゃんから指名されるなんて…はぁ。今日は何て素敵な国ちゃん記念日」
「人をサラダ記念日みたいに命名するな」
「狡いわ。国木田くんは問題児の方ばかり気に掛けるのね。優等生のわたしなんて味気ないものね。そうよ…わたしなんて…」
「誰も小彩に目を掛けていない等とは云っていないだろう」
「じゃあわたしにも記念日をくださいな」
「いや、別に記念日をあげる話の流れではなかったはずだが」
国木田の周囲を双子が彩る。美女を両手に獲る国木田の姿は一般男性からすれば「宝の独り占め」でしかない。そして其れを敦は目覚めて最初に視た光景であり額を抑えてもう一度目を閉じた。
「氷雨は上がったんかね」
騒々しい室内を怒る気にもなれず、頬杖をついた与謝野は青天を見上げてカルテに筆を下した。
「起きろ小僧!」
「僕は未だ目覚めない……」
「起きてるだろ!いいから早く目覚めろ。でなければこの姦しい奴らがお前を引き裂くぞ!」
「そんな物騒な意味合いで怪我人を脅さないでください…よっ」
上半身を起こした敦の首元にペン先と鋏が向けられていた。そのどちらも国木田に纏わり着いていた色葉の義姉の最後の双子、小夏と小彩である。
「国ちゃん誰この子?浮気?」
「可愛い顔しているけど…真逆国木田くんは理想の女性像がエベレスト級だから遂に男の子に手を出すまでに至って……」
「国ちゃん其れはないよ!あたしが居るのに」
「もれなくわたしも付いてくる、この良物件。一夫多妻制だよ」
「国木田さぁ――ん。扶けてくださ――い!」
「嫁はひとりで十分だ!」
「色葉の事云ってるなら比べる相手を間違えてるから」
「天使と人間を比べないで頂戴。次元が違うのよ」
「自分たちで卑下するな」
言葉が飛び交う中処置を終わらせた青葉が医務室に色葉を連れて戻ってくる。此の賑やかな光景に大口を開けて笑った。
「賑やかね!宴会の席?」
「違う。お宅の娘たちが騒々しいんだよ」
「娘が5人も入るからかな……久しぶりの男の被検体を見るとつい実験したくなる」
「被検体じゃなくてうちの探偵社員だから手を出さないでおくれよ」
「あ。色葉の検査は無事に終了したから後は輸血と此の点滴を三種類打ってあげて」
「もう行くのかい?あんま会えないんだろ?」
「ちょっと野暮を抱えてさ。そろそろ地下に潜らないと見つかる」
青葉と与謝野で色葉を再び医務室のベッドに移し、掛け布団を整える。先程よりは顔色が幾分か良い色葉の寝顔を覗き乍ら髪を撫でる青葉は育ての親とはいえ、母親にしか視えない。腕を組み与謝野は其んな事を思う。
「此の子の事宜しく頼むよ」
「任せておくれ。妾にとっても可愛い妹みたいなもんだからさ」
「……ってことで。あたしは帰るからあんた達も適当な所で帰るんだよ。福沢さんに迷惑かけないように」
「はぁーい」
「わかってる」
国木田の右腕に小夏、左腕に小彩が絡みつつ返事をかえした。そして今度こそ青葉は身を翻し医務室を出た。
「早く元気になりなよ色葉」
与謝野の言葉に色葉は寝息をたてる。
青葉は扉を閉めると社長室へと向かった。だがその扉の前には乱歩が背もたれを預けて待ち構えている。
「久しぶりだね青葉さん。色葉の工合はどうだった?思ったより君にとって善いデータが取れたんじゃないかな」
「棘があるね、相変わらず」
「知ってると思ったけどなぁー僕がこの世で一番嫌いな人物が誰かなんて単純な解答」
「……社長と話したいんだけど」
「今度は色葉にどんな無茶させる気。実験の一種だったんだろ今回の出来事凡て」
「……あたしは知らない。もう携わっていないし追われる身の上。あの子を守りたいと行動している一人だよ」
「君の真意はさて置き。僕は君があの子の義理の母親ってだけは信用しているよ。でも、科学者としての玖条青葉のことはどうしたって赦せない事だけは肝に銘じておいて。僕は絶対に君を赦さないし、君が彼女にしてきた悪行も白日の下に晒す」
「稀代の名探偵殿。あたしは逃げも隠れもしない。だが捕まえられるものなら捕まえてみな。この世の凡てを敵に回しても真実とやらを追い求めてご覧よ。きっと神さえ憎むだろう」
青葉は乱歩の横を通り過ぎ社長室へと入室した。バタン、と扉の音が静寂を保つ廊下に滴り落ちた。
「相変わらず思想のぶつかり合いをしていたようだな」
「福沢さん。聞こえてました?」
「聴かれたくなければ場所を弁えるんだな」
「失礼しました。所で近々あのロリコン糞野郎を殴りにいく算段とかない?」
福沢の机の上に密封した袋に入れた注射器を提示した。お茶をすするのを止め其の注射器を見据える。
「此の中に含まれる成分は神経系に作用する毒物。しかも純正の。殺人に使用される動物性の毒だった。其れも遙か西の都の話」
「殺す気はないだろう。狙っているひとりにすぎない」
「狙ってるって命を?なら首を落とされた方がマシさね。此れは完全に隔離監禁雨霰。鳥かご姫の再来をしたいだけのお人形遊びだッ、あの藪医者!」
壁に拳をぶつけ其の痛みに眉を顰めた。理系故に武力は備わっていないらしい。
「ぜっったいぃに半殺しの系に処す!」
「まだ縁を切ってなかったか」
「あれでも生命線を担ってるんだよあの男は。娘達を守らりゃ曲がりなりにも母親だからね。だからさ、色葉の父親として守ってやってね」
「無論だ。元より然ういう約束を結んだと思うが」
お茶を啜る福沢に青葉は輝く笑顔を浮かべた。
「運命論者の悲しみ」に該当する時系列…で、最初はもっと普通だったんだけど。すげー謎を落としまくった回になってしまった。この伏線たちは果たして拾えるだろうか?忘れないようにメモる。太宰さんの所在が知りたいのかい?……川にいるよきっと←