飾らない藤棚-壱






室内の片づけをしていたら写真たてが床に落ち、割れていた。拾い上げ硝子の破片を手で払う。写真たての中には青葉さん、小春姉さん、小夏姉さん、小彩姉さん、小雪姉さんが私を囲う様に写っていた。其の写真の後ろに何枚か写真が入っているが私は隠す様に入れた写真たちを抜き取りパスケースに差し込む。

「写真たて壊れちゃった?」

肩口から覗き込む乱歩さんの登場に頸を縦に振ると乱歩さんは肩に顎を乗せて自身の腰に手をつく。

「でも写真は無事のようだ」
『はい。幸いでした』
「本当に顔色佳くなってる。また無茶してたら医務室のベッドに縛り付けようと思ってたけどそんな事しなくても済みそうで安心した」
『……乱歩さん。太宰くんの真似ですか?』
「どうして然う思うんだい?」
『だって乱歩さんは私を縛ろう何て概念無いですから』
「僕だって状況的には縛る時もあるんだけどな……長く居過ぎたか」

乱歩さんはハンチング帽子を指先でくるくると回し被り直す。後ろでファイルの整理をしている独歩くんへ「国木田くーん僕そろそろ“名探偵”の仕事に行かないと」と声を上げ、独歩くんは敦くんへ頼む。

「警察からの殺人事件の応援が入った、小僧。お前は乱歩さんのお供をしろ。現場は鉄道列車で直ぐだ」
「ぼ僕が探偵助手ですか?そんな責任重大な」
「真逆。二流探偵じゃあるまいし助手なんて要らないよ」
「え?じゃあ何故」
「僕列車の乗り方判んないから。あ、色葉。今日は一緒に帰るから僕が戻るまでに荷物まとめといてね」
『はい。いってらっしゃい』

乱歩さんの襟を直しネクタイを軽く整えてから手を振って見送る。乱歩さんは「ん」と満足そうに手を掲げて敦くんと共に探偵社を後にした。

「色葉。俺たちもそろそろ出掛けるぞ」

或る程度片づけ終えるとショルダーを肩から掛け周囲に出掛ける事を告げる。独歩くんは破壊された扉の壁に背を預けて待っていた。彼の隣まで歩むと腕を差し出され其の腕に手を添えて歩き出す。

「……国木田ちゃんと仕事出来るンかね」

与謝野先生の言葉に事務員の女性たちは苦笑交じりに首を左右に振った。







依頼人は何処にでもあるような芸能事務所の社長。本来依頼内容を訊いてから引き受けるのだが依頼人の都合により当日説明をすると仰せつかっていた。そのため事務所まで出向き、アポイントを取っていたので受付嬢に国木田が謁見を伝えると「おかけになってお待ち下さい」と奥の会議室へと案内され、国木田と色葉は横に並んで椅子に座り、出されたお茶を飲んで待つ。

「悪かったな。調子が悪くなったらすぐ云ってくれ」
『今回のご依頼人は歳の近い女性を指名されたのですから。与謝野先生より私が適任なのは致し方ない事です』

扉のドアがノックされ席を立つと入出して来たのは社長ではなく若い男性と派手な髪色をした女性。

「あの、依頼を受けて参りました。武装探偵社の国木田です。隣に居るのは同僚の」
『字色葉と申します』
「申し遅れました。ぼくはミュウのマネージャーの佐伯と申します」
「…ミュウと申します。この度はわたしのために我儘を訊いてくださりありがとうございました」

派手な見た目をしているミュウは容姿端麗な美少女で有名な今売り出し中の偶像。国木田を視た後直ぐに色葉へ視線が注がれミュウは手前に居る色葉の隣に来て腕を掴まれる。突然の事に驚くが佐伯が「ミュウ」と嗜めるように彼女の肩を触ろうとした瞬間、ミュウは目を見開き色葉の腕を絞めあげる。不自然過ぎる行動に色葉は笑みを浮かべて仲介に入った。

『独歩くん。此処は女性同士と男性同士で席を座らせて頂きましょう』
「そんな話は聞いた事『ミュウさん。足元お気をつけください』

有無を云わせず色葉は自身の席をミュウへ譲り国木田の後ろに立つと、飽きらめたように国木田は立ち上がり佐伯と共に向かい側に座った。佐伯の正面に色葉が国木田の正面にミュウが座り、ミュウは座ってからも色葉の腕を掴んでは放そうとはせず尚も震えていた。

「話を窺わせて頂けますか」
「はい」

依頼人は実は社長ではなく、ミュウのマネージャーである佐伯だった。社長は現在別の件に追われていて此方に顔を出すことも出来ないとの説明を受け国木田は弥弥眉をしかめて手帳に記載を始めた。

「依頼は此方のミュウの店頭ライブが明日開催される予定で、告知を出した当日に脅迫状が届いたんです」

プリントアウトされた紙を中央に置かれ、国木田と色葉は紙に記載されている文字を目で追った。長文が記載されており佐伯が事前にポイントとなる箇所にマーカーをしている。其処を重点的に読むと「開催する舞台に爆弾を仕掛けた。必ず殺してやる」という文言が読み取れた。

「開催日の告知をしたのが3ヶ月前。此の3ヶ月間の間に何か嫌がらせなどはされましたか?」
「ミュウの自宅近くまで誰かが後を付け回していたんです。そうだよね、ミュウ」
「は、はい……」
「他には?」
「何も」
「地警に相談は?」
「勿論。被害届は提出しましたが確実な証拠がある訳ではないので、愉快犯の仕業ではと取り合ってはもらえませんでした。それに…」

佐伯は口籠る。其れを察する国木田と色葉。何故か、此の事務所は3ヶ月前有名な女性偶像が大規模な野外ライブを開催していたその会場で爆破事件が発生。舞台で歌っていた女性偶像たちは全員即死。前列に居た客を含めて28名の人間が爆破に巻き込まれて死亡。報道各社も騒ぎたて、地警も動くが未だ犯人を捕えるまでには至っていない。爆弾魔の正体は依然わかっていない。国木田と色葉は此の事件について呼ばれたものだと思っていた。社長が此処へ顔を出せない理由に国木田が口を出さなかったのは其の経緯を知っていたからだ。

「ミュウさん。あなたは此の脅迫をした犯人に心当たりはありますか?」
「ッ……な、ないです」

か細い声でミュウさんは色葉の背に隠れてしまう。国木田は弥弥眉を吊り上げ今にも尋問しそうな雰囲気を醸し出しているのを見兼ねた色葉が再び間に入り、其の優しい微笑みで声をかけた。

『ミュウさん。独歩くんは恐い顔をしていますが女性に無体を働くような不誠実な男性ではないので安心してください』
「あ…ぁの、もうしわけございません……」
『謝る事はありませんよ。あ、申し訳ないのですが御手洗いの場所を案内して頂けますか?』
「は、はい」

色葉は国木田に笑みを向けて伝えると、国木田は無言で頷いた。
お手洗いに入ると色葉は個室にミュウを引きずり鍵をかけて向かい合う。突然の行動にミュウは一驚したが口元に指を立て「しぃ」と指示を出してから色葉は再び柔らかな雰囲気で彼女に訊ねた。

『此処なら殿方は入って来れませんので、お話をお聞かせくださいませんか?』
「ぁ……」

大きな瞳に大粒の涙が頬に零れ落ちミュウは咽びながら途切れ途切れに話をしだした。
自分は見捨てられたカナリアだと。彼女はデビュー当初から熱狂的なファンがいたらしく毎回、ライブが開催されると告知をした日に必ず応援メールが届く。最初は純粋なファンのような言葉の羅列が並んでいたが、次第に恐ろしい文体へと変わっていき、あの脅迫メールが届いた。文面の中には隠されているが「付き合っている男性を殺す」とも書かれていたそうで。まだ其の情報を報道にもリークされていない事実だったらしく、彼女は事務所の関係者が犯人ではないかと推測した。

「わたしの彼氏はカエデと云って。同じ事務所の俳優なんです。事務所内では公認となっているのですが報道への報告は私の店頭ライブが終わり次第すると社長とも話を終えていたものですから」
『成程。事務所内部の人間しか知りえない情報を知っていた文面に、あなたは内部犯だと確信したのですね』 
「それで恐くなって…」
『云いにくい事かもしれませんが、男性に恐怖を抱くのは何故です?もしかして――』

色葉がミュウに耳打ちするとミュウは目を見開き口元に手を置いて静かに頷いた。

「な、なぜわかったのですか…?」
『それは…女性だからですわ』

手を伸ばしミュウの躯に回すと背中を一定のリズムで叩く。すると更に泣きだしてしまったがミュウを腕の中に納めながら色葉の瞳に閃光が走った。腕時計を確認し色葉は戻ろうと云いだし、彼女と共にトイレを後にし再びあの部屋に戻る際ミュウはある疑問を投げかける。

「あの…つかぬ事をお聞きしますが…そのピアスの穴って最近開けられたものですか?」
『え…ええ。そうみたいです』
「貴方の様な清廉で可憐なお人柄の方がピアスというのが、あまりにも不釣り合いな気がしまして…好い方からの贈り物のために開けたのかと……ゴメンナサイ」
『どうしたのです?謝る必要などございませんよ。ミュウさんは何も悪い事は訊ねていませんもの』
「あ、で、ですが。その…ご気分を害させてしまったのでは」
『え?いいえ?大丈夫です…慣れていますから。彼のために開けたのではなく私は私が納得したので私自身が開けたと書き換えました』
「…き、嫌いなんですね。其の方のこと」
『ええ、嫌いです』

其の時、色葉は自身でも気づかぬうちに微笑んでいた。憎む男を恨めしそうな顔ではなく、呆れたように其れでも少なからずの情を臭わせるような、そんな秋らしい笑みを浮かべて。

「遅かったな」
『独歩くん。女性に其れを云うのは頂けないです』
「ミュウ顔色が悪いけど大丈夫かい?」
「ぁ、は、はい」
『ミュウさんの件ですが本日は私共がご自宅までお送りいたします』
「ではぼくも」
『いいえ。佐伯さんは明日の準備に専念してください。明日は大切な日ですから』
「そ、そうですか…では。お言葉に甘えて…ミュウのこと宜しくお願いします」



「Murder on D Street」に該当する時間軸でオリジナルストーリー突入、5話です。太宰さんと乱歩さんが出張っているので此処で国木田くん回を作りました。はい、着いて行かないっていう。いやーだってまだ太宰さんに怒ってると思うから…ということでオリジナル回も楽しんで頂ければと思います。ふふ、推理すると楽しいかもしれません。実はこれまでの話は凡て繋がっているのですよ。もう少し話を進めないとわからないと思うので。そういう面でも楽しんで頂ければと思います。




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