雨夜の品定め-弐






探偵社員は皆持ち場についた。其れにより医務室から出払い、今は色葉が一人眠るだけ。時計の針が刻む度に秒針の音が心臓と同調し始める頃、医務室の扉を静かに開け中へと入った男がいた。其の男は見知った足取りで迷いなく奥に備えられたベッドのカーテンを引き遠慮なく「よいっしょっと」とベッドの上に乗り眠る色葉の横に身を沈める。肘をたて掌に顎を乗せ、健やかな寝息をたてる少女の髪を梳く。躯が眠りへと誘っている所為で目覚めない彼女を見下ろし乍らは囁き始めた。

「何故君は乱歩さんを選んだのだろう。私と共に暮らしていればこんな事にはならなかった。ああ、然うだ。私ならきっと君を外の世界に出すことはない。雛の翼を折り窓を捨て君の心を懐柔する。嘆いたとしても君が私を嫌悪しようとも縛りつけ閉じ込め思知らせるだろう。外の世界など知ったところで飛べない雛は朽ち果てるのが末路だ。折角…見つけたんだ。再会も果たしたし、君を大事に扱った、のに、何故君は私の元に堕ちてこない…堕落しないんだ……何故君はいつも私の手元から零れ落ちてしまうのだろう。ああ……不毛すぎる堂々巡りだ。物言わぬ人形程興味はない」

態勢を替え、彼女の躯を跨ぎ馬乗りへ。長い指先が喉元へ伸びていき細い頸を片手で覆う。其の瞳は虚空だ。

「心中、甘美な響きだね……」

だが頸を覆った手はゆるりと動き髪を退かして耳を探し当てる。ポケットから消毒薬とピアッサーを取り出し医務室にある手袋を装着後、耳朶に消毒薬で殺菌する。終えればピアッサーで耳朶を挟み針の位置を調節。幽玄の瞳が躊躇いもなく窪みを押した。僅かに走る痛みに睫毛を揺らす色葉は其れでもまだ目を醒ますまでには至らない刺激のようで。もう片方の耳にも先程と同じ工程で遠慮無く開ける。開けるときの音が大袈裟に響くから流石に二回目のときは意識を浮上させたようだ。色葉は瞼を持ち上げ紅色の瞳で目の前の男を映した。

『……だ、ざい…くん』
「おはよう色葉。佳く眠っていたね」
『……谷崎くんとナオミちゃんは?』
「与謝野先生の治療済み。敦君も復帰しているよ」

嗄れ声が太宰の耳に届く。自身の此の状況よりも仲間の安否確認をする少女に些かの苛立ちは拭えないようだ。太宰は身を屈ませ少女の真横に手をつく。其処で漸く色葉は寝惚けた脳内を覚醒させ太宰の異変に気がついた。

「喉渇いただろう。飲むかい?」
『自分で飲めます』
「折角私が居るのに連れない事を云うね。扱き使える好機じゃないか」

薬呑容器へ視線を走らせ手を伸ばす色葉。だが太宰は其の容器を床に落とし手をシーツに押しつけ、掛け布団を足元まで下げた。

「私を遣えって云ってるだろ色葉」

もう片方の腕は輸血をしている最中で管が通っているため、腕がベッドに固定された状態だった。拘束しなくても彼女に逃げ場はない。先程から声は優し気なのに、太宰の顔は哂ってすらいなかった。

『……何が訊きたいの』
「私が君に関して知りたいモノは勿論凡てだが、君に質問する時は他の男と何をしていたのかを逐一細かく機微な詳細から君の行動まで説明して欲しい時だけだって物覚えの良い君の脳内なら解っているはずだろう」

頬の表面に指の腹を滑らせ唇へと辿り、頸筋、鎖骨…其して服の中へと入り込もうとする指に制止をかける。

『確かに太宰くんの然う云う時は然うですが。凡ての情報を把握し答え合わせの時も同じ行動を取ってますよ』
「……じゃあ話が早いね。何処を触られたの?監視カメラだと膝裏と背中、腰、それから……」

指を触られた箇所へと滑らせ妖しく触れてくる。其の動きに身を捩り普段とは一点笑みさえ浮かべず表情のない顔を晒す色葉。彼女の視線に熱が籠った息を吐き出し乍ら彼女の額に唇の表面を密接させる。リップ音を態と響かせてから顔を放し口元を引いた。

『気は済みました?』
「あとちょっと」

柔らかな雰囲気が戻ってくる太宰に色葉は困ったように鼻を鳴らす。最初から憂いなど晴れていた。彼女の耳に穴を開けた時点で太宰の気分は雲間からの太陽。だが目を醒ましたようなのでお灸を据える意味合いも含め、八つ当たりを実行しただけに過ぎない。
未だ色葉は穴を開けられた事に気がついていない故に太宰は彼女の耳殻を唇で挟みちゅっと吸った。予期せぬ行動に目をむき自由な足裏で太宰の顔を挟むと其のままベッド下へと叩きつけた。柔軟に柔らかい彼女の躯だから出来る技ともいえる。上体を起こし普段より弥弥怒りを込めた笑みを浮かべ唾液が付着した耳朶に触れると見知らぬ感触に驚く。

「あ。気がついたのだね。私からの贈り物だよ。三ヶ月経ったら此れを着けて欲しいな」

もう片方の耳朶にも触れ同じものが左右に備え付けられている事を知る。目の前に置かれた小さな箱の中身を開けると其処には青薔薇形をしたピアスが静かに佇んでいた。

『太宰くん…開けたんですね』
「うん。さっき君が寝ている間に私の手ずからで」

ピアッサーを片手にご満悦な笑みを浮かべている。

『青葉さんは?』
「知らないよ。私の独断だから」
『……はあ。太宰くんの憂いは此れで完遂しました?』

諦めに似た境地で訊ねると太宰は矢張り気持ちのいい顔をして再びベッドに腰かけ色葉を横たわらせた。その隣に自身も横になり掛け布団をかける。

『太宰くん。お仕事してきてください』
「今日の私の仕事は色葉ちゃんの添い寝なのだよ」
『独歩くんの眉間に皺が寄ってしまいます』
「おや。私という者が居乍ら君の口は懲りずに他の男の名を口にするのかい?今度は舌でも味わってしまおうか?」
『遠慮します』
「それ一番傷つくんだけど。解っててやってるよね色葉ちゃん」
『寝ます。おやすみなさい』
「もう寝ちゃうのかい?もう少し愛の語らないをして欲しいのだが」

瞼を閉ざし眠りに入る色葉の横顔を眺め乍ら太宰は耳朶にくちづけを贈った。

「おやすみ――私の駒鳥」



「艶回」私にとっては「通夜回」でもある。太宰さんって艶にすると結構動かせる事に驚いて怖い。狂気愛です。そうです。彼は登場していない時に市中の監視カメラを調べてたくらい熱心な執着愛者です。私の中では依存ともいえる。一番の「狂執着者」な立ち位置。主人公は常に笑う事にこだわりがある方です。